第64話 マディワ湖村_冒険者ギルド再び


 僕の前の机の上に、それぞれ立派な台座に乗った珠が四つ並んでる。


 教会の受け付けで「ステータスチェックの基本料金を冒険者ギルドが負担しておりますので、追加分はお求めになりやすい料金となっておりますよ。知力や器用さ、幻力や聖力などこの機会にご一緒に調べられてはいかがでしょう」って強く勧められたのを断ったのに、なんで四つもあるんだろ。

 冒険者ギルドは体力と筋力の二つだけって言ってはずだよな。


「今から行うのは、セイの冒険者の適正を見るためのステータスチェックになります。右から、体力のステータスを調べるチェッカー、隣が筋力チェッカー。続いて武器の相性診断、そして一番左が加護チェッカーになります」


 神官様の説明を聞いて、キナコくんが僕の肩をきゅっと強く握って素早く囁いてきた。


「まずいです。ぼくが合図したらシロちゃんに神官を眠らせるよう言ってください」


 えっ、本気の声だけど、どうしたの?


 気になるけど聞き返すわけにはいかないし、神官様の説明も続いてる。


「冒険者ギルドの規定で調べるよう定められているのは以上になります。追加の希望は無し、で間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」

「では早速ですが、体力チェックから始めます。両手で包むように御珠みたまの上に……いいと言うまでそのまま……はい、いいですよ」


 スキルチェックの場合はみんなに見えるように大きな神通石掲示板に結果が表示されてたけど、ステータスの結果は神官様の手元にある小さな板にしか出ないみたいだ。神官様が板を見ながら結果を紙に書き写してる。

 同じように筋力と武器相性チェックを終わらせて、最後に加護チェック……という時にキナコくんが反応した。


「セイくん今です!」

「おや?」


 キナコくんの合図とほぼ同時に神官様が大きな声を出して、何故かすぐ「失礼しました」と申し訳なさそうに言ってきた。


 ……え、と、どうしよう。眠らせていいのかな?


「書類に見落としがありました、加護チェックは不要です」

「えっ」

「えっ」


 一個めの「えっ」はキナコくんだ。そしてめっちゃ早口で「じゃ眠らせなくていいです」って。ちょっとホッとした。

 だっていきなり眠らせたら、神官様確実に倒れるからね……。大きい人だし実は支える自信無かったんだ。


「加護の結果が既に記載されております。スキルチェックの時に加護も調べられてたんですね。あまり無いことですので、見落としておりました」

「あっ、そうですね、ありました」


 そうだった。僕のスキルがあんまりにも意味不明だったから、スキルチェックの時の神官長様が念のためって言って加護チェッカー出してきたんだった。結果は、……薄い黄色い煙みたいなのが一瞬浮かんですぐ消えてたな……。


「前回より期間もあいておりませんし、今日改めてチェックし直す必要はないでしょう。ではセイ・ヨディーサンのステータスチェックは全て終了です」

「あっ、はい」


 神官様は御珠四個をさっさと台車に乗せて、「このままここでしばらくお待ちください」と言って早足で去っていった。

 あれは多分……、“昼休憩の準備が始まるまでに全て終わらせる”という強い意志の表れ……。


 ステータスチェックを始める時も、いくら聖気が満ちてたからって一言二言お祈り捧げただけで本当にすぐだったもんなぁ。

 子供が多いと昼準備大変ですよね、分かります。


「加護チェックやらずに済んで良かったです、危ないところでした」


 肩の上のキナコくんが、力を抜いて僕の顔に寄りかかってきた。さっき緊迫した空気出してたね。


「なんで止めようとしてたの?」

「だって、今のセイくんの加護を調べたりなんかしたら、四属性全部が前代未聞の濃さで輝いちゃいますよ。大騒ぎになります」


 いやいや、まさかぁと言い掛けて、朝の銀雲の虹色加護シャワーを思い出し、黙った。アレって一度にどれくらい吸収されるもんなんだろう……。でも四色が一度に出ること自体が珍しいだろうしな。


 もし加護チェックをあのまま受けて、本当に全色出たら──。


 ……オオウ、恐怖で体がブルッと震えたよ。

 ミウナの神子スキルと違って、僕のはこの短期間でどうやって全属性の加護を得たのか聞かれても答えられないからね。毎日厳しい取り調べを受ける自分の姿を想像して震えが止まらない。


 キナコくんが「全色の加護が出たら、神官がいっぱい集まってきてものすごく長い時間かかっちゃいそうじゃないですか」って笑って言うけど、いや、時間がかかるどころか教会から出してもらえず王都直行コースになると思うよ……。そう答える前に神官様が帰ってきた。早い。


「お待たせ致しました。ではこちらの書類を冒険者ギルドに提出してください」

「あっはい、ありがとうございました」


 そしてすぐ解散……にならなかった。なんで?

 神官様は微笑みを浮かべたまま僕を見てる。あの、そこをどいてもらえないと礼拝室から出られないんですが。言えないけど。


「セイ・ヨディーサンは、これから冒険者ギルドへ登録に行くのですね」

「え、はい」

「そうですか。職業は、神の御意思を僭越ながら代弁する形で教会が示させて頂いております。これが国と貴方にとって良い選択であると信じた内容である事に間違いはありません」

「……ありがとうございます……?」


 なんだこの会話。急いでたんじゃなかったのかな。

 神官様はやっぱり笑みを浮かべたまま、急に声を落とした。


「……であるが故に、神官長が指示した職業は絶対命令なのだと、貴方だけでなく一般的に思われがちです。実際にはスキルそのものが変動するものなのですから、職業の変更も充分あり得ます。そも、資質で決めた職種であり、職場環境まで考慮したものではありませんからね」

「あの……?」

「ですので、どうぞお困りの事が出来ればお気軽に教会にご相談ください。時折、勝手に先走り……と言っては語弊がありますが、指示された職業を拒否すれば即、国に居られなくなると思い込み、性格に合わなかった職場を辞めそのまま籍落ちしてしまう人がおります。ですが変更は可能なのです。諦めたりせず、どうかまずは教会職員にご相談ください」

「……はい」


 まさに、僕に冒険者はムリ、籍落ちだーって考えてたからね。否定できない……。


「相談は所在教会でも、当教会でも結構です。行く機会があれば職種の多いガズルサッドも良いかもしれませんね。教会は他にも沢山あります。必ず要望に応えられると約束はできませんが、一緒に模索することは出来ます。一人で思い悩み安易な選択をしないよう……、まずは相談してください。いいですね?」

「はい」

「それでは、どうぞ神のご加護がありますよう。お疲れ様でした」

「ありがとうございました……」


 この念の押しよう。これは、もしかしなくても。


 ……よっぽど僕の体力筋力ステータス値が悪かったんだろうなぁ。


 泣いてない。泣いてないけど、頭を撫でてくれるキナコくんの手が優しくて、何故か目頭が熱くなるよ……。




 教会から出ると、ちょうど時間をお知らせする木鐘の音が五回響いた。

 朝一番に鐘が一回鳴って、それから一時間ごとに鐘の音が一つずつ増えていき、銀陽と金陽が並ぶ正午には六回鳴るんだ。

 正午から一時間経つとまた鐘は一回になって、夕方にかけて六回まで鳴らされ一日終わり。

 時間計測スキルを持ってる職員さんが一時間ごとに正確に鳴らしてくれてるんだ。でもみんな、朝食、昼食、夕食の鐘にしかあんまり注意向けてないんだけどね……。


 昼食の鐘がイコール正午の鐘だから……お昼まであと一時間もあるのか。冒険者ギルドに行けてしまう。


 うーん、早めに帰りたいしな。よし、行っちゃお。さっきの感じ悪い冒険者たちだって、いつまでもいるほど暇じゃないよ、きっと。


 ──暇だった。

 なんでまだ受け付けで雑談なんかしてるんだよ。冒険者ギルドのおばちゃんもだよ、そんなに仕事無いのか。


「おいおい、あのガキずいぶん早いじゃねぇか。教会で門前払いでもくらったかぁ? おめーみたいなチビじゃお役に立てませーんってよぉ!」


 しかもなんで律儀に僕に絡んでくるんだよ。ヒマだから? 忙しかったらこんな無駄なことしてる余裕なんて無いもんね、なんてダメな大人なんだ。


 絡んできた冒険者のオッサンと、合わせて大声で笑ってるオッサンらを呆れて見てたら、耳元でキナコくんがまるで神託でも告げるかのように、やたらと厳かな声を出した。


「さあ、愚かなる毛深き男共よ、鼻毛を光らせるのです──」


 慌てて顔を背ける。ちょっと! ここで吹き出したら「なに笑ってやがんだ」とかなんとか怒鳴られるの僕なんだよ!?


「おーいオジョーチャン、これっぽっちで泣いちまったのかぁ?」

「なよなよしやがって、ちゃんとタマ付いてんのかぁ?」


 冒険者たちがオラついた歩き方で近付いてきた。

 マズイ。なにがって、僕の手首のあたりで、もぞりとした感触があったのが。


 ちょ、ちょ、大丈夫だからね、顔出さなくていいよー、シロちゃんが怒るととんでもないことになるからねー、と宥めるためにシロちゃんバングルを撫でまくる。キナコくん、尻尾が僕の背中にぺしんぺしん当たってるよ、いつでもヤったんぞオラって雰囲気出すの止めてねー。


 受け付けのお姉さんが奥に行ったから、多分荒事に対応できる職員さんを呼んで来てくれると思うんだよ。でも一応お腹の位置にいるシマくんとミーくんを守る為にカバンでガードしとこ。


「オメーみてぇな弱ぇガキに……、なんかチカチカしてやがんな」


 眉間に皺を寄せたオッサンの最後の呟きに被せるように、受け付けのおばちゃんの怒鳴り声が響いた。


「アンタらいい加減にしな! 連続で仕事失敗してるからって子供に当たってんじゃないよ、みっともない!!」


 待ってシロちゃん、これ攻撃じゃないから! ハウス!


「そっちの新人も大人しく黙ってんじゃないよ! これから冒険者になろうってんなら“うっせぇハゲ死ね”ぐらい言い返してやんな!!」

「ハゲてねぇよ、ババアッ!」


 冒険者がおばちゃんに怒鳴り返したその時、受け付けの後ろのドアから厳ついオッサンがでかい剣担いで入ってきた。うわ、見るからにヤバイのが来た。


「おう、減点食らいてぇパーティーがいるみてぇだな。名前は」

「ちがっ、……っんだよ、クソ。チッ、バカバカしい。こんなクソ田舎に用なんざねぇよ! 行くぞテメェら」


 オラついた冒険者のオッサンたちが余裕ぶった態度を取りながら、でもまっすぐ出口のあるこっちへやって来たから、素早く移動した。ここでまた絡まれると面倒だしね、限界まで距離を取るよ。


 さようなら、二度と会いませんように。


「あいつら顔洗ってねぇのか? どんだけ鼻が脂ぎってんのか知らねぇけど異常なくらい光ってたな」


 出て行った冒険者たちを見送って、受け付けカウンターの向こう側で剣を担いだオッサンが感心したように職員仲間に言ってるのが聞こえた。間近で見た僕とキナコくんも小声で会話する。


「……めちゃくちゃ光ってましたね」

「想像以上に光ってたね」


 鼻だけじゃなく、脇も驚きの強さで光ってた。今が昼だから目立たないだけで、夜になったら広灯具要らないくらいだよ、アレ。

 キナコくんがちっちゃい手のひらを合わせて拝むような仕草をした。


「悔い改めて早く元へ戻るんですよ。じゃないと夜に虫がいっぱい寄ってきますからね」


 ……えぐい。

 あー、早めに教会に相談しに行ってください。なんて祈ったところで、僕とキナコくんのアドバイスは、オッサンたちにはもう、届かない──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る