第69話 マディワ湖村東門外から山の中へ_待ち合わせ


 ロウサンくんの、見た目の印象よりもずっと柔らかくてもっふぁもっふぁの胸毛に顔を埋めて、しばし堪能する。


 暖かいけど暑苦しさはない、さらさらだ。気持ちいい、幸せ……。


 それにロウサンの毛って感触が良いだけじゃなくて、どう言えばいいのかな、触れてると元気になる、というか。


「蒼雲白天毛とは違った良さがありますね。白天毛は癒し効果抜群でしたけど、ロウサンくんの毛は気分が高揚すると言いますか、万能感に酔いそうになると言いますか。……この毛でやばいおクスリ作れそうでドキドキします」


 僕の肩の上にいたキナコくんも一緒にモフ毛に埋まってうっとりしてる。最後の言葉は聞かなかったことにしておくよ……。


『セイくん、無事に会えて良かった。待ち合わせ予定だった山側の入り口付近に、武器を持った人間が集まりつつあってね。危険だから近づかないよう伝えたいけれど手段が無くて、困っていたところだったんだ』


 ロウサンくんがぐい、ぐい、と顔をすり寄せながら、状況説明もしてくれた。この丁寧さ、さすがロウサンくん。

 僕も同じ理由で心配になって、湖側の東門から予定より早く呼んだんだ。


 冒険者ギルドで神官様から聞いたお話をざっくり伝えつつ、僕の考えも言っていくことにする。

 まず、“西門から山を登った先にある村”は間違いなく僕の住んでるヨディーサン村なんだ。他に村なんて無いし。


 そして今日【赤曜日】は村から定期便の荷馬車をマディワ湖村に出してる曜日だ。

 ちなみに、今日荷馬車がマディワ湖村へ行くって決まってるのに、昨日僕が一人徒歩で出発することになったのは、独り立ちするんだからもう村に頼るなという厳しさ……では無く、昨日が【黄曜日】で、僕に軽い加護をくださっている地の神様の曜日だったからだ。


 もしも僕が加護チェック受けてなかったら、村としては風の神様を信仰してるので【緑曜日】に出発するはずだった。


 ──ん? ということは、もし僕が緑曜日に出発してたらシマくんと出会わなかったのかな?

 銀、緑、青、黄、赤、金曜日の順だから、二日も前に出発してたらさすがにタイミング合わなかっただろうな。そう考えると不思議な気分だ。

 ま、今となってはどうでもいい事だね。えーと……。


 荷馬車に乗ってやってきた僕の村の人が、道から見える近さの結界の外に熊みたいな魔獣らしき生き物の死体を見つけた、と教会に報告したらしいんだよ。


『熊型か。もしかして、昨日セイくんたちと初めて会った時にいた魔獣の事かな?』

「やっぱり、のことだよねぇ」


 ロウサンくん思い出すの早いね。僕は軽く忘れかけてたよ。昨日一日で色々あり過ぎて、出会った時の出来事なんてもう遠い過去のようで………………。


 僕の言葉だけ聞き取れるキナコくんが「セイくん何か心当たりがあるんですか?」って聞いてきた。


 あのね、昨日僕たち【ガガボダノ】に襲われたんだよ。

 魔大熊とも言われてて、一匹で村一つ全滅させられるって言われてるほど危険な大型魔獣なんだ。


 村とマディワ湖村のちょうど中間あたりの山道の脇に、地の神様の祠があるんだ。その近くの結界外の森で、木のツタに絡まってるシマくんを見つけてね。僕も結界を越えて森の中に入って、それでシマくんと、どこからかやって来て木のツタに絡まってしまったミーくんを助けて、道に戻ろうとしたらガガボダノが襲ってきたんだ。


「あー、そう言えばセイくんからその話、聞いた気がします。ロウサンくんが助けてくれたんですよね」

「うん、あと少しでも遅かったら僕死んでたよ。ロウサンくんがガガボダノに体当たりして、氷撃で刺して倒してくれたんだ」


 氷撃が当たった場所の魔瘴気が消えていくのも見てた。

 その死体をそのまま放置して去ってしまったことも、間違いない。


 そう、放置してしまったんだよなぁ。その後のことまで考える余裕なんて無かったし、もし思いついたとして熊より大きい死体を僕一人でどうにか出来るわけも無いんだけどさ。


 でもまさか、そのせいで村であんな大騒ぎになるなんて思いもしなかったんだよ……。


 ──副ギルド長からの伝言を宿屋のおっちゃんに伝えて、僕は一旦予約で取ってあった部屋に入った。すぐに西門に向かおうとして、しかしなかなか出られなかった。廊下で長話してる人たちがいたんだ。ミーくんの力で僕たちの姿は消せても、ドアの開け閉めは見えるからね。


 やっと出て、冒険者が山側の出入り口付近に集まってしまう前にロウサンくんと合流しないとって全力で走った。

 だが時すでに遅し……山側西門近くに冒険者たちがもう結構集まってしまってたんだ。


「熊型魔獣の、死体! 死体だぞ!」

「しかも魔瘴気がほとんど無くなってる状態、それ即ち!」


 おっさんらが声を揃えて「「素材取り放題!!!!」」と言って全員で拳を振り上げて、うおおおおお!! と大声出してるところだった。

 神官様たちが「調査するまで触ってはいけませんよ」「貴方達の仕事は我々の護衛ですよ」と言っているのが聞こえてるのか、聞こえて無視しているのか。


「目はウチがもらう!」

「爪は俺らだ!!」

「バッキャロ、そんなもん早い者勝ちだ!!」


 大騒ぎだった。冒険者って本当に“自由”なんだなーって、正直引いた……。


「おいっ、取り分が減っちまう、これ以上他の冒険者が入って来れねーよう東門閉じに行け!」

「そうだな、俺行ってくる!」


 ちょ、冗談じゃない! 西門はもう待ち合わせ出来るような状態じゃなくなってる。これで東門からも出られなくなったら、ロウサンくんが困ってしまう──!!


 僕は走った。荷物を担いで必死で走った。

 しかし敵はおっさんとはいえ現役の冒険者、僕は筋力体力ステータス最底辺の見習い未満。勝負にならない……!


 それにしたってだよ、“やっと東門が見えてきたという時にはもう半分門が閉まりかけてた”なんて、いくらなんでも早過ぎるだろ!

 門番にどんな説明したのか知らないけど、そんなに簡単に門って閉めていいもんなのか!? 待って待って待て待て待て!


 ──で、閉まりかけギリギリの門の隙間を滑り込むようにして脱出成功し、今に至る。


 ……もし次に村の近くで大型魔獣をロウサンくんが倒したとしても、絶対に死体を放置しない。

 初対面のロウサンくんには怖くて頼み事なんて出来なかったけど、もう“優しく手厚い対応の紳士”って知ってるからね、甘えてしまおう。


「森の中でガガボダノが死んでた理由も、魔瘴気がなくなってた理由も、どれだけ神官が調査しても謎のままで終わるんでしょうね。そして真実は闇の中へ……」


 キナコくんがしみじみとした言い方で呟いた。


「うーん、でも僕も村の近くまで大型魔獣が出てきた理由まではわからないんだよ。大型は山の向こうからあんまり出てこないはずなんだけどなぁ」

『ああ、それなら……。あの魔獣はセイくんの服の中にいる小さい可愛い生き物を追いかけて山を越えたんだよ』


 ロウサンくんが僕の疑問にすぐに答えをくれた。


「えっ、そうなの?」

『その可愛い生き物は、かなり離れた位置にいた俺まで感知出来るほど強い神気を振りまいて飛んでたからね』


 ……あっ、そうだった、シマくん自身も『黒いヤツにしつこく狙われる』って言ってたね!


 だったら早くシマくんの仲間を迎えに行かないと危ないじゃないか。急ごう!!



 ◇ ◇ ◇



 湖の対岸に、マディワ湖村が遠く見える。さっきまで居た村が小さく見えるのって、なんか変な感じだ。


 ここからの山の中での移動も僕はロウサンくんに乗ったまま。そろそろ見慣れてもよさそうなものだけど、やっぱり僕たちを囲む透明の壁みたいなのに枝が当たって全部滑るように避けてく様子は不思議でしょうがない。ロウサンくんすごいなぁ。


 待ち合わせにした目印の木が見えてきた。村に行く前に見た時も驚きで口をポカンと開けてしまったぐらい大きい木で、改めて見ても怖いくらいデカい。


 朝、シマくんの仲間を秘境へ呼ぶ為にまずどこへ来てもらえばいいのかと悩んでたら、ロウサンくんが『いい場所を知ってるよ』と案内してくれた木だ。昨日僕たちと一旦別れて周囲を見て回ってる時に見つけたらしい。


 山の木はどれも背が高く幹周りも太い、それでもその中で一際目立つ一本の木。高さもあるし、何より横幅……って言っていいのかな、横に向かって伸びてる枝も長くて、全体的にめちゃくちゃデカい木だった。葉も多い、わっさわっさしてる。


 冒険者登録に行く前に、ここでシマくんに仲間への呼びかけをしてもらっておいたんだ。 

 ピィー……ヨォーピィーイィイイーと高く澄んだ、歌声のように綺麗な鳴き声だった。でも僕の耳には“言語”としても同時に聞こえるからね……。


『ピッ、仲間たちに報告っすよー! 神泉樹を黒い山のほうで見つけたっす、おいしい木の実もいっぱいあったっす。最高っすよ! 案内するっすから、行きたいヤツは黒い山の平たい側、一番大きい湖の近く、ハバノビノビバの木に来るっすよー、ここっす、ここここー!! ピッ……これでイイっす!』


 それでいいのか……。


 本当に大丈夫なのか確認したら、シマくん一族は仲間になら山の向こうにいても声を伝えられるらしい。そして、聞こえた子が同じ声をさらに遠くにいる仲間に届けて、と繰り返し最終的には大陸の一番向こうにまで届けられるって。


 今も実際に、ちゃんと仲間が到着してるそうだ。

 いきなり人間の僕が近付いたら可哀想だからね、まずはシマくんだけで説明に行ってもらった。っと、思ってたよりすぐに『もう来て良いっすよー!』って言ってきたな。本当に大丈夫なのか……。


 静かに近付くと、ハバノビノビバの木の枝に、ちょこんとシマくんに寄り添うように白い小鳥が……、一羽。


 シマくんの仲間は一羽だけ、なんだけれども。


 少し離れた所の枝に、やや大きめの白い鳥が二羽。

 枝の下の地面に、人間の子供くらいの大きさの濃い青と空色の羽を持った足の長い鳥が二羽。


 ……うん? この子たちも幻獣っぽいな?


 あのさー、シマくん。もしかして君の呼び声ってさ……シマワタリドリだけじゃなくて鳥全部に伝わってないかな?



  

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