第66話 マディワ湖村冒険者ギルド_面談2
僕が冒険者になる為にはどこかのパーティーに見習いとして入れてもらわないといけない。でも僕のステータスではどこにも入れてもらえそうにない。
……それってどう解釈しても、僕は冒険者になれない、ってことなんじゃ?
ちょ、最初に「新人、歓迎するぜ、ようこそ冒険者ギルドへ」なんて言ってたよね、あれは何だったんだ?
困惑で固まってる僕を、副ギルド長は憐れみに満ちた表情で見てきた。
「お前、この体力と筋力はいくらなんでも酷すぎんだろ。山ん中を一時間でも歩き続けられる自信あるか? 冒険者になったら半日以上歩くことになるぞ」
「……やってみたことは無いですけど……」
山を全く知らなければ、“畑作業はやってたし意外に大丈夫な可能性が”なんて勘違い出来たかもだけど、昨日少しでも山の中を歩いた経験があるからね。
“道”って偉大だったんだなーって、つくづく思ったもんな。
畑とも違う。土自体がもっとボコボコだし、何より傾斜がある。尖ったデカい石や木の根もあって、草と湿った土と落ち葉を踏むと滑る。そういうのを上手く避けられなくて、体がよろけて普段は使わない筋肉も神経も使ってた。
しかも、不規則な段差もたくさん、目の高さに木の枝もたくさん。
ただでさえ歩きにくいのに、更に虫や魔瘴気、魔獣を警戒しながら歩き続けられるかっていうと……。
「無理な気がします……」
頭をガックリと落として小さい声で言うしかなかった。
どうしよう、僕の考えが甘かったのかなぁ。
長審議の時に神官長様が仰ってたように、最初は簡単な仕事内容から──採取とか、あとなんだったかな、奉仕活動だったかな──そういう僕でも出来るようなことから始めて、徐々に慣れていけばいいと思ってたんだ。
冒険者って個人活動っていうか、自分のパーティーだけであちこち回ってるってことは知ってたから、僕はロウサンくんやアズキくんたちにこっそり協力してもらってソロで活動してる風にすればいいかな、なんて軽い想像してた。
なのにまさか“見習い制度”なんてものがあるなんて……。
頭がどんどん下がって、おでこが机につきそうだ。
「お、おお、そう落ち込むな。本題はこれからだ」
「……そうなんですか?」
「そうなんですよ。説明した通り、冒険者っつーのは二年間は見習いやってもわなきゃなんねぇ、これは絶対だ。しかし、だ」
僕が顔を上げると、副ギルド長はひとつ頷いてからやや小声になった。
「お前は冒険者のスキルが出て、ここへ来たわけじゃねぇ。なんつったっけ、変な……【会話する】スキルだな。こいつの正体が分からねぇから、それを探す目的でとりあえず冒険者になっとけって命令で来たわけだ。ってことはよ、スキルの詳しい内容が判明したら、冒険者辞めてそっちの仕事に変わるわけだろ?」
「えっ」
それは確かにそうなんだけど……というか、神官長様はそのつもりなんだろうけど、この時点でもうその話をするんだ?
まずは冒険者にっていう決定は絶対だと思ってた。
もしかして、いくら教会の命令だからって冒険者ギルド的には受け入れがたい、とか?
いずれ冒険者を辞めるって決まってる奴に真剣に仕事教える気にならんわ的な。
だったら困る。僕はもう冒険者になりたいって、気持ちはそっちに向いてるんだよ。筋肉があればいいのか……筋肉ってどこで売ってるんだ?
「だいぶ混乱した顔になってんな。それでも騒がねぇ性格ってマジで大当たりなんだがなぁ、もったいねぇ」
「もったいない……?」
「別の話だ、後で話す。で、本題だ。今から言うことは大っぴらにしてねぇからよ、人に話さねぇで欲しいんだが」
そう言って、声を小さくしたまま副ギルド長が説明してくれた。それによると。
田舎では滅多に出ないけど、人の多い大きい街……それこそ国全部でみれば、たまにとは言え【何の職業なのか全く推測できない意味不明なスキル】を出す人がいるそうだ。他にも、性格的、体調的な問題を抱えてて、スキルに合った職業を指定出来ない人や、どうしても一つの職業を続けられない人など、事情は様々。
そういう人を“なんでも屋”でもある冒険者に一旦指定して、“スキルに無関係な人材”を求める職場へ“派遣”という形で紹介する──【準冒険者】っていう仕組みがあるんだって。
すごい、スキルと仕事が全く関係無いシステムだ……。
確かにうちの支部長も「スキルは絶対じゃない」というような事を言ってたよ。そもそもスキルの内容自体が曖昧な表現で出てくるしね。
でも、うーん……そんな仕組みが出来上がってるくらい“職業不明”な人たちがいるんなら、アズキくんが言ってた【スキル言うてるけど実は占いの結果とちゃうか予想】は間違い……ってことなのかなぁ。少し先の未来が見えて無いってことだもんな。
って、これは今考えることじゃないや。
副ギルド長が書類棚から何枚か紙を持ってきて「例えば、ウチで募集してるやつでお前に合いそうなのはこれだ」と言って、一枚差し出してきた。
……えぇと? “錬金術士”?
「湖の向こうに一人で暮らしてる錬金術士がいてよ。雑用を募集してんだよ」
「錬金術の雑用ですか?」
「いや、ほんまもんの雑用。錬金のスキルが出た新人を弟子で取ると、そいつはいつか独り立ちしちまうだろ? 欲しいのは弟子じゃねぇんだ、錬金に全く関係ねぇ雑用をやってくれる奴が欲しいんだと。買い出し、掃除洗濯メシ、畑の水やり、来客対応とかだな」
「あー……」
本当に“なんでも”なんだ。
もしかするとキナコくんポジションかな? と膝の上のキナコくんを見ると、僕に向かってすごい勢いで首を横に振り始めた。わかってるよ大丈夫、受ける気なんて無いから。頭が飛んでいきそうで怖いから止めてください。
「スキルっつーのは良くも悪くも一つのことに特化しちまってっから、細いことを何でもやってくれる人材なんてぇのは逆に見つかりにくいんだよ。あと国から指定されて来た奴はクビにしづれぇってのもあるらしい。自分で選びてぇんだと。この錬金術士も数年前は南地方にいて、そん時に三人はクビにしてるな」
「難しい人じゃないですか」
「そりゃ錬金術士だからな」
なんという説得力。人里離れた場所で研究三昧してる人たちだからね……。アズキくんも大概アレな個性の輝き方してるしなぁ。
「お前礼儀正しいしよ、物の扱いも乱暴じゃねぇだろうし性格的に向いてそうだから推薦したいくらいなんだがな。駄目なんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ、残念だ。お前のスキルチェックで職業指定した神官長が、特記事項に【接する対象を増やす為、出来るだけ各地を回れるように取り計らうこと】って書いてやがんだわ。この錬金術士の雑用は住み込みで所在地固定、長期契約希望だから無理だ。クソ、もったいねぇ」
副ギルド長が舌打ちをした。さっき言ってた「もったいない」って、これかな?
「ま、そういう選択も実はあるってことだよ。そんでもこれは言わばスキルシステムを真っ向から否定してるようなもんだからよ、そこらの冒険者には知らせてねぇ。神官も上の方しか知らねぇんじゃねぇかな。あちらさんの考えることは俺らにゃサッパリだがよ」
あー、確かに。さっきのリィリディ教会の神官さんは知らなさそう。
「っつーことで、お前さんの選択肢は三つ」
副ギルド長は指を三本立てて掲げ、ゆっくり指を曲げて人差し指一本だけ立てた状態にした。
「一つめ。今言った【準冒険者】になる。これを選んだ場合、あっちこっちの村だの街だのを移動しながら短期の派遣依頼を受けてもらう。神官長が【接する対象を増やす為、出来るだけ各地を回れるように取り計らうこと】って書いてやがるからな」
もう一回「チィッ」と大きな舌打ちの音が聞こえた。めっちゃ怒ってますね……。
「せっかく錬金術士に恩を売るチャンスが目の前にあるっつーのによ、クソが。まあしょうがねぇ、クソが。で、選択肢二つめ。スキルを確定させる為に、お前が冒険者を雇って各地を回る」
「……えーと」
前半が気になって後半が頭に入って来なかった。つまり?
「どうせいつか正しい職に就くんなら、一日でも早くスキルの詳細が判明した方が良いだろ。お前のスキルだと、神官長じゃねぇが色んな対象と接するのが一番早いと思うぜ。その為に複数の冒険者パーティーに客として一時的に参加して、順番に各地を回ってくっつーやり方だ。ただし、見習いじゃねぇから無料でってわけにはいかねぇ。護衛依頼じゃねぇから高くは無ぇだろうが、そこそこの金は要る。金が無理なら雑用手伝いの労働だな」
「な、るほど……」
「比較的安全に国中を回れるが、問題はやっぱり金だな。スキルが早く判明すりゃ良いが、何年かかるか分かんねぇのに入って来ねぇで出て行く一方になるからよ」
「ですね」
そんな事はしないけどね。だって、僕のスキルは【幻獣と会話する】でほぼ確定だと思ってるから、そこまで頑張る必要なんて無い。
そのスキルで指定されそうな職業っていうと……?
──あれ? もしかして?
それって結局【冒険者】じゃないか?
いやでも僕のステータスでは冒険者になれないんだった。ということは……?
「次、三つめ。本当に冒険者を目指す」
えっ。冒険者になれる? なんで?
驚いて副ギルド長を見たら、ニヤリと悪人顔で笑いかけてきた。え、こわ。
「そんでその場合、神官長の各地を回れるようにしろっつーアレは、無視していい」
衝撃で口がぱかっと開いたし、頭から考えが全部飛んだ。
“無視”。教会の、しかも神官長様の指示を。そんな……。
「大丈夫なんですか?」
「構いやしねぇよ。依頼書に長期契約って書いちまってる派遣先に準冒険者でやるのはさすがにまずいが、マジの冒険者になっちまえば個人の活動内容にまで口出しさせねぇ。安心しろ」
「……はい」
「そもそも、だ。教会が冒険者についてどんだけ理解できてんだっつー話だよ。ほとんどの冒険者は拠点にしてる街周辺でしか活動してねぇんだぞ。国中回ってるようなのはランクの高い精鋭パーティーだ。そんなとこが
「そうなんですね……」
「大体、なんで
椅子をガタガタ鳴らしながら、副ギルド長の文句が止まらない。
ジンのスキルチェックの時に居た冒険者ギルドの職員さんも神官長様に喧嘩するような勢いで文句言ってたし、教会とあんまり仲が良くないのかな。
ところで副ギルド長の声が既にめっちゃ大きくなってるんだけど、人に聞かれても本当に大丈夫ですか……。
「まだまだ言い足りねぇが昼飯の時間になっちまうな。で、だ。冒険者やる気があんなら、見習い先募集かけてやるよ。でもよ、お前のステータスじゃまず見つからねぇ。そこで提案なんだが、お前、思い切って街に出ねぇか?」
「街、ですか?」
「おう、田舎の冒険者は山に入る仕事しかねぇからな。俺としちゃ、お前は街に出た方が良いと思うぜ。街に行きゃもっと依頼内容が幅広くなる。あとあれだ、デケェ街に拠点構えてるようなとこは、パーティーの規模もデケェんだ。実際に戦闘する冒険者とは別に、拠点の管理だの事務仕事するような裏方の募集をしてるとこも、あるっちゃーある」
「うーん、でも見習い先が見つかるまで宿屋生活……ですよね」
秘境の事があるからなぁ。ロウサンくんの移動がいくら速いと言っても、遠くは困る。
「いや、見習い先の名乗りがあってからの移動だな。所在教会にこのまま住むんだったか? だったら見習い先が見つからなくても食いモンと寝る所にゃ困らねぇだろうが、いつまでもは無理だろ」
「ですね。……街っていうとガズルサッドですか?」
「東地方なら商業のガズルサッド、工業のナナガドーバぐらいの規模の街まで出ねぇと難しいだろうな。俺としちゃ国全部まで広げることを勧める」
そこまで広げないと僕を引き取ってくれるパーティーは見つからないのか……。
「冒険者を選ぶならの話だぞ。で、どうするよ? っつっても、どれを選んでもしばらくは冒険者ギルドが面倒見ることに変わりはねぇし、途中で変更もできる。深刻に悩む必要はねぇよ。とりあえずで決めてくれや」
それは【本当の冒険者】一択しかない。準冒険者になる気も、冒険者パーティーを雇って各地を回る気も無いしね。見習いがどうなるかわからない怖さはあるけど、僕は冒険者を選ぶ。
ただ、伝え方、というものがある。
多分、僕の立場は良くない、というか悪い。いつ辞めてもおかしくない奴の面倒を見て欲しいと頼むわけだから。
ここで言葉を間違えたら、扱いがめちゃくちゃ悪くなるかも。どう答えるべきか……うー、段々焦ってきた。
キナコくんが無言のまま、僕のシャツをぎゅっと握ってきて、それでスッと冷静になった。
……あ、そうだ、確か面談が始まる前にキナコくんが言ってたな。
──熱意。
冒険者ギルドに就職したいという熱意を、訴える。
いつのまにか下がってた頭を気合いでぐっと上げて、副ギルド長の顔を出来るだけ真っ直ぐ見つめて目と声に力を込める。
「僕は、冒険者になりたいです。自分の意思で、なりたいと思ってます。えぇと、冒険者の自由さと、強さに、憧れています」
あとなんだったっけ、社会貢献がどうの……。
次の言葉を言う前に、副ギルド長は目を見開いてすぐ、ガハハ! と嬉しそうに笑った。
「そうだ! 冒険者のモットーは“自由”だ。お前っ、分かってんじゃねぇか!」
「あ、ありがとうございます!」
副ギルド長は笑顔のまま、手を差し出してきた。これはあれだ、握手だ! 急いで握り返した。
「ようし、新人、歓迎するぜ、冒険者ギルドへようこそ!」
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
なんとかなったかな? やったー。キナコくんのおかげだよ、ありがとう!
そのキナコくんは生温い笑みを浮かべて「ノリが脳筋ですねぇ。チョロい副ギルド長、略してチョロふく」って意味不明なことを呟いてた。
やっぱりこの子、アズキくんの同類なんだな……。
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お久しぶりです。リアル事情で更新止まってました。せっかくフォローしてくださったのにすみません。
更新止まってる間にスマホでポチポチ打ってたんですが、投稿前に見直したら頭が半分死んだ状態で書いたせいもあるんでしょうが、設定に合わない内容だったのでほぼ全て没になりました。
それで、自分で書いたくせに細かい内容の記憶に不安がある……ということで、1話から読み直しつつ誤字や気になった表現なんかを修正していきたいと考えています。
ついでに、教会では靴を脱いでた設定を、屋内土足文化に変えます。
それ以外の設定や内容に変更はありません(予定)。何か変更してしまった場合には最新話の頭にでもお知らせ書きます。
よろしくお願いします。
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