第70話 ハバノビノビバの木の下_鳥たち


『オレらの“仲間へのお知らせ”が、鳥ぜんぶにも伝わってるかどうかっすか?』


 シマくんはちっちゃい黒い目で僕をじっと見つめ、白い丸い胸を張ってすぐに答えてきた。


『他の鳥のことはわからないっす!』

「……そっかぁ」


 なら仕方ないね。他の種族の鳥と話す機会が無ければ気付かないことだしね。僕だって町で外国の人を見かけたって理由も無しに話しかけたりなんかしない。


 予定外の鳥たち──枝に止まってる白い鳥二羽と、地面に立ってる青い鳥二羽は、少し離れた場所で全然動かずに僕たちを静かに見てる。


 ──やっぱり【幻獣】っぽいな。


 “一生の内で一度でも目にすることが出来るかどうか”と言われてる幻の生き物【幻獣】が、このタイミングで、この待ち合わせ場所に、鳥ばかり複数種いる。

 これが偶然だったら、そっちの方がすごくないか。


 キナコくんもあの鳥たちの方を見てたらしく、小声で囁いてきた。


「上の枝に止まってる鳥は、姿はフクロウそっくりです」

「梟って、夜にホーウ、ホーウって鳴いてる鳥だよね? へー、初めて見た。結構丸いんだね、もっと細長い鳥なのかと思ってた」

「梟にも色んな種類がいますけどね。そもそも姿が似てるだけで別の生き物でしょうし。というかこっちの動物全般が、犬猫レベルの動物も全部、似てるようでやっぱりどこか違うんですよねぇ」


 昔と比べてってことかな。でも、あんな風に全身仄かに光ってる動物は今の時代でもかなり珍しいと思うよ……。


 上にいる鳥は全身真っ白で、毛先? 羽の先かな、そこが柔らかい金色で少し光ってる。あんなのが暗い森の中を飛んでたらめちゃくちゃ目立ちそうだ。下にいる青い鳥も、木陰にいるのに羽がキラキラしてる。


「下にいる青い鳥は、孔雀っぽいような? 孔雀をもっと逞しくして、頭から呂布みたいな長い二本の羽を生やして、首から胸にかけて成人式で着物女子たちが首に巻いてる白いフサフサを生やした感じ、ですね」


 うーん、クジャクもリョフもキモノジョシも、残念ながらどれも僕は聞いたことない。キナコくんって物知りだよなー。

 同じく物知りなロウサンくんが、鳥たちの方へ視線を向けたまま僕に向かって話しかけてきた。


『上の白い二羽は【知識の鳥】だね。博識な鳥で、以前に俺も何回か世話になったことがあるよ』

「ロウサンくんがお世話になったんだ? すごいね」

『彼らは“知識を得ること”を一族全体の使命にしていると言っていた。何十年前だったか北の国に居た時に声をかけられてね。俺の天狼としての能力や習性を教えて欲しい、代わりに人間や他の生き物、神や神力について教えると言ってきたんだ。それ以来、彼らの種族とは会うたびに情報交換するようになったんだよ』

「あー、なるほど」


 野生で一人で生きてきたロウサンくんが物知りになった理由はそれか! あの白梟が先生だったんだね。


 ──って、あれ? 知識を教えるって、言葉はどうしたんだろ。


『今まで会ったどの個体も平和的で理性的な性格だったし、戦闘能力の低い種族だから俺が瞬殺できる。【知識の鳥】に関しては警戒しなくて大丈夫だと思うよ。でも……』


 ロウサンくんがスッと横に移動してきた。ん? 僕たちには斜めに背中を向けて……顔は青い鳥の方向。ピリッとした空気だ。


『下の青い二羽は初めて見る種族だ。脚の力が強そうだ。気をつけて』

「分かった。ありがとう」


 そっか、青い鳥たちも姿は賢そうに見えるけど、話してみないとどんな性格か分からないもんね。突然なにをキッカケに襲ってくるか読めないし、向こうは悪意無く軽い力のつもりでも僕には大惨事って事もあるだろう。ちゃんと警戒しとかないと。


 やや緊張した雰囲気の中、シマくんがご機嫌な声でピョピョー! と鳴いて僕の頭の上まで飛んできて止まった。


『お披露目するっすよー! がセイ兄さん、オレの巣っす!』

「…………」


 “コレ”。

 いや、いいけどね?


 シマくんの仲間は僕を一周回るようにパタパタと飛んで、枝に戻ってから『すごーい』と言い、もう一度僕の周りを飛んで枝に戻り『しゅごーい!』と言った。

 なにがどうすごいんだろう……。「うっわ、コイツ本当に人間を巣にしてるよ」という呆れ、とか?


 あ、この子、頭の後ろにぴょこっと長めの羽が生えてるや。アレがシマくんが僕に落としてしまったという【神気冠】かな? この子はまだ神樹の種を見つけられていないのかな。

 シマくんが僕の頭の上で仲間に向かって威張るように胸を反らした、……そんな気配を感じた、なんとなく。


『どうっすか、オレの神気冠と綺麗に馴染んだ自慢の巣っすよ!』

『うん、きれー!』

『そうっすよねー! 許可するっす、セイ兄さんに止まってもいいっすよ』

『ほんとー? ありがとー』


「ちょっと待った!」


 僕の頭の上にその子も乗るってことだよね?

 待て、それはさすがに許可できない。


 シマくんの仲間の子に「ごめん、ちょっと待って」と繰り返し言いながら、カバンの中から急いで神浄水と深皿を出して準備する。

 今にも死にそうで洗える状態じゃないとか、暴れて手がつけられないっていうんなら話は別だけど、元気な野生動物をそのまま受け入れることは出来ない、寄生虫的な意味で。


「これね、神浄水。ここで体を洗ってから……」

「ピョワ──ッ!!」


 言い終えるより先に、仲間の子が神浄水を注いだ深皿の中へ激突する勢いで飛び込んで来た。そして一心不乱にバシャバシャ転げ回って水浴びしてる。やばいくらい荒れ狂ってる。え、これ、大丈夫……?


『神浄水を前にしたらそうなるっすよね! わかるっす〜!』


 分かるんだ……。じゃあいいか。

 あっ、シマくんまで一緒に入って荒れ狂いだした。シマくんはもう充分飲んだり浴びたりしてるのに、まだこんな状態になってしまうほど神浄水の魅力ってすごいのか。


 ってことは。

 ……うっわ。やっぱり、白い鳥も青い鳥も、すっごい力のこもった視線でこっちを見てるよ。そりゃ欲しいよね。


「あの鳥たちにも神浄水あげても大丈夫かな?」

『そうだね……。【知識の鳥】については問題無いよ。下の奴らに関しては……うん、俺の方が強い。いざとなれば瞬殺出来る。とはいえ油断は禁物だからね。距離は保ったまま対応して欲しい』


 ロウサンくんの判断基準は、瞬殺出来るかどうか、なんだね……。いや、大事なことだよ、うん。


「多分ですけど、今この場で神浄水あげて、それでハイサヨウナラとはならないですよね。うーん、……まずは声をかけてみて、その時の態度で様子を見てみましょうか」

「そっか。そうだね」


 意外にキナコくんが慎重だった。

 どうしよう、“大丈夫かな?”と聞きつつ、実は断られるとは思ってなかった。昨日突然襲ってきた黒フサくんたちですら、連れ帰って神浄水あげたくらいだったから。

 それとも僕の考えが甘いのか。

 鳥たちに勝手に神浄水を渡しに行かなくて良かった。


 えーと、じゃあ盾になってくれてるロウサンくんの後ろから、まずは声だけ。


「あのー、あなたたちも神浄水要りますか?」

『──我々に問うているのか? 人の子よ』


 うお、あの白梟、喋り方カッコいいな! 声も渋い。神官長様よりお偉いさんみたいな雰囲気持ってるよ、鳥なのに。


「はい、たくさんあるので良かったら……」


 シマくんの仲間がもっと集まると思ってたからさ、神浄水を大きい水筒で四本持ってきてたんだよ。これを担いで走るのは本当にキツかっ……、いや、僕の体力筋力が最底辺なのがいけないんだ。ちくしょう、頑張って鍛えよう。


 白梟二羽が、頭だけクルッと動かしてお互い見つめあって、またクルッと僕を見て「ホホーゥ」と声を揃えて鳴いた。


『ホー。まず【神浄水】とは何か』

「……はい?」

『ホー。それは【神泉樹】という神樹から採水可能な、神気を多分に含む奇跡の水の事である』

「……そうですね……?」


 ん? 要るかどうかを聞いたんだけどな? なんでいきなり神浄水の説明が始まったんだ?

 二羽は頭をクルッ、クルッと動かしながら交互に話してる。


『そもそも神樹そのものが、非常に発芽しにくく、育ちにくい樹木なのだ』

何故なにゆえか。それは神気を放出する存在でありながら、自身の成長に膨大な量の神気を必要とするからである。ホー』

「……そうなんですね。……?」


 それって、今ここで語る必要あるかな?


『その神樹の中においても更に芽吹きにくく育ちにくいのが、神泉樹である』

『長い年月を掛け我ら程の高さまで成長し、その枝から少量ずつ浄化の水を流す』

『故に採水可能な量は大変少ない。非常に希少かつ高貴な存在、それが神浄水なのだ。ホーウ……』

「……えーと」


 いや、秘境では大木たいぼくになってその根元からこんこんと湧き出して泉になって溢れて川にまでなってますけど。しかも一本じゃなくて群生してますけど。


 でもそれを、僕がしゃべっても良いのか自信ないから黙っとこ……。


 なにより今聞きたいのは、「結局、要るのか、要らないのか、どっちですか」だよ。もうはっきり聞いてもいいかな、いいよね。

 そう思って口を開こうとした、その前にキナコくんから衝撃的な質問が。


「……セイくん、あの梟たちの喋ってる内容がぼくにも分かります。もしかして人の言葉を話してます? でもホーウって鳴いてますよね?」

「えっ」


 もしかしてキナコくんにも僕と同じ【会話する】スキルが発現した!?


『セイくん、彼らは知識を得る事に最上の喜びを感じるけれど、知識を広める事も大好きなんだ。だから話し始めると長く、クドく、しつこい。あの話を聞きたいなら止めないけれど、もし聞く気が無いなら俺が止めるよ。どうする?』

「えっ」


 ロウサンくんが更に衝撃的なことを言ってきた。それってつまり……。


「ロウサンくんも梟たちの言葉が分かるんだ? あっ、もしかして向こうもロウサンくんの言葉が分かる?」

『そうだね、俺は彼らと意思の疎通が出来るよ。知識の鳥たちの能力のひとつらしくてね。殆どの幻獣と、言葉を通訳しながら話をする事が可能だと言っていたかな』

「なるほど、そっちか! キナコくん、あの白梟たちも僕と同じ【会話する】スキルを持ってるみたいだよ、通訳しながら話してるんだって」

「あの鳥の能力だったんですね。耳にはホーって聞こえるのに脳みそでは言葉として認識できるので、変な感じですぅ。ぼくとアズキくんの言語チートは完全吹き替え型ですしね。うーん、これは……同時通訳、とはちょっと違うな。脳内字幕型……? うーん」


 ん? 聞こえ方が僕と違うような……。

 僕は幻獣の動物的な鳴き声と同時に、人の言葉も聞こえてる。あ、でもキラキラさんや樹ぃちゃんみたいに、そもそも口が無いタイプだと人の言葉しか聞こえてないや。

 キナコくんたちは、フキカエガタ? とかいう能力で僕とは違う聞こえ方になってるのかも……。


「グェエエエ」


 突然、青い鳥が呻き声みたいな鳴き声をあげた。ロウサンくんとキナコくんが身構えて、今にも攻撃を始めそうになってる。


 待って、違う違う、鳴き声はひどいけど、内容はひどくないよ!


 どう言えばいいのかな、あれだよ、……舞台俳優みたいなことを言ってるんだよ、あの鳥!



──────────────


お久しぶりです。

去年中にせめて竜王が仲間になるところまで進めたかったんですが、11月12月は仕事が忙しく、敗北しました。

1月から頑張るつもりが、実は12月下旬の大雪の日に弱ってる野良猫を見つけて保護しまして……。獣医さんによると生後4ヵ月ほどらしく、そこそこ育ってる為か人への警戒心の強い子で、お世話にかかりきりになってました。

とはいえ、1ヵ月もすれば余裕が出来るだろうし、2月からは更新頻度あげていく、つもりでした……が、が、猫が手術と投薬でまあまあ元気になり、人にも少し慣れてきた為、めっちゃくちゃ遊びたがるようになってですね。毎日結構な時間オモチャ振らさせていただいてます。キーボードのカチャカチャ音が気になるようで熱烈に邪魔してきますし……。まあ子猫なので仕方ないかな、と。

隙をみて書き進めていきますので、これからも何卒よろしくお願いします。

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