番外 4_女神との会話


 自分の膝の上に座ってる幼女姿の女神の頭を撫で、セイは教会の子供たちを思い出していた。


 セイは元から子供に好かれる性質だ。初対面の子供もハジメマシテの挨拶より先に足をよじ登ってくる。椅子に座れば左右の足に一人ずつ乗ってくるし、更に違う子が背中から首にぶら下がろうとしてくる。ついでに猫も肩の上に乗ってくる。犬も体当たりしてくる。

 あれに慣れてるから、見た目4歳児一人だけなんて余裕余裕、ぐらいにしか思っていなかった。


(そういえば最近教会に行ってなかったなぁ。前に行ったのいつだったっけ。帰ったら久しぶりにコウやチビたちに会いに行こ)


 ただし帰る為にはこの問題を解決しなければならない。

 でも、とセイは眉を下げた。


(僕には無理だと思う……)


 期待している女神には申し訳ないが、「残念ながら僕は力になれそうにない」と早めに伝えた方がいいだろう。


 ……アズキたちが泣いてる幼女に対して遠慮のカケラも無く質問攻めしている。まさに矢継ぎ早状態だ。えーと、どこで口を挟めば……タイミング難しいな。セイは更に眉を下げた。


「あのっ、これ以上はわかりません。私は魔界には詳しくないのです」

「って言ったってさー、魔界との接触ゼロってことはないでしょー? ある程度の情報交換とか、ルール作りは必須っていうか。まさか、魔界に行ったことないのー?」


 魔獣や魔界のことを聞かれてもなかなか答えられない女神に、コテンは情け容赦無かった。


「私は、数百年前に生まれたばかりの神です。魔界とのルール作りは私の前の神が、大昔に執り行ったそうです。先の御方は動物とお話しできる方だったので……。私も一度は魔界へ行ったことがありますが、言葉も通じなくて、入り口付近から見るだけで終わりました。だから今回、動物とお話しできる神使を喚んだのですよ」


「あ、ごめん、それなんだけど……」


 言うならこのタイミングしかない。セイは声をあげた。


「あの勇者さんが巻き込まれ召喚で、人違いだったって言ってたけど、僕も人違いじゃないかな? 僕はとは話できないよ。えぇと、魔獣とも無理だね。神様に頼まれ事はされるけど、でも僕が神使かっていうと、違うと思う。だから……」

「えっ?」


 女神が戸惑っている。でも、彼女が言っていた条件に自分は当てはまるようで、外れているのだ。チュンベロスとかいう魔獣と会話するのが目的なら、自分では叶えられない。


「えっ、えっ。でもセイ兄様には【目印】が付いてます。それに、こうしてをたくさん使役してるじゃないですか」

「この子たちは魔獣じゃないし、使役なんてしてない。僕の大事な友達で、頼りになる仲間だ。この子たちを僕の下僕だと思ってるなら今すぐやめて欲しい」


 ここまで常に穏やかで優しかったセイの、硬く冷たい声音に女神の体がビクリと震えた。


 セイは温厚ではあるものの、全く怒らないわけでは無い。弱々しく見える外見のせいで、無駄にバカにしてくる人間が多く、どうでもいい相手ならいちいち本気で取り合わないようにしてるだけだ。勿論、暴力をふるわれたり、持ち物を奪われるなどの実害が無い場合に限る。


 自分が言葉でバカにされるぐらいは別にいい。しかし動物姿の幻獣の仲間たちは、に見られれば命の危機に直結する。元の世界では他国の神に、“使い捨てにしていい存在”として扱われそうになったことがあるのだ。この世界の神に舐められるわけにはいかない、絶対に。


「強い言い方してごめんね。この子たちは外見が可愛い小動物だから誤解されても仕方ないところはあるんだけど、立場は僕より上なんだ。理解して欲しい」

「上……? いえあのっ、あの……確かに、ただの従魔だと思って侮っていました……ご、ごめんなさぃ」


 素直に謝る女神の姿を見て、セイは「こんな小さい子にキツく言い過ぎたかな」と罪悪感で逆に頭が冷えた。そして、自分の誤ちにも気が付いた。


「……あー、僕こそごめん。僕も貴女のことを、神様なのに小さい女の子扱いしてた。僕だって外見で判断したのに、偉そうなこと言って本当にごめんなさい」

「いえっ、こちらがお願いして来ていただいたのですからっ。セイ兄様は本当に偉いのです!」

「いやっ、僕はただの人間だから……! 役に立てそうも無いし」

「いえっ、そんなことありません!」


 二人で延々謝り合っていると、アズキが「もうお相子あいこでええやろ、それより今後の対策や!」と声を張り上げた。それは確かにそう。


「さっき女神さんに聞いたんやけどな、この世界には幻獣とか神獣はおらんみたいや。魔獣だけっぽい」

「でも、ぼくたちを魔獣だと思われたのなら、魔界の魔獣がぼくたちの言う幻獣か、それに似てる存在の可能性はあると思います」


 アズキ、キナコはそう言うが、セイが思い浮かべる魔獣は【暴力と毒を動物の形にしたもの】だ。ややピンと来ない。


「ちゅーか、元の世界の魔獣の方が特殊なんちゃうかな。知らんけど」

「あの凶悪な魔獣を初めて見た時、ラノベと違う! って叫びましたもんねぇ。結局ゴブリンもスライムもいませんでしたし」


 よく分からない内容になったが、この二匹の会話ではいつものことだ。セイはいつも通り、理解できた箇所だけ拾って返事した。


「じゃあまずはこの世界の魔獣に会ってみないとだね。僕が会話できるかどうかを確かめないと。あと、魔獣に種類があるかも知れないよね。僕たちが言ってる幻獣だって、まとめて全部“幻獣”って呼んでるけど、実は神獣とか神使とか色々分かれてるしね。そこらへんの調査も必要かな」


 基本的な方向性を決めたところで、女神が時間切れ。人界に実体で顕現できる時間は、とても短いそうだ。


「あと少しだけなら大丈夫です、今のうちに聞いておきたいことはありますか?」


 “混じり物のある神力固まり”の正体も聞きたいが、セイにはもっと大事なことがあったので、そちらを優先。


「僕たちの世界の人に一言だけでも連絡したいんだけど、無理かな? 昼寝って言って出てきたからさ、何日も帰らないと村のみんなが心配すると思うんだ」


 セイの言葉を聞いて、幻獣たちが無言で考え込み始めた。

 セイが行方不明になれば発狂確定のメンツが、脳内をタッタカ走り抜けていく。とりあえず、セイ過保護超過激派のロウサンとシロが一緒に付いて来てて良かった、世界が滅亡させられるところだった。……いや、アイツもヤバイな。アイツも何気にとんでもない事をやらかしそう……。


「それなら心配いりません。【目印】へとお返ししますから、同じ場所、同じ時間へ帰れます。向こうでは全然時間が経ってないことになるのです」


 女神は朗らかに答えた。


「えっ、すごいね」

「ただ、その、こちらでの時間はそのままセイ兄様たちに反映されますので……長い期間こちらで過ごして、容姿なんかが変わっちゃうと、変わった姿のまま帰っていただくことになります……」


 と、いうことは。元の世界の人たちからすれば、僅かな昼寝の間に──。


「僕の身長が伸びてて、びっくりするね」


 幻獣たち全員が、それは無い、という目でセイを見た。そして揃えたように、そっと顔を背けた。気まずい空気が流れる。


「みんな……今のはどういう意味かな……?」

「まぁ、髪は伸びるやろな」

「肌が荒れるかもですね」

「オッサンになるまでには帰れるんじゃないかなー」


「……そう。みんな、ちょっと僕とお話しよっか」


 ──セイは決して、怒らないわけではないのだ。


 本当の時間切れを迎えた女神が、お願いします、どうか見捨てないでくださいねぇえと半泣きで消えていくのを見送ってから。

 セイたちは、さすがにさっきのはひどくないかな、身長が伸びるのは何歳くらいまで、それは個人差が、食事量のせいもあるんじゃないの、少食ですよねー、大きくならんでもそれぐらいの方が小回り利いてええやん、小回りする状況なんてそんなに無いだろ、ここ異世界だから身長伸ばす薬がワンチャン見つかるかもですよ、それはそれで負けた気が……などと話し合っていた。


 突然、ドン!! と強く扉を叩く音が響き、全員が瞬時に身構える。


 コテンの人避けの結界は女神が去ったと同時に解除してある。この国の人間が様子を見に来てもおかしくは無いが、それにしては何も声を掛けてこないし、扉を開ける気配も無い。


「あの……誰ですか?」

「俺だ」


 どちらの“俺”さんで?

 知り合いのように言われても、聞いたことの無い声だ。


「…………」

「聞こえないのか。俺だ。話がある」


 いやだから、誰。

 ミーくんが扉の前まで行き『一人ぶんの匂いしか、しにゃい。ここの奴らとは違う匂い。……最初の時に、部屋の真ん中まんにゃかにいた強いヤツだ!』と教えてくれた。


「それは……勇者さんだね。入ってもらうよ、良い?」


 幻獣たちが頷いて姿を消し、警戒態勢になる。勇者が何故、どうやって一人でここへ来たのかは謎だが、向こうから来てくれたのは正直ありがたい。


 入っていいですよと言うと、すぐに、バン!! と勢いよく扉が開かれた。

 金髪美形の勇者は閉める時にも大きな音を立て、室内を鋭い視線で眺め回した。


 そしてセイを見て、フン……と鼻を鳴らしたのだった。

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