番外 12_冒険者ギルドと従魔士ギルドの本部長_屋台の串焼き
「あの……すみませんでした。的、弁償します……」
頭を下げているセイに、誰も……御大ですら声を掛けられずにいた。全員が身動きできずに、緊張してセイを見つめている。山で肉食系大型野生動物と遭遇したかのような空気感だった。
居た堪れない雰囲気に、セイは小柄な体を更に小さく丸めた。
「あの……今は手持ちが少なくて。これから働いて返すので……その、ごめんなさい、あの」
「ねえ! 君さぁ、どんな地獄から来たの!?」
「はいっ?」
突然の大声とあんまりな言い様に、さすがのセイも顔を上げた。声の主は
「あんな状況、いつどこで何が原因で起きてたの? 俺も見たかったなぁ! あっ、でもちょっと補正はしてたかな? でも似たような光景は絶対見たよね、そういう発動の仕方だったもん、あの揺らぎの少なさ最高だったよ、いやー良いもの見た! ウォーターボールだったらどうしてた? やっぱり水没!? すっごく見たいなぁっ魔法本部の水没! あーでも君には無理か、可能不可能で言えば可能でも理性が邪魔するタイプだ、もったいない! しょうがないから空バージョンで妥協するよ、じゃ、今すぐウォーターボール大量発生させてみよー! レッツゴー! イェァッホォーウッ!!」
最後は見事な巻き舌だった。何から何まで意味がわからない。
「おいッ、おいコラ、キチ野郎! なんだってテメェがここにいやがんだよッ」
「【緊急特災依頼】出したのそっちだろ。どうせなら最初っから見せてくれたら良かったのに、ケチクソジジィめ」
「テメェ……いい度胸じゃねぇか」
人間の顔の血管って、あんなに盛り上がるものなんだ……セイが引いてしまう程の形相で、御大は魔法部部長を睨みつけた。
「君、緊急特災依頼の取り下げは通達した? まだなら今すぐ走りなさい。これ以上他のギルドに目をつけられると厄介だからねぇ」
魔法士に指示を出したのは、冒険者ギルドの本部長だった。気がつけば、練習場内に魔法士以外の人が沢山増えている。冒険者パーティーらしき厳つい人たち。作業着と白衣の集団。冒険者よりも軽めの防具をつけた人間数人と、彼らに連れられている魔獣たち。
ゴーグルを額の位置にずらして着けている白衣の中年女性が走り寄って来て、魔法部部長を押しのけ御大に迫った。
「ちょっとちょっと〜、ウチの【ぜんぶ受け止めるクン】どうなったの!? えぇーちょっと、損傷じゃなくて破壊、も通り越して消滅してんじゃん! 時間の計測は? 記録は? してないの? してないの!? 無能なの!??」
「うるせぇ! 今はお前の出番じゃねぇんだよ、すっこんでろッ」
「ただ見てただけの無能〜! せめて記録しとくべきじゃないの? 漆黒の無能〜!」
御大の額で盛り上がる血管が増えた。こわ。
他の作業着や白衣の集団は御大やセイを素通りして、【ぜんぶ受け止めるクン】──どうやらセイが壊した的──があった場所へと、うぉおおおお、待て待て待て、カケラ残ってないか探せ、風よ止まれー! 計測器来るまで触るなよ!! などと叫びながら突進して行った。
あの人たち、的の製作者っぽい……あっちに謝りに行くべきかな。ソワソワしていると、頭に尖った角が三本生えている子馬程度の大きさの狼型魔獣が近づいて来た。
「あらあら、大変なことになってるわねぇ。どっこいしょ」
魔獣の背中に乗っていたお婆ちゃんが、のんびりした動きで降り立った。小柄で、身長が高いとは言えないセイよりもだいぶ低い位置に頭がある。おっとりとした上品な老女だ。
「ババァ、辺境から遠路はるばるご苦労なこったが、緊急特災依頼の件なら見ての通り収束済みだ、とっとと帰りやがれ」
「あらぁ、ご機嫌斜めねぇ。私がなかなか会いに来ないからって拗ねちゃったの? アルト
「おいクソババァ、寝言もほざけなくしてやろうか、アァッ?」
“ちゃん”の言い方が実に嫌味だった。ニコォとした意味有りげな笑い方は、相手を煽る時にキナコがするものに似ている。
浮き出た血管で顔面がえらいことになっている御大の恫喝を、老女はサラッと無視してセイの方へと向き直った。
「そこでキャンキャン吠えてる漆黒の無能はアルトちゃんっていってね、今は偉そうに威張り散らしてるけど、あなたくらいの歳の頃はそれはもう大人しくて礼儀正しい真面目で自己評価の低い根暗な子だったのよ」
「おい」
「なのに、人よりも多少魔法の才能があるって周りからおだてられてからは、ひどいものだったわ。すぐに調子に乗って、見てるこっちが恥ずかしくなるようなイキリ散らしっぷりでねぇ。……ふふっ、当時はみんなで笑わせてもらったわぁあ」
「おいババァ……!」
「しばらくすれば自然に治ると思ってたのに、こんな歳になってまでみっともなく喚いて……情けない。ねぇ若い人、あなたはこんな風に人から
「バ、バ、ァッ……!!」
セイは返事のしようもなく困ったように無言を貫き、御大は怒りのあまりに「ババァ」以外の言葉が出ない状態になっていた。
冒険者ギルドの本部長が「まあまあ」と、執り成すように老女の肩を優しく叩いた。
「そう苛めるのは可哀想というものだよ。アルト
「あらあら、叩かなくていい大口を叩いて、かかなくていい大恥をかいたの? アルトちゃんってば一生私たちを鼻で笑わせてくれるのね、素晴らしい道化精神だわぁ、とても真似出来ないわーぁ」
ここって、声の大きい人と口の悪い人ばっかりだな……。ドン引きのセイの横で、アズキキナコもやや引いている。
「御大、あの顔で意外にいじられキャラやったんか」
「アズキくん、そこはせめて愛されキャラって言ってあげましょうよ」
「それもちょっと違うんじゃないかな……」
カワウソコンビ相手には、セイもツッコミを入れる。
「どいつもこいつも、力付くで叩き出されてぇようだなぁ?」
「君はそろそろ冷静になるべきだよ。気付きなさい。いくら緊急特災依頼を出したからって、郊外にある従魔士ギルドから到着できる速さじゃない。……従魔士ギルド本部長である君が、わざわざ、どういった要件で魔法士ギルドに来ていたのかな?」
「あら、あなただって。随分と早いお着きだったようだけど」
「僕たちは此処の前にあるカフェにいたからね」
冒険者ギルド本部の皆さんは、セイが魔法士の登録を終わらせて出て来たら食事に誘うつもりで、近くで待っていたそうだ。S級冒険者パーティー二組をお供に付けて。
作業着と白衣の皆さんは魔道具士ギルドの職員で、こちらは建物自体が元から隣接しているため、すぐに駆けつけられた、との事。
「そうなのね……その子についてはまた今度、ゆっくり聞かせてちょうだいねぇ」
「おや、後でいいのかい?」
「こちらの要件も急ぎなのよ。私たちはあなたたちに相談があって、近くまで来ていたの。──その子とは別件で、【特殊災害】の危機よ」
本部長と御大の顔つきが変わった。
近くに居た冒険者ギルドの職員が小声で説明してくれたところによると、【特殊災害】とは街一つを滅ぼす程の大きな災害のことだそうだ。例えば大規模な
特殊災害と認定されれば、【特殊災害対策依頼】が出され、全ギルドにお互いのあらゆるしがらみや利害関係をすっ飛ばして協力し合い、対策に努めるよう求められる。無論、そうそう発動されるものではない。数十年に一度あるかどうかの非常事態らしい。
御大がセイの魔法暴走で他ギルドへ通達したのは、この特殊災害対策依頼に【緊急】が付くもので、それこそ議論も調整も予定もへったくれも無く、全員今すぐ駆け付けて対処求む、というもの。ただの特災依頼でも珍しいというのに、大変レアな事態であったといえる。
「そんな大変なことに……。なんかすみません、結局大したことなかったのに急にみんな呼ばれて」
「何言ってんの、君がやったのは充分天災レベルだよ」
「は、すみませ……」
収束が早かったとは言え、緊急特災依頼を受け練習場に入ってきた冒険者ギルド、魔道具士ギルド、従魔士ギルドの面々は空一面を埋め尽くすファイアボールと、ファイアスピアへの変化、そして的へ向かう炎の奔流をしっかり目撃していた。
「ババアもさっきの見たんだろうがよ。アレより優先しろってのか」
「すごかったわねぇ。現象としては間違いなく天災レベルだったわ。でもね、人的被害はゼロでしょう?」
「ウチの若いのが確認したよ。被害は【全部受け止めるクン】一体の完全消滅と、周囲の地面が半球状に消失、それだけだね。人への被害は無し。小さな火傷もかすり傷すらも全く無し、だそうだよ」
被害状況を答えたのは冒険者ギルド本部長だった。
「何言ってやがる。上の結界も負荷がかかり過ぎて壊れかけちまってるよ、大被害だ」
「それはアルトちゃんの力不足でしょう。その子に害意があったようには見えなかったわ。こちらの要件は“人畜無害の天災”より重要なのよ」
「君が来たということは、魔獣絡みかな?」
「そう……。東の外周壁外側と、スーエの森の王都近くで大型の狼型魔獣の姿が数回確認されたの。大きさは目視で戦魔馬より一回り、上。毛並みは白銀、青の仄光有り。角は確認出来ず。目撃跡地の残魔量が膨大で、調査に行った
「──怪狼【フェンリル】」
ざわり、と場の空気が熱気で揺らいだ。
周囲にいた冒険者や魔法士、従魔士たちが「フェンリルが魔領域深層から出てくるなんて!」「脅威度五の化け物が、どうして」「記録に残るフェンリルよりも体格、残魔量が大きいらしい。リーダー格じゃないかって」「それじゃ脅威度六相当……街どころか国が滅ぶぞ!」と口々に騒ぐ。
「おいおい、なんだって天災級の怪物が同時に二体も……チュンべロス入れたら三体じゃねぇか!」
「…………」
白髪をかきむしり興奮する御大を、セイは複雑な気持ちで見つめた。チュンべロスとフェンリルと……もう一体って、まさか。
「この子も人間の形をしたフェニックスか火焔竜みたいなものだけれど、害は少なそうでなによりだわ。ね、フェンリルの方が緊急性が高いでしょう? あちらは行動が全く読めないものねぇ」
「確かに、こちらの脅威度六相当は理性がある分、当面は無害と言っていいだろうね。後回しにしてまずはフェンリルに対処しよう。遠方にいるSランクパーティー全てを可及的速やかに呼び寄せるよう指示を出すよ」
「…………」
(間違いない、この人たち
ドドン引きしているセイにアズキが寄り添った。意味ありげに見上げてくる。
「なぁ、セイ。それって……」
「…………やっぱり?」
「このタイミングでそんなんが他にもいたら、逆にびっくりするわ」
「だよねぇ」
自分に対する解釈はともかくとして。
騒ぎになっている【フェンリル】に、セイたちは心当たりしか無かった。
「あの……」
「ねぇ! あの結界もう一回張ってよ!」
「はいっ?」
本部長たちに話しかけようとしたセイの肩を掴んだのは、冒険者ギルド魔法部部長だった。彼は、本部長たちがどれだけ呼んでも、セイが壊した的の跡から頑として動かなかった一団の内の一人だ。
「あの結界、何製!? 調べたけど術式痕どころか魔力廻線状痕もない! 歪み、凹凸、僅かな瑕疵も無い、あり得ない!! あれじゃまるで面で構成されてるようじゃないか。面の魔力って何!? さあ再現したまえ!」
「いや、あの」
「ちょっとちょっと〜! 再現するならファイアボール出すところからやってよ! 出せるよね?」
割り込んで来たのは、頑として動かなかった内の更にもう一人、ゴーグルの女性だ。
「本部長待って! 再現するなら火魔耐特化の受け止めクンも用意したい!」
「記録装置と計測装置もちゃんとしたの用意したい!」
「火特化だけで良いの? その子、全属性オールSだよー」
「オールSゥ!?」
ローブ姿の魔法士がいらん事を言ったせいで、魔道具士たちが、ウオォオオオオ!! と雄叫びを上げた。
「こうなると最大の敵は、……金庫番!」
「よし、ウチの金庫番も脅そう! 俺も絶対に立ち会うからな!!」
本人の意思を無視して、いつ実験するか熱い話し合いが始まってしまった。
「ねねね、この子見せて! ずっと気になってたんだよぉ」
話しかける隙をずっと狙っていた従魔士ギルド職員たちが、今だ! とばかりにアズキとキナコを囲んだ。
「可愛いねぇ、可愛いねぇ。人の言葉喋れるの? 賢いねぇ!」
「どれくらい喋れるの? インコみたいに決まった言葉だけじゃなくて会話できるの? すごいねぇ、可愛いねぇ」
「知能どれくらい? 5歳程度じゃなさそうだね、もっとかな? 知能テストと能力テスト受けようねぇ」
「生息地どこだろう。山かな? あ、ちっこいけど水掻きあるね、水陸両用なの? 可愛いねぇ!」
「色の薄い子が女の子かな? えっ、どっちも男の子なの、
向こうでは、本部長たちが「まずは調査から」と真面目に話し合いしている横で、冒険者と魔法士たちが「フェンリルに会いたいかー!?」「「ウォオオオオ!」」「フェンリルを、倒したいかー!?」「「ウゥォオオオオオッ!!」」と拳を振り上げ盛り上がっている。
「…………」
めちゃくちゃだった。
しかし、悲しいかなセイは、こういう状況に慣れていた。セイの世界の幻獣にはテンションが高い種族が多く、セイ以外とは言葉が通じない多数の種族たちが、それぞれ一斉に騒ぎ出すことなど、よくある出来事なのだ。
こういう時は声を張り上げても無駄だ、と知っている。
セイは片手を、ス……と上げた。無言のまま、“静まりたまえ”、“こっちに注目”と心の中で念を込める。
すると徐々に、セイを中心にして、好き勝手に騒いでいた人たちが口を閉じ、目を向け始めた。
何故か従魔ギルドの犬型や狼型たちが尻尾をフリフリ駆け寄り、セイの足元で腹を見せ始めた。セイは目で、「後でね」と伝える。
「みんな、聞いて欲しい」
全員が静かになったところで、セイは穏やかに告げた。
「そのフェンリルは、僕たちの仲間でぅ。恐ろしい魔獣なんかじゃない、心配しなくて大丈夫」
みんなは口をポカンと開けて、返事をしない。もっと言わないとダメかな? 笑顔で胸をドンと叩いて宣言した。
「白銀の狼、悪いフェンリルじゃないよ。ロウサンくんは、とても優しい紳士。だから大丈夫!」
セイ以外の人間全員が目を大きく開き、「──ハァッ?」と声を揃えて言った。
・◇・◇・◇・
「頼む、セイ! 串焼き買ってくれ!!」
「お願いですセイくん、お金なら後でちゃんと払いますから!」
「うーん、でもねぇ……」
「おかーちゃん、串焼き買うてや! 宿題ちゃんとやるから!」
何を言ってるんだ? セイは足にぶら下がっておねだりするカワウソ二匹に渋い顔になった。
魔法士ギルドでの混乱から一夜明け、セイたちは宿屋の人に「今日は教会前の大通りで露店が沢山出る朝市があるよ」と教えてもらい、ワクワクしながら歩いて来た。そして、人が増えてきたなー、というところで目の良いアズキキナコが串焼きの屋台を見つけ、駄々を捏ね始めたのだ。
「なんであかんのや!」
「お金が惜しくてダメだって言ってるんじゃないんだよ? ただあの屋台はやめておいた方がいいんじゃないかなって。なんの肉かわからなくて怖いし」
「でもね、セイくん。異世界と言ったら屋台の串焼きなんです。串焼きを食べずして異世界は語れないんですよ!」
「ごめん、ちょっと共感できないかな……」
セイとしても普段大変お世話になっているコンビの頼みならば、可能な限り叶えてあげたい。しかし……。
「うーん、もうちょっと近くで様子を見てから、考えよっか」
セイはアズキとキナコを抱き上げた。小さなカワウソたちにも屋台がよく見えるように前向き抱っこして、ゆっくり歩いて行く。
近くで見た屋台は、一言で言って汚かった。
屋台後ろの建物の隙間にあるドブからどデカイ鼠が出てきて、下水でベットリした体でまな板の上へと駆け上がり、小さく切られた生肉の山へと食らいついた。その鼠を屋台のオヤジが素手でバシッと払い飛ばし、その手でドブ鼠が齧っていた肉を掴み、机横の壺から客が食べ終わってゴミと一緒に放り込んであった串を取り出し、洗わずに刺し、虫の浮いた茶色いタレに突っ込んで、カスやら何やらでドロドロ状態の鉄板の上で焼き始めるのを見ながら、セイたちは通り過ぎた。
「…………」
「…………」
「あの串焼き、ここで生まれ育って食べ慣れてる人なら大丈夫かもだけど、僕たちはお腹壊しちゃうんじゃないかな。それでもどうしてもって言うんなら買うけど、どうする?」
屋台から離れて横道の隙間に入り、固まっている駄々っ子コンビにセイは優しく問いかけた。
「……衛生意識ドカスぅ」
「さすがに無理ですぅ」
アズキとキナコの涙で、セイの袖がしっとりと濡れていったのだった。
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