第71話 ハバノビノビバの木の下_よく喋る白梟(仮)


 僕のいるヨディーサン村はド田舎で、教会と畑ぐらいしか無いからさ、年に二回くらいマディワ湖村より向こうにあるドモディダ街まで、職員さんが子供たちを連れて行ってくれる行事があるんだ。社会見学とか言って。その時に劇場で演劇を見た事が何回かあった。


 舞台で観た俳優さんは、カッコ良くて声が良くて、村の男たちには絶対に真似できない気取った話し方で、でもそれが様になってる男前だった。


 青い鳥の喋り方は、まさにあんな感じ。


『やあ、美しい神気をお持ちの尊き御方。歓談中に邪魔する失礼をお詫びするよ。でも私たちにも貴方に挨拶をする機会を頂きたいな!』


 ──正直、返事がしづらい。


 “美しい神気”、これは神浄水の事だろう。持ってるのは僕だ。

 だからって僕が返事して、『いや、君に言ったんじゃないよ。尊き御方って言ったじゃないか』なんて言われたら……。


 ……うっ、色んな記憶が蘇ってきた。「ジンに会いに来たのよ、アンタはどっか行って」と冷たく言ってきた女の子。「セイはいい、コウを呼んで来い」と素っ気なく言ってきた村のおっさん。僕が隣に居ても完全無視でミウナに話しかける先輩たち。

 今まで散々「お前じゃない」って言われてきたからなー。


 この中で尊い方って呼ばれそうなのはロウサンくんかな、つい拝みたくなる迫力があるもんね。

 でも僕しか会話出来ないんだよ……。どう返事しよっかな。

 なんて、のんびり考えてる場合じゃなさそうだ。ロウサンくんとキナコくんの毛が逆立ってきてる。


『あの青いの、悪い鳥です? シロがパァンッてやるです?』


 シロちゃんまで腕輪状態を解いてトカゲ姿に戻り、恐ろしいことを言い出した。何をするつもりだ……。


「青い鳥は悪い鳥じゃないよ。みんなも落ち着いて。あの鳥は鳴き声はアレだけど言い方は丁寧で、えーと、……挨拶したいって言ってる」


 ついでに言うと人の言葉で聞こえてるのは、爽やかな若い男の人っぽい声。良い声してるんだよなぁ。


「挨拶、ですか。確かに丁寧ですね」

『そうなんだね。神浄水を目の前にして未だに静観の姿勢を崩さないあたり、セイくんの言う通り悪い性質の鳥では無いんだろうね』


 キナコくんもロウサンくんも、緊張はあんまり解いてないものの、今すぐ飛びかかりそうな感じは無くなった。

 だからシロちゃん、君もお口閉じてもらっていいかな。そこからいつどんなエゲツないものが飛び出すのか、怖くてしょうがない。


 ……ん? なんだろう、変な音がする。ババババ? ブブブブ、みたいな音。どこから……白梟からだ、って、どうなってんのアレ。


『ポポポポゥなんという事だ。かような奇跡を目の当たりにしているのが、我々だけなどと……! 長老、早くおいでください!』

『ポポッポゥ! まさに奇跡というより他無い。これが幻覚でなければ……白神龍と思しき神獣の、幼体が! 我らの目の前に!』

『神獣の幼体を下界で目にすることがあろうとは。しかも、白神龍。まさかの、白神龍! このような機会、千年どころか万年に一度有るか無いか……いや、無い!』

『感動で魂が震える事を止められぬ!』


 魂どころか身体全部がとんでもない震え方してますけど。

 キナコくんが「めっちゃバイブってますね……気持ち悪いくらいバイブってます。生き物がしていい動きじゃ無いですぅ」と僕に体を寄せてきた。ああいう風に小刻みにすごい速さで体を震わせてる状態のことを「バイブってる」って言うのか、覚えとこ。


『ポポポッ白神龍だけではない。今この場に奇跡が多発しておるのだ……!』

『まさに、まさに。浴びるほどの量をまさに水浴びとして提供された神浄水』

『青い鳥は身体的特徴からおそらく、人に囲われ野山に出て来る事が無く絶滅を危惧していた【瑠璃月光天麗鳥】。そして警戒心が強く今まで接触に失敗し続けてきた始真亘鳥シマワタリドリ。縄張り意識が強く、自尊心が高い為会話が困難な天狼。我々ですら初めて目にするイタチに似た謎の幻獣。そして……!』

『清爽な神気を持ち複数種の幻獣と会話をする、人の子!! どれも信じ難い!』

『どれか一つだけでも奇跡だというのに……! 感動が限界を越え、さすがにもう魂の震えを隠す事が出来ぬ!』

『長老、今、どこまで来ておられるのですか。早く! どれから語れば良いのか我らでは決めかねポポポポゥ!』


 枝に掴まってる細い足が折れそうなくらい激しい震え方をしてるけど、早口で語りまくってるからきっと大丈夫。あの白梟二羽のことは、とりあえずそのまま置いておこう。


 あんなに大騒ぎしてる白梟に全く関心が無いようで、青い鳥たちは頭の上の長い二本の羽をゆらり、ゆらり、と揺らしながら凛と静かに立ってる。どうしてそんなに優雅なんだ、鳥なのに。


『おや。そろそろ私たちが挨拶してもいいのかな? 尊き御方に挨拶できる幸運を神に感謝するよ! 初めまして、私たちは羽が美しいだけの無害な鳥だ、よろしくお願いするよ』

『ごきげんよう、尊き御方。わたくしは美しいだけのただの鳥ですわ。御目にかかり光栄に存じます』


 うわ、うわ、青い鳥二羽め、すっごい綺麗な声だ! 二十歳くらいの女の人の声で、上品で可愛い。

 青い鳥はオスメスどっちも「美男美女!」って声してる。

 なのに鳥としての鳴き声はオスが「グェエエ」でメスが「ギェエエ」なんだよなぁ……ギャップが酷い。


 キナコくんたちに「青い鳥たちが礼儀正しい感じの挨拶してくれたよ」と小声で伝えてから返事。


「えー、はじめまして。挨拶ありがとうございます。僕たちの中で言葉が通じるのは僕だけなので、代表して僕が喋りますね。僕たちは、えーと、……?」


 僕たちは──なんだ?


 簡潔に言ってしまえば“昨日偶然知り合って、その場の流れで一緒に行動してる個性の強い幻獣たちとプラス無個性な人間の僕の集団です”になる。


 ……怪し過ぎるだろ……。


 僕自身はせっかく【会話する】スキルが使えるんだから、困ってる幻獣がいたら手助けしていきたいなって考えてる。でもみんながどんな考えで一緒に居てくれてるのか、まだ話し合ってないんだよ。

 どう自己紹介したらいいんだ……。


『挨拶をありがとう! 大変光栄だ。貴方たちについてはつい今しがた知識の鳥たちが説明してくれたからね、改めての自己紹介は結構だよ。さて、急かすような品の無いことをして申し訳ないが、早速本題に移らさせてもらうよ』


 言い淀んでる内に青い鳥オスがさっさと進めていった。


『先程貴方は私たちにも神浄水が必要かと訊ねてくれたね。勿論必要だよ! 是非頂きたいな。──神浄水を頂戴するのに対価は必要かな?』

「いえ対価は別に、っと、ちょっと待ってください、神浄水は僕の物じゃないので相談しますね」


 しまった、神浄水はキナコくんの御師様の物なのに僕が返事してしまうところだった。どうする? 対価もらう?

 キナコくんは僕の肩の上から一度下りて、手を伸ばしてきた。キナコくんの後ろ足と背中を手で支えて抱っこ状態にして、見つめ合う。どした?


「セイくんは対価欲しいですか? あの鳥は、多分羽根をくれると思います。セイくんはぼくやアズキくんに渡すって言うでしょうけど、それとは別として、セイくん個人にくれるって言われたら、欲しいですか?」

「ん? 僕は要らないよ」

「白梟は青い鳥のことを【瑠璃月光天麗鳥】って言ってましたね。瑠璃月光天麗鳥の羽根のことはぼくも聞いたことがあります。白天毛と一緒で、王族に献上されるレベルの……最高級品質の宝石のようなものです。羽根一枚で家が建つお金になるかも知れません。 欲しいですか?」


 ド真剣な眼差しでキナコくんがさらに問いかけてきた。

 だから要らないって。金貨と一緒で、そんな価値のあるものを貰ったって僕にはどうしようもない。宝石とかも興味ないしなー。綺麗な景色や動物を見るのは好きだけど、所有したいとは思わない。それに家は教会が用意してくれるもので、自分で建てるものじゃないよ。


「僕はいいよ。でもアズキくんは欲しがるかも知れないね。検証したいって大騒ぎするかも」


 幻獣の羽根なら何か不思議な能力が備わってる可能性大だもんな。


「そ、それは否定できないですね……。でも今はそういうことじゃなくて」


 キナコくんはちっちゃい手でおヒゲをもしゃもしゃさせた後、ぱっと顔を上げた。


「うーん、分かりました! 基本的にぼくたちも対価は要らないです。昨日の蒼雲白天獣だって結果的に白天毛が素晴らしかっただけで、助けに行こうと決めた時はただの熊さんだと思ってたわけですから。元から対価をもらおうとは思ってないです。それに……」

「それに?」

「ただの勘ですけど、気がするんですよね。だから、きっとそれが正解です。鳥たちに無償で神浄水あげてください」


 あげても良いって判断になったんだね、良かった。今更「あげませーん」なんて僕には言えないから助かった。

 カバンから深皿二枚を出して、対価は要らないことを伝えつつ、少し離れた場所に神浄水を注いで置いた。一種族に一皿ね、仲間同士で仲良く飲んでください。


『ポポポこれが神浄水……! 本物を目にするのは私は初めてだが、なるほど、なるほど。聖浄水とは一線を画した濃厚な神気の気配だ。抗いがたい魅力に満ち溢れていると言わざるを得ない』

『何故、幻獣天獣神獣がこれほどまでに神浄水を希求して止まないのか。それを語るにはまず、神力とは何か……そこから説明せねばならんだろう。そしてそれを語るにはまず、ただの動物や獣と、幻獣天獣神獣の違いについて説明せねばならぬ』


 語ってないで早く飲めばいいのに。鳥もヨダレ垂らすんだな。

 青い鳥二羽は神様と僕たちに感謝の言葉を言って、すぐに飲み始めた。でもがっついた飲み方じゃない。地面に置いた木皿から飲んでるのに、小説で読んだ貴族のように高貴で優雅な姿だ。どうなってんの、あの鳥。


 ──さて。僕の頭の上に、びしょ濡れの小鳥二羽が止まったわけだよ。


「シマくん、シマくんの仲間の子ってこの子だけ?」

『ここにっすか? 少しいるっすよ、近寄って来てないだけっす!』

『みんなねー、怖いんだって。だから離れたとこから様子見るって言ってたー』

「なるほど」


 つまり、警戒心の薄いこの子だけが表に出てきた、と。教会のチビにも居たし支部長も「どこにでも一人は居るんですよね、ああいう豪胆というか鈍感というか、思い切りの良い子」って言ってた、そういう子だね。


『ねー、神泉樹どこ? おいしい木の実はー?』

『ここじゃないっす、黒い山を越えるっすよ!』

『そうなんだー。じゃ、行こ』

『そうっすね! セイ兄さん、出発するっすよ!』

「…………」


 うまく言えないけど、君たち、なんかすごいな。



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冬に保護した猫は後遺症は残ったものの元気で、毎日「遊んで攻撃」がすごいです。それに「撫でて攻撃」も加わったので時間が猫に吸い取られていってる状態ですが、それでも続きを書こうと思えるのは、読んでくださってる人がいるからです。本当にありがとうございます!

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