第65話 マディワ湖村冒険者ギルド_面談


 受け付けの後ろのドアから入ってきた見るからにヤバそうな厳ついオッサンは、警備の人じゃなくてなんと【副ギルド長】だった。

 そんなお偉いさんがわざわざ出て来てくれるもんなんだ。びっくり。


 その副ギルド長が僕を見て「ちょうど良い」と、受け付けのおばちゃんとお姉さんに言ったのが聞こえた。

 なにがだろ、と聞き耳を立ててると、事務所から降りてきたついでに新人の面談をやってしまう、今日は仕事も無くて暇だしちょうど良い、面談室もどうせ空いてんだろ、という事らしい。


 そして今、僕はギルド内にある小部屋──面談室で椅子に座って副ギルド長を待っている。


 うわー、面談って何を聞かれるんだろ。緊張するなぁ。

 長審議がアレだったしな……。また一方的に言われて終わりだったりして……とか考え始めると不安が止まらなくなったので、膝の上に移動してもらったキナコくんを撫でる。癒し。


「今日びの冒険者登録は面談なんてするんですね。って、まさか“面接”じゃないですよね……、御社の自由な社風と、社会貢献度の高さに魅力を感じ、とか考えておいたほうがいいんでしょうか」

「ん? なにそれ」

「志望動機です。冒険者ギルドに就職したいという熱意を訴えたほうがいいのかと思ったんですけど」

「うーん、教会に言われて来ただけで僕が志望したわけじゃないし、それはいいんじゃないかな」


 就職はスキル次第でしかないからね。ジンみたいに「俺は冒険者になる!」って自分から努力してた方が珍しいんじゃないかな。

 それより、昔の冒険者ギルドのことを知ってるっぽい?


「キナコくんの時代の冒険者ってどんな感じだったの?」

「実は、御師様は冒険者もやってたんです。と言ってもただの興味本位だったので、たまにしか依頼は受けてませんでしたけど。なので、一般的な冒険者についてはあんまり知らないんですよね。御師様ってあらゆる意味で規格外でしたから……」


 懐かしそうに目を細めてるキナコくん。おててをぎゅうっと握って震わせてるけど、何を思い出してるんだろう……。頭を撫でると、くったりと力を抜いて僕のお腹にもたれかかってきた。色々あったんだね、よしよし。


 それにしても御師様って、錬金術士だったのに冒険者までしてたのか。兼業とかいうやつかな、すごいなー。

 キナコくんは、今度は気持ち良さそうに目を細めてる。


「ええと、思い出せるのは……。受付で冒険者になりたいって言ったらその場で登録できてましたね、確か。それで……すぐ冒険者証渡されて、ろくな説明もないままいきなり依頼受けてました。一応ランク分けで受けていい依頼の内容は決まってましたけど」


 キナコくんは「当時のランク分けの名前がSランクだのAだのだったのか、初級特級表記だったか、数字だったのか思い出せないんですよね。ラノベの知識が邪魔してて……」と深刻そうに呻いた後、「あ、偽名で登録できてました、それは確実です。御師様が偽名使ってましたから」って軽く言った。


 偽名って……、こわ、今なら犯罪だよ。昔はそんなに緩かったのか。そこまで適当だと逆に不親切だと思うな。


 外からドスドスとした足音が聞こえてきたから、キナコくんを撫でる手を止めた。


「おう、待たせたな。ちっと長くなるから楽な姿勢になってくれや」


 言うなり向かいの椅子にどかっと音を立てて座って、色んな書類を机の上に置いた副ギルド長。


「まずは新人、歓迎するぜ。ようこそ冒険者ギルドへ、なんつってな! どうしてもガラの悪い奴が多くなっちまうんだが、さっきみてぇな手を出してくるタチの悪い奴はそんなにいねぇ。もしいたらすぐに冒険者ギルドに報告してくれ」

「はい」

「しっかし、もっと怯えてどうしようもねぇのかと思ってたのによ、お前意外と肝据わってんなぁ!」


 冒険者のオッサンたちに絡まれてた時のことだよな。あれは、いざとなったらキナコくんとシロちゃんが守ってくれるっていう他人頼りな安心感があったのと。


 なにより、昨日一日で僕、“殺気”に慣れた──んだよね。大型魔獣の威圧やロウサンくんの殺気に比べたらあんなの、ふっ、って感じだよ。


 ……うん、声に出して言ったセリフじゃなくて良かった。今のは恥ずかしい。ちょっと頬が熱くなってきた。


 あ、お礼言わなきゃ。


「内心震えてました。ありがとうございました」

「バカが起こすトラブル対応も仕事の内だからよ、構わねぇよ。……余裕があるようにしか見えなかったぜ?」


 副ギルド長が探るような鋭い目で見てくるから、へらっと笑い返しておいた。説明のしようがないんで、勘弁してください……。


「──ま! ブルって動けなくなるヤツより良いわな。そんじゃ昼飯の時間もあるし、とっとと説明してくぞ」

「はい、よろしくお願いします」

「お、おう。お前礼儀正しいな、珍しい。あー、まずはどういうことをするのかって事だな。冒険者ってのは名前だけはよく聞くが実際に何やってんのかよく知らねーって言われる職業だからよ。冒険者なんて名前が付いてっけど、前人未到の山奥の秘境目指して実際に“冒険”しに行く奴なんて今時ほとんどいやしねぇ」


 そっか、言われてみれば冒険する人の事を“冒険者”っていうよね。職業的冒険者はイメージで、“山で戦って素材採ってくる人”くらいにしか考えてなかったや。


「昨日久しぶりにでけえ山越えて向こうの奥地まで行って素材採って来たっつーパーティーが来たけどよ、それが数年ぶりっつー有り様だからな」


 もしかして、昨日食事を奢ってくれたパーティーのことかな。キリィさんと、眉間の皺がすさまじいリーダーさんの……確か【白翼】だったかな。

 なんか変な人たちだったなー、なんて思い出してるうちに、副ギルド長の説明はどんどん進んでく。


 冒険者の仕事は、村近くの山で発見した魔獣及び猛獣の駆除とその素材の採取。栽培で増やせない植物の採取、鉱石の採掘及び調査、村や街からの清掃などの日雇いの依頼、国からの各調査依頼、山を越えて移動する人の護衛、それに期間的に忙しくなる工場への臨時手伝い、などなど。


「一言で言っちまえば、街の便利屋さん、だな。だからよ、冒険者なんてのは腕っぷしさえありゃ頭が無くても出来ると思われてっけど、実際は覚えなきゃいけねぇことが山ほどある。まずは“山の歩き方”からだ」


 えっ、そこから? と驚いたら副ギルド長が、にやりと笑った。


「世の中にはな、信じられねぇバカが結構いるんだぜ? 山の浅い所で山菜採りしてた、っつー中途半端に山を知ってる奴が一番ヤバい。動きやすいだけで靴底の薄い靴に上着も無し、どんな山かも調べねぇ。軽い考えで、山の深い所までいきなり行きやがるバカ。ま、普通に遭難するわな」

「ですよね……」

「ですよ。日帰りのつもりだから食料も水もほとんど持って無ぇ。山の奥は見たことも無ぇ木ばっかり生えてっからよ、食える植物の見分けもつかねぇ。道も無ぇのに目印も付けずに山深くまで入って行って、挙句魔獣に襲われた。そんなバカが毎年何人かは出てたんだよ。ひでぇのだと、自分が受けたのは採取依頼だからってんで武器無しで山入ってった奴もいたらしいぞ。そんなもん、魔獣が“この人は採取に来ただけで無害だから襲わないであげよう”なんて思うわけねぇだろうが。平等に襲われるわ」

「ですよね……」

「ですよ。だからまず装備、持ち物についてから教えることになった。山に入ってからの足場の見分け方、山全体の植物と方角の読み方。そんで採取する植物の特徴と注意点、魔獣の種類と特徴、倒し方。倒し方も状況によって色々変わったりするしよ。とにかく覚えることは山ほどある。そんでそういうのは教室のオベンキョウで教えても無理だ。自分で実際にやりながらじゃねぇと絶対に覚えられねぇ。だから、だ」


 副ギルド長は目の前に指を二本立てて、「二年」と言った。


「最低二年は、現役の冒険者パーティーに見習いとして入ってもらう。出来れば二つ以上のパーティーが推奨だ。なんでかっつーと、一つのとこだとどうしても知識が偏っちまうし、あと考え方も影響受けちまうからな」

「考えかた」

「おう。おんなじ魔獣を倒すにしたって、周りの木だの何だのぶっ壊してでもさっさと倒しちまえって考えのリーダーもいれば、できるだけ環境を守りつつ、安全に倒せる所まで誘導してから倒すっつーやり方をしてるパーティーもある。ゴリゴリにこき使われてたのに、他ではそんな事してなかった、とかよ」

「なるほど」

「あとは見習いで世話になったパーティーにそのまま加入ってなっちまう奴が多いんだよ、やっぱり。本人が望んで入ったんなら構わねぇんだが、世話してやっただろ、みてぇな脅しっつーか。強制を阻止する意味もある」

「なるほど……」


 うーん、二年かー。結構長いな。

 見習いってどれくらい時間的に拘束されるものなんだろう。昨日ギルド自体は陽が沈むからもう閉めるって言ってたけど、そこでちゃんとパーティーも解散になるのかな。

 まさか冒険者みんなで同じ宿屋生活なんてならないだろうな。そんなことになったら秘境に帰れなくなる……。


 ガサガサ音がしたから目を上げると、教会から預かってきて冒険者ギルドの受け付けに渡した僕のステータスチェックの書類を、副ギルド長が他の書類の下から手に取ってたところだった。


「で、見習いを受け入れてくれるパーティーを募集すんのに、お前の出身地と年齢、スキル名、さっき教会で調べた体力と筋力のステータスを専用の閲覧帳の載っけるわけだが」


 さすがにそれは拒否できないよね。お任せするしかない。そう思ってなんとなく頷こうとしたら……。


「このステータスだと、まず受け入れ先は見つかんねぇな!」


 ──……、はい?


 えっ、僕、冒険者になれないってことか?

 ここまできて?


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