番外 10_魔法士ギルド練習場 魔法についての説明



 魔力とは何か。


 それは世界中に漂っている【魔素】を空気と共に取り込み、体内にある【魔炉臓まろぞう】という臓器で生成した力の事だ、という。


(……うーん、僕には【魔炉臓】なんて無いしね。だったら、やっぱり僕には魔法は使えないんじゃないかな?)


 セイは不安でソワソワし始めたが、アズキキナコは小声で「眉毛」「おじゃる」と言って何故かブフフと笑いを噛み殺している。君たち、楽しそうだねぇ。


 目を戻せば、御大に顎で指図された魔法士が、机の上に大中小の壺を三つと、一本一色の棒を複数種類、数数ずつ並べているところだった。


「俺は、魔法っつーのは絵を描くことに似てると思ってる。例えて言うなら、魔力が【色溶瓶】で、魔法属性が【色筆】だ」


 色溶瓶とやらが、半透明のジェル状の物が入った壺の事かな、と見当をつける。

 色筆は、赤や青などの色で固めた……棒に見える。どうやって使うんだろ? 疑問だったが、知ってる風を装ってセイは小さく頷いた。


 セイの世界の絵は【華彩水】というカラーインクを、無色の茎筆で吸い取りながら紙に描く。

 この世界では色ごとの棒を色溶瓶に浸して筆とし、専用の布に描いていくようだ。紙は高級品なのだとか。


「体内に作れる魔力量は、人によって違う。大体は生まれつきのもんだな。王族が一番魔力多いって言うしよ。つっても、平民でも多い奴はいるし、努力でもある程度までは増える。最近では神の加護も影響するんじゃねぇかっつー説も出てきてるが……はっきりとは言えねぇ、まだ研究中だ」

「そうなん、だ……」

「お前にはそういう意味でも期待してるんだが、そっちは追々だな。……話戻すぞ、魔力量が色溶瓶。魔法属性は色筆に例えると分かりやすい。火魔法なら赤い色筆、水魔法なら青い色筆。こっちも生まれで持てる数と色が大体決まっちまってる。普通は、お前と違って一本か、多くて三本くらいしか持てねぇ、お前と違ってな」


 強調されましても。セイ自身にも何故自分が魔力量が多く、適正属性が多いのか理由なんて知らない……。


「ただ、生まれつきの魔力量と違って、属性は確実に。お前の適応属性が多い理由は、神の加護だろう」

「そ……かなぁ?」


 元の世界では確かに複数の神様から加護を頂いていた。でもそれがこの世界の魔法に影響するものなのか、セイには判断がつかない。わからない事ばっかりだな……ため息をつきたくなる。


「問題は属性が増えるレベルの神の加護なんざ、早々貰えねぇってとこだな。ああ、ダンジョンでドロップするレアアイテムでも増えるぞ。……未踏破のダンジョンからどんだけ見つかるか楽しみだよなぁ? ダンジョン攻略班がお前の仕上がりを手ぐすね引いて待ってんぞ、せいぜい頑張るこったな」

「はは……」

「話を戻すぞ。最近の研究じゃ、魔炉臓で作られる魔力そのものは、無色で共通なんじゃないかと言われてる。なんでかっつーと、同じ人間で臓器はひとつであるにも関わらず、属性ごとに出力できる量が違うからだ。火と風両方の適正持ってても火の出力量は30、風は300っつー具合にな」


 火30と言った時に赤色の細い筆を持ち、風300の時は緑色の中細の筆を持って説明した後、御大はニヤリと笑って色溶瓶と色筆を動かした。


 手のひらより小さいサイズの壺に、細い色筆一本置いて、「これが普通の人間が使う魔法と魔力量」。

 片手いっぱいくらいの中サイズの壺に、中細の二色のと太い筆一本、計三本置いて、「これが一般的な魔法士」。

 両手サイズより一回り大きい壺に、太い四本と極太一本置いて、「これがお前だ」……と言われるのかと思ったら、「これが、高ランクの魔法士」。


 ……ん? と眉を寄せるセイの目の前のに、魔法士がひと抱えもある特大の壺をドンッと置いて、極太の色筆数十色ゴロゴロゴロッと積んだ。


「そんでお前がこれだ」


 …………いや? いやいやいや? え、本気で? さすがにセイも顔を引攣らせる。違いがえぐい。


「やべぇだろ? 分かったな? 魔法士はな、魔法の本質を正しく理解し、己の魔力を正確に把握し、制御する訓練をしなければならない。特にお前は。……そんだけの魔力持ってて制御できてねぇガキが街をうろついてるなんざ、怖くておちおち昼寝も出来やしねぇよ。適切な力の使い方ってヤツをしっかり身につけてくれや」

「頑張りっ、る」

「よし、次は魔法の発動についてだ。属性という色筆で、魔力という色溶瓶を使う。しかしこいつらはあくまでも、道具だ。……絵を描くのに一番大事なのはなんだ? 筆が勝手に絵を描いてくれるわけじゃねぇ。自分の中にある、こういう絵を描く、というイメージだ。そうだろう?」

「イメージ……」

「そうだ。──魔法はイメージだ」


 セイの膝の上でアズキキナコが同時に、ぺちっと両手で素早く目を抑え、プルプル震え出した。えっ、泣いてる? なんで?


「リアル魔法使いによる、“魔法はイメージだ”、いただきました……!」

「感無量ですぅ……!」


 さっきから、「出たっ魔素!」「マナは? マナは!?」とキャッキャしていた二匹は、何がそんなに心の琴線に引っかかったのか、とうとう泣き出してしまった。楽しそうで羨ましい。この二匹が見えてない他の人たちも羨ましい。


「イメージが詳細なほど、魔法の発現も正確になる。魔法は自分の心の中から生まれるものだ。スイッチ押せば自動で形通り出てくる、そういうものじゃねぇ。だから……」


 御大は顎をしゃくって、魔法士の一人に「ファイアボール出せ」と言った。命令された魔法士のおっさんは四阿から少し離れた場所へ移動し、手のひらを上へ向けて立った。


「“我が身より絞り出す火の魔力、ギュッと出でよ──【ファイアボール】”」


 魔法士の掲げた手のひらより高い位置……何も無い空間に、拳ほどの大きさの火の塊が出現した。下から「牛乳魔法……」と、いらん事を言っている呟きが聞こえたが、セイは素直に、すごい、と感動した。


 火魔法を見るのは初めてだ。燃やす素材も火種も無く、魔法士の言葉通り炎だけをギュッと丸く固めて出すなんて、不思議でしょうがない。しかも空中に浮かべている、すごい。


 まるで火の神様みたいだ、と。


 手品に目を輝かせる子供のように、セイはファイアボールを見つめた。残念ながらその火の玉はすぐに近くにあった等身大くらいの革袋のような物体──おそらく今のように魔法をぶつける為の的だろう──へと投げて消されてしまったけれど。


「大事なのは、これがファイアボールだと、“覚える”ことだ。“ファイアボールとは、これくらいの大きさの火の玉である”という認識を持つことで、魔力がファイアボールという魔法になる。魔法士が現象に名前を与えることで、名前から現象を起こす。それが魔法だ」

「そうなんで、ね」

「まず自分の中の魔力の存在を感じるところから始める。次に詠唱を唱えることでより詳細にイメージし、同時に言葉に魔力を込めて練り上げる。最後に、魔法の名前という呪文を魔力を紡いで唱え、実際に出現させる。慣れねぇうちは自分の中の魔力を探すのにも時間がかかるもんだ。一連の流れを繰り返し練習することで、だんだん発動がスムーズに、より速く、よりイメージ通りに魔法が形になる」

「わかった……気がし、る」

「ま、ただぼーっと繰り返してるだけじゃ意味ねぇからよ、そこらへんの指導は俺がみっちりやってやるよ、安心しろ」


 全く安心できない凶悪な顔で言われて、セイは曖昧に笑って返事を避けた。


「そんじゃ、一回試しにやってみるか」

「……えっ!?」

「魔法士ギルドに登録して新人がすぐにやることが何か、それはな……基本的なことを全部教えるまで勝手に魔法を発動するんじゃねぇと、どんだけ警告しても警告しても、一人になったらすぐに試し撃ちしやがることだ」


 セイの膝の上でアズキキナコの身体がギクリと震えた。……なるほど。


「俺らが見てねぇとこで一人で勝手に魔法試されるくらいなら、ここでやらせる方がマシなんだよ。ここは魔法の練習の為に作られた特別な空間だ。あちこちに防御結界が張ってある。空にも防御結界が張ってあってよ、このだだっ広い練習場と本部全部を覆っててな、中の魔法が絶対に外へ出ねぇよう出来てる。その上……」

「上……?」

「外から中が見えないよう作った。本部じゃ新しい魔法の研究もやってっからな、透視盗聴予防だ」

「高性能」

「ファイアボールぶつけた的は、全属性の最上級魔法にも耐えられるっつー魔道具士ギルドご自慢の一品だ。安心してぶっ放せ」


 ……魔法が発動できない心配のほうをして欲しい。セイは自信なさげに小さく俯いた。



 ・◇・◇・◇・



 四阿から離れた広い場所へとみんなで移動した。ここにも魔道具士ギルド自慢の“絶対に壊れない的”がある。


 魔法の手順は、初めに自分の内側の魔力に意識を集中すること。初心者なんだから、なんとなく程度でいい、と言われた。

 同時に、詠唱。実は内容に決まりは無いそうだ。

 自分の中にある魔力を認識する言葉から始めるのが望ましい。次にどの属性の魔法かを指示し、どういった状態で出力するのか具体的にイメージしやすい内容で語る。その時に言葉に魔力を乗せる、もしくは練り上げていくんだ、と。……絶対難しいだろ、それ。


「慣れねぇうちはみんな長文の詠唱になるのが当たり前だ。練度が上がるにつれて、詠唱も短くなっていくからよ。気にせず思ったこと考えたこと全部詠唱にしてずっと喋り続けろ」

「それはそれで難しい……」


 元々セイは自分の考えを語るのが苦手なタイプだ、聞き役になる方が多い。【混ざり物神気】の事も、女神に聞こうと思いながら、彼女の滞在時間が短く勇者との打ち合わせを優先してしまい、結局聞けてないまま、というぐらいだ。

 特に不都合は無いし、まぁいっか……という、のんびり気質のせいも多分にあるが。


(多分だけど【混ざり物】は魔法に関する何か、だと思うんだよな。ああいうのが視えるんなら、僕は魔法が使えるって思って良いのかなぁ)


 しかし異界の人間である自分に、魔炉臓なんて臓器は無い……はずだ。

 魔法の発動の仕方も、一番最初の「自分の内側の魔力を感じる」から、もう意味がわからない。どこをどうすればいいのか、ちゃんと具体的に説明して欲しい。目を瞑ればいいのか?


(でも……。さっき見た火魔法ファイアボール、僕も出したいな)


 幻獣以外の事には無頓着なセイにしては珍しく、自分の好奇心の為だけの意欲が湧いてきていた。

 魔力さえ感じ取れれば、僕にもあの丸い炎が出せるかも。小さくても構わない。一瞬でもいい。自分の手で、出してみたい。……まずは内側の魔力を……だからそれがわかんないんだって。


「どうだ、魔力感じ取れねぇか?」

「あの、どういう感じ、魔力って?」

「人それぞれだな」


 例えれば、泉のよう。他に、火山のマグマ、底に溜まった重い煙、地中奥深くの鉱脈。暗闇の中で眠る魔獣のようだ、と言った人もいたそうだ。


 魔獣、セイから見れば幻獣。あるいは神獣。……神に近い生き物。


 ──身体の奥底で、不意にゆらりと何かが身動いだ。


 大きな力を感じさせる何か。……白ヘビ様? シロちゃんの前の主様? 龍神様? 似てるけど、違う。もっと、……。


 途轍もなく大きな生き物がゆったりと鎌首をもたげたような、そんな幻覚を己の中に視た。


「無理はすんな。今までお前が無意識に使ってきた魔法とは質が違うからよ、ど初っ端から成功するとは思ってねぇ。確認したかっただけだ。ちっちぇ火花くらいは出せるかと思ったが──」


 御大が話しかけていたが、セイは内側の気配を追いかけるのに夢中で気が付いていない。

 ゆっくりと螺旋を描くように揺れている【力】を、確かに感じ取れる。


「……いけるかも」

「あ?」

「詠唱ってどうやるんだろ、えーと、魔力の元さんにお願い、これくらいの大きさの火を、……あれ? これ掴めないよね、どうやって動かせば……ああ、神気を混ぜれば固まるのか。混ぜる……練る。うん、大丈夫っぽい、炎だけの火の玉、大きさはこれくらい、宙に浮かぶのほんと不思議だけど──【ファイアボール】?」


 呪文魔法名を唱えるのは妙に恥ずかしくて小声になってしまった。それでも控えめに伸ばしていた手のひらの上に、丸い火の固まりが無事に出現。


 ほぼ独り言を言ってただけだったのに出来た! セイは内心とても驚いていた。


(すごい、本当に出たよ! うわー、目の前で見ると丸くて可愛いな……なんか【炎珠幻鳥】の卵に似てる)


 思ったと同時に、ファイアボールがくるりと回転した。そうそう、色味も形も、まさにこんな風だった──。


──────────



ここで書いた魔法についての説明は、あくまでも“この世界では”という限定的なものになります。

この作品内で違う異世界へ主人公が行った場合、そこでの魔法はまた別の解釈になります。

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