番外 14_従魔契約



『随分と賑やかだね。──静かにさせるよ』



 ロウサンの言葉を聞いたのは、もちろんセイだけだった。

 キィン……ッと澄んだ音が響き、鋭い切っ尖を持つ氷の槍──氷撃が、空中に並んだ。セイとコテンを除く全員の頭上に、一人一本ずつ狙いを定めた状態で。


 街中なら通報されるレベルの大騒ぎをしていた大人たちは、ピタリと口と動きを止めた。


「あの、ロウサンくんは賑やかなのがあまり好きじゃないので……。こんなんなってるけど、もう少し声を抑えて欲しいってだけで、危なくは無いので」


 氷の一本一本から殺意のオーラが迸っているのに、お前は何を言ってるんだ。その場の全員が思ったが、誰も声を出せない。身じろぎ一つできない。どういうわけか風も止まり、葉擦れの音すらしない。


 後に、“しん……と完全に静まり返る状態”を指す表現として、各ギルド内で「氷槍で頭狙われたように静か」、または「静かにしねぇと氷槍で頭狙うぞ」といった使われ方がされるようになるが、それはまた別の話。


 そんなトラブルがあったものの、セイたちの従魔契約は予定通り始まることになった。


 ロウサンについては、セイの「もう消して良いと思うよ」の一言で頭上の巨大氷柱がすぐに消えたこと、地面に伏せの姿勢になったことで、みな恐怖心が和らいだらしい。檻に入れてくれ、鎖で繋いでくれなどと言った要望も無く、遠巻きにしつつもキラキラとした目で凝視されているだけで、自由だ。


 コテンが死んだ表情で「なにこの脳筋ランド、信じられないんだけど。耐えられなくない……?」といって震えているので、まずは元気溌剌なアズキから契約することに。


 従魔契約の大まかな流れは、まず魔獣の種類と簡単な能力を【鑑定魔法】で調べて、ランク付けをする。それからあるじとなる人間へ服従する魔術が付与されている【従魔環】が装着されれば、ギルドに登録して、終了。


 今回は魔獣が複数いるので、まずは鑑定とランク付けを一匹ずつ全数してから、契約も一匹ずつというやり方をするようだ。


(鑑定って、どこまでわかっちゃうんだろ……。アズキくんの【ハジンノタチ】って、元の世界にだってあの子たちしか存在しない特殊な種族だって言ってたのに、大丈夫なのかな)


 不安でソワソワしているセイとは違い、当のアズキは軽い足取りで、たたっ、と走って行った。おばあちゃん本部長と従魔士職員の女性の前にちょこんと座る。


「あらぁ、本当にお利口さんねぇ、可愛いわー。怯えて暴れる子もいるから、基本は契約者に側に付いてもらうものなんだけど、この子は平気そうね」

「大丈夫やで」

「あらあら、なんて賢い子ちゃんなのかしら!」

「やーん、この子すっごく可愛い!」


 おばあちゃんと女性は手を取り合って、ひとしきりキャッキャとはしゃいだ。


「じゃあ始めるわねー。怖くないからねー、ちゅぐ終わるからねー」


 女性がアズキの頭に手をかざして鑑定魔法の詠唱を唱える。他の従魔士たちが興味津々で見ている中、《魔獣鑑定》。


「えーとね、えー、と? 【……ィ……タチ】? 最後の【タチ】しかはっきり見えないわね、どうしてかしら……」

「俺、【カマイタチ】やで」


 アズキが堂々と嘘をついた。


「あら? 【カマイタチ】っていうと……東の国特有の魔獣よね? 絵でなら見た事があるわ。似てるかといえば……似てるわねぇ。能力も同じかしら?」


 おばあちゃん本部長の質問に、女性が魔獣能力の鑑定魔法の詠唱を唱える。


「この子の能力は、えーと……【風の刃】。それと……まだ何かありそうなんだけど、私には見えないわ」


 大人たちがしゃがんで顔を近付け、アズキを観察する。


「確かカマイタチの能力は、腕に鎌のような刃物が付いていて、突風のような速さで走り抜けざまに切る、だったわね。でも、あなたの腕は普通に見えるわね?」

「俺は尻尾が刃になるんや」

「あら、そうなの。それにしては柔らかそうな尻尾だこと」

「自慢の尻尾やで」

「そうね、とっても可愛いわー」


 おばあちゃん本部長はにこにこしながらアズキに更にいくつか質問した後、後ろに控えていた男性従魔士に記録の指示を出した。


この国うちでは珍しい種類だけれど、カマイタチ自体は魔獣ランクB。でも能力の【風の刃】がこんなに可愛らしい尻尾だものねぇ、ランク落ちてCかDよね。……人の言葉を喋れるから、Cにしておきましょうか」

「では個体名アズキ、性別オス、魔獣種名カマイタチ、ランクC、能力は風の刃、で」

「それでいいわ」

「……ぇ」


 セイは小さく声を出した。


アズキくんが、Cランク?)


 Cランクがどの程度なのか具体的には把握していないが、魔力測定のランク分けと変わらないのであれば、S、A、B、Cの順で下がっていくのだろう。

 一軒家ほどの大きさがある魔獣ですら単独で斬り倒し、万能鍵などの便利グッズをお腹のポッケに持ち、高度な錬金技術を持つアズキを、簡単な聞き取りだけで実技審査も無く、Cランク判定?


 そんなはず無い……口を開きかけて、慌てて閉じる。


(やば。アズキくんの能力がバレる方が絶対にまずい)


 ……よね? さりげなくキナコの方を見れば、高速の瞬きで返事をしてきた。黙っていて正解のようだ。


 アズキの鑑定が終了し、キナコに交代。結果は、個体名がキナコになっただけで他はアズキと全く同じ。当然Cランク。

 次は、セイにずっと撫で撫でしてもらっていて、気力が復活してきたコテン。


「あらぁ、お耳長い子ちゃん、良い子ねぇ、可愛いわねぇ」

「ちゅぐ終わりゅからねー、怖くないからねー」


 鑑定魔法を発動させた女性は、コテンの結果に目を大きく見開いた。


「【妖狐】。……えっ嘘、妖狐?」

「あら? この子、狐なの?」


 外見が狐っぽくないコテンは、初見では大体誰からも“やたらと耳の大きい白い子犬”だと勘違いされる。


「妖狐も東の国の魔獣よね。有名な能力は、──“人の姿に変化できる”?」

「ゴメン、ボクは、人の言葉はなんとかしゃべれるようになったんだけど、【変化へんげ】はどんなに頑張っても……無理で。ボクは、ボクは、出来損ないの妖狐なんだ……」


 長い耳をぺしょりと垂れ、悲しげに俯いたコテンを見て、従魔士の皆さんは「まあ……」「そんな……」と言って、口に手を当て、泣きそうな顔になった。因みにオッサンたちもである。

 すぐ口々に「大丈夫、可愛いから!」「可愛いに勝る能力は無いから!」など必死に慰めている。


「こんなに賢い子ちゃんなんだもの。貴方はとっても素晴らしい妖狐よ! 可愛さランクならSよ!」

「じゃあ記録はどうする?」

「妖狐はAランクだけれど、人化出来ず尻尾の数も少ないから、この子は“Cランク”ね」


 あ、そこはシビアなんだ。コテンの目の前で下のランクを告げる感性に、セイは引いた。


 コテンの悲しげな様子は明らかにだったが、それでもセイは小さな体を抱き上げて、「コテンくんは可愛いし賢いし、僕もみんなも、いつも頼りにしてるよ」と伝える。“コテンくんは能力も、ここ基準のSランクなんかよりよっぽど上で、もはや国宝級だよ”という本心が伝わることを祈りながら撫でると、頭突きする勢いですり寄ってきた。可愛いなぁ、ぎゅっと抱きしめた。


(というか、ランクの決め方、いい加減過ぎないか?)


 コテンに至っては能力の鑑定すらせずに決定だった。それはどうなんだろう。いや、コテンくんの有能さはバレるほうがマズイからこれで良いんだけど。でもなぁ……と、もやもやしているセイに、おばあちゃん本部長が声をかけてきた。


「次は、いよいよね。……“無害”ちゃん。フェンリルっぽい子と一緒に、ここまで来てもらえるかしら?」


 。それは、昨日の魔法暴走の様子から付いたセイの二つ名──【無害の天災】から来た呼び名である。


 今日の昼に従魔士ギルドへ着いた時、普通に、当たり前のように「“無害”ちゃん」と呼ばれた。なんぞそれ? とセイは戸惑い、説明を聞いたアズキとキナコは……激怒した。


 近年稀に見る本気の怒りだった。


「斯様な横暴を、断じて許容するわけにはいきません!!」

「極めて遺憾であると言わざるを得ない、強く抗議するものである!」

「我々に一言の相談も無く二つ名を決めるなんて……!」

「せっかくの……せっかくの二つ名なんやぞ!」


「「厨二成分が全く足りない!!!」」

「…………」


 セイとしては「無害」だけなら、まあまあ無難だし、まだ良かったかなと少しホッとしていた。「漆黒」だの「閃光」だのは、御大や冒険者ギルド本部長のようにカッコいいタイプだから似合うのであって、自分には無理だ。どんな顔で返事しろというのか……。


 しかしアズキとキナコは、納得いかない、安易で地味! と怒り心頭に発していた。しかも、「最低限“刹那”は入れるべきやろ!」「ぼく的には“亡霊”を入れたいです!」「“極光オーロラ”とか!」「“堕天”とか!」と恐ろしい内容を本部長たちへ提案しに行こうとしたので、セイが説得して止めた。


「変な名前に変えたら、へ帰れる手段がわかった時点で、君たちだけ先にとっとと送り帰すよ」


 一番効果的な脅しだった。セイだって怒る時は怒るのだ。

 脅してでも阻止したのは、この国では二つ名が付けば、正式な場以外ではそちらで呼ばれるのが常識、と聞いたからだ。

 この国の平民は姓が無く、名前もレパートリーが少ない為、同名の人間が二つ名持ちと間違われるトラブルが多いから、とのこと。

 【漆黒の風刃】略して漆黒こと、御大こと、魔法士ギルドの会長も、アルトという本名を知る人は非常に少ないのだとか。


 セイについても既に、今この場に集まっている大勢の人たちのほとんどが「無害」という名前でしか知らない状態になっている。


 ちなみに、ギルドに登録に来ただけの、まだ一度も依頼を受けた事が無いド新人に“二つ名が付く”などという事態はまさに前代未聞、むしろ空前絶後の大珍事だった為、「ムガイ」を本名だと勘違いしている人も実はそこそこ居た。


「……“無害”ちゃん? フェンリル様は、起きたくないのかしら?」


 突然付いた変なあだ名に慣れず、セイは返事が遅れた。その隙を突いて、胸元から飛び立つ白い小鳥の姿。


「え? あっ、シマくん!?」


 アズキ、キナコ、コテンと続いてたのを見て自分もと思ったのか、シマワタリドリのシマが姿を出し、本部長の前へと飛んで行った。

 他の子たちまで出てきては困る。セイはさりげなく、しかし素早く右手で左手首の袖口を掴み、その手で襟元を抑えた。


「あら? この子鳥ちゃんは?」

「あのっ、僕の仲間の一人で、いつも内ポケットに入ってる子で、怖がりな子で、その」

「あらぁ、こんな可愛い子が隠れてたのねぇ。この子も魔獣なのね──【小魔鳥】Eランク」


 魔獣鑑定すら無かった。

 ま、まあ、そのおかげで助かった……冷や汗を流しながらセイが「シマくん帰っておいで」と呼び戻すと、シマは首を傾けて『これ、なんだったんすか?』と聞いてきた。


「……シマくんがすごく可愛いっていう、確認みたいなものだよ」

『そうっすか? オレとしてはオレは可愛いよりカッコいいと思うっす!』

「…………シマくんはカッコいいよ……」


 ふかふかの白い胸を反らしてドヤ顔を見せつけてくる。この子は……。セイはため息を我慢して、笑っておいた。


 ──さて。それではいよいよ、フェンリル(仮)の出番である。


 集まっていた人間たちが、よく見ようとジリジリと迫ってくる。しかし、ロウサンがチラリと視線を投げれば、ザザッと後退る。大きい虫を前にした子供かな?


 ロウサン自体はおとなしく移動したものの、鑑定する女性の方が震えて近付けなくなってしまった。

 うーん、と少し考えて、セイがロウサンの口周りに抱きついて、一緒に地面にしゃがむことに。

 魔法が届く限界ギリギリの距離から、女性がなんとか手をかざし、《魔獣鑑定》。


「……フェンリルじゃない、フェンリルじゃないわ! えーとえーと、【……ロウ】、前半が見えないわね、【……狼】?」

「あら、フェンリルじゃなかったのね。そう、そうなの」


 本部長──従魔士ギルドの長は、底まで見通しそうな澄んだ目でロウサンをじっと見つめ、頭を垂れる深さまでの頷きをひとつ。


「そうねぇ、【狼】が付くのだから、やはり【魔狼】かしら。能力はどうなの?」

「それが【氷】までしか見えなくて……。ダメね、今回の私、全然鑑定出来てないわ」

「カマイタチも妖狐も、この白狼様も、どうやら東の国の魔獣みたいだもの。あなたに見えなくても仕方ないわ」


 後でアズキナコに、「東の国を目指す余裕は無いからね」と強く釘を刺しておかないと。心で固く決意して、表面上は普通にロウサンに関する問いに答えていく。


ツノが全く無い魔狼だから“Dランク”、と言いたいところだけど、白い毛並みと体格の良さで“Bランク”が妥当でしょうね」

「……それでは、個体名ロウサン、性別オス、魔獣種名は魔狼、ランクB、能力は氷魔法、で、いいのか?」

「いいんじゃないかしらー」


 本部長が、にーっこり、と意味ありげな笑顔をセイへと向けた。


「フェンリルじゃなくて、残念だったわねぇ」

「え、僕は別に……」

「そちらの白狼が、“人に馴れたフェンリル”、だったなら──“Sランクの魔獣”だったなら、王家へ献上する栄誉を賜われたのにねぇ。残念ざぁんねぇんだったわねぇええ」


 随分と含みを持たせた言い方だった。


 セイは「あれ? もしかしてわざと雑なランク付けしてたのかな?」と、“察した”。しかし。


「魔狼ってなぁ、フェンリル並みのヤツもいんのかよ、舐めてたぜ!」

「そこらへんに転がってる魔獣だと思ってたのによ」

「魔狼、スゲェ! カッケェ! ヤベェ! 最高だぜ!!」

「「ウォオオオオ!!」」


 冒険者や魔法士たちが今度は、魔狼コールを始めた。

 本当は違うって分かってて、わざと言ってるんだよね……? 演技にしては熱狂ぶりがすごい。自信無くなってきたな。


 再びやかましくなったギャラリーを、ロウサンが空中停止の氷撃で黙らせ、次は【従魔契約】。


 テイムした魔獣が人間に危害をくわえられないよう制約を課し、契約者の命令には絶対服従、という魔術が刻まれた透明の輪っか──【従魔環】を二つ渡された。


 コテンにアイコンタクトを送ったところ、頷きが返される。契約内容の書き換え可能……なら良いや。セイと幻獣たちは従魔士ギルドの魔法士の前へ。


 対になっている二つの従魔環へ契約者と魔獣が揃って一緒に手を乗せると、それぞれの魔力が流れ込む。透明な輪っかが契約者の魔力の色に染まり、適切な大きさへと変化する。主従お揃いで装着して、契約魔法が発動すれば完了──そういう流れらしい。


 鑑定の時と同じ順番で契約を始めたところ、セイの作成した従魔環があまりにも通常と違う、常軌を逸した出来だったそうで、「テメェいい加減にしろ、せめて常識の範囲内で突飛なことをやりやがれ!」と御大に文句を言われた。従魔士や魔法士たちからは【頓珍漢魔王】などという恥ずかしいを付けられそうになって、半泣きで止めた。


 そんな無駄な時間もあったせいか、終わる頃には空が茜色に染まっていた……。


 解散後はやっぱり、一切止められることも、どこへ行くのかと聞かれることすら無く、自由行動。

 仲間たちだけでロウサンに乗って移動しながら、セイは気になっていたことをアズキに尋ねた。


「アズキくんたちの鑑定の結果って、あんまり見えなかったみたいだけど、実は何かしてた?」

「俺らは何もしてへんで。“自分より魔力の高い相手の鑑定は成功しない”いう異世界設定あるあるがあるんや」

「へー、だから大丈夫だったんだね」

「ま、賭けやったけどな」

「賭けだったんだ……」


 そうこうしてる内に、王城の勇者の元へ忍び込み成功。

 相変わらず美形な顔面に無愛想な無表情で、ニコリともせず、会うなりセイへ肩をすくめて見せた。



「やっと討伐メンバーが決まった。四人だそうだ」




 

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