番外 16_ウグスへ差し入れ_魔道具店



 セイがうっかりウグスに渡す果物に魔法をかけてしまったのは、その日の昼食時の事だった。

 森で、セイとアズキたちは自作のオベントウを食べ、シマは山で採っておいた果物を啄ばんでいたのだが。


『オレ、思うんすけど、珍味はたまに食べるから良いんすよ。毎日はキツイっす! まだに帰らないんすか?』


 シマから不満の声が上がった。


「うーん、やっとスタートラインが見えてきた、って感じだからね。……まだまだ掛かるんじゃないかな………………」

『そうなんすかー……』


 あんまりにもしょんぼりするので、もう少し詳しく尋ねてみる。


「珍味って、不味いってこと? 食べ慣れない味ってだけじゃなくて?」


 ここの果物は元の世界には無い種類ばかりで、全体的に皮が硬く、果肉はヌルッとした食感のものが多い。

 シマはもう一口果物を啄ばんで、味をじっくりと確かめるように目を閉じ、ンピピピィー……と渋い声音で唸った。


『んー、なんか雑味があるっていうんすか? 甘いのは甘いんすよ、でもなんか、エグみがあるんす! 後味が悪いっていうかー』

「エグみか……。灰汁アクが強いとかかなぁ、野生の果物だしね。今食べたのだけ? 他の果物も全部?」

『全部っす! 木の実も全部っす。あと神気が全然足りないっす!』

「うーん……ちょっと待ってね」


 同じのを食べてもセイにはエグみは感じ取れない。でもシマが『ある』というのなら、なんとかするべきだろう。


(全部がマズイのは可哀想だしな。ただでさえ窮屈な思いさせてるんだから、せめてご飯くらい美味しくしてあげたい)


 灰汁取りは、元の世界では神浄水にしばらく浸けて処理しているのだが、ここに神浄水は無い。

 むしろこういう時こそ使うべきではないだろうか……そう、【魔法】というヤツを。


 この数日、御大による指導でだいぶ魔力制御には慣れてきている。だが、もう少し発動が不安定だった。

 それについて御大から「魔法の暴走を怖がってっから、かえって失敗してんだよ。せっかく従魔にの結界師がいるんだからよ、自信つくまで結界の中でどんな些細な内容でも、とりあえず全部魔法でやれ。とにかく場数踏んで成功体験積んで、自信つけろ。失敗よりも成功の数を数えろ。今のお前に必要なのは、“絶対に思った通りに魔法が使える”と自分を信じる、そういう確固たる自信だ」と指示されていた。


 ……とは言われても、魔法に馴染みが無いセイは、つい手でやってしまってから「あ、魔法使えば良かったのか」と後で気付く、の繰り返しになっている。


 だから気が付いた今こそ、魔法を使う時。

 まだ自信の無いセイは、コテンに結界をはってもらうよう頼んだ。


「灰汁取りの魔法ってどんなのだろ……えーと、──【洗浄魔法クリーン】。かな?」


 疑問形の呪文でも発動はしたらしく、すぐに果物の表面の小傷と汚れが綺麗さっぱり消えた。しかし灰汁の有無は目で見てもわからなかったので、シマに食べてもらい感想を聞く。『さっきより美味いっす! でもエグみはまだあるっすね。あと神気が足りないっす!』だそうなので失敗、もう一度やり直し。


洗浄魔法クリーンは“物を綺麗にする魔法”、という思い込みが既にあったのがマズかったのかな……いや、それよりもまずは)


「エグみの正体を調べなきゃいけなかった。えーと、そういうのを調べるのは確か……──【鑑定魔法】」


 エグみの原因を知りたい、と念じて鑑定したところ、薄くモヤモヤした物が果肉に混じっているのが視えた。


「なんかうっすい魔瘴気みたいなのがある……えっ、まさか毒? 嘘だろ。──【鑑定魔法】」


 この果物を最初に見つけた時にやった鑑定では、毒は無いという結果だったのに。焦りながらもう一度、薄いモヤモヤに集中して鑑定で調べる。


「結果は……“魔素”。あ、あー、……なるほど」


 御大の説明で聞いた、世界中に漂っている魔力の素、だったはず。ならば果物や植物の中に染み込んでいて当然か……セイは安堵の息を吐いた。

 “魔素”を意識して鑑定魔法を周囲を見回してみると、今まで気付かなかっただけでそこら中にモヤモヤがあった。魔瘴気と違い、やはり害は無いと出ている。


(魔素を取り込んで魔力にして、人は魔法を使うんだっけ……。でもシマくんは魔法使わないしな、不味くなるだけなら要らないよね。取り除いちゃおう)


 見た目は魔瘴気に似てるし、だったら神浄水で洗う感じの魔法でいけるかな……えーと、と考えている横でシマが『神気も増し増し大盛りでお願いするっす!』とピィピィ鳴いている。神気増し増し……、じゃなくって、神浄水で綺麗にする魔法ね、有るのかな……うーん、そうだなぁ。

 イメージが曖昧なまま、セイはとりあえず魔法を発動した。失敗したらやり直そう精神で。


「──【神浄魔法クリーン】」


 魔法名が思い付かなかったので「クリーン」と唱えたが、鑑定すると魔素はちゃんと消えていた。成功したならそれで良し。ホッとして、セイは浄化した果物をシマに渡す。


「セイくんが使ってるアレは、ぼくたちが知っている鑑定魔法と本当に同じでしょうか。今のは本当に、洗浄魔法クリーンだったんでしょうか……」

「シッ。自覚させたらあかん。セイには魔法に対する先入観が一切無い。魔法はイメージや。俺は、セイの自由な発想を、このまま斜め上方向に伸ばしていきたい」

「斜め上なんですね……。了解しました」


 アズキキナコの小声での会話は、シマの『うまいっすー! さすがセイ兄さん、すごいっす! ありがとうっすー!!』という喜びの声に消されてセイには届かなかった。


 そして、そろそろウグスと合流しに行こうか、という段になってようやく、結界内にあったせいでウグスに渡す予定の果物まで一緒に【神浄魔法】で浄化してしまっていたと、気付いたのだった。



 ・◇・◇・◇・



 果物を凝視しているウグスを前に、セイは冷や汗が噴き出していた。

 害は無いと言っても、ウグスからすれば得体の知れない魔法をかけられた果物だ、せめて渡す前に説明するべきだった……。

 後悔でプルプル震えながら、おそるおそる話しかける。


「すみません、変な味しましたか……」

「いや……美味い。エグみが無い、美味い」

「エグみ」


 シマと同じ味覚の持ち主だった。

 ちなみにセイとアズキキナコは味の違いがわからず、シマとコテンたちは違いがわかる派だった。


 ウグスは凄まじい勢いで果物を食らい始めた。瞬く間に三つ完食、手に滴った果汁まで舐めとっている。そこまで……?

 セイが、「今更ですが」と神浄魔法クリーンを掛けてあった事を説明したところ、「負担が無ければ次からも頼む」と食い気味に強い目力で頼まれてしまった。そんなに……?


 普段、どれだけ食べ物に困ってるんだろう。渡した残りの果物をいそいそとクローゼットに隠す美形ウグスの姿に、セイは目頭が熱くなる。


生物なまものなので一度にたくさん持ってこれなくてすみません。旅に出たら僕たちももっとフォローできるようになると思うんですけど……」

「助かるが、気にしなくていい。俺が決めた事だ」


 ウグスは更に、毎回律儀に「この借りはいずれ返す」と言う。

 対価というなら、この国のお金を横流しして貰っていたのだから、それで充分だ。そうウグスに返すと「今は渡していない。世話になるだけは性に合わない」と言われてしまう。お世話になっているのはこちらなのにな……いつも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


(旅に出たら全力応援しよう。準備も進めてかなきゃな)


 とりあえず出発前の現段階で出来るのは、報告会の回数を増やす事で果物の差し入れ回数も多くするくらいだ。

 今日のところは軽く近況を報告し合って、それではまた、と手を振りセイたちは姿を消して外へ。迎えに来たロウサンに乗って森を越える。


 朝早くに来たのに、帰りの今は夕方だ。

 元の世界よりも色が少ない夕焼け空、濃い赤色の夕陽。葉の少ない森、乾いた風。地平を見やれば、山が少なく、なだらかな丘と砂地が広がっている。昼の雲はただ白いだけで輝かず、太陽はひとつしか無い。


 他にも、元の世界との違いをあげればきりが無い。


 果物や植物、動物は初めて見るものが多く、幻獣と魔獣は似ているようでやはり違う。食事は辛味が強く、何故かカラフルだ。接する機会の多い平民街の人々は、ガサツで衛生意識が低く、見ているセイたちが心配になるほどいい加減で、でも陽気で大らかで、圧倒されるほど強い生命力に溢れている。

 魔法という不思議な力が有り、生活用品は使い方のわからない魔道具ばかり。文化や風習の違いで失敗する事もある。


 なによりも、幼い頃から慣れ親しんでいた敬愛する神々の気配が、一切感じられない。祈りを捧げる朝と晩に、ここは“異なる世界”なのだ、と寂寥感と共に思い知る。


 それでも自分は仲間と一緒に来たから、戸惑いながらも馴染んできている。

 しかし、ウグスは慣れない世界に、“たった独りきり”、だ。

 彼は、突然これまでの人生全てから切り離され、無理やり知らない国の為に戦えと“勇者”にされ、大事にされているようで雑な扱いを受けている……彼に瑕疵などひとつも無いというのに。そんな理不尽を放っておけるはずが無い。


 沈み行く夕陽を見つめ、セイは拳を握りしめる。


 ──しんみりしつつ考え込んでいると、カワウソたちが笑いかけてきた。


「中途半端な時間になってしもたな。今から魔法士ギルド行くのも微妙やし、ほな、今から魔道具屋に行こか!」

「良いですねっ、今日は大通りの魔道具店にしましょう!」

「……えっ、もう夕方……」

「まだ店は開いやっとる、大丈夫や!」


 カワウソたちには感傷など無い。寸暇を惜しんで異世界ライフをアグレッシブに楽しむ気満々だ。待ちぼうけの多かった一日の疲れも無いらしく、元気いっぱい、期待に満ちたキラキラとした目でセイを見てくる。


「……まあ、いいけどね」


 やったー! と声を揃えて喜ぶ仲間の姿に、セイは気が抜けて、笑いが溢れた。


 握りしめていた拳をゆるめ空を見上げると、薄い夕焼け雲の向こう遥か上空を、流れるように飛んでいる竜の姿が、小さく見えた。



 ・◇・◇・◇・



 平民街でも大通りの奥側、王城や貴族が住まうエリアに近い場所には、高級店が並んでいる。

 その中の一つ、煌びやかな外観の高級魔道具店で、セイたちは入店されていた。


(そりゃまあ、そうだろうとも)


 だから高級店に行くなら日を改めようって言ったのに。自分の簡素な“駆け出しの冒険者風”の服装と、丈夫さだけが取り柄の大きい斜め掛けカバンをぶら下げている姿を見て、セイはため息をついた。


 分かっていたことだから、店員に「お前向きの店はあっちだ」と庶民向けの店が並ぶ通りを言われて鼻先で扉を閉められても、デスヨネーとしか思わず、すぐに店から離れた。しかしカワウソコンビは違ったようで……。


「愚かな……」

「誰を門前払いしたか、後で知って震えるが良いですぅ」


 クックック、フッフッフ、と声に出して笑っていた。ある意味“感無量ポイント”に近いものがあったらしい。何でも楽しめて羨ましい……セイは素直に感心した。

 懲りないカワウソたちは「次はあっちや!」と、やや奥まった所にある落ち着いた外観で歴史の有りそうな高級魔道具店へと、小走りで駆けていく。あのポジティブさ、本気で羨ましい。


 店の前に立つと、手を掛ける前に、中から店員が扉を開けた。

 セイは、まずはどの家の使いかを聞かれるだろうと予想していたが、店員は意外にもすぐに「いらっしゃいませ」とニコリと微笑んで、セイたちを客として中へ促した。


「あの、この子たち……従魔も一緒に入っても……?」

「構いませんよ、どうぞご一緒にご覧くださいませ」


(さすが高級店、敬語だ! ……でも僕が敬語を使っちゃいけない事に変わりは無いんだよな……)


 確かに今まで平民街で、老若男女全員、誰も敬語を使っていなかった。見るからに平民なセイが敬語を使えば、目立ってしまうだろう。

 しょうがないか……少ししょんぼりしながら店内に入って行く。


 入店を促したのはドアマンで、接客担当の店員が商品案内の為に近寄ってきた。三十代半ばくらいだろうか。こちらもとても愛想が良く、そしてフレンドリー。


 元々魔道具に興味があるのはカワウソたちなので、セイはただの抱っこ要員だ。店員と会話するのはメインがアズキ、たまにキナコ、セイは空気。

 アズキは、魔道具の存在を知ってまだ数日とは思えないくらい専門的な内容まで、商品を前に質問を続けていく。店員との会話は弾みに弾んでいる。アズキの誰とでもすぐに打ち解けられる性格は感動的ですらある……セイは、いやでも僕はそこまではいいや、と羨む気持ちは起こらなかった。


「──なるほどなぁ。そら作ったもんならともかく、ダンジョンからの発掘品は内部の仕組みわからへんでもしゃーないわな。他にもこういう一点物、あるんかな?」

「そうですね。大きな声では言えませんが……今はダンジョン攻略の際の取得物は全てギルドへ報告し、貴重度の高いお品は王家へ献上させていただく仕組みになってますが、昔はもう少し緩く……冒険者に一任されておりましたので、それなりに」

「つまり、めっちゃレア度の高い魔道具も、その時に買い取ってある、と。例えば──マジックバッグとか?」


 アズキのちっちゃい目が、キラリと光った気がした。





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