第68話 マディワ湖村冒険者ギルド_山側の神官様


「ごめんなーセイくん、こいつら、……あー。あー……」


 キリィさんは少し考えた後。


「疲れ過ぎておかしくなってんスわ!!」


 笑顔でヤケクソのように言い切った。昨日も似たようなこと言ってたな。ちゃんと休んだほうが良いと思う。


「高ランクパーティーにゃ変人が多いとは聞いてっけどよ。あんたら相当てんなぁ!」


 副ギルド長がカウンターから出て僕の隣まで来てくれた。情けないけど、正直とても心強い。特に身体の大きさが。いざとなったら盾にさせてもらおう。


 ギルドの床に倒れて泣きそうだったキリィさんが気力で立ち上がり、リーダーさんとヴァンさんを引っ張って離れたところへ連れて行き、そして小声で何か話し──多分文句か説教──したあと、僕に謝りにきたところだ。


 逃げるべきか一応迷ったんだけどね。でも、無言で跪いて俯いてたリーダーさんがさ……涙をボロボロ流してるのを見ちゃったんだよ……。ずっと静かに泣いてたみたいだ。


 ──いやなんで?


 泣く理由にまっったく心当たり無いよ、ほんとなんで?


 僕が無事だったことを喜んでの嬉し涙? ……意味がわからないけど。

 僕が植物じゃなかったことを残念がっての悲しい涙? ……理解できる要素がひとつも無いけど。

 そもそも植物に間違われる可能性があったことに驚きだよ。


「植物ってガチの植物のことなんでしょうか。それとも“草食系男子”みたいな比喩的表現なのかな。でもそれだとセイくんは草食動物極めてそうなのに“違う”って言うのはおかしいですよね、うーん」


 キナコくんまでおかしなことを言い出した。僕は植物じゃないし、草を食べる馬や山羊でも無いよ……。

 ……無いよね?

 今日顔を洗う時に自分の顔は見たけど、全身は見てない。もしかして、今の僕って人間以外のものに見えるような変なことになってるのか?


 頭の上に木が生えてないか触ったり、尻尾が生え出して無いか後ろ見たり、色々確認してて逃げるタイミングを逃したんだ。ギルドの受付の処理がまだなのも気になった。なにより白翼の皆さんがいたのは出入り口のすぐ横だった……。


 キリィさんがリーダーさんの背中を押した。


「ほら、隊長も。いいっスか、普通に、くれぐれも普通に! 常識を思い出して、ほら!」

「分かったと言ってるだろう。……セイさ、くん。貴方を困らせる事は本意では無い。大変失礼した。ところで昼食はまだだろうか? 君さえ良ければこれから一緒にどうだろう。ガズルサッドに美味い肉料理を出す店がある。移動しよう」

「お断りします」


 リーダーさんが普通だったのは最初だけで、話してる途中で跪き始めた。そして最後に“さぁ早くこの手を取れ”と威圧を込めて僕に右手を差し出してきた。

 ちなみに表情は敵を前にしてるかのように険しい。睨まれてるとしか思えない。怖くて逆にきっぱり断ってしまった。


 断ったのにヴァンさんまで「本当に美味いんです、今すぐ行きましょう!」と言って跪き、険しい表情で僕に手を差し出してきた。二人とも早く常識を思い出して欲しい。

 この状況で付いていく人なんていないよ。しかもガズルサッドは馬で五日の距離だ。


 絶対に僕の顔は引きつってる、でも二人は気にせず「さあ!」「さあ!」と言って手を伸ばすように振ってくる。悪意が無いのはわかるから、逆に接し方が難しいんだよ……。


 副ギルド長は「コイツらマジでやっべぇな」と言うだけで助けてくれる気配は無い。確かに暴力とかは無さそうだけど!


 キリィさんに助けを求めたら、見えないはずの空を眺めるように天井を見つめ、「もうなんでも好きにしたらいいんじゃねぇかなぁ」と呟いてた。諦めないで! 何とかしてください。


「失礼します! 緊急の要件で……えっ?」


 誰かが慌てたようにギルドに入ってきた。このひどい状況を変えられる、やった!


 その人は走ってきた姿勢のまま固まって僕たちを見てる。うん、そういう顔になるよね……不気味なものを見る目ね。

 でも待って、僕は被害者だ。僕だってデカい冒険者の男二人に跪かれたくなんて無いよ、心の底から。


「皆さん何をしてらっしゃるので? お芝居の練習ですか……?」

「気にしねぇでくれ。山側の神官さんが何の用だ?」


 副ギルド長が言ったように、入ってきた人はマディワ湖村の山側──僕の住んでるヨディーサン村と農作物のやり取りをしてるディディゴル教会の神官様だ。風の神様を信仰してるから緑色のタイを着けてる。

 冒険者ギルドは湖側でリィリディ教会と隣り合って建ってるし、山側とはあんまり交流がないのかな。


「随分急いでたみてぇだが、何かあったのか?」

「すごく気になりますけど、そうですね。すっごく気になりますけど、今はそれどころではありません……! 私ディディゴル教会の者ですが緊急の要件で急ぎ参りました。ギルド長はいらっしゃいますか!?」

「うちのギルド長は今、ガズルサッドに行ってる。副ギルド長の俺が代わりに聞いちゃいけねぇ案件か?」

「冒険者を即時動員できる権限をお持ちでしたら副ギルド長で問題ありません。今すぐ事務所へ案内してください」


 神官様はその場で足踏みしながら声を張り上げてる。何かすごいトラブルがあったっぽい。

 受付のお姉さんに目を向けると、“当分無理です”という表情で手を合わせてきたので、“後で出直します”と小声で言って僕も手を合わせた。


 そーっと外へ出て行こうとしたら、当たり前のようにリーダーさんとヴァンさんが僕に付いて来た。いや、あなた達はダメでしょう……。


「まっ、待ってください! 冒険者の方たちには残ってもらわないと困ります!!」


 神官様が焦って出入り口を塞ぐように両手を広げて止めた。ですよねぇ。

 鋭い舌打ちをするリーダーさん。やめてあげてください、神官様が小さく「ヒッ」って悲鳴あげちゃったじゃないですか。


「下の者には聞かせられねぇ話なのか? 急いでんだろ。ここにいるのは全員冒険者ギルドの関係者なんだが」


 副ギルド長の言葉を聞いて、神官様は僕を見た。「え、この子も?」という心の声が聞こえた気がしたよ……。実は僕自身も、まだ見習い未満なのに良いのかな? ってちょっと不安になった。


 でも神官様の迷いは短くて、「それでは失礼」と冒険者ギルドの扉を閉めてその場で話し始めた。


「西門から山を登ったところにある村から、定期便の荷馬車が先ほど到着しましてですね。その村の人たちが道の途中……結界の外ではあるものの道から見える近さの所に、熊のような大きい獣らしき生き物の死体を見つけた、と言うのです」

「はっきりしねぇ言い方だな。熊じゃねぇのか」

「熊にしては大き過ぎる気がする、と。それにその……もしかしたら、魔獣の死体かもしれない、と言いましてですね」

「かもしれねぇって何だ? 見たら分かんだろうが」


 うん、魔獣なら死体でも魔瘴気出してるからね。


「結界を越えるわけにはいきませんからね、離れたところからしか見ていないので不確かだけれど、その……、魔瘴気が無いように見える、と言うのです。不確かですよ?」

「……おいおいおい、そいつぁ……あり得んだろう」


 声を出したのは副ギルド長だけだったけど、白翼の皆さんも“まさか”という顔で神官様を凝視した。


 確かにあり得ない。熊より大きい魔獣の魔瘴気を浄化しようと思ったら、どれだけの量の聖浄水が要るか。そんなの、とんでもない金額にな……。


 ──あれ? の魔獣?


 それって、もしかして……。


「全てが不可解かつ、大変危険な状況です。ですので冒険者ギルドへ、調査へ向かう神官の護衛を依頼しに参りました。すぐに冒険者を集めてください」

「了解した。おい、【白翼】だったな、お前ら動けるか?」

「問題ない。協力しよう」


 リーダーさんは一瞬の躊躇いも無く頷いた。昨夜から徹夜で山狩りしてて、見るからにボロボロでめちゃくちゃ疲れてそうなのに大丈夫なのかな。


「セイ君、申し訳ないが食事を奢れなくなった。次の機会に改めてさせて欲しい」

「まっっったく気にしなくていいです」


 そもそも僕は断ってたからね。リーダーさんは丁寧な仕草で胸に手を当て僕に軽く頭を下げてから、早足で神官様のところへ行った。


「セイ、お前は待機だ。今日はもう手続きどころじゃねぇ。宿屋へ行って宿屋のオヤジに泊まってる冒険者全員すぐにギルドへ集合するよう伝えるように言ってきてくれ。村が混乱するから内容は伏せてな。そんでお前は宿屋でおとなしくしてろ」

「わかりました」


 副ギルド長の言葉に頷く。

 正直ありがたい指示だ。僕には僕で、急がなきゃいけない理由がある。

 やや重いギルドの扉を開け、一歩出たタイミングで、後ろからキリィさんに声をかけられた。


「セイくん。コレ、昨日山で見つけた変わった木の実」

「はい?」


 今はそれどころじゃ……っと、わ! 目の高さから落とすように渡されて、咄嗟に受け取ってしまった。

 うげ、代わりに渡せるもの何かあったかな!?


「交換品は次に会った時で良いッスよ。それより、宿屋に行ったら今のうちに数日分部屋の予約取っちまうことを勧めるよ。二日三日もすりゃ、色んな街から冒険者共が押し寄せてきて満室になんのが見えてっからね。ほら、急いで!」


 僕の背中を押すようにぽんと叩いて、キリィさんはさっさと戻ってしまった。

 ギルドの中は慌ただしい空気で、依頼書をすぐに作れ、リィリディ教会への連絡は、警護団には村の警護を依頼、結界スキルの職員呼んですぐ強化をさせて……と声が飛び交ってる。そんなところへ木の実を返しに行くなんて邪魔するようなこと出来ないよ。


 あー、もう。シロちゃんっていう幻獣の対価を木の実三個にしてしまったことも気にしてるんだよ、こっちは。この実のお返しに上乗せできるような、もっとちゃんとしたもの……って言っても僕自身は良い物なんて何も持ってないから、みんなに相談しないと。あー、もう。


「あの斥候の男……セイくんの性格と行動を完全にますね。やっぱり一番侮れないですぅ」


 ……それはつまり、キナコくんも僕の性格や行動を完全に掴んでるってことだよね。そんなに僕は単純なのか……。



◇ ◇ ◇



 待って待って待て待て待て! くっそ、足が! 上がらない!!

 うっそだろ、待って、閉まる!!


 今にも閉じられそうだった東門のへと、姿を消した状態で走り抜け……られた!

 なんとか間に合った。うわー、ギリギリだったよ、やばー。


 夜でも基本開けっ放しの門が閉められるなんて、思いもしなかった。全力疾走したせいで息が苦しい。倒れそう。ちくしょう、明日から毎日走って筋肉つけよう……!


 もつれそうになる足を動かして、道を外れ森の中──結界の外へと移動。


「……ロウサンくん、聞こえる?」


 小声過ぎたかな。もうちょっと大きい声で、ロウ──。

 カサリと小さな小さな音を立てて、真っ白に輝く大きな大きな狼が木々の間から出てきた。


 良かった、無事会えた。何か言うより早くロウサンくんが近付き、僕の顔がもっふりとした胸毛に包まれた。


 うーん、最高。


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