第63話 リィリディ教会_水の女神様


「ステータスチェックは教会で受けるんですか?」


 目的地のリィリディ教会は冒険者ギルドのすぐ裏……といっても縦長な建物らしく、ちょっと歩かなきゃいけないみたいだ。

 入り口までのんびり歩きながら小声でキナコくんと会話を続ける。


「ステータスチェッカーはスキルチェッカーと一緒で神具だからね、神官様にしか扱えないんだ」

「そうなんですか」


 説明しといてなんだけど、実は僕も詳しくは知らないんだよね。

 ステータスチェックはスキルチェックの時に同時に受けさせられる人がほとんどらしいってことぐらいかな。


 例えば【食材を料理する】スキルが出たとして、勤務地は村の食堂なのか、地方の教会か、それとも王都なのか……そういう詳しいところまで調べたい場合にステータスをチェックするって聞いたことがある。


 でも、大体はチェックまでせずに神官長様と支部長の話し合いで職業を決める事が多いから、実際に使われてるのは見たこと無いんだよ。


 教会でお金を払えばステータスを調べて教えてもらえるらしいってことも知識では知ってたけど、結構高いとも聞いてたし。わざわざ調べたところで結局教会が職業を決めるんだから、やる意味ないと思ってた。


 あ、そろそろ入り口っぽい。また後でね。


 教会に入って受け付けで書類と籍証を渡して、一通りのやり取りを済ませる。職員さんに礼拝室で待つようにと言われて移動した。


 えーと、五番の礼拝室ね……あった。やっぱり僕の村の教会よりだいぶ大きいなー。礼拝室が七番まであるんだ。


「失礼しまーす……」


 誰もいないけど一応挨拶して中に入る。四人用の大きさの部屋で、前に小さな祭壇と水の神ハクシー様の木像が置いてあった。


 僕の村は風の神プーリー様を信仰してたから、ハクシー様のお顔をちゃんと見るのって初めてくらいだ。腰のあたりまでストンと流れる長い髪が特徴的な美少女の姿。

 なんというか……すごく、上品そう。大人しそう、賢そう……うーん、大声で笑ったりしなさそう。僕の周りにはいないタイプに見える。


 幼馴染のミウナが水の神様の神子候補として王都へ連れてかれたけど、やっぱりこんな上品そうな神様と気が合うとは思えないなぁ。あいつは気が強くて口もまあまあ悪くて、活発な性格してるからね。まさか怒らせたりしてないだろうな……。


 ミウナどうしてるんだろ。もう新しい生活には慣れたかな。

 王都は馬車で一ヵ月かかるって聞いてたけど、それはスキルチェックの巡察団が大量の荷物を積んだ馬車数台でいくつも山を越えて、あちこち寄ったりしながら来てるからであって、人だけの移動ならもっと早く行き来できるんだよって神官様が言ってた。

 だったらとっくに着いてるだろうし、もしかしたら神学校にも、もう入ってるかも。


 せっかくだからハクシー様にお祈りを捧げる。

 どうかミウナが周りに喧嘩を売ったりしませんように……食べ物の好き嫌いは無いはずだけど、逆に何でも食べ過ぎてお腹壊してそうで怖いです……物作りに夢中になるとすぐ徹夜するし……どうか、ミウナが無理しませんように。


 小声で呟きながら一心に祈ってると、ふわりと空気が動いた気がした。


 ──ふふ……セイくん、お母さんみたい。


 そんな風に優しく笑いかけられたような、不思議な気配がして薄目で周りを見た。


 ……誰もいない、よね。


 うん、良かった。気のせい、気のせい。


 ──大丈夫、ミウナちゃんは元気だよ。でもセイくんが心配してたよって伝えてあげるね。

 そんな風に、にこにこ笑ってる何かの気配がどこからかしてる、気が。


 ……いやいや、僕に神子スキルなんて無い。きっと願望による幻聴。うん。


「ハクシー様、お久しぶりです、キナコです。皆さまのお陰で復活することが出来ました、心より御礼申し上げます」


 キナコくんもお祈りを捧げてたんだね。声に出して言ってるけど、姿を消したままだから神様には聞こえないんじゃないかな?


 ──そんな堅苦しい挨拶いらないよ。キナコくん相変わらず可愛いね。


「ありがとうございます、後程アズキと共に改めて御礼に伺わせていただきます」


 ──いいって言ってるのに。それより私に何かお願いがある気配がするよ?


「あ、良いですか? あのですね、さっき非常にムカつくことがあってですね」

「ちょっと、キナコくん」


 畏れ多い予感にずっと息を潜めてたけど、つい口を挟んでしまった。神様相手にそんなフレンドリーな対応していいのか。


 大体、キナコくんだけならともかく、どうして僕にまでるんだよ……。


 ──さっき? 冒険者ギルドで? 待ってね。──ああ、これかぁ。うん、これは感じ悪いよね。ムカつくよ。


「ですよね!? セイくんは良い子だから気にしなくていいって言ってますけど、軽く呪ってやりたくなりますよね!?」

「呪いって言っちゃってるよ。あのねキナコくん、本気で気にしてないんだって。あれくらいで呪ってたらオッサンのほとんどをハゲにしなきゃいけなくなるよ?」

「なるほど、だからオッサンになると頭皮が呪われる人が増えるんですかね……」

「えぇーその考えだとフサフサなオッサンは良いオッサンってことになるじゃないか。村長なんてガラ悪いし依怙贔屓激しい嫌なオッサンだけど、髪はフサフサだよ」

「それもそうですね。頭皮が切なくても性格の良い人っていますもんね。すみません、性格と頭髪は関係無かったです」


 小声で言い合いしてたら、あははって軽やかな笑い声の気配がした。いやいや、これ特定の人にとっては笑い事じゃないので。


「ええとだからね、僕は気にしてないので頭皮が輝く祝福は無しな感じで」

「でもセイくん、あれはイジメの一種ですよ。人を大声で一方的に笑い者にするなんて、悪質です。ああいう初対面の人間に対して失礼な態度をとる人っていうのは、周りに対しても普段から横柄でパワハラで偉そうなバカで間違いないんです。絶対に被害者はセイくんだけじゃないんですよ」

「それはあるかもだけど」

「ああいうタイプは、周りも自分が絡まれると鬱陶しいからってその場では笑って合わせてしまうから自分人気者みたいな勘違いしますけど、内心では早く死ねぐらいに思われてることが殆どなんです。濁った人生歩んでるせいで性格が歪んだんでしょうから、頭皮くらい輝かせてあげるほうが親切ってもんです」

「なんか、私怨入ってない……?」

「……そこそこお金の絡む所で生きてると、無駄にマウント取ろうとしてくるヤカラには嫌でも遭遇するんですよ」


 キナコくんが牙をガチガチ鳴らして威嚇してる。思い出しちゃいけないことを思い出してそうだな。


 僕たちの周りの空気がふわっと動いた。


 ──言われた本人より友達や仲間のほうが怒っちゃうのって“あるある”だよね、分かるー。セイくんだって自分じゃなくて、今一緒にいる子の事を「そんな見窄らしい動物連れてて恥ずかしくないのか」なんて大声で嘲笑されたら、許せないでしょ?


「納得しました、呪いましょう」


 そんな目も心も腐ったヤカラに慈悲は不要だと咄嗟に返事してしまった。あああ、普通に“会話”しちゃったよ……。


 いやでもね、頭皮に関してはそのうち僕も他人事じゃなくなる可能性があるわけだよ。年齢もあるし、病気のせいもあるわけだから。将来、あの時あんな事願わなきゃ良かったって後悔するかもしれないからね。


「やっぱり頭皮は反対。スネ毛が輝くくらいで……」

「スネ毛なんてどれだけ輝いたって見えないじゃないですか。もっと分かりやすく輝かないと意味無いです!」

「じゃあ、ワキ毛」

「見えないですって。それなら鼻毛にしましょう」

「鼻毛が輝く呪い……」


 キナコくんの私怨は根深い。


 ──セイくんは【呪い】なんて言っちゃ駄目だよ。他人の不幸を望むことが罪悪感になって心の負担になっていく子っているもの。

 ──でもキナコくんじゃないけど、あの男は他の人からも「死ねとまでは言わないけど、どこか遠くへ行ってしまえ」と願われる程度には、あちこちから疎まれてるんだよね。


 少し考えてるような空気感の後、──じゃあこういうのはどうかな? という感じの気配が。あくまでも“気配”がした。


 ──あの男たちには、人から悪感情を向けられるほどに段々とスネ毛ワキ毛鼻毛が光り輝いていき、人から好意を向けられるほどに輝きがおさまり通常の状態へと戻っていく。そんな、人から向けられる感情を可視化できる【祝福】を贈るよ。どう?


「因果応報で良いと思います、さすがです!」

「良いと、思います……」


 元気よく返事したキナコくんと違って、僕はちょっと複雑だ。


 薄目でそっと祭壇の水の女神様像を見た。今のを、本当にあの上品そうな美少女が……? なんで全部を輝かせちゃったのかな……? 眉毛でも良かったんじゃ……? 色々思うところはあるものの、声に出しては何も言わないよ、当然。


 ──ふふ、さっそく眷属ちゃんに指示したよ。セイくんたちが疑われるといけないから、各地方で似たような性格の数人にも同じ祝福を贈っておいたからね。

 ──じゃあキナコくん、セイくん、またねー。


 ふわりふわふわと、澄んだ空気が動く“気配”を最後に感じて、礼拝室は元の普通の雰囲気に戻った。


「…………あー。ごめんキナコくん、僕ちょっとうたた寝してたみたいだ」

「セイくん、現実ですよ」

「いや、夢だよ」


 まさか神様が、あんな私情しか無い超個人的な願い事を叶えてくださるわけがないじゃないか、はは……。こんなことが教会にバレたらとんでもない大騒ぎになるよ。

 それに神様のお声を直接戴けるなんて、そんな【奇跡】は選ばれし神官様の中でも更にごく一部の大神官様しか許されてないって言われてるんだ。なのにその奇跡が、「ムカつくオッサンの鼻毛を輝やかせる事について」だったなんて、そんなのあるわけないよ……。


「……そうですね。今後確実にまた話しかけられると思うので、今のはノーカンにしましょう」

「ノーカンってなに?」

「ノーカウント、無かったことにするって意味です」

「それでお願い」

「はい……」


 外から人の足音が聞こえてきたから、キナコくんが話も動きも止めた。


「お待たせしました、ステータスチェックの準備を……。おや? この部屋、どうしてこんな清浄な【聖気】で満ちてるんですか?」

「えっ、あの」


 部屋に入るなり、神官様が眉を寄せて訝しそうに問いかけてきた。しまった、もしかしてさっきまでで見てた内容のせいかも……。

 

「おや。もしやずっとハクシー様に熱心にお祈りを捧げてらっしゃったんですか? 感心ですね。うちの子供たちにも見習って欲しいものです」

「いやー、はは」


 片膝をついたお祈り姿勢でいたから、勝手に勘違いしてくれたみたいだ。助かったー。

 まあずっとお祈りしてたようなものだし、うん。


「これだけ聖気が満ちてるなら、すぐに始められます。ではセイ・ヨディーサンのステータスチェックを始めます。担当させて頂くのは私、ラウ・リィリディ・マディワ湖です、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 なんだか既に疲れてて、もうステータスチェックはどうでもいい気分になってるんだけどね。

 結果も大体想像できるしなぁ……。


 ため息をつきそうになるのを何とか我慢して、神具の珠が運ばれてくるのを静かに見守った。

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