番外 15_勇者の挨拶回り



 プフエイル王国の王城敷地内、花も路も美しく整えられた庭園に、いかにも“貴族のお嬢様たちのお茶会”といった場が、セッティングされていた。

 しかしそこへ座ったのは金髪の美少女、たった一人。後ろに侍女と侍従、護衛騎士数人が控えて立っている。

 少女の前へと進み出た美形の青年も、立ったまま。


 青年は二十歳くらいで、無表情なことも相まって芸術品のような完成された美しい造形をしていた。しかし美形ではあるものの、血筋と品の良さを全身から放出している少女とは違い、場にそぐわない粗野な雰囲気が僅かにあった。


 一人で優雅に紅茶を飲んでいた少女は、侍従から青年へのが一区切りついたタイミングで、ようやく微笑みを浮かべ口を開いた。


「第二王女クォーワイトメリアであるわたくしは胸の奥深くへと隠し、貴方と共に戦いの旅へと出る私は、ただの戦乙女“ホワイト”になるの。今この時から私を、ホワイト、と呼ぶ栄誉を貴方に与えるわ」

「だが姫さん」

「言ったでしょう? 貴方の前では私は我が国の王女ではなく、支援魔法で貴方を助ける魔術士、ホワイト、よ。これから私と貴方は共に戦い、共に励まし、手を手を添えて共に救国の旅へと羽ばたいていくのよ。信頼し合う仲間を名前で呼ぶのは、当然のこと。不敬などと、誰にも言わせたりしないわ」

「だが姫さん」

「ホワイト、よ。あまり私を困らせないで?」

「…………ハァ……。わかったよ、“ホワイト”。──これで良いか?」

「ふふっ。そうね、及第点、といったところかしら。これからの貴方の努力に期待しているわ、わたくしの勇者」


 花のアーチと、きらめく陽光の下で語らう美男と美少女。そんな二人の様子を、少し離れた場所にある植え込みの影から──カクレギノネコの能力で姿は消しているが、気分的にいつも物陰に隠れてしまう──セイたちは盗み見していた。

 アズキとキナコが、ぺちっと小さな音を立てて両手を合わせ天に向かって拝み、震え出した。


「クール系イケメンと王族美少女による、なま【名前呼び捨てイベント】いただきました……!」

「感無量ですぅ……!」


 芝生にあぐらをかいて座り、その足の間でお腹を見せて寝ている猫のミーくんを撫でていたセイは、あの会話に感動するようなポイントなんてあったかなぁ? と首を傾げた。


(ツッコミ所ならたくさんあったけど。自分で戦乙女って言っちゃうところとか。名前で呼べって言うわりに、自分は勇者呼びなところとか)


 カワウソコンビも仲間内の会話では「勇者」という言い方をしているが、本人に対してはちゃんと名前で呼んでいる。何故仲間内でも名前で呼ばないのかとセイが聞いたところ「勇者という“ジョブ”に対するこだわりと敬意」という、やっぱりかけらも理解出来ない理由だった。これまでにあった【感無量イベント】も、どれひとつとして理解出来た事が無い。


 とはいえ、そもそもカワウソたちは元の世界にいる時から理解不能な言動をしてるので、セイは全てをそのまま受け入れ、スルーしている。


 さっきので“王女への挨拶”は終わったのかな、と見れば、少女は優雅に一人だけ菓子を食べ、勇者と呼ばれた青年は立たされたまま、侍従から「王女と行動を共にする上での注意点」をくどくどと説明されていた。


 勇者──ウグスは、朝から今に至るまで、完璧な無表情である。


 今日は、討伐メンバーが決まってから更に数日経ち、やっと仲間との初顔合わせがあると聞いて、朝からセイたちは見学に来ていた。アズキキナコの強い強い強い希望で、ウグスの許可だけもらっての、覗き見である。


 セイは、メンバー全員を一堂に集めて「これからよろしく」の挨拶をするのだと、想像していたのだが。


(まさかウグスさんが一人で、仲間全員一人ずつに挨拶に行く……なんて、そんなやり方だとは思わなかったよ……)


 朝、まずは「支援魔法で凶鳥討伐に尽力賜ることになった第二王女殿下へご挨拶申し上げるよう」指示されたウグスに隠れて付いて行き、王城へ向かった。

 そこでウグスは完全放置状態で待たされ、次に庭園へ行けと言われ、また待たされ、ようやく現れたと思ったら姫は一人だけ優雅にお茶を楽しまれ、侍従から「第二王女殿下御自らが勇者の仲間として凶鳥討伐へ向かわれることになった経緯」の説明を長々と聞かされてからの、アレだった。


「特権階級意識激強ゲキツヨのダメな時代の王族っぽいですから、ナチュラルに傲慢なのは、分かってましたけども」

相手にもこういう態度やとは思わんかったわ。これって、ウグスが平民やからよな?」

「容姿と能力は文句無しに良いですからね。差別意識が無自覚無意識レベルで根っこまで染み付いてるんでしょうねぇ」

「あんなんでも王族側あちらさんは、自分らは平民相手にめちゃ手厚ぅしてやったってる、て思てそうなあたりがなぁ」


 と、引いてたわりに【名前呼び捨てイベント】を喜ぶのだからカワウソたちの感性は不思議だ。セイはミーの腹を撫でた。ゴロゴロ音に癒される……。


 王女には侍女が、ウグスには侍従が昼食の準備が整ったと報告したようだった。王女が手を、ス……と横向きに滑らせた。


「行きましょう、私の勇者」

「俺はいい」


 エスコートしろ、という行動による命令。それを一言で断られた王女は、目を細めた。


「まぁ……。勇者の礼儀作法の講師は誰だったかしら? 今日からは幼児用の講師に替えた方が良いのではなくて?」

「……わかったよ」


(今、ちょっとだけイラっとしてたな……)


 今日初めて、ウグスの表情筋が微かに動いた。


 ウグスから、礼儀作法やダンス、歴史に詩の授業だの、討伐に関係の無い事をやたらとさせられて、一番大事な剣の訓練があまり出来ないという愚痴と、更に食事が苦手だ、といった不満を聞いていたセイは、申し訳なさで眉がググッと下がってしまう。


(本当なら、ああいう人たちの相手をしなきゃいけないのは、僕だったんだ……)


 ウグスは巻き込まれただけで、勇者としてチュンべロストラブルに付き合うことすら本当は必要無い、とセイは考えている。

 ウグスがここに居るのは、あくまでも彼の善意によるもので、自分たちはそれに甘えているだけなのだと。


(いずれなんとかするつもりだけど、今の状況じゃ相談もできないんだよな。頑張ろう)


 心に決意を刻み、王女に片腕を差し出し去って行くウグスを拝みながら見送って、セイたちも森へ昼食に。


 午後からまた王城のウグスと秘かに合流し、他の旅の仲間への挨拶まわりに隠れて付いて行く。


 他の人たちとの顔合わせは、王女ほど待たされる事は無く、まあまあの時間で進んでいった。


 王女の他のメンバーは三名。──騎士団推薦の剣士(二十歳女性)、聖堂所属の聖女(十七歳女性)、魔法庁所属の魔術士(十五歳女性)だ。

 女性剣士と聖女への挨拶を終わらせ、今は魔術士塔の庭園で、魔術士の少女とウグスが向かい合っている。


「魔術士殿なんて呼び方やめて。わたしにはリルエっていう名前があるんだから!」

「だが魔術士殿」

「やめてってば! 私たち仲間なんだよ? 私は勇者と、もっと仲良くなりたいの!」

「だが魔術士殿」

「リルエよ、リ、ル、エ。ほら、言ってみて? 恥ずかしがらなくて良いんだよ?」

「…………ハァ……。わかったよ、“リルエ”。──これで良いか?」

「んー、まだチョット固いなあ。でも今はしょうがないからそれで許して、あ、げ、る。ふふっ」


 ちなみに女性剣士と聖女もほぼ同じ要請をしていた。感無量の【名前呼び捨てイベント】も一日で四人めだからか、カワウソたちが無言で半目になっている。

 セイは、全員に対して同じテンションで、一言一句同じ返事をしたウグスのほうに感心してしまった。心底どうでもいいんだろうな……。


 同席していた魔術士から「魔術がいかに素晴らしく、魔術士が仲間になることがどれ程素晴らしいか」を聞かされているウグスに、セイは手を合わせた。……彼の忍耐に、いつか報いたい。


「全員美人美少女ばっかりかーい。絵に描いたようなハーレムパーティーやな。ラノベなら羨ましいで済むけど、現実に戦いに行かなあかんメンバーやと考えたら、バランス悪過ぎてシャレにならんわ」

「勇者の負担が大き過ぎますよね。せめて一人くらいは、ムードメーカー担当になるおちゃらけた三枚目の大男が入ると思ってたんですけど」

「お調子者で言動が下ネタ気味やけど、いざという時は頼りになる兄貴分やな。仲間内で揉めた時の仲裁役。初期メンバーに入ってへんのなら、途中で仲間になるパターンか?」

「途中で仲間になるのは、奴隷の獣人少女一択じゃないです?」

「ほんまや、それがあった! ……ほんでもこの世界、獣人ているんかな?」

「今のところ全く見かけてないですねぇ。スラムに行かないとフラグが立たない、とかでしょうかね」

「いや待て、スラムいうたらアレや。仲間にならんでも“スリか引ったくりの少年捕まえて話聞いたら病気の母親おかんか妹いて、スリも男の子や思てたら実は女の子やった”イベントが……」


 好き勝手なことを喋っているアズキキナコの横で、セイは本を読んでこの国についての勉強をしていた。たまに、セイの足を枕にして寛いでるコテンを撫でる。さらりとした感触が気持ち良い。


 そうこうしているうちに“仲間への挨拶”という名の、小言と自慢話拝聴タイムが終了、同時に接見そのものも終了。彼ら自身の話は長いが、ウグスとの会話はほぼ無いので、姫様とは違って他の仲間たちに掛かったのは、各一時間ほどだろうか。……だからと言って苦痛じゃ無いとは言わない。


 帰るウグスの後を付いて、彼が王族から貸し与えられている小さい離宮へと。私室に入ってしばらく時間をおいて誰も来ないと判断してから、コテンが人避けの結界を張った。

 やっと気を抜き、セイたちは長々とため息をついた。


「ウグスさん、お疲れ様でした。あの……約束の果物、です」

「助かる」


 受け取るなり、すぐにウグスは果物にかぶりついた。よっぽどお腹が空いていたらしい。


 ──セイたちは、魔術士塔に監禁されていた時から、ウグスに果物を渡していた。


 ウグスとしてはただの愚痴として「王城で出される食事はマナーも内容も全てが苦痛だ。なんの加工もしていない、丸ごとの果物にかぶりつきたい」という事を言ったのだが、聞いたセイは当然「僕たちは塔から何回も抜け出しているのだから、ついでに山で果物採って来て渡しますよ」となる。

 王子の事があって塔を脱走し、冒険者登録した後も、報告会の度に毎回渡していた。


 ただ、今回の果物については渡しても良いのか、やや不安があった。


(害は無いから大丈夫……だと思うんだけど)


 ウグスは果物を三口ほど食べたところで、急に動きを止めた。そして、信じられない物を見るように、果物をまじまじと見つめている。

 彼の表情筋が動いたのは今日一日で、これがやっと二度め。つまり、それだけ衝撃だった、と。


 硬直しているウグスの姿に、セイは動揺した。


(嘘だろ、変な味がしたのか……? 僕には味の違いなんてわからなかったのに。やっぱり新しいのを採りに行けば良かった)


 ウグスが握りしめている果物は、種類はいつものと同じだが、決定的に違う要素があった。

 セイが、うっかり魔法をかけてしまった、という違いが……。


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