番外 21_魔法士ギルド練習場_村であったイベント(回想)
“無害”の魔法依頼と見学が有料なのは構わない。お金を払って見せてもらえるのなら、いくらでも払う。不満なのは魔法士ギルドに対してだと、魔道具士ギルド本部長が吠えた。
「大体、なんでいっつも魔法士ギルドでやってんのよ? もう初心者講習終わって、今なんて“無害”に魔法実験に付き合ってもらってるだけじゃん! だったら魔道具士ギルドでやっても良くない〜?」
「コイツの魔法に、お前らごときが対処できると思ってんのかボケ。甘ぇ考えしてっと骨まで溶けちまうぜ?」
しかし不満に思っていたのは他のギルドも一緒だったので。
「何を言ってるんだい、考えと性根が甘ったれなのは君だよ。魔法対策なら、“無害”に最強の結界師が付いているわけだからね。依頼料を支払って、冒険者ギルド演習場に結界を張ってもらえば、ホラ、解決だ。魔法士ギルドにこだわる必要なんて、もう無いと思うねぇ」
「従魔士ギルドとしても同意見だわ。いつでも大歓迎よ。ウチの子たちも“無害”に懐いててるもの、いつ会いに来てくれるのかと、入り口までソワソワ見に行く子もいるのよぉ」
「ババァ、卑怯な言い方するんじゃねぇよ!」
老人たちの言い争いが人格攻撃の罵り合いになったあたりからセイは聞き流し、練習場のそこかしこで連携訓練を始めている魔法士、剣士、魔道具士、従魔士たちが入り混じった複数の集団を、なんとなく眺めていた。
「ギルドで分けずにさ、みんなで一緒に訓練できるような広い場所って無いのかな。公園……はまずいよね。山の中とか?」
「山の中でも魔法使った戦闘訓練はまずいんちゃうか。ほんでも合同演習場なぁ、あったら便利やろけど、誰が管理するんやっていう問題が……」
「合同演習場、いいね。作ろう」
「……え?」
仲間内だけの会話のつもりでいたセイは、突然入ってきた魔法士ギルド本部長に驚いた。
丸顔の魔法本部長はセイに穏やかな笑顔を見せて、他本部長たちと御大の元へすたすたと歩いて行ってしまった。そして向こうで提案し、詳しい内容を詰め始めた。
「……え? 決まったの? マジで? 冗談だよね?」
「決定したっぽいねー。元々最高責任者が集まってたにしてもさぁ、早すぎないー? ちゃんと考えてるのか心配になるんだけど」
「まぁ、そうは言っても
コテンがセイの上着の中から長い耳と顔の上半分だけ覗かせて呟き、キナコが焦っているセイを慰めるようにぽんぽんと軽く叩いた。
確かに
この世界に召喚された時も、ちょうど前日に大イベントの後片付けが終わって、今日はゆっくり休もうねと昼寝に向かったところだった。
──あれも、本当に軽い気持ちで言っただけだったのに、大変なことになったんだよなぁ……セイは遠い目になった。
・◇・◇・◇・
セイと幻獣たちが暮らしている村に春が来て、暖かい日が続くようになっていた。寒いと動きが鈍くなるキラキラたちが活発になり、村全体が虹色に柔らかく輝いている。のどかな日差しを浴びつつ、幻獣たちに呼ばれてセイは毎日、広い神域内を見て回っていた。
ある日、大きな鳴き声で喧嘩している幻鳥たちがいるからなんとかしてくれてと頼まれて、湖のほとりへとセイは向かった。
手のひらほどの大きさの鳥が数羽、木に留まってギャーギャー鳴いている。お互いへの攻撃は無い、鳴き声だけの喧嘩だった。
胴は白で尾羽は若草色、顔周りに花のように明るい色がふわっと入った綺麗な鳥だが、とにかく声がデカイ。しかもよく通る。周囲の幻獣たちがなんとかしてくれと頼んでくるはずだ。
【トウトウリンリン鳥】という名の幻獣で、仲間同士で言い争ってるようだった。
よくあるのはナワバリ争いだよね、移住を提案できそうな場所は、西側の湖と、南の泉も良いかな……考えながら鳥たちに近づくと、『俺たちの果物の方が美味いに決まってんだろ!!』『バカ言うな、オレたちの果物の方が美味いに決まってる!!』と怒鳴り合っていた。
(うん? “果物”? 何の争いなんだ?)
詳しく尋ねてみると、彼らは同じ種属の鳥だが群れが違い、湖側と山側に分かれて生息しているらしい。
トウトウリンリン鳥は、ちょうど今彼らが留まっている樹木【クシュリ】に巣を作る習性がある。クシュリの枝に実る灰色の果物が、トウトウリンリン鳥たちにとって一番必要な主食なのだそうだ。
幻鳥たちが神域に移り住んで湖と山にそれぞれ見つけた、クシュリの木。せっせと一年半ほどお世話をして実った果物。それは未だかつてない美味な仕上がり、期待を煽ってもそれを裏切らない自慢の一品。一口食べればみんな歌い出す美味さ。
どれ、他の場所に巣を作った仲間にも自慢して、ちょっとぐらいは分けてやろう──山側の鳥たちがリリリリと機嫌よく歌いながら飛んでやって来たところ、湖側もちょうど同じことを考えていた。
そして、湖側のが美味い、何言ってんだ山側のが美味いに決まってんだろと言い争いになった、と。
(これって決着がつかない問題なんだよなぁ……。どうしようかな)
セイが幼少から成人まで育ったヨディーサン村で、大人たちが度々話題にしていたのと同じ内容だった。
山の中にあるヨディーサン村と、隣村の湖の側にあるマディワ湖村では、同じ品種の果物を育てても、土と水と肥料と育て方と信仰する神の違いにより、微妙に出来が違う。山側は味が濃厚で、
ヨディーサン村はみんな大人だったので、鳥たちみたいに「うちのが美味い」と相手に面と向かって言うことは無かったが、まあ、態度には出ていた。マディワ湖村も同様。
そもそも果物の美味さなんてものは、ある程度の水準にさえ達していれば、それ以上は人それぞれの好みでしかないとセイは考えている。果物は甘ければ甘いほど良いという人もいれば、ちょっと酸っぱい方が好きな人もいる。実ったばかりの青くて硬い状態が好きな人もいれば、熟して腐りかけを好む人もいる。その日の気分や体調によっても変わるだろう。
つまり、決着のつけようが無い。
しかし鳥たちは、ウチのが甘い! ウチのがいっぱい食べられる味! と耳に突き刺さるような声で言い争い、しかもエスカレートしていっている。うーん。
「それじゃ……みんなで食べ比べしてみようか」
セイは軽い気持ちで言った。
言い争いながら勧めてきたので味見したところ、人間が食べても充分美味しい果物だったし。クシュリの実を二枚の大皿に分けて入れ、適当に集まったみんなで食べ比べして、感想を言おう。
おそらく引き分けになる。「結局個人の好みの問題だよね」と言って終わるんじゃないかな。鳥たちも今が興奮状態なだけで、時間を置けば冷静になってくれる……はず。
でも最終的に半日くらいはかかっちゃうかなぁ? セイが頭の中で簡単に計算していると、ストップがかかった。
まず、セイに付いて一緒に来ていた竜人族から。
春になるとクシュリの木の下に落ちている灰色の球は長年の謎で、非常に硬く、今までまさか果物だとは思いもしていなかった。
灰色の実は表面がツルツル、形はほぼ真球。石で叩いても、ナイフを使っても、竜人族の握力をもってしても、傷ひとつつかない驚異の頑丈ボディ。最初アズキはこれが鉱物でないことを非常に残念がっていた。
そのアホ硬い果物の皮をどうやって剥くのか、トウトウリンリン鳥が実演して見せてくれた。全部灰色の実の表面に、よく見ると針の先ほどの小さな小さな黒点が一箇所だけあり、そこを嘴の尖った先で「コンッ」と突く。点からはみ出さずに、真っ直ぐ突くことが大事、だそうだ。
突いた所から自然につるりと灰色の皮が剥かれ──硬さからは考えられないくらい、薄い皮だった──、反対側にクシュ……と小さくまとまり、そして皮は一滴の水のように落ちて消えた。「おおおー……」全員が謎の感動に包まれた。
中の果肉は、透明な中にうっすらと黄緑色の細い筋が入っていて、瑞々しく柔らかい。
「この味、あれに似てるな……輝いてるマスカット!」
「しかも、めちゃくちゃお高いお取り寄せっぽい味がします!」
「このまま果物として食っても美味いけど、菓子とかケーキとか、酒にしても美味いヤツや!」
実を食べたアズキとキナコの言葉を聞いて、一緒に付いて来ていた竜人族の一人(製菓チーム所属)の目がギラリと光った。
……このように、クシュリの果物はとても珍しいものなので、ぜひ竜王様にも食べていただきたい。許されるなら分けていただいて、菓子としても振る舞いたいと言い出したのだ。
竜王様をあえて呼ぶとなると、他にも声を掛けないわけにはいかない存在が何人か。
となると、今日食べ比べするのは無理になってしまうから……そう断ろうとしたら、トウトウリンリン鳥たちからも『今日は困る』とストップがかかってしまった。
今食べても美味いが、どうせ食べ比べするなら、もっと食べ頃まで待って欲しい。時期はこれから月が一周するくらい……約二週間後を希望。
更に、『人がたくさん集まるなら、ぜひ自分たちの歌声も聞いて欲しい!』そう言って、湖側に巣を構えていた数羽が「リリリリィ──ン」と高く澄んだ鳴き声を響かせた。
そうなると山側も黙っていない。「リィリィリィ──ィン」とビブラートを効かせた見事な鳴き声を披露。
「待って待って、分かったから。今、ここで張り合うのは止めよう!」
過熱してリンリンビィビィ鳴く鳥たちを宥めるセイの裾を、アズキたちがちょいちょいと引っ張ってきた。小声で、ただの鳴き声を長々聞かされるのはキツイ、自分たちが鳥に合唱曲を提供したい、通訳で協力して欲しい。いいよいいよ、もう何でもいいよ。
製菓チームの希望に対しては、『どうせ全部食べられないからあげる』だそう。
それから竜王様や他のお偉いさん達を迎える準備をしつつ、他の幻獣たちに、近々竜人族とかいっぱい集まって賑やかになる日があるよと知らせて回り、お祭りみたいなものだから来れそうなら来てね、あと早いけど春の恵のお裾分けだよ良かったら食べてねと、果物や木の実、肉なども配っていった。
すると何か勘違いしたのか、他の幻獣たちも自慢の一品をセイにくれたり、情報を教えてくれるようになってしまった。そのおかげで今では採取方法が失伝していた幻の天然酒が見つかったと、号泣した竜人族酒チームにセイは天高くまで胴上げされ、恐怖で半泣きになり、怒ったロウサンが竜人族酒チームに本気の勝負を挑んで森が半壊、という一幕もあった。
それでも、それでもまだ、セイはただの試食会で終わると思っていた。
ある日、湖側のトウトウリンリン鳥に合唱曲を教えるカワウソたちの通訳をしていたら、湖の中から大きい水棲幻獣たちが顔を出して言った。
『鳥たちがいっぱいの人に歌を聞いてもらうの、羨ましい。わたしたちも上手にジャンプ出来るから、見て欲しい!』
またある日、山側の鳥に湖側とは違う曲を通訳して教えていたら、巣穴から出てきた小さい猪型の幻獣たちが走り寄って来て言った。
『鳥は鳴いてみんなに褒められるの? ぼくたちだって真っ直ぐ走れるんだよ、すごいんだよ、見て見て!』
──セイの通訳の仕事が増えた。
試食会にエンタメショーが加わり規模が大きくなったイベントの為に、二週間という限られた準備期間で、セイたちは必死に走り抜けた。
そしていよいよ当日。錬金チームが作った派手な花火を合図に、果物【クシュリ】の食べ比べ兼お披露目会が始まった。
湖の側の広場を整地して作った青空会場、音響機具とステージの設置、綺麗に飾り付けられたテーブルの上には軽食。わざと設置した木に幻鳥たち用の木の実、あちこちの箱には幻獣用の食べ物。
挨拶などは簡単に。それから湖側のトウトウリンリン鳥たちによる軽やかな曲調の合唱が始まった。二曲めからは歌に合わせて水棲幻獣たちによる連続ジャンプと回転ジャンプ──キナコ演出、監督によるイルカショー──で場を盛り上げた。
クシュリがそれぞれ、竜人族陶芸チーム自慢の皿に湖側山側と分けて盛りつけられ、竜王やセイたちの元へと運ばれる。その甘い美味しさをみんなで味わい、ステージは次の演者へと。
次は山側のトウトウリンリン鳥たちによる伸びやかな曲調の合唱。二曲めからはアップテンポに変わった曲に合わせて、ステージ上で猪型幻獣たちによる整然と並んで走ったり円を描いて進む芸──アズキ演出、監督による瓜坊の集団行動──で、会場は拍手喝采の大盛り上がり。
追加で打ち上げられる花火、振舞われる酒、美味しい食事に、クシュリを使った菓子やケーキ。
瓜坊たちの後、自分たちもとステージに上がって歌い出す竜人族や幻獣。愛用のボールを取ってきて、玉乗りを見せる蒼雲白天獣の子熊たち。
こうして、どっちも美味しいね、楽しかったねと笑顔で、トウトウリンリン鳥の争いを発端としたイベントが終わったのだった。
・◇・◇・◇・
(楽しかったけど、まさかあんな大きなイベントになるとは思ってなかったよ……)
こっちの世界に来て日数が経ったので随分前のように思えるが、向こうの世界に帰ったら、たった二日前の出来事になる。
(えぇと、頼まれた事がいくつかあったな。忘れないよう気をつけないと)
クシュリの実を調べた竜人族医薬チームから、喉に良い効果が認められたから植樹を手伝って欲しいと頼まれている。風邪の時の喉薬や、のど飴なんかを作りたいらしい。
錬金チームからも植樹を依頼されていた。皮の仕組みを研究したら何か新しい物が作れる予感がする、そうだ。……一体いくつ研究対象を増やすつもりなんだろう、錬金チーム。万年人手不足のチームだ。
今回のイベントでステージの楽しさに目覚めた一部の竜人族がエンタメチームを新たに作ると言っていた。ますます人手不足が加速しそう。
それでなくても春は忙しい。畑もあるし、幻獣たちのお世話もある。
冬眠明けの幻獣たちが目を覚ますだけでなく、雪が溶けてやっと移動できるようになったと、
春が過ぎてすぐの雨季が来れば、その時期特有の幻獣が来るから早めにお迎えの準備。それから暑くなる前に毛刈りとブラッシングをしなければならない幻獣たち……羊、熊、馬、狼、犬……まだいた気がする。
(その合間に、どうせまた予定外のイベントが二つ三つ起きてしまうんだろうな)
終わってしまえば、どれも楽しかったと思えるのだが。時々シャレにならない
考えつつ遠くを見て休憩していると、魔法士ギルド練習場の入り口がバタバタと賑やかになった。
入って来た人たちが焦った表情で、大声で全員に聞こえるように言った。
「さっき王家から通達があった!
──────────
お読みいただきありがとうございます
※村のイベントに呼ばれたお偉いさんに、人間の王族などはいません。
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