第67話 マディワ湖村冒険者ギルド_冒険者パーティー【白翼】
握手のあと、副ギルド長に見習い先の相談に乗ってもらって、大体のことが決まったところで面談終了。受付に戻ると、既に正午をだいぶ過ぎていた。
あれ? 鐘の音したっけ? カウンターの向こう側の副ギルド長も、ん? っていう顔をしてる。二人で首を傾げた。
「マリーさんが、面談室の鍵を開けた時……最初ですねー、その時に部屋の防音スイッチも入れといたって言ってましたよ。聞いてませんでしたー?」
受付に残ってたお姉さんが教えてくれた。なるほど、【準冒険者】の説明とか、人に聞かれたら困るもんね。マリーさんっていうのは受付のおばちゃんのことで、今はお昼休憩に行ってるらしい。
「やっぱり一時間以上かかってましたよね。この世界の時間の進み方がだいぶゆっくりだって言っても、いくらなんでも長いと思ってました」
肩の上のキナコくんがうんうんと頷いてる。キナコくんの頭の動きに合わせて耳のあたりにフサフサとした感触があって、ちょっとくすぐったい。時間がゆっくり……田舎だからのんびりしてるってことかな?
「この世界って一日何時間なんでしょうね。セイくん“時計”を知らないようですし、まだちゃんとしたの出来てないのかなぁ。百年も経ってるんだから精密なのが出来ててもいいと思うんですけど」
うん、さっぱりわからん。まあ、ただの独り言っぽいし、いいや。
「悪かったな。腹減ってたろ」
副ギルド長が謝ってくれたけど、僕としては鐘が聞こえなかったおかげでじっくり相談できてラッキーだった、くらいに思ってる。でも副ギルド長には申し訳ないことしたな。
「僕は朝ごはんが遅かったので大丈夫です。僕こそ長々とすみませんでした」
「何言ってんだ、悪いのはこっちだ。防音かけた場合は中に入る人間に説明しなきゃなんねぇ決まりがあるんだがな。色んなことが良くも悪くもなあなあになっちまってんだよなぁ。マリーには注意しとく。午後の予定は大丈夫か」
「午後も特に予定無いので……」
あのおばちゃんは注意されて言うことを聞く人だろうか。文句が百倍になって返ってきそうだな。「準冒険者の説明する時は防音かけるって決まってんだろ。どうしてアタシがいちいち説明しなくちゃなんなんだい。気付かなかったアンタが悪いんだよ!!」という幻聴が聞こえた。でも絶対に似たようなこと言うよ、教会にもああいうおばちゃんいるから僕にはわかるんだ……。
その話題はさらーっと流して、副ギルド長と軽く他の雑談をしつつ受付の処理を待つ。
ん? 何か外から騒がしい気配が。遠くから怒鳴るような声、それと足音……大人が走ってるのかな? 大きめのダダダダッという音がすごい速さで近付いてくる。
なんだろ、と入り口を見たタイミングで、ダン! と一際大きい音がして体がビクッと跳ねた。えぇえ何?
……あれ?
音の正体は、冒険者ギルド入り口の扉にもたれかかるようにして、ぜぇぜぇ息を切らしてる男の人。柱にぶつかるようにして止まったらしい。濃い金髪、腰にある長剣。えーと、もしかしてこの人、昨日の……?
男の人が顔を上げたので、よく見ようと……。
──ヒェ。
恐怖で体がもう一度跳ねた。
あかん、眉間のシワがヤバい、昨日よりヤバい。視線もヤバい。ギラリと底光りするような目で、……もしかして僕を見てないか? なんで?
ちょっと待って、この人、昨日食事を奢ってくれた冒険者パーティー【白翼】のリーダーさんだよね。
なんでこんなボロボロになってんの?
息は荒いままだし、汗まみれの泥まみれで、葉っぱとか小枝まで髪と服のあちこちに付いてる。まるで、一晩中徹夜で山狩りして走り回ってました、みたいな状態だ。熊とも戦ってそう。
ああ、だから疲労で目つきがアレなことになってらっしゃるのかな。そうであってくれ。
僕を睨んでるように見えるけど、どう考えても僕は関係ないし、冒険者ギルドに用があって走ってきたんだよね。そうであってくれ。
……でも、めっちゃ目が合ってるんだよ……。なぜだ。
正直怖い、今すぐ逃げたい。でも昨日お世話になったんだから、最低限の挨拶はしないといけない。無言で逃走はダメだ、人として。
よし、ひとことお礼を言って、速やかに逃げよう。
口を開きかけた。リーダーさんは充血した目で僕を睨みつけるように見つめたまま、ズシャ……と重い音を立てて一歩近付いてきた。口を閉じた。やっぱり今すぐ逃げよう。
半歩後ろに動いた。と同時に、倒れ込むような勢いでリーダーさんが僕の前に跪い……、え!?
「お探ししました、ご無事で良かった!!」
なに言ってんの、この人。
なにしてんの、この人!?
リーダーさんがギルドの床に片膝をついて、右の手のひらを左胸に当て、深く、深く頭を下げたんだ。僕に向かって。……なんで!?
ちょ、ちょ、その姿勢は神様とか王様相手にやる最敬礼だよ、神様のお祈りの時だって滅多にやらないよ!
あっ、僕の後ろに誰かいる? 後ろを振り返る、副ギルド長と受付のお姉さんが口を開けて固まってた、以上。
ってことは、僕には見えない何かがいる!?
「セイくん、この男、害意は無さそうですけど不審人物です。ぼく突然攻撃始めるかもなので気をつけてくださいね」
それって、どう気をつければいいんだ? 尻尾をバシンバシン動かして「いつでもかましたんぞ、オラ」状態になってるし、キナコくん意外に武闘派だよね。
うわ、シロちゃんが異変を感じて頭をモゾモゾ動かしてる。待って、この人の前でシロちゃんが動くのはまずい!
「あの……」
人違いです、さようなら! ……と言えなかった。外からドスドスドス! とすごい音が近付いてきて「セイ君!!」と大声で呼ばれたからだ。
入り口に──ヴァンさんだったかな──【白翼】の体の大きい人が、やっぱりボロボロの状態で立っていた。頭から湯気が出そうなくらい汗まみれだ。あと顔が怖い。
ど迫力。そんな人が大股で目の前までやってきた。
「セイ君! ……ファンです! 握手してください!!」
なに言ってんの?
意味がわからな過ぎて、頭も体も動かない。
返事をする前に、手を取られてしかも両手で握られてしまった。僕の手を握りしめ、目を閉じて眉間に皺を寄せるヴァンさん。リーダーさんは頭を下げたまま。
一体何が起きてるんだ、という空気で全員が沈黙して見つめてるせいで、ギルドの受付室が不自然なほど静かだ。どうしたら。
そこに、新たなゼイゼイとした苦しそうな息づかいが聞こえてきた。
「たっ、いちょ……。おまえ、ら、待てって……言ってんでしょう、がよ……っ」
「──分かりました!!」
ギルドの入り口に今にも倒れそうなキリィさんが到着した。そしてヴァンさんが高らかに、ものすごい大声を出した。
「セイ君は……植物では、ありません!!」
本気でなに言ってんのこの人。
キナコくんですら「うわぁ頭おかしいです、ドン引きですぅ」って気持ち悪がったくらいだ。
キリィさんは、びっくりした顔になって、崩れ落ちるように床に倒れた。
「信じらんねぇ、……馬鹿ばっかりかよ……ッ」
地面に寝転がったまま、顔を覆って泣き出しそうになってるキリィさん。
可哀想。
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読んでいただきありがとうございます。
誤字の修正と内容の確認に考えていたよりも時間がかかってます(今10話まで完了)。
なのでこの話で軽く時計について書きましたが、前に書いた内容とちょっと合ってないかもしれません。誤字修正の時に発見したらそちらも修正します。
他にも
鈍足ですがよろしくお願いします。
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