番外 3_この世界の神気_女神の説明 1


 セイは「アズキくんの暴走を止められる自信がない」という心配でソワソワしていたけれど、召喚そのものに対しては、ただ困惑していただけだった。


 目を開けたら知らない場所で、武器を持ったデカイ人たちが大勢いる──もしも自分一人きりだったなら、当然恐怖で反射的に姿を消して逃げ出していただろう。

 でも幻獣の仲間みんなも一緒だったから「まあ何とかなるかな」という、心強さ八割、少し静かにして欲しい困った気持ち二割くらいでいた。


 幼女の女神が「ごべんなさいっ、後で絶対ご挨拶に行きますから見捨てないでぇえええ!!」と泣きながらスゥーっと消えてしまい、何がなんなのかわからないまま、

「卑しい不審な輩を王宮に置くこと罷り成らぬ。処分せよ」だの

「しかし何故このような異物が神聖な召喚儀式に紛れ込んだのか調査は必要」だの

 随分な言われようで、雑に運ばれてどこかの小部屋に入れられた時も、困ったなぁが三割になっただけで不安を感じることは無かった。


 実際、閉じ込められてもすぐにアズキが「テレッテレーン、万能鍵〜」と何故か裏声で歌いつつお腹のポケットから自作の鍵を取り出して、さっさと扉を開けてくれた。彼はうざいくらいテンションは高いが、能力も高いカワウソなのだ。


「こんな挿してひねるだけのレトロな鍵なんぞ、秒で開けられるわ。ほい開いた」

「見張りは……居ないですね。舐めてますねー」

「外から鍵がかけられる部屋ってだけで、結界も無しだよ。ホント舐めきってる」


 キナコとコテンが外の廊下をのぞいて、半笑いだ。

 それからアズキキナコが情報収集の為に出て行き、コテンが部屋に【人避ひとよけ】という“目には見えているが不思議と近寄るのを躊躇ってしまう”という効果がある結界を張った。シロはいざという時の護衛でセイの腕輪状態のまま。


 そしてセイは、“この世界の神気を探る”という作業をしていた。


(うーん。コテンくんが異質って言ってたけど、確かに変わった神気してるなー)


 というか本当に神気なのかな、とさえ思う。神気と言うにはあまりに【混ざりもの】が多く、清浄さに欠けている……気がする。それに、空気というより力っぽい……? 神気じゃなく神力なのか? 答えが出せずに首を傾げた。


 神域状態の村で暮らしてるうちに、セイも神気や神力を感じ取れるようにはなった。でもまだ目には見えない。

 今まで見えたことは無かった。


(じゃあさっき、見えて、しかもアレは、なんだったんだろ……)


 セイはうーん、と唸る。




 先程の【儀式の間】での召喚直後、王族や神官たちが勇者とかいう金髪の美形を囲んでワイワイしていた時のことだ。

 その段階では、セイは完全放置されていた。

 セイは辺りを見回して、窓を壊さずにロウサンを外へ出す方法を考えていた。馬サイズのロウサンが、何時いつうっかりこの世界の人間に触ってしまうか気が気ではなかったのだ。カクレギノネコの能力は見えなくなるだけで、姿を完全に消せるものではないので。

 あちこちキョロキョロ見回して……天井がおかしい事に気が付いた。


 羽が生えた人間の絵がたくさん描かれた石製天井の、その真ん中に一直線。


(神気……神力? どっちかって言うと神力っぽいかな? でもなんか……固まりになってないか?)


 神気も神力も物質じゃないから、固められるようなものじゃない、はずだ。

 なんだろう……考えてみても正体は分からない。


 ただ直感で、「開けられそう」と思った。


 天井の“神力の固まり”に対して、真ん中から左右に開いていくようイメージする。そうしたら、想像した通りに開いた。


(……なんで?)


 疑問だったが、ロウサンを外へ出す方が先だ。予想通りこの建物は一階建てだったようで、固形神力天井が開いた向こうは青空。ロウサンは真上方向へと高く跳躍し、外が安全かどうか調査に出て行った。


(……閉めなきゃまずいよね)


 雨が降ったら大惨事だ。天井が閉じて行くイメージを思い浮かべたら、あっさりとその通りになった。いや、なんで?


 その答えを知ってそうな女神は「また後で」状態。一旦保留にするしかなかった。




 ──という事があったのだった。回想を終えて、うーん、ともう一度唸る。

 小部屋の窓から外を見れば、【固形神力──混ざり物有り】がいくつも見えた。

 多分、どれもここから念じるだけで動かせる。でも何が起こるか分からないから、放置で。セイは慎重派だ。


(変な感覚だなー。アズキくんたちが、ここは【異世界】だって言ってたし、根本的な何かが違うんだろうな)


 どうしてその【異世界】とやらに来たのか、それもこれも、まずは女神が来るまで待つしかない。とは言っても、ここでじっと待ってるだけじゃ暇だ。

 時間を持て余していると、偵察に出ていたアズキたちが帰ってきて「勇者様歓迎パーティーやるらしいで。みんなでメシ食いに行こ」と言うので、姿を消してロウサンに運んでもらって王城まで戻り、会場で情報を集めつつ腹を満たした。


 そして帰ってきたら、幼女女神の土下座がお出迎えしてくれたのである。



 ・◇・◇・◇・



(まさかの異世界召喚ですぅ)


 しかも、テンプレの。ここ重要、テンプレの異世界召喚!


 自分たちの時は……と過去を思い出してキナコは遠い目になった。本当に大変で、しかもあまりテンプレじゃなかった。


(ま、村が広がる頃には御師様のチート能力で、テンプレオレツエー、になってましたけどね)


 それでも初期の頃のひどさは忘れられない。

 しかし今回は最初からイージーモード。魔法陣スタートで中世近世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジー世界だ、ワクワクが止まらない。

 この世界観ならポーションとかエリクサー、ミスリルも有りそう、いやきっと有る。もしかしたら夢のマジックバッグ時間停止機能付きも有るかも知れない!


 楽しみ過ぎてアズキと一緒に大はしゃぎをしてしまった。


 その時に、追放だ辺境でスローライフだザマァ展開だの盛り上がったが、あれはノリと勢いとネタで言っていただけで、本気じゃない。もちろんアズキも同じく。


 そもそも、この世界でのミッションをこなせば、自分たちは元の世界へ帰るのだ。ミッション内容はまだ知らないが。


 キナコもアズキも、元の世界へ戻れないかも、などという心配は一切していなかった。何故ならば、セイが一緒だからだ。


(あの世界の神が、理想的に育っているだろうセイくんを手放すはずがありませんからね)


 それに……一見しただけでは平凡で気弱で無力な少年にしか見えないセイへと、視線を送る。


 その気になればセイ自身が帰還魔法を使える。キナコには確信があった。


 セイが今までにもらった神々の加護の数は、どえらい事になっている。人間に発動できる程度の魔法くらい、セイならすぐにでも使えるようになるだろう。


(それが一番の難関なんですけどね)


 セイは異常なほど、無欲だ。それは長所であり、しかし短所でもある……キナコもアズキも、神域の村の上層部もみな、口には出さないが内心思っていた。


 無欲だからこそ、幻獣たちが安心して、貴重な素材を渡してくれる。神々がお礼にと加護をくれる。

 しかし無欲だからこそ、せっかくの有益な素材や神の加護を、ほとんど活かせていない。


 だがしかし……と、キナコは更に考える。

 もしもセイが「利用しよう」という気持ちを持ってしまったら、幻獣たちはセイを警戒するようになってしまうだろう。欲しがらないからこそ、幻獣たちの体の一部や力が貰えるのだ。

 そして自分たちも、強欲なセイなどみたくない。──だから誰も何も言わずに、セイの意思を尊重して過ごしている。


(でも僕は、セイくんの人の好さが、歯がゆい時があるんですよ……)


 今がまさにそうだ。この世界の人間たちに不当に罵倒されても、セイ自身はいつも通りのほほーんとしていた。何故怒らない。歯がゆい……っ。


 キナコはセイを罵るアホ共を、“ザマァ展開”などという不確かな未来なんぞ待たずに、今すぐボコり倒そうと一度は尻尾を立てた。それをギリギリで我慢したのは、ボコれば結果困るのはセイだ、と想像できる理性が残っていたからだ。

 何の為に召喚されたのか? この場所にミッション達成条件の鍵がある可能性は? 最低限それだけは確認してからじゃないと、やはりマズイ。


(早く神様の説明が欲しいところです)


 キナコは尻尾の素振りを始めた。




(──その神様が幼女だったとは……。テンプレ的にジジイ神だと思ってましたー)


 幼女の女神は【ガッシー】という名前で、監禁されていた部屋に戻ったら泣きながら土下座していた、らしい。

 セイが「怒ってないから、良いからもう立って」と、何も無い床に向かって話しかけ、手を伸ばしたところ、白に近い金髪の幼女が現れたのだ。

 こっちもびっくりしたが、女神も幻獣たちに気付いていなかったそうで、みんなで姿を出したらびっくりしていた。


 彼女は【異世界召喚】の予期せぬトラブルで予定外に神力をごっそりと消費してしまい、姿を保てなくなっていたと言った。

 でもセイに触れていると神力が急激に回復、増大していく、と言い出した。


 そして今は、セイの膝の上に座って、ご機嫌で足をぷらぷらさせている……。


「こんなに純粋な神気のみの神気は初めてです。よみがえりますー」


(よみがえりますー、じゃないですよ。セイくんは怒っていい。むしろ怒れ)


 セイを見れば、顔に「困ったなぁ。でも何か負担があるわけじゃないし、まあいいか」と書いてある。


(そいつがしっかりしてないせいで嫌な目に合ったんですよ、もっと怒っていいのにっ。歯がゆい……!)


 キナコは、神にしろ王族にしろ、無意識レベルでナチュラルに傲慢な奴らが嫌いだ。昔、散々な目に合ったので。

 外見子供で神が相手だとしても、情けは不用。

 過激な考えを隠しつつ、口調は穏やかに、女神に詳しい説明を求めたところ──。


 女神は、「チュンべロスを鎮める為に、異界の神使を召喚しようとしたのです」と語り始めた。


 この世界には、今居る人界の裏側に【魔界】がある。

 魔界と人界を繋ぐ島が、天空の彼方にあり、チュンべロスはその島の魔界側の門番だ。

 今まで門を越えたことなど一度も無かったのに、突然人界に落ちて凶悪な【時戻し】の魔法を頻発するようになった。しかも、門番が不在なせいで魔界から複数の魔獣が人界へ落ちてきてしまっている。

 魔界とのバランスが崩れ、この世界は緩やかに、しかし確実に崩壊し始めているのだ、と。


「チュンべロスに荒ぶるの止め、速やかに魔界へ帰るよう言いたいのですが……」

「怒って聞いてくれない?」


 見た目が幼いわりに意外にしっかりした話し方をする女神に、セイが穏やかに相槌を打った。


「そうです。それに一番の理由は、チュンべロスは鳥なのです。魔界の住民はみな魔獣で……動物型なので、言葉が通じないのです」


 幻獣たちは、何故セイが召喚されたのか理解した。


「このままにしておけば、人界は最悪滅びます。それでお友達の、よその世界の神に相談しました。そうしたら彼女が、『それやったら、ウチの友達の兄弟の友達の知り合いの神さんにな、動物と話せる人間の神使ーいう、ちょい変わった子がいるて聞いたことあるわ。その子やったらなんとかできるんちゃう? 知らんけど』とアドバイスをくれたのです」


 全員が、何かを言いたい表情になった。誰も何も言わなかったが。


「私は前髪を掴む思いでツテを辿り、そちらの神に協力をお願いしました。ありがたいことに、許可をいただけました。でもこちらへ召喚するには人間の魔術による協力が必要です。それで私の信者に神託として告げたのですが……」


 実は巫女はまあまあ正確に聞き取り、「鎮める為に異界より召喚する、協力せよ」と伝えた。それを聞いた神官……ここまではまだ大丈夫。しかしそこから教会関係者、魔術師、王族と伝えていくうちに内容が改変されていった。数百年前に召喚されたのが「魔竜を討伐した勇者」だったのが、余計に誤解を生んだ。


 ──狂鳥を討伐するを召喚せよ、に変わってしまったのだ。


「いきなり人界に送るのではなく、天界との狭間のような空間にセイ兄様をお呼びして、ちゃんと説明し、加護もお付けしてから召喚されていただく予定でした。ですが……」


 アズキが、本当なら異世界転移テンプレの【白い空間での神との会話、チート受け渡しイベント】があったはずだったのか……! と、悔しそうに尻尾で床をターンッと叩いた。


「人間たちが、鎮める神使ではなく、討伐する勇者を望んでしまったのです。願いは祈りに、祈りは力となります。あの場にいた人間たちの強い思いが、召喚を捻じ曲げてしまいました……」


 国を脅かす狂鳥を討伐するのだから強さは必須、いくら強くても下品なのは困る、しかし賢くても困る、などそれぞれ思惑があったものの、ほぼ全員が強く望んだのは──【美形の剣士】だった。


「彼が狭間に到着して初めて、人違いに気付きました。手遅れです。世界というのはたくさんあります。召喚する人間たちが望む理想の勇者像にドン、ピシャリな人物が、次元を狂わせるダンジョンに、偶然、いてしまったのです」

「いてしまったのかぁ……」

「不幸にも。彼はどれだけ剣術に優れていようと、所詮はただの人間。そのままこの世界へ送るわけにはいきません。彼に加護をたくさん与えなくてはいけなくなりました。言語、身体強化、状態異常無効……」

「“状態異常無効”って?」

「彼はこの世界の免疫、抗体を全く持ってません。状態異常無効を付けないと、病気ですぐに死んでしまいます」


 幼女神から免疫抗体という単語を聞く違和感にキナコは複雑な気持ちになった。アズキは「あれはそういう理由やったんか……!」と衝撃を受けていた。


「え、僕たちは?」

「セイ兄様たちは元から【神の加護バリア】でめちゃくちゃ守られてます。予定していたセイ兄様と違って、彼は完全なイレギュラーです。元の世界に【目印】を付けずに強引にこちらへ喚んでしまいました。彼はもう、元の世界へ戻ることができません……」

「目印……。あー、『場を固定しておく』って、そういうことだったのかな……」


 セイの呟きを聞いて、みんなが「やっぱり」と心の中で頷いた。帰る手段はしっかり確保されているようだ。


 女神ガッシーは人生を変えてしまうレベルで巻き込んでしまった男性に、手厚く加護を与えなければならなくなり、ただでさえ異界召喚の準備で大量に消費していた神力が、ヤバいくらいカッスカスになってしまった。しかも時間がかかったせいで、セイに説明する余裕も無くなった、と言った。


 ──そして、あのザマである。


「ほっ、ほんとなら人間たちに大歓迎されてチヤホヤされるのはセイお兄様のはずだったのに……っ、ごめんなさっ、ごべんなざいぃいいい」

「えっ、良いよ良いよ。どっちかって言うと僕は、僕じゃなくて良かったなーって思ってるくらいで。……あの男の人には悪いけど」


 ギャン泣きする幼女女神の頭をセイが撫でている。慰めの言葉だが、嘘偽り無い本心だろう。


 それからセイは、巻き込まれた【勇者】の心配をし始めた。セイは根っからの光属性、善良なお人好しである。

 しかしキナコとアズキは、違う。


「ちゅーことは、や。アイツを隠れ蓑に、影で俺らは自由に動ける……。逆に好都合やな」

「あの【勇者】に、クッソめんどくさい王族の相手を押し付けられますね。むしろラッキーなのでは?」


 小さな独り言はお互いの耳にしか入らなかった。

 考えることは一緒なようだ。さすが魂の双子、キナコとアズキはにっこり笑い合ったのだった。

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