番外 11_村の幻獣(回想)_魔法暴走(セイ視点)



 炎珠幻鳥は、元の世界の幻獣だ。

 毎度のごとく神気を求めてへ辿り着いた絶滅寸前の鳥で、番いの二羽だけだった。


 体長がセイよりも大きく、来た時は全身灰色だったのに、しばらく村で養生したら赤色になっていた。翼の色が特徴的で、羽の先から中程までの色が、まるで炎が燃えてるように絶えず変化していて、飛んでいる姿は見る人の心をやや不安にさせるものだった。山火事起こしそう。


 その二羽が『出産したいから協力して欲しい』と頼んできたのが、半年ほど前だったか、もう少し後だったか……。


 炎珠幻鳥の出産は独特だ。月の無い夜にオスとメスの両方共が夜空を舞い、羽ばたいて翼から火花をまき散らす。オスとメスの出した小さな火花同士がぶつかって爆発し、拳ほどの丸い炎になる。そうして出来た火の玉の何万個に一つが、卵になるのだ。


 卵も火の玉そっくりで、よく見れば中に柔らかめの殻があるのが分かる……つまり外側は燃えている。

 どちらも空で消えずに燃えたまま落ちてくるという。何万個という数が。山火事不可避。


 勝手にそこらで産んで火事を起こすのはマズイのでは、という理性が幻鳥たちにあったことを喜ぶべきだろう。協力を頼まれたセイは、村の竜人族たちと対策の話し合いを始めた。


 火の粉が他へ飛ばないようにする方法は、コテンが範囲結界を張ることであっさり解決。

 問題は出産場所と、卵を守る方法だった。殻を覆う火が消えると中の雛が死んでしまうので、水の上での出産は却下。岩場の上は、空からの落下で殻が割れて、やっぱり死んでしまうので却下。


 協議の結果、地面に防炎マットを敷き詰め、セイたちが同じ素材の防護服を着て立ち会うことになった。


 月の無い日までにという期限があり、しかも出産予定地もかなり広く、マットの作成だけでも大変だというのに、防炎マットと防護服のからのスタートという過酷さ。

 火に強い幻獣たちが毛や鱗や角など提供してくれて、アズキが「作りたいもんあり過ぎる、手が足りん! これが終わったらエナジードリンク的なもん作るぞ、絶対にだ!」と喚きながらも、竜人族錬金チームと一緒にはしゃぎ倒していて、とても楽しそうだった。


 なんとか準備を終えて、いよいよ出産。セイたちが見守る中、真っ暗な夜空へと炎珠幻鳥二羽が飛翔した。

 羽ばたく毎に火花が力強く散り、飛んだ跡はまるできらきらと赤色に輝く、光の川のよう。

 二羽がお互いギリギリの位置を交差して飛び、火花と火花がぶつかって閃光と共に炎の塊がたくさん生まれ、黒い夜空に朱金の華がいくつも咲いていく。


 最初のうちはみんなで「綺麗だね」と言って微笑み合っていたが、幻鳥二羽があまりにもギュンギュン飛び回り、火の玉を大量に増産していくので段々不安の方が強くなっていった。どんだけ作るつもりだ……。一時、空が火の玉まみれになった程だ。


 やっと降りてきた幻鳥は『出しても出してもまだまだ出るから、楽しくて止まらなくなった』とやり切遂げた雰囲気を出し、灰色に戻った羽を畳んだ。

 時間をかけてゆっくりと降るように落ちてきた火の玉を、徹夜して選別しながら拾った結果、卵は二十個ほど。『いつもは一個か二個なのにすごーい!』と幻鳥たちは感謝の舞を踊ってくれた。

 卵にならなかった火の玉は巣の材料になるというので必要分を鳥へ渡し、残りはアズキと竜人族による錬金チームが嬉々として引き取り、あとは雛が無事に孵るのを祈るばかり……。



 ──という事があったのを、セイは思い出していた。ファイアボールが炎珠幻鳥の卵にそっくりだったので。


(もうじき孵りそうって言ってたなー。……待てよ。もしかしてあの雛たちが大人になってみんなが出産するって言ったら、ものすごいことになるんじゃ……? 二羽だけでも空が火の玉まみれになったのに)


 勿論ダメではない。ただ、早めに言ってもらわないと対策が大変だ。

 だって二十羽の炎珠幻鳥たちが一度に出産したら……と、空一面が火の玉でびっしりずっしりと埋まる様を、セイは想像した。


 魔力を練ったまま、イメージしてしまった。


「おいッ」


 鋭い声に視線を向ければ、焦った顔をしている御大がいる。


「お前、何をした!?」


 なにって、ファイアボールを出した……と手元を見れば既に無く。魔法士たちが空を指差して騒いでいるので、つられて顔をあげれば、空一面を無数の火の玉がびっしりずっしり埋めている光景があった。


「うっわ」


 セイは最初、魔法士の誰かがやった事だ、と考えた。火魔法の次の見本かな? いきなり難易度上がり過ぎだよ、と。

 少しして、それにしては様子が変だ、と眉を寄せる。


 御大が魔法士たちに必死の形相で指示を飛ばしている。ギルド全員、いや他のギルドに所属してる魔法士も全員今すぐ呼んでこい、ありったけの魔力環と魔槞環持ってこい、水魔法最大を風魔法で飛ばすぞ、結界魔法持ちは人を守る方を優先しろ、など。

 まるで、予定外の出来事に大騒ぎしているように見える。


(……まさか、僕のせい、か……?)


 いや? いやいやいや? 魔法が発動できる自信すら無かったのに、初心者がど初っ端から、あんなえげつない……。

 待って、「お前何をした」って言われたな。まさか。……いやいやいやいや。


 否定する思考とは裏腹に、セイの鼓動は速くなり、汗が吹き出してくる。

 いやいやいや待て。もし、もし犯人が僕だとしても、ここには最強の魔法士たちがいるんだ、あれぐらい消してくれる。きっと大丈夫……。


「オイッ、ファイアボールを消せッ」

「えっ? はぃ……えっと……」


 ところが魔法士にそんな事を言われて、セイは混乱した。えっ、僕が消すのか? どうやって?


 セイは普段火を消す時は、風を送るか、水をかけるか、蓋をする。

 ここでセイの常識が邪魔をした。

 “でも、全部無理だよね、あんな空まで届かないし”。


 次に考えたのは、“燃料が尽きれば、火は消える”だった。

 考えた時には、無意識に空のファイアボールへと燃料を送ってしまっていた。燃やし尽くして消えろ、と。


 その燃料の正体まで考えが及んでいなかった。その方法なら火は消える、と信じる気持ちだけが、ただあった。


 燃料は【セイの底無しの魔力】だ。


 ドォン! と鳴り響く不吉な音。驚いてビクリと震える身体。一斉に燃え盛る数え切れない程の火の玉。炎で空が真っ赤に染まる異常事態。魔法士たちは卒倒寸前。御大はずっと早口で詠唱していて話しかけられる雰囲気ゼロ。


(ちょっ、ちょ、早く消えてくれ! 早く!!)


 悪化していく状況に焦ったセイは、火を消す目的で、更に燃料を追加。


 空から、ギシリ……という、鳴ってはいけない音がした。気絶したい。

 混乱が加速し、誰もが冷静さを失っていき、その様子がセイを追い詰めていく。


(まだ消えないのかよ、残りあとどれくらいなんだ、はやく、もっと、もっと、もっと──!)


「あかん、ぞ!」


 アズキが言うと同時に尻尾を横薙ぎに振り、風がセイに当たった。それで少しだけ、頭も冷えた。

 御大たちの方へと走っていくアズキを目で追っていると、とん、と足に軽い衝撃が。見下ろすとキナコが寄り添っている。


「セイくん、大丈夫ですよ。ちょっと深呼吸してみましょうか」

「キナコくん……」

「吸ってー、吐いてー、吐いてー。肩に入ってる力を抜いて」

「……うん」

「あのね、セイくん。あの火は本物の火じゃないんです。セイくんが作ったものだから、セイくんがコントロールできるんですよ」

「そうなの?」

「はい、出来ます。ぼくたちが物知りなの、知ってるでしょう?」


 キナコの落ち着いた声と話し方を聞いているうちに、セイの動揺もおさまっていく。


「コテン、あの的に多重吸収結界頼む!」

「任せて!」


 足元にいたコテンが、アズキの言葉に頷いたあと「セイ、神気貰うよ」と言ってセイの靴の上に右前足をたんっと置いた。


「【四点天地点、線、結、円、界、成、吸収結界! 上層三十六点下層三十六点天地点線結、界成、結界! 上層下層百四十四点天地点線結、界成、結界! 上層三層……】」


 近くにあった“絶対に壊れない的”を中心に、コテンが結界を何層も何層も重ねがけして強化していく。


「キナコ!」

「はい! セイくん、大丈夫です!」


 キナコはアズキに向かって“セイは正気だ”と言外に伝えて、もう一度穏やかな声でセイに語りかける。


「セイくんのファイアボールは、ロウサンくんの氷撃みたいなものです。氷撃だって、氷だけどロウサンくんが自由に形を変えたり動かしたりしてるでしょう?」

「氷撃……」


 セイは、ロウサンが空一面に並べた氷撃で獲物に狙いを定めていた場面の記憶を、“思い浮かべた”。

 頭上のファイアボールたちが、炎のまま氷撃に似た槍の姿へと一斉に変化する。

 キナコは、目の端に映ったその光景から出来るだけ意識を切り離すよう努めた。ここで怯えを見せて、セイをまた動揺させたりなんかしたら、全部お終いなのだから。


「あの的にコテンくんが吸収結界を張ってます。的に全部ぶつけて消しちゃいましょう」

「あー、そうだね」


 それなら魔法士がファイアボールを的に当てて消していたのを見たばかりだから、イメージしやすい。

 コテンの吸収結界なら大丈夫だ、という絶対的な信用もある。


 【吸収結界】は、武闘派の幻獣たちが己の法力の限界を越えていく挑戦用かつ戦闘訓練用に、コテンが開発した最強の防御結界だ。

 外からの攻撃は通して、中で起きた衝撃は結界外へ僅かも漏らさない。

 なんといってもシロの『どん、どんっ、どおーん!!』を完璧に結界内に納めてみせた頑丈さだ。ロウサンの氷撃連続速射の新記録にも日々対応している。まさに、実績による信頼。


 そんな究極の結界を、コテンが何重にも重ねがけし続けている。


(僕のは数が多いだけでただの火なんだから、そこまで念入りにしなくても。……あ、止まったかな)


「……えーと、コテンくん、もういい? じゃ、いくね。よいしょー」


 ロウサンの氷撃連続速射のイメージを、炎槍ファイアスピアに変化した炎玉ファイアボールへと乗せた。

 間を置かず炎の天井が一本の奔流となり、滝のように的へ吸い込まれていく。


 コテンの結界は魔法では無いからか、セイにも視えない。結界そのものは視えなくても、煙を入れたシャボン玉のように、中で起きている破壊行動により発生した黒煙の形で、半球体だと分かる。


 ズガガガッ、ドゴォッ、ギャリギャリギャリッ、バリンバリンバリンバリン! ズシャァッ! と、とんでもない音が結界内から聞こえてくる。

 ……一体、中で何が……? 気になるが、ここで止めるわけにはいかない、無心で撃ち込み続ける。


 最後の火の玉が結界に消えた。それからしばらく経っても、中は真っ黒で何がどうなっているのかわからないままだ。


「…………」

「………………」


 終わった……しかし誰も動かず、誰も何も言わない。コテンだけが、小声で結界の天の点から少しずつ慎重に解除していった。

 結界が全て解除され、黒煙が風に流され。その様を無言で見つめ、少し経った後、そこにあったのは半球状に綺麗に抉り取られた地面だけだった。


(ちょ、“絶対に壊れない的”、どこいった……)


 答えなんて聞くまでもない。木っ端微塵に破壊し尽くされ、風となって消えた。結界内の地面まで煙に変わり、消えた。


 ……マジか。セイは膝から崩れ落ちそうになる。


(キナコくんに、あんなに堂々と「僕は壊さない」って言ったのに……!)


 しかし、やってしまったものはしょうがない。せめて「壊してないし、壊さないし、壊したら謝る」と言った、最後の言葉ぐらいは守りたい。


「あの……すみませんでした。的、弁償します……」


 セイは、御大と魔法士たちに深々と頭を下げて、謝罪したのだった。


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