番外 2_第ニ王女の妄想_幻獣たち


お読みいただきありがとうございます。

1話3000文字くらいにしたいと思っているんですが、5000文字オーバーと長くなってしまいました。敗因は妹王女の妄想とアズキキナコの会話が予定より長くなったせいです。あと幻獣多い。

アズキたちが自分たちの異世界転移について語ってるところを軽く出しました。でもまだ本編では書けて無い部分ですので、ふんわり、大変な目にあったんだろうなぁくらいに思っていただければ…。


──────────



 魔法陣が白く輝き始めたのを見て、プフエイル王国の第二王女クォーワイトメリアは期待で高まる胸をそっと押さえた。


(勇者……勇者様。どのような殿方なのかしら)


 これまで数多の魔獣を討伐してきた我が国が誇る騎士団ですらまるで歯が立たなかった【狂鳥チュンべロス】。国を襲う厄災。その強大な魔物を討伐する為に、女神の神託により召喚されることになった異界の、勇者。


 勇者はきっと──美形だろう。


 王族や高位貴族には美形が多いけれど、それを上回る美形で……でも戦う方だもの、貴族の中性的な美しさではなく、きっと野性味がある美形で、でも紳士的な美丈夫で……ああ、でもあまり大柄だとイヤだわ、程よく逞ましくて、……絶対に美形。

 髪は金髪がいいわ。目は緑ね。青も綺麗だけど、それだとお姉様とお揃いになってしまう。

 顔が美形なのは当然として、大事なのは年齢よ。やはりいくらお強くても、壮年ではね……。でも私よりは年上がいいわ、十七歳から二十三歳……いえ、二十二歳ね。それくらいが、ちょうどいいのではないかしら。

 あまり女性に慣れていらっしゃらない方が好ましいけれど、女性への敬意が無い方も嫌よ。老若男女から常に秋波を送られていて、でも彼自身は愛する女性たったひとりに一途なの。

 そうね、いっそ無愛想な男性でもいいわ。それで私にだけはお優しいのよ。あの無口な勇者が私の前ではあんなに甘い表情になるなんて、と皆が驚くの……ふふ。ふふふ。




 まだ見ぬ勇者に乙女の夢を重ねて、クォーワイトメリアの妄想は止まらない。瞬きを全くせずに、目をかっ開いて魔法陣を凝視している。


 魔法陣の光はどんどん強くなる。


 彼女だけでなく、皆がそれぞれに対して様々な想像をしていた。

 召喚の儀を観覧しているのは権力者ばかりだ。国王までいた。

 女神を祀る聖堂の司教及び最上位である神聖堂の教皇、魔術士たちを束ねる魔法庁の責任者、そして宰相及び元老院の面々……それぞれが【勇者獲得】の為に牽制し合った結果、最高権力者含む要人たちが、まさかの全員参加である。警護を担当した責任者は、ストレスで痛む胃のために毎日ハイポーションが手放せなかったという。


 魔法陣が一際眩しく輝いた。光がやっと収まった頃、そこには先程まで居なかった新たな人間が──二人。

 二人居たが、クォーワイトメリアの目はそのうちの一人である金髪碧眼の青年だけに、釘付けになっていた。


(ああっ、ああ……っ、期待以上の、美形!)


 勇者である彼はいずれ旅立つ人。でもどうか安心して。私も、付いていきましょう。ええ、我が国の事なのに異界の人に任せたままでいい筈が無い。これは王族の義務よ、民の為に私が我が身を犠牲にして、過酷な戦いにこの身を投じましょう。剣を持ったことは無いけれど、支援魔法なら得意よ、きっと勇者と並んで活躍できる。ええ、ええ、私が付いているわ。そして……!


 勇者と二人で艱難辛苦を乗り越え狂鳥の討伐に成功、王都へ凱旋し大神聖堂での豪華な結婚式、パレードで多くの民から祝福と感謝される自分。

 そこまでを一気に妄想し、感極まって涙ぐんだところでようやく、もう一人の被召喚者に気が付いた。


(あら? 勇者の従僕かしら? でもあれでは……)


 小柄で、地味で、冴えなくて、剣どころかトランクを持つことすら出来そうにない、能力の低そうな平民の少年。

 王女は、自分に侍女が常に付き従っているように、少年も勇者に付き従っていたせいで共に召喚されて来てしまっただけの、下男だと判じた。


(可哀想だけれどあの従僕は解雇、そして放逐処分になるでしょう。下賤の者を王宮に入れるわけにはいかないもの)


 国の威信を背負う勇者ともなれば、従僕も一流でなくてはならない。でなければ国の恥となる。自分も共に行くのだから尚更だ。

 王女は勇者に同情した。今までは勇者も平民であったから、あのような程度の低い従僕しか雇えなかったのだろう、と。

 そして微笑を浮かべた。きっと勇者は、王族でありながら平民に同情できる自分の慈悲深さに感銘を受けるだろう、と。


 クォーワイトメリアはすぐに異界の少年から興味を失い、勇者と自分の輝かしい未来へと思いを巡らせたのだった。



 ・◇・◇・◇・



 セイの心は「 ぜ つ ぼ う 」という言葉で埋め尽くされていた。


 え、どうしたらいいんだコレ。ちょっと落ち着いて考えたい。

 お願いだから、少しだけ静かにして欲しい。セイは両手で頭を覆いたくなるのを、なんとか我慢した。



 この時の【儀式の間】には大勢の人間がいた。主にプフエイル王国の人間たち──召喚術を行った魔術士複数、国王に王子や王女といった王族、教皇を始めとした聖堂関係者、宰相など要職の高位貴族、そして護衛の近衛隊に騎士団の精鋭たちが。

 確かに彼らみんなが、予定外の出来事にざわついてはいた。


 しかしセイが静かにして欲しいと心で願ったのは、この場の人間全員が認識できていない存在──セイにしか姿が見えず声も聞こえない、人外たちに対して、だった。


 セイはチラリと空中に視線を向けた。そこには、初対面の女の子がいた。長いゆるふわウエーブ金髪の幼女、外見年齢はだいたい四歳くらい。


 彼女は、空中に浮いていた。


(見た目は人間だけど、確実に人間じゃない。……というかもう、気配的にほぼ間違いなく、神様だろうな……)


 セイは頭を抱えそうになるのをギリギリで我慢した。

 神の姿が見えること自体は気にしていない。本来なら奇跡だが、セイはもう慣れている。


 問題はその神様幼女が、大きめの石製女神像の頭の後ろに隠れるようにして、セイに向かって大泣きしながら謝っていることだ。


「ごっ、ごめんなさっ、ごめんなさい……っ、うっうっ、こんなはずじゃなかったんです、ごべんなざぃ……うわぁああああん!!」


 謝らなくて良いから、状況を説明してくれませんか。


 言いたいけど、言えない。


 周りを窺ってみたが、やはり彼女はセイにしか見えてないようだ。

 あれだけ大声で泣き喚いてる空中幼女の存在を、全員がここまで完璧に無視しているのなら逆にそっちの方がすごい。


 神官にも見えてないのか……。となると、セイも見えていないフリを続けなくてはいけない。問いかけるなど、以ての外だ。

 石製の像に向かって「状況を説明してくれ」と話しかけるヤベー奴、と思われるのも避けたいが、それ以上に、この国の宗教意識が激強げきつよだった場合に、“女神像に向かって不遜な問いかけをする無礼者”とされ、要らない揉め事に発展する恐れがある。


 セイが見慣れている荒っぽい冒険者たちよりも、更に剣呑で殺伐とした雰囲気の騎士たちを見て、きゅっと口を引き締めた。雰囲気が、非常に血腥ちなまぐさい……こわ。


 ……だが、無視を続けるにはあまりにも泣き方が激しい。説明は後でもいいから、とりあえず泣き止んで欲しい。

 あと、も大騒ぎし過ぎだよ──セイはそれぞれ自由に騒いでいる幻獣たちを、虚ろな目で見つめた。


 この国の人間たちは誰一人気付いていなかったが、元の世界の幻獣たちもセイと一緒に召喚されて来ていた。魔法陣の上に堂々と乗っていた。彼らはカクレギノネコの能力を使って存在を消していただけだった。


 勿論、セイには姿も見えるし声も聞こえる。……つまり、セイの周りだけが、大変やかましいことになっていた。




『セイ兄さんんん、なんでいきなり人間がいっぱい出てきたんすか! アイツら絶対危ない奴らっすよ! オレ、急いで姿消したけどちょびっと見られたかもしれないっす。襲われるっす、早く逃げるっすよ!』


 セイの服の中へ素早く逃げ込みピィピィ騒ぎまくる白い小鳥、シマワタリドリのシマ。


『んにゃ? にゃんだ、ここ。……クッサ! ここクッサ! 人間もクッッッッッサ! うにゃーっ、セイ、こんなとこ早く出て、帰ろ!』


 セイの服の中でバリバリ爪を研いでミャーミャー抗議してくる手のひらサイズの小猫、ミー。ただ可愛いだけの猫ではない。カクレギノネコという幻獣で、この子のヒゲ一本持って念じれば、姿も音も、気配すらも消せるという、なかなかえげつない能力を持っている。


『ここ、どこです? うにょーんって飛ばされたら、悪そうなヤツらがいっぱいいるです。退治するです? シロがどーんっ! ってやるので、おにいさんはろうさんくんのお背中に乗ってくださいっ』


 セイの腕輪に擬態していた白神龍のシロが、可愛い声で殺意高めに宣言した。大体いつもの事だ。なのでセイには分かってしまった。今の『どーんっ!』の言い方強さレベルから推測するに、この部屋だけじゃなく、ここら辺一帯を更地にする、強烈な一発を放射する気だ、と。


 止めたまえ……鎮まりたまえ……と念じながらシロの頭を撫でる。


『戦闘能力自体は俺が瞬殺できる程度だけれど……。この連中、命を奪うことに慣れてるね。念のため全員凍らせるよ。それから外が安全か確認してくる。セイくんたちはここで少しの間待ってもらっていて良いかい?』


 口調は優しげで丁寧だが、内容がエグい。こちらもいつもの事だ。

 殺意高めの紳士ロウサンは、馬より大きいサイズの白い狼──天狼だ。国によっては神として崇められている神獣で、その中でも更に能力の高い特殊個体。戦闘力の高さは竜王に匹敵する。ちなみに竜王は一日あれば物理的な意味で国を滅ぼせる。


 ロウサンもシロも、毎回セイに止められるのに、とりあえず第一声は常に殺意が高い。

 もうちょっと穏やかな内容なら受け入れるのにな……そう思いながらセイは、今回も彼らの攻撃提案を首を振って止めた。


「えー? なにこれ、状況が謎過ぎるよ……。ねーセイ、ここってさ、神気が……異質だよね? 最初は他の国に瞬間移動させられたんだと思ったんだよ。でもなんかもっと根本的に違う場所って感じが、ねぇ……。うーん、セイにはゴメンなんだけど、ここの人間に何か指示されたら一旦大人しく言われた通りにしてもらっていいー? 情報を集めなきゃ判断のしようがなくてさぁ。あ、でも危ないと思ったらすぐ逃げようね」


 唯一、慎重な意見を言ってくれたコテンを、セイは抱きしめたくなった。

 真っ白ボディに目尻だけ筆で描いたように赤い小狐──セイの知っている狐とはかなり姿形が違っていて、アズキ曰く「フェネックっぽい」らしい──コテンは、結界のエキスパートで、普段は村で留守番していることが多い。今回は元の目的が昼寝だったので、付いてきていた。巻き込んで申し訳ないが、セイとしては大変心強い。


 そして……騒いでいる最後の人外。

 他の幻獣たちに対してはちょっと静かにして欲しいんだけどな、くらいの気持ちだが、この最後の人外たちに、セイは絶望していた。


「アズキくん、コレ絶対に異世界転移ですよ! ぼくたちの時と違って、王道の!!」

「ほんま念願の、王道……っ。よう見とけあのアホ神! これが正しい異世界転移の姿じゃ!! うおおおおおおっ」


 興奮して走り回っているイタチっぽい生き物──正確にはコツメカワウソという動物がモデルで、実物より小柄だそうだ──が、二匹。

 カクレギノネコのヒゲで隠蔽してるからといって遠慮がないにも程がある、という騒ぎっぷりの、二匹。

 ……そう、二匹。


「すごいです、まさにテンプレです! 白い光に包まれて気が付いたら見知らぬ西洋風の石造りの部屋、地面には大掛かりな魔法陣の跡。いかにもなローブ姿の、ガチの魔術士たちっ」

「他の奴らも中世か近世ヨーロッパ風ファンタジーな服着とる。これは間違いないでぇ……!」


 薄茶色ボディで敬語がキナコ、焦げ茶色ボディで西南訛りがあるのがアズキ。二匹は早口で語りまくっている。


「異世界テンプレキャラ、その一! 何が起こるか分からへんのに無駄に出張でばってきて現場に迷惑かけよるアホな国王。服は当然ギラギラ!」

「その二! 高慢な性格を隠せてない金髪イケメン王子、しかもちゃんと十八歳前後。服はヒラヒラ!」 

「その三! 敵か味方か最後までハッキリせぇへんタイプのアルカイックスマイル美少女王女。そしてその四! 多分妹王女やな、子供っぽくて気の強そうな美少女。あの子は勇者パーティーに入って一緒に旅に出る最有力候補や」

「ワガママ言って無理矢理付いていくやつですねっ。テンプレその五! 金と権力に汚そうな、低俗な雰囲気をそこまで露骨に出して良いんですか? 聖職者ですよね? と聞きたくなるような、煌びやかな法衣の太った神官たち。ザマァ対象最有力候補ですっ」

「六番! クッソ重そうなプレートアーマー着たプライド高そうな騎士たち。更に七番! 一番ええ鎧着た団長っぽいのが何故か二十代イケメン、しかも黒髪短髪フレンドリー系と銀髪長髪クール系の二人。……ッカー! 押さえてきよる!!」


 君たちはテンションを抑えろ。


「こんな格式高い伝統の王道異世界転移、ほんまに有ってもいいんですか? 良いんです! しかもなんと今なら?」

「ななななんと、巻き込まれた異世界人設定もお付けします!」

「巻き込まれた異世界人設定ってご存知ですか? それはですね、無能と思われた方が、実は真の勇者で神々の加護増し増しチート持ちだった……そんな、厨二心をくすぐる素晴らしい設定なんです!」

「すごいサービスですね、アズキさん! でも無能扱いと言えば忘れてはいけない設定が、まだあるでしょう?」

「勿論、そちらも忘れずにお付け致しますよ。それは、……追放です!!」

「ハイッ、追放いただきましたー!」

「異世界召喚されたのに見た目だけでハズレ扱い、役立たずは出て行けと追放されましたが実は神々に愛されたチート持ちは僕の方でした、かーらーのー?」

「僕を無能と追い出した国が大変なことになってるそうですが、もう辺境で幻獣たちとスローライフ楽しんでるので自分たちでなんとかしてください、かーらーのー?」


「「ザマァ展開!!」」


 二匹はお互いの右手、左手、両手の順で叩き合って、クルッと横回転しながら尻尾同士でぱんっと良い音を打ち鳴らし、ジャンプ。華麗に着地してポーズを決め、両手のちっちゃい人差し指でお互いを指しながら「「イェーイ!」」と声を揃えていた。


 目眩がした。


 暴走するアズキをいつも止めてくれる【アズキストッパー】キナコまで一緒に大はしゃぎしている……その様子に、セイは深く、深く絶望したのだ。


 え、僕がこの子たち二人を止めるの? 止められるのか? アズキだけでも大変なのに?

 無理じゃね……と。


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