番外 19_魔道具店(エールト)



「お前から見ても、本当にあの子供が“無害”で間違いないのか」

「間違いない」


 高級魔道具店【プリアール】の店長エールトは、父でもある支配人から確認されて頷く。確認はこれで三回めだ。年を取ると俺も何度も同じことを話すようになるんだろうか……やはり何度も“無害”の従魔士ギルドでの様子を話している工房長を横目で見た。


「“無害”が従魔環を小さくした後の騒ぎのすごさと言ったら、とんでもないすごさだったぞ。それはもう卵を盗まれた竜の巣のごとき大騒ぎだった。そこに冒険者ギルドの変人が自分を“無害”の従魔にしろと迫って、また大騒ぎだ。その手があったかとみんなで本館へ走って、従魔環の奪い合いでまたまた大騒ぎだ!」


 帰って来た日に興奮状態の工房長から、始まりから最後まで通しで三周聞かされた内容だ。それからも顔を合わす度に聞かされている。どうせ同じ内容だからと、今日は完全に聞き流して支配人と会話していた。


 ──工房長からしつこいくらい聞かされていたからこそ、新規の客が“無害”だと判断できたわけでもあるのだが。


 ドアマンから無音魔法で「新規の客、“無害”の可能性有り。店長対応求む」と連絡が入り、急いで店へ出たものの、エールト自身は“無害”の顔を知らない。

 そこで店内で唯一、実際に姿を見たことがある工房長を呼び出し、廊下から確認するよう依頼して自分は接客しに行ったのだ。


 しかし結局、工房長に聞く前に、この子供が“無害”だ、と確信した。


「だが、あの従魔は例の従魔環を着けていなかったんだろう? 本当に本物なのか?」


 そう、支配人が確認したように、小型魔獣は噂の金縁真紅の従魔環を着けていなかった。あったのは、薄く赤色の入った魔環の首輪だけ──低ランクの従魔環だと決めつけ、普通なら気にも止めないような、ショボい魔環ひとつきりだった。


 エールトは工房長からしつこくしつこく“無害”の魔力環の話を聞いていたので、こっそりその魔環に【魔道具鑑定】と【魔道具魔力測定】魔法をかけてみた。エールトは人物や植物、食物の鑑定はできないが、魔道具とその魔力だけは鑑定できる。魔道具店の店長としてそれだけ鑑定できれば充分だ。

 そして鑑定結果は、目と正気を疑うような物だった。


「さっきも言ったけど、首輪は従魔環じゃなくて魔力環だったんだ。何度でも言うけど、あの魔力環は、サイズ小で、色的には魔含量20程度にしか見えないのに、魔含量650。小で650だぞ。バケモンだよ」

「……信じられん」

「気持ちはわかる。俺も五回鑑定かけ直した」


 魔力環のサイズは大まかに分けて、極小、小、中、大、特大の五種類。中に貯められる魔力の量は、魔環の大きさによって制限される──はずだった。


 極小サイズは人間の指輪ほどの大きさで、魔含量10以下。

 小サイズは小型従魔の首輪ほどの大きさで、魔含量100以下。

 中サイズは成人の人間の胴回りほどで、魔含量500以下。

 大サイズは成人が両腕を広げた長さを直径にした大きさで、魔含量1000以下。

 特大サイズは大より大きく、魔含量1001以上のもの全てを指して言う。建物の地下に設置される事が多い。


 魔道具は魔力環で動かすものだ。

 極小サイズの魔含量では軽い魔法数回分、もしくはほんの数日しか保たない。小サイズは家庭用の魔道具に使われることが多く、使う魔法の種類にもよるが一ヶ月程度で交換が必要になる。


 だから、小サイズに大サイズの魔含量を貯める、或いは大サイズの魔環を可能な限り小さくする、これらの研究は本部を始め、あらゆる魔道具工房で熱心に行われているし、実現を他ギルドも待ち望んでいる。


 ──魔道具の小型化。そして長期使用化。それは魔道具を使う全ての人間の、願いだ。


 その夢を叶える奇跡の魔力環が、目の前にあった。

 エールトは接客しながら、心の中で号泣していた。つい手が伸びそうになるのを、どれだけ我慢したか。

 だがとりあえず今は、あの従魔の言葉を借りるならば「存在するということがわかっただけでも大収穫」なのだと、自分に言い聞かせていた。

 小型化の研究は無駄な努力なんかじゃないという希望をありがとう、“無害”。できれば一つだけでいいから、本音を言えば二つ俺たちにもくれ。


 エールトは祝杯をあげ、太鼓を打ち鳴らしラッパを吹いて踊り狂い、魔道具士たちとハイタッチして回りたいくらいだったが、実物を目にしていない支配人はまだ懐疑的だ。


「お前が言うなら本当なんだろうが。あんな弱そうな子供が“無害”……? 信じられん。間違いないのか?」

「間違いない、本物だ」


 あと何回確認されるんだろう。

 親父……支配人が深いため息を吐いた。おい、ため息を吐きたいのは俺の方なんだが?


「“無害”の偽物があちこちに出没しとるからな、慎重にもなる。二つ名持ちが誕生すると同時に偽物が出るのはいつもの事だが、今回は数が多い。中にはあの子供よりも、皆がイメージする“無害”そのもののような奴もいたからなぁ」


 紅茶を飲みながら支店長がぼやく。“無害”は今、各所で情報が入り乱れている状態だ。


 曰く、“無害”とは、魔狼を連れた基本四属性全てに適正がある壮年の冒険者である、だとか。

 または、イタチ魔獣とインコ型の小魔鳥を連れた火魔法Sランクで他の魔法属性にも適正がある新人冒険者である、だとか。

 魔狼数匹を連れた聖と闇属性含む全ての魔法に適正がある老齢の魔法士である、だとか。


 それから、フェンリルと見紛うほど立派な威容の魔狼と、人語を解す子犬の魔獣を連れて、基本属性全てSランク、それに加えて聖、闇、さらに無属性にまで適正がある若き魔法士である、という……かつて魔竜を倒したと言い伝えられている伝説の勇者よりもスペック盛り盛りで「さすがに荒唐無稽だ」と笑われている“無害”像。


(荒唐無稽どころか。本物は確実にその上をいってるな、ありゃ)


 “無害”は工房長から聞いて想像していたよりも、小柄で、おとなしく、弱そうに見えた。しかし、その男が一瞬晒した、金色に光った瞳……あの透徹した眼差しを思い出し、エールトの体が小さく震えた。


 “無害”と目を合わせた時に感じたのは、紛れも無く「畏れ」だった。


 それをここでどれだけ言葉で語ったところで伝わらないだろうなと苦笑し、支店長の話の方へと乗っていく。


「皆がイメージする“無害”って、どんな奴だよ。色々見たんだろ?」

「そうだな、もっとわかりやすくだったな。魔力量の多い冒険者が二角魔狼を連れていた奴もいたし。イタチ型の……あの丸っこい顔のヤツじゃないぞ、本当のイタチ魔獣を連れて、複数の属性の魔法を実際に披露した“無害”もいた。そいつはAランク相当の魔法使いでな、凄味のある顔をしとったぞ」

「そりゃまた。確かに本物より本物っぽい偽物だ」

「イタチ魔獣を連れた奴が本物だと思っとったんだがなぁ。あれだけの実力があるなら、わざわざ“無害”を騙る必要なぞ無いだろうと思ったんだが。……となると、だ。推測だが、これはどうも各ギルド本部が協力して、わざと偽物を複数用意しとるな」

「本人から目を逸らす為にわざと、か」

「“無害”の能力で未踏破ダンジョンが解放されるという情報はギルド内で広まっとるし、実際に攻略が始まれば到底隠し切れるものじゃない。なら最初から存在だけは知らしめて……ということだろうな」


 勿論、金目当てのチンケで下種ゲスな偽物も増えているが。そう呟いて支配人は眉間を揉んだ。“無害”の出没情報を聞いては一目見ようと日夜走り回り、寝不足になっているのだ。顔の広さが悪い方へ作用していた。

 いい年をして……元気なジジイどもだ。

 もう一人の元気なジジイは、まだ従魔士ギルドでの話を一人で続けている。


「従魔契約は焦げ茶色だけじゃなかったからな。当然またあの素晴らしい魔変化が見られると期待した。だというのに次に出てきた薄茶色のイタチ魔獣は、自分は普通の従魔環だけで良いと抜かしよった。なんてことをほざき腐りやがるんだと驚いたぞ。皆でせっかくだからお揃いにしてやってくれと、地面に這い蹲ってワシらが“無害”にお願いしてやったんだ。それならと薄茶色が“無害”に色の指示を出しよった。そうしたら! 今度は濃い青色で、キラッキラの従魔環を作りよったんだ! しかもキラキラの粒がデカイやつだった!! ちなみに銀縁!」


 高いテンションを保ったまま語っている工房長。これから奴は薄茶色と“無害”の会話を芝居調で再現し始める。何回も見たから分かる。ほら始まった。

 支配人が工房長の一人芝居を呆れた目で見ながら、エーリクに向かって話しかけた。


「……そういえばお前、イタチに向かって接客していたな。本当に魔獣が人の言葉を喋っていたのか?」

「人の言葉を喋ってるどころじゃない、おっそろしく頭が良いぞ、特に焦げ茶色。簡単に説明しただけで魔道具ごとのメリット、デメリットを即座に指摘してきたからな」

「……従魔の話をしとるんだよな?」

「あいつら実は呪いで魔獣に変えられた魔道具士なんじゃないかな。魔道具の見方が作り手目線っつーか。焦げ茶色の“素人質問ですまんけど”から始まる質問内容の鋭さに俺は震えたね。薄茶色は作業コストについて聞いてきたしな」

「噂以上だな。……しかしそうなると、どれだけ偽物を用意しても“無害”本人が周知されるのも早いかも知れんな。いくら従魔士ギルドと言えども、人間と専門的な会話ができる魔獣は用意できんだろう」

「そこは大丈夫だろ。あいつら、最初はちゃんと普通の魔獣のフリしてたし」


 単に言葉を喋らなかっただけじゃない。目線と身体の動かし方が実に動物的で、あくまでも「従魔としてお利口さん」レベルだった。

 それが変わったのは、エールトが“無害”疑惑のある若い客に、「どうぞ、気になるお品がありましたら手に取ってご覧になってください。従魔のお客様も見やすいようカゴをお持ちしましょうか?」と声を掛けた後からだ。

 正確には、更にその後だ──エールトは、震えと共に思い出していた。


 小柄な客が、エールトの目を、じっと見つめてきた。

 何故か息が止まった。

 目を合わせてほんの数秒。客の平凡な薄茶色の瞳が、金色に光ったように見えた。

 無意識のうちにエールトの体が震え、自然と背筋が伸び、手のひらにじわりと汗が滲んだ。

 

 緊張で息が止まっていた。どうして。

 創業者が冒険者上がりだったが故に店は平民街に構えているが、稀少なドロップ品を多数有している為、貴族も、王族すら相手にしたことがある。その時でも緊張しなかった自分が、何故こんなにも震えているのか。


 ──見定められている。人間としての性質そのものを。


 不意に、そう感じた。


 透き通った目は底知れぬ深淵のようでもあり、己の真を写す鏡のようでもあった。

 疚しいところがある人間はこの眼差しに耐えられず、逃げ出したくなるだろう。


 この感覚は、まるで【神の鏡】の前に立っているようだ、と。

 思った瞬間に、ゾワリと鳥肌が立った。


 【神の鏡】は、「誠意には暖かな眼差しを、邪心には凍えた吐息を返す」と言われる神具だ。

 王族でも特別な儀式でも無ければ目にすることができない秘蔵の神具だが、それでもこの街の人間は子供の頃から「悪いことしたら神の鏡の前に連れて行くよ!」と怒鳴られて育つ。

 同時に「自分の心の中に、神の鏡を持て」とも教えられる。誰に知られても恥じることない行いをせよ、という意味だ。


 ……やや奥まった位置にある我が店。品質には自信があるが、外観は古く地味だ。

 表通りに派手な外観で建てられていく新しい魔道具店。「綺麗事で店がデカくなるもんかよ。商売ってのは汚いこともやらなきゃデカくならねぇんだよ」とわかったような口をきく新参共に散々バカにされても相手にせず、決して人を騙すことも陥れることもせず、良心に悖るような行いは一切せずに、地道にやってきた。


 その事を、今、強く誇りに思う。


 だからこうして、【神の鏡】を前にしても堂々と胸を張り、迷いなく見つめ返せるのだ。

 真面目に実直に誠実に頑張ってきて良かった──!!


 一気に飛躍した思考のせいで妙な雰囲気になっていた空気は、目の前の客が、ふ……と表情を和らげたことで、綺麗に霧散した。


「えーと、ありがとうごっ。えっと、魔道具に興味があるのは僕じゃなくてこの子たちなので。この子たちに説明してもらってぃ……欲しい、希望」


 柔らかい、心にすっと染み入る不思議な声だ、言葉は変だが。何故に片言?

 よく見れば顔の作りが東の山岳地方っぽいか? 魔力環の仕組みを知らなかった事も合わせると、国境付近の少数部族出身の可能性もあるな。

 半分ぼーとしながら考えて、目の前に居るのは【神の鏡】では無く、生身の人間であることを思い出した。慌てて接客モードに戻る。


「かしこまりました。それでは、どうぞ、何でもお聞きくださいませ」


 従魔に笑顔を向けると、イタチ魔獣たちもじーっと店長を見つめていたようだった。

 自分たちを抱っこしている主人の顔を揃って見上げて、次にお互いを見て、従魔たちは頷き合う。


 そこから急に、言葉も動きもあの通りである。




「あいつら、従魔の知能テストより王立学術専門塔の試験受けた方がいいんじゃないかな。途中からギルド本部の研究者と話してる気分になってたよ、俺は」

「……魔獣の話をしとるんだよな?」

「間違いなく。ま、親父も直接話して驚いてくれ。“無害”の連絡先と、次に会う約束、取り付けたからな」

「今一番皆が欲しがって方々駆けずり回っている特上品だな。出来る後継者を持って私は嬉しいよ」


 にやりと笑う合う。親父ならば“無害”のあの恐ろしい金眼チェックも、無事に通過するだろう。


 今日は記念すべき日になった。“無害”たちの異常さの数々に怯むことなく、トーク力で警戒心を解き、機会を逃さず次の約束を取り付けた結果に、エールトは大満足である。

 とは言っても、今回の一番の大手柄はドアマンだな、と冷静に判断する。

 彼が平民丸出しの若い客を“無害”の可能性有りと伝えて来なければ、若い店員を付けさせ、普通の接客でそのまま帰してしまったに違いない。あんな大物をみすみす逃してたら、悔しさで三日は眠れなくなるところだった。ドアマンには特別報酬だ。


「“無害”が現れてから、街全体が活発になってきとる。間違いなく新しい風が吹く。エールト、──時代が動くぞ」


 情熱を湛えた目で、支配人が断言した。

 大げさなんかじゃないと、エールトも同意する。


 攻略可能なダンジョンは狩り尽くされ、ドロップするのはエリア内にいつもいる魔獣の素材ばかりで、魔道具や他のアイテムが手に入らなくなって久しい。

 だが、未踏破ダンジョンの鍵が開く。新しい魔道具や強大な魔獣の素材が発掘されるに違いない。一攫千金のチャンスと聞いて、大陸中から冒険者たちが街を目指して移動を始めている。街の宿屋や店もその気配を察知して備え始めているし、商人たちが情報収集と資金集めに走り回っている。


 期待はダンジョンだけじゃない。魔法士ギルドでは最近、数年ぶりに新しい魔法がいくつも編み出されたとか。その魔法から新しい魔道具が発明される可能性も大だ。魔道具士ギルドは残念ながら“無害”への接近禁止令が出ているが、魔法士ギルドでの“無害”見学は許可されているらしいので、情報は持ち帰っているだろう。


 それに、とエールトは全開の笑顔になる。


「“無害”は今日、魔道具作りに興味津々の焦げ茶色の希望で、素魔環の小サイズと極小サイズを複数お買い上げだ。さて、何を作るつもりなんだろうな?」


 魔道具作りという点においては、“無害”だけでなく焦げ茶色のイタチにも期待激大だ。いち早くイタチと繋ぎが出来た自分たちは、新しい風の中にいる。

 酒を出し、支配人と、いつからか一緒に話を聞いていた工房長と、仕事上がりでやって来たドアマンや他の店員たちとで、わいわいとこれからの予想を話し合う。

 結局自分たちは何歳になっても、魔道具を見て目を輝かせていた子供の頃から、根っこは変わらないのだ。


 これから忙しくなるだろう。だが今日のところは。


「“無害”に乾杯」

「焦げ茶色に乾杯」

「プリアールに乾杯」

「魔道具に乾杯!」

「乾杯!!」



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