番外 20_魔法士ギルド練習場
「“我が深淵に潜む魔の
男の落ち着いた声での詠唱に合わせて、小石のような炎の塊が宙に生まれ、的へと空中移動していく。その後に続くようにいくつも同じ炎が発生し、的の周囲を螺旋を描く軌道で並んで移動する様は、獲物を囲もうとする炎の蛇のようでもあった。
今にも爆発しそうな不穏な空気を纏い、ひとつひとつがバシッ、ビシィッと、姿の小ささにそぐわない鈍い音を立て、火花を散らしている。
「“……天を焦がし燃え盛れ── 《
呪文により解放を許された炎の礫たちは、その身を広げ、ゴウッと熱風の唸りと共に火柱となって燃え上がり、的の周囲一帯を炎一色で染め上げた。
──ちなみに、コテンの吸収結界が張られているので、火が燃え移る心配は無い。
少し離れた場所から、次に少年の声で詠唱が始まった。
「“我が身に潜みし黒き魔の海よ。我れが誕生を許す、罪の氷たち”」
杭のような細長い氷の塊が、キィン、キィン、キィンと澄んだ音を奏でながら空中に出現した。透明度の高い氷が、的を柵状に十数本で取り囲み空中で停止している様は、美しい光景と言っていいだろう。その一本一本から立ち昇る冷気すら、細かな煌めきを伴い、美麗だった。このままずっと見ていたいと願うほど……しかし。
「“……ひび割れた産声を上げ、その涙で世界を切り刻め── 《
少年の呪文を受け、水晶のごとき氷塊が粉々に砕け散った。無数の氷の礫となり、目で追えない速さで周囲に襲いかかる。
──やはりコテンの結界が張られているので、見ていた人間たちが穴だらけにならずに済んでいる。
魔法士、冒険者、魔道具士、従魔士たちから、「「おおおおおおお!!」」と歓声があがった。興奮した声で火炎魔法を発動させたアズキと、氷結魔法のキナコを褒め称えている。
「すごい威力だ!」
「まさか火魔法にあんな使い方があるなんて!」
「あの大きさの氷を生成するだけでも難しいのに、更に爆散させるなんて……素晴らしい!」
「すごいな、イタチーズ!!」
大絶賛され、アズキは「わーはっはっはっ」と高笑いし、ふんぞり返り過ぎて後ろにコロンと転がった。キナコは「それほどでもないですぅ、えへへへ」と照れながらも嬉しそうに、手で頬っぺたを抑えてもじもじしていた。
高威力の攻撃魔法をきっちり内部に収められる結界を張ったコテンは、ああ見えて意外に照れ屋な為、褒められることを嫌がって魔法士ギルドにいる時は常にセイの上着とシャツの間に入って、顔を隠して過ごしている。
「アズキくん、キナコくん、輝いてるよ!」
セイにも褒められ、カワウソたちが、たたっと走り寄って来た。
「あかん、めっちゃ楽しい! 額に付いてない第三の眼が開きそうや」
「ぼくも、左手に宿りしイマジナリー紋章が疼きますぅ」
「………………良かったねー」
イタチーズ──ここの人間たちが知らん間にコンビ名を付けていた──を見てのほほんと会話するセイに、御大や本部長たちの顔が引き攣った。
「完全に意識を逸らしても維持できんのかよ……」
「もしかして、眠っても維持出来るんじゃないかい……?」
セイの前には、少しずつ大きさを変えた火の玉が十種一つずつ並んで、空中で静止していた。セイが発動中の火魔法だ。
かれこれ一時間以上。術者であるセイが目を離しても、人と会話をしても、揺らぐことなく宙に鎮座している。
発動した魔法の維持は、集中必須で一分が限界の魔法士たちが、余裕の表情で笑っているセイを見て、小声で「魔王……」と呟いた。
見た目は地味だが、やっぱり“無害”の魔法が、一番やべぇ。
イタチたちの魔法は、修練を積めばいずれ似たようなものを自分たちでも発動可能だろう。しかし“無害”の真似は絶対に不可能だ。
今でも充分変態レベルなのに、まだまだ余裕がありそうなのだから、末恐ろしい事だ。
次はどんな魔法を頼もうか、どんな非常識を見せてくれるだろうか……魔法士たちは恐れつつもワクワクが止まらないでいた。
・◇・◇・◇・
セイが魔法暴走させた初日から、それなりの日数が過ぎた。あれからほぼ毎日、魔法士ギルド本部で御大の指導の元、魔法練習を続けている。
後に【ファイアボール
そして冷静な状態でセイに指導を初めてみたところ、初手でつまずいた。
なんとセイは、
セイ自身もびっくりだ。
詠唱しようと一声発した瞬間に、もう魔法が発動している。
イメージが固まる前に出力されてしまうせいで、ファイアボールがやたら小さかったり、火のくせに柔らかそうだったり、薄かったりする魔法を、御大が素早く処理。風で飛ばす、あるいは小さな竜巻を作ってファイアをくるんで消火する、など。
ここで普通ならば、“詠唱中は魔力を乗せない訓練”を、徹底的にさせる。それはそれで必要な能力ではある。
詠唱とは発動する魔法のイメージを具体的に、正確にする為の作業なのだ。頭で考えただけで、しかも曖昧な内容のまま全てを魔法として出力されたら、大惨事だ。
しかし御大は言った。「お前は無詠唱で、魔法を使え」と。
「詠唱にこだわってっと、魔法に対して萎縮しちまいそうだからな。お前は魔法で人や物を傷つけられる
それでは不安だと
指パッチン、口笛、両手を打ち鳴らす……色々な案を何度も試した結果、「スッと息を吸い込み、気合いを入れてから、
本人の意識の切り替えが目的なので、あえて音を立てる必要は無い。これも御大の指導である。
──本当は、無詠唱魔法は禁忌の括りに入るのだが、御大は
これが練習始めたばかりの頃の出来事。
それからの魔法制御の訓練などの説明も感覚的で理解しやすく、御大だからこそセイたちに魔法を教えられるのだと、皆が感心していたのだった。
・◇・◇・◇・
十種の火の玉は依然、余裕の雰囲気で浮かんでいる。
それを維持したまま、種類の違う火魔法を同時発動できるか試して欲しいと、水でドボドボに濡れたハンカチを渡された。綺麗な布だとセイの“もったいない精神”が発動して、魔法が失敗してしまうので、捨てる寸前まで使い込まれたボロ布だ。
全部燃やし尽くせ、という指示を受けて、指の先で摘んで持ったボロハンカチを目の高さに掲げてから落とし、オリジナルの魔法名を一言。
「──【焼却】」
地面に落ちることなく、糸くずひとつ残らず、ほんの微かな灰すらも作らず、まるで最初から存在しなかったかのように、ハンカチが燃えて消えた。
「おま、涼しい顔してお前……」
「ちょっと会長〜、“無害”に近付く許可ちょうだ〜い!」
少し離れたところで手を振ってアピールしている白衣と作業着の集団は、魔道具士ギルドの面々だ。
セイを監禁しようとした暴挙により、魔法士と冒険者たちが魔道具士たちに見張りで付くことになった。セイに近付くのにも、御大か冒険者ギルドの本部長の許可がいる。
「見て見て、“ぜんぶ受け止めるクン”を改良して作った、“総受けクン”一号!! 試作品が完成したのよ。更なる改良の為に、この“総受けクン”に“無害”のドギツイ一発ブチかまして欲しいのよ〜!」
「有料だぞ」
「いつもちゃんと払ってんでしょ。クソうるさい細かいジジイめ、ほんっとちっさいわ〜」
「叩き出されてぇのか、テメェ……」
セイが魔法の講習を受けているのは魔法士ギルド本部の練習場だ。
ここに、魔法士ギルド、そしてセイと関わりのある他ギルドの本部職員や各支部の所長クラスに加え、審査を通過した一般の魔法士や冒険者、従魔士までもがセイたちを見学したくて入ってきている。──有料で。
ギルド本部の練習場に、他ギルド職員が入る事は原則禁止されている。例外が初回の【緊急特災依頼】で、それ以降は入ってはいけないはずなのだが。
セイの魔法が見たいと、他ギルド職員たちが駄々を捏ねた。セイが練習を見られるのはちょっと……失敗もするし、と難色を示しても、駄々を捏ねまくった。暴動が起きそうなくらいだった。
そこでキナコとコテンが、セイと魔法士本部の本部長──御大は会長であり、本部長は別にいる──に、「見学を有料にする。見学者には審査と、条件付きの黙秘の制約魔法を義務付ける。セイに魔法を依頼する場合は、別途料金が発生するものとする」といった内容を提案をした。
黙秘の制約魔法はともかく、僕の練習風景ごときにお金を取るのはちょっと……魔法を指示されるのだって練習の為だしと言うセイに、キナコは微笑みを浮かべた。
「セイくん。セイくんの魔法はとても斬新なもので、情報だけでもこの先、確実に勝手に何かに利用されます。情報や技術といった物は、はっきりと目に見えない分、価値がわかりにくく値段も付けにくく、つい搾取されがちです。でもね、決して無料で、簡単に、タダで、使われて良いはずが無い……使われる事を許すのもいけないんです。ぼくは【情報、技術の搾取を絶対に許さない党】の副総裁として、この状況で黙っていることはできません」
「いつの間にそんな党が……」
「そんな言い方じゃ、セイには刺さらないよねぇ。あのさー、セイ。例えばここの人たちがさー、ボクに結界張って欲しい、あっちにもこっちにもって、お金の話を一切せずに頼んできたら、セイはボクに、
「言うわけないよ。コテンくんの結界が簡単そうに見えるのは、コテンくんの努力で精度が上がったからだよ。軽く扱っていい物じゃない」
「でしょー? セイの魔法も同じだよ。安売りなんてしちゃダメだよ。自分を安く扱うと、それを見てコイツは軽く扱っていいんだって思われて、雑な対応されるようになっちゃうからね」
「そうですよ、セイくん。しかもですね、一度引き受けると相手がどんどん図に乗っていくんです。頼まれる内容がどんどん高度になっていくのに、やって当たり前、成功して当たり前、無料で当たり前。断ったら怒り出す……そんなのを何度も見てきました。殺意しかありません」
「ね。そんな事態は避けないとだよ。こういうのは最初が肝心なんだよね。【情報、技術の搾取を絶対に許さない党】総裁として、ボクも黙ってられないかなー」
「まさかのツートップ」
修練を積んだコテンの結界と違って、僕のは初心者練習なんだけどなぁと納得し切れないものはあったが、自分が無料だと従魔のコテンも同じ扱いになってしまうからと、有料の提案を受け入れた。
魔法士ギルドの本部長も「こちらとしてもありがたいよ」と快諾。
そこで、練習場への入場料を魔法士ギルド本部へ、セイの見学は御大以外は有料。セイへ魔法を、コテンへ結界を依頼する場合は、内容を査定し、魔法士ギルドへの手数料を引いた金額を後日入金。
しかし、御大への指導依頼料と練習場使用料は、セイも魔法士ギルドへ支払うと決められた。
同意はしたものの無意識にプレッシャーを感じてしまうセイに、アズキが無い前髪をサラリと払いのける仕草をしながら「心配せんでええぞ」と言った。
「俺も協力するからな。俺とキナコが、“ぼくがかんがえた、さいきょうのまほう”をいくつか披露したるわ。俺らがギャラリーを満足させたろやないかい」
「任せてくださいね。セイくんは周りを気にせず、自分の練習に集中してください」
宣言通り、「なんて画期的な魔法の使い方なんだ!」「数年ぶりに新しい魔法が編み出されたぞ!」と大絶賛される魔法をいくつか発表し、アズキ、キナコの魔法も有料枠に追加されたのだった。
──それで一旦は落ち着いたのだが、問題や不満というものは、次から次へと新たに発生するものなのである。
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