番外 17_マジックバッグ_魔道具店(店長)_従魔士ギルド(工房長・回想)



 ──マジックバッグ


 見た目は普通の小さな鞄だが、魔法の力で中に倉庫並みの大量の荷物を入れる事ができるアイテム。……らしい。

 召喚されて来てすぐ、カワウソたちが「もしこの世界にあるなら、絶対に欲しい!!」と騒いでいて、その時に説明を聞いていたが、未だにセイにはどんな物なのか理解できていない。


 そんな大量の荷物がどこに入るんだよと聞いても、「異空間とか亜空間とか」と意味のわからない答えが返ってくる。

 その空間とかいうのはどこにあるんだよと聞いても、「次元の狭間というか、魔法で作った異なる空間? みたいな?」と、はっきりしない答えしか返ってこない。


「この世界とも違う、そういう、物を収める専門の世界があるって事?」

「そうじゃなくて……えーと。どうしましょう、ぼくたちはなんとなく“そういうモノ”として受け入れてますからね。“空間”っていう概念が無い人に、一から説明するのがこんなに難しいとは……」

「俺らは物心つく前から青色の猫型ロボットによる四次元感覚の英才教育受けてたからなぁ。……あー、セイ、マジックバッグは理屈じゃない、ロマンや。考えるな、感じろ!」

「無理だよ……」


 言葉とジェスチャーでの説明を聞いただけでは想像が難しく、便利というより「怖い」という印象の方が強かった。

 正体不明の不気味な場所に物を入れるのもだが、そもそも自分の手を入れること自体に勇気が必要……と考えていると、マジックバッグには入れた物の時間を停止させる機能を持つ鞄もあるという追加情報がきた。なにそれ、やば……。

 セイからすれば恐怖の鞄だが、アズキキナコが欲しいというのであれば、止めるつもりは無い。一応。


(でもまあ、そんなデタラメな鞄、本当に存在するとは思えないけどね……)


大移異魔袋マジックバッグとは……随分と古いアイテムをご存知ですね。古代ダンジョンのボスからのドロップでしか手に入らないと聞いています。千回チャレンジして一つ手に入るかどうか……だとか。当店支配人が若い頃に見たことがあるそうですよ。一見小さな革製鞄に見えて、入れても入れてもまだまだ物が入っていく。にも関わらず、見た目も重さも全く変わらない摩訶不思議な鞄だった、と。今は王城宝物庫に厳重に保管されているはずです」


 あるんだ!? セイは驚きで目を大きく開いた。アズキキナコは両拳を天に向かって突き上げ、勢いあまってのけぞり、セイの胸に頭がぽすぽすっと当たった。


「よっしゃ、よっしゃ! 存在するいう事が分かっただけでも大収穫や、ありがとう!」

「もしかしたらどこかで現物見れるかもですもんねっ、希望の光が見えてきました!」


 この子たちは、王城宝物庫か古代ダンジョンボス千回チャレンジか、どちらを攻めるつもりでいるんだろうか……。気になったが店員の前で聞くわけにもいかず、セイは無言を貫いた。


 ちなみにキナコの敬語は、魔獣が人の言葉を話すこと自体が珍事、と皆からスルーされている。セイとしては解せぬ思いでいっぱいだが、キナコが言葉を話した途端に全員がスッと目を逸らし、見なかった事にしようとするのだから仕方がない。


 店員は接客で表情筋が鍛え抜かれているのか、人語を喋るアズキ、次に敬語を使うキナコに最初だけ顔を強張らせたが、そのあとは普通の客に対するように接していた。今は、はしゃぐカワウソたちを見て微笑みを浮かべる余裕すらある。

 少しして店員は考える素振りを見せて、顎に手を当てた。


「ご存知でしたらすみません、【異納環】というアイテムはご存知ありませんか?」

「いや、それは初耳やな」

「そうでしたか。マジックバッグほどではありませんが……そうですね、お客様がお持ちの鞄の……五個分ほどでしょうか、その容量が収納できる腕輪型の魔道具がありまして。それが異納環と言うんですが、そちらでしたら当店の支配人が私物として所持しておりますよ。今は販売禁止品ですのでお売りすることはできませんが、お見せするだけなら……」

「見たい!」


 アズキの返事は早かった。そんなアズキに、店員は申し訳なさそうな表情を向けた。


「ただ、今日すぐに、というのは難しく……後日改めて場を設けるという形でもよろしいでしょうか」

「セイ、セイ! 頼む!」

「お願いしますセイくん、なんでもしますから!」

「わかった、わかったから。えーと、お願いしても良いでっか……?」


 二匹並べて前向き抱っこしていたカワウソたちが、ギュルギュルンッと振り向きセイにしがみついて揺さぶってきた。そこまで必死にならなくても、安全が確認されてるものならセイだって興味が無いわけではない。

 店員にお願いすると、良い笑顔で「必ず」と約束してくれた。支配人と店専属の魔道具職人の同席の許可を求められたが、アズキキナコからすれば「願っても無い!」とのことで、迷いなく了承。


「それでは、連絡は冒険者ギルドへ指名依頼という形でさせていただきます。パーティー名を教えていただいても……?」


 カワウソたちは黙ったまま、ニコニコとセイを見ている。今の今まで自分たちが会話を主導していたのに、パーティー名はセイに言わせるつもりらしい。確かに聞かれてるのは僕だけれども、僕が言うのか、アレを……と恥ずかしさに俯きながら、自分たちの冒険者パーティー名をセイは小声で告げた。


「僕たちは……【刹那の亡霊】。よろしくお願いする……」




 ・◇・◇・◇・




 老舗魔道具店の店長は、接客していた客が退店していくのを、笑顔で見送った。


 今の客は、見るからに平民で、冒険者風の服装は見すぼらしく、持ち物も質素で、変わった訛りがある若い男性──少年と言ってもいいくらいだ──ひとりきりと、小型の従魔たちのみ。購入したのも比較的安価なおおよその時間がわかる魔道具二つと、魔道具作成用の基本パーツだけ。


 本来なら、店長である自分がわざわざ対応するような相手では無い──彼が見た目通りの、“田舎から出てきたばかりの新人冒険者”であったなら。


 扉が完全に閉まり数秒置いてから、店長は初老のドアマンに「よくやった」と告げ、足早に奥の支配人室へと急ぐ。

 しかし支配人室に行くまでの、関係者専用エリアの廊下で足止めをくらった。店員たちに抑えられても尚「離せぇええ!」と暴れている、専属魔道具作成工房の工房長がいたからだ。


「離せっ、“無害”が行っちまう! 今すぐ捕まえて監禁せにゃいかんのだ!!」

「あんたね……。魔道具士という人間はどうしてすぐに人を監禁しようとするんだ。“無害”が魔道具士ギルドに登録に行ったその日にギルドに監禁しようとしたせいで、本人たちから警戒され逃げられて、魔法士ギルド冒険者ギルドからも警戒されて、もう“無害”本人と直で話させてもらえなくなったって聞いたけど?」


 店長は砕けた口調で、大声で犯罪行為を叫んでいる工房長に声をかけた。


「従魔士ギルドからもだ。あの女傑が、目にかけているどころか、孫として迎え入れようとしていると聞いている」


 続いたのは支配人だった。彼も好奇心に負けて、廊下まで覗きに来ていたようだ。

 防音魔法は掛けてあるが、何も廊下で話さなくてもと、工房長を引きずって支配人室へと三人で入った。


「間違いなく、本当に、あの子供が、“無害の天災”なのか」


 支配人は念を押すように工房長に確認した。あれだけ「“無害”だ!」「今すぐ捕まえろッ、逃すな!!」「ワシのアトリエに監禁しろ!」と工房長が大騒ぎしていたのだから間違い無いのだろうが、それでも「どの角度から見ても人畜無害そうな、弱そうな、あの子供が?」と信じられない気持ちのほうが強かったからだ。


「正直顔は覚えとらん。そりゃそうだろう、特に特徴の無い地味な男の顔だ、見分けなんぞつかん」

「おい」

「だが“無害”が魔形した従魔環と魔力環の素晴らしさはこの目に焼き付いとる! 凄かったぞー、何度思い出しても感動で震える。訳の分からん集まりだったが、行って良かった! 事の始まりは、本部の知り合いが突然連絡してきた事で……」

「おい、それはもう何度も聞いたぞ」

「しかもまた初めっから通しで全部話す気だな?」

「それがちょうどワシが休憩しようとしたタイミングだった。だから話が聞けた。今思えば、あれは運命だったとしか思えん!」


 支配人と店長の文句を無視して、工房長は両手の指を組んで天を仰ぎ、頬を染め目を潤ませた。


「ジジイが恋する乙女みたいな顔するな、気持ち悪い」

「お前とは長い付き合いだが、お前のそんな気持ちの悪い顔は一生見たくなかったな……」


 もはやただの悪口だった。工房長はそれも完全に無視し、うっとりとした表情で語り始めた。


 ──事の始まりは、魔道具士ギルド本部の知人から「明日の昼、従魔士ギルドで新人冒険者が従魔士登録するんだが、冒険者ギルドと魔法士ギルドと魔道具士ギルドの本部の人間がほぼ全員参加するんだ。お前も来るか?」と声を掛けられたことだった。


 ……何が何でどうなってそうなった? と数回聞き直したが、相手も詳細は知らないようだった。

 よくわからない集まりだが、四つものギルドの、それも本部の人間が揃う場に一般工房の人間が同席できる機会など、これを逃せば二度と無い。しかも滅多に表に出てこない魔法士ギルドの生きた伝説、漆黒の会長まで来ると言う。急なことだが、人脈を広げる為にも行くべきだろう。


 肝心の新人冒険者とやらには全く関心が無いまま、工房長は参加表明した。


 実際に行ってみれば、高ランクの冒険者パーティーたちの会話から、どうやら従魔契約にフェンリルが来るらしい、と判明した。なるほど、それでこの勢揃いっぷりか……納得はしたものの、生きた魔獣に興味が無い工房長は人だかりの中心から外れ、他ギルドの人間との自己紹介合戦の方に励んでいた。


 フェンリルが実際に現れた時は、その凄まじい迫力に周りと一緒に盛り上がってしまったが、居た場所は遠く離れていた。フェンリルが実は大型の魔狼だと鑑定されて一旦騒ぎが落ち着き、契約魔法の為の従魔環が用意された時点で、ようやく工房長は今日の主役の近くへと行ったのだった。


 しかし、それでもまだ工房長は“無害”と呼ばれている新人に関心は無かった。

 工房長の目当ては“従魔環”の方にある。


 従魔環は魔道具だ。魔道具士ギルド本部が作成して、直接従魔士ギルドへ卸される特殊な一品。契約前のカラの従魔環を見るのも、契約によって魔変化する様を見るのも初めてだ。魔道具士として興味津々である。


 契約は、まずは焦げ茶色のイタチ魔獣からのようだ。随分と器用に人語を真似る魔獣がいるものだ……などと暢気に見ていられたのは、そこまでだった。“無害”が透明の従魔環を小型魔獣の前に並べ、とんでもないことを言い出したからだ。


「魔力を込めたら色が変わるらしいけど、アズキくんは何色がいい?」


 何を言っとるんだこの小僧は。工房長は呆れて笑いそうになった。

 従魔環に限らず魔環というものは、術者の持つ魔法属性に即した色が、吸われるようにして勝手に入っていくものだ。複数属性を持っていても、よほど魔力制御に長けていなければ特定の一色に染めることは難しい。そこまでの域に到達するのに何年かかると思っとる、ド新人が何を抜かしとるか。

 それに、魔獣に色の好みなんぞあるものか。工房長以外にも、何人かは半笑いになっていた。


 しかし“無害”を見る本部長クラスの人間たちの表情は、真剣だった。


 ……なんだ? 違和感に工房長は眉を寄せた。まさか……いや、常識的に考えて、不可能だ。


 しかし、そのまさかの事態が、目の前で起こり始めたのだった。

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