第62話 マディワ湖村_冒険者ギルド受付


『ずっと悩んでたんすよ! でもオレらあんな高い山、とてもとても! 自力でなんて飛んで越えられないじゃないっすか。途中で落ち倒れるっす!』

「黒山以外も結構高い山だし、囲まれてるもんねぇ」

『そうなんす! 魔獣がいっぱいの森も怖いっす。だから仲間を呼ぶの諦めてたんす! でもセイ兄さんの服の中に入れてもらえれば、仲間も一緒にここに来れるっす!!』


 そうだねーと相槌打ちつつ、襟を引っ張って中を覗いてみる。僕の体とシャツの間に挟まったミーくんが、お腹を見せて気持ち良さそうに寝てた。


 初対面の鳥たちに、いきなり猫の腹の上に乗れって言うのは可哀想だよな……。ミーくんは僕が手で抱っこしよう。シマくんサイズの小鳥なら、服の中に五羽……もっと入れるかな?


 シマくんは一所懸命、ここは神泉樹がいっぱいあって美味しい木の実があって安全で最高でーって、頭をピョコピョコ振って話し続けてる。そうだね、呼べるだけ呼ぼうね。


 ──シマくんのお願いは、『仲間をこの秘境に呼び寄せたい』だった。


 アズキくんたちに確認したら「上限無制限でウェルカムやで」と、高音絶叫で耳に攻撃を受けた状態だったのに快く了解してくれた。良かったねー。


 仲間の呼び寄せ方を相談しながら家を出ると、玄関のすぐ外にキラキラさんが……、あれっ?


 えっ、嘘、なんで?


『あぁんッ、セイ少年くーん! 見て見てぇ! アタシ無事に分裂できたのーッ』

『綺麗さ倍よ、すごいでしょー! ウフフ、まさか一日で分裂出来ると思わなかったわ。ここの神気って凄いわねぇ!』


「……分裂!?」


 キラキラさんが増えてた!


 野太い声を揃えて『オーホホホホッ』と笑いながら、クルクルと回転するキラキラさんと新キラキラさん。長い足がシャララッ、シャラララーと綺麗な音を立て、冷たい神浄水がシャワーのように僕たちに降りかかる。


 え? え? 分裂ってなに? どうやってキラキラさん増えたの!?


「はっ? クラゲって分裂で増えたか!?」

「えっ、あの、そもそもクラゲは空を飛びませんから……?」

「分裂したてでめちゃデカイし。わけわからん!」


 アズキくんとキナコくんまで混乱してる。この子たちに分からないんなら、僕に分かるはずがない。

 えーと、まず……どっちが昨日までのキラキラさんなんだ?


『どっちもアタシよ、ウフッ』『ウフフ!』

「……ごめん、ちょっと意味が……」

『アタシ、分裂して増えてく種族なの。分裂するには上質な神気が沢山必要なんだケド、ここって神気の質も量もエゲツないでしょ? 一晩で華麗に分裂しちゃったわー!』

『アタシ、丸ごと分裂するの。意識と記憶も全部引き継いでるのよ。だからどっちも昨日までのア、タ、シ』

『これから増えてくアタシも、ぜーんぶ、ア、タ、シ』

『オーホホホホ!』『オッホホホホ!』


 ……ということは、まだまだ増えてくのか。いや、いいんだけどね?

 ただ、見た目は綺麗だけど、ここら辺にみっしり浮かんだキラキラさんの群れが一斉に野太いオッサンの声で『オーホホホホ!』って高笑いしてるとこ想像して、ちょっと。……濃いな、って。


『昨日まで絶滅一歩手前だったのよ、まさにギリギリ崖っぷちだったわあ!』

『アタシの美しい姿をこうやって無事に増やせたのも、セイクンのオカゲよ。ありがとう、愛してる!!』

「え、僕は特になにもしてな……」

『お礼に、アタシの大事な皮をあげちゃうッ』


 新キラキラさんがシュバッと、見た目からは想像出来ない素早い動きで木の向こうへ飛んで行って、白っぽいでろーんとした物体を足に引っ掛けて帰ってきた。……ん? それって出会ったばっかりの時の、ブヨブヨさん時代の体に似てるね?


『なんと一晩で脱皮にも成功したのよ! おかげでますます綺麗になっちゃったわぁ、ウフッ』

『この皮には美容成分が、たぁーっぷり含まれてるの。いつもはコレは水に溶かして次の分裂用の養分にするんだケド。でも……愛するセイクンにあげちゃうううう! キャーッ』


 ごめん、ややイラッとした。美容にも興味無いし、そのテンションにはちょっと付いていけないかな……。


 僕が黙ったまま手を伸ばさないからか、キラキラさんは『これはただの抜け殻で意識も記憶も無いわ、安心してね!』『飲んで良し、塗って良しの綺麗成分のカタマリよ! プリップリのツヤッツヤになっちゃうわよ!』と強引に渡そうとしてくる。


 うーん、どうしよう。そもそもお礼の品っていうなら、僕が受け取るのはおかしいと思うんだ。分裂とやらに成功したのって、絶対神浄水のおかげだよね。


 他のみんなって美容に興味あるかな……っと、アズキくんどうした?


「ブヨってる……半透明……ジェル……ゲル……。そちらの弾力は如何程で……?」


 アズキくんがおててを震わせながら近づいてきた。目がかっ開いてて怖い。

 美容目的では無さそうだけど、すごく欲しいんだろうなって伝わってくるよ……。


「あー、キラキラさんたち。その脱皮した皮ってこの子、アズキくんにあげてもいいかな? ここの神泉樹の持ち主ってこの子たちなんだよ、だから……」

『あらぁん? その小さいの、綺麗になりたいの? いいわよ、あげるわ』

『セイクンが良いと思うようにしてくれたらそれでいいのよ』

「ありがとう。アズキくんコレね、水に溶けるらしいよ。飲んでも塗ってもツヤツヤに綺麗になるんだって」

「……は? は? マジで? マジで言うてる? マジで?」


 アズキくんの目が限界以上に開かれてる気がする。実は美容に興味あったのかな。おててどころか全身を小刻みに震わせてて、マジで怖い。

 直後、アズキくんが「うおおお俺の魂が燃えているー! 研究しろと叫んでるっうおおおおお!」と叫びながら庭を走り回り木を駆け登り飛び降りてまた地面を駆け回りと、大暴れを始めてしまったので、皮はキナコくんに渡した。


 キナコくんのお願いにより、今回必要そうな分を小さめに幾つか切りわける作業もした。切ったのはキナコくんだけどね。

 皮の残りは、樹ぃちゃんたちに編み目きつめで籠を作ってもらって、それにロウサンくんが作った“溶けにくい氷”と一緒に入れて蓋をした。いいなー、これ。後で食料保管用に大きいの作ってもらお。


 皮には足もあったから一番細いのをもらおうとしたら、新キラキラさんが自分の足をちぎって新鮮なのをくれた。あ、ありがとう。

 もらった足をさらに切って短い二本を作って、と。これにミーくんのヒゲを絡めてね、シマくんとシロちゃんの首に巻くよー。所々に光るつぶつぶが付いてるからオシャレなネックレスみたいだよ、元が足とは思えないな……。うん、似合ってるよ、可愛い。


 ロウサンくんにも巻こうとしたら、キラキラさんの足は絶対に嫌だと断固拒否されてしまった。だいぶ仲良くなったと思ってたのに、駄目なのか……。

 困ってたら樹ぃちゃんが、細い枝でヒゲを巻き込む感じで大きめの輪っかを作ってくれたから、それを首から掛けてもらうことにした。これで安心だね。


 じゃ、出発準備をちゃちゃっとしてしまおう。水筒に神浄水を入れてカバン担いで、シマくんミーくんは服の中。胸ポケットにミニ樹ぃちゃん……ミキちゃんに入ってもらう。


 シロちゃんは僕の手首にクルッと巻きついて、頭の上に平べったい尻尾の先を乗せて、鱗を伸ばし自分の身体を覆って硬くなった。すごい、ゴツゴツした白い腕輪にしか見えない。


「めっちゃくちゃ稀少で高価で危険なバングルですねー……」


 キナコくんが半眼になって呟いてる。ということは、あんまり人に見られないほうが良いのかな? そう思って袖の中に入れようとしたらシロちゃんが焦って顔だけ出してきた。


『お外ずっと見て、すぐに本体になれるようにしてたいですっ』


 ああ、それで服の中に入らなかったのか。

 ……まあ大丈夫かな? 生き物には見えないしな。

 あれ、樹ぃちゃんたち僕の腕輪も作ってくれたんだ? ロウサンくんとお揃いだねー。複数の色の枝を使って、ちっちゃい綺麗な石も中に編み込んである。即席で作ったとは思えないほどカッコいい。キラキラさんも新しい足をちぎって渡してきた。

 なるほど、キラキラさんの足二本と枝製の腕輪三個をジャラジャラ付けてたらシロちゃんバングルがあんまり目立たないね。じゃあとりあえずこれで。


 コテンくんは今日もお留守番。まだよろよろしてるけど、自力で歩けるようになってるから少し安心だ。でも無理はしないようにね。


 親熊さんと子熊くんたちは勿論お留守番。ロウサンくんがやって欲しい事があると言うので、通訳してお願いをしておいた。でも急ぎじゃないみたいだから、無理せずのんびり進めてください。


 最後に、ミーくんチェックに合格した新しいヒゲをキラキラさん二人とアズキくんに渡す。

 キラキラさんたちは喜びの神浄水散水を全力で始めた。無理しないでね。


 そしてアズキくん……無理しないようにね。……ダメだ、聞いてない。キナコくんは慣れてるらしく、「一週間留守にするなら命に関わりますけど、半日くらいどうってことないですよ」って軽く笑ってた。信じるよ……?


 じゃ、出来るだけ早く戻るね。いってきます!!



 ◇ ◇ ◇



 ……もしかしたらロウサンくんは、より速く移動する! という挑戦を、密かにしてるのかもしれない。キナコくん風に言うと“タイムアタック”ってヤツだ。

 なんか昨日より速かった気がするんだよ。ほどほどでいいんだけどな。


 マディワ湖村の外で、モフモフな顔を僕に擦り寄せてからまたどこかへ駆けて行くのを見送って、ロウサンくんとは一旦別れた。

 それじゃあ僕たちは慎重に宿屋まで戻ろうか。姿は消えてるけど、人にも物にもぶつかればバレるし、扉の開け閉めまでは誤魔化せないからね。

 出来るだけ人がいないところを選んで歩いて、タイミングを見計らって宿屋の部屋へ。

 バレてない、ね? 大丈夫そうだ。良かったー。

 一晩ちゃんと泊まってましたよ的な態度で受け付けに声を掛けて、宿屋から外へ出る。


 それでは、いざ、冒険者ギルドへ!!


 近いからすぐ着いた。

 中は……良かった、空いてる。冒険者っぽいオッサンたちが五人ほどいるだけだ。

 昨日の受け付けのおばちゃんはその人たちと雑談してるから、若いお姉さんの受け付けの前に立った。


「いらっしゃいませぇ。どういったご用件ですかぁ?」

「あの、ヨディーサン村から来ました、セイです。職業指定が冒険者になったので登録に来ました」

「ああ! はいはい聞いてますよぉ。それじゃ、教会からの指示書と籍証出してもらっていいですー?」

「はい、これです」

「はーい。じゃあ確認の為にお名前と年齢、所在教会名をお願いしまーす」

「はい、名前はセイで16歳、所在教会名はヨディーサン、です」

「はい確かにー。じゃあ手続きの準備するんでねぇ、ちょっと待ってね……えぇとこの引き出しのー、あった。この書類一式持ってね、このギルドの後ろにあるマディワ湖村リィリディ教会へ行ってくださーい」


 僕の籍があるヨディーサン村は小さくて教会が一つしか無いから、そのまま村の名前が教会名だけど、マディワ湖村は教会が二つあるから別の名前も付いてるんだ。だいたい区域名な事が多い。


「教会の受け付けでこの書類渡してね、ステータスチェック受けて来てくださーい。結果が出たらその書類持ってまた帰ってきてくださーい」

「はい」

「はーい。今からだとお昼ご飯の時間までかかるかもしれないのでー、そしたらご飯食べて休憩してからでもいいからねぇ。そんなとこかな。なにか質問ありますー?」

「ええと、ステータスチェックの料金は……?」

「当ギルドが出しまーす。あ、ステータスは体力筋力のみのチェックになるのね。もし他に、ついでに調べたいステータスあるわーっていうんなら、そっちの料金は自分でお願いしまーす。他に気になることありますー?」

「大丈夫だと思います」

「はーい、じゃ頑張って来てねぇ!」

「はい、ありがとうございました」


 冒険者ギルドを出ると同時くらいに、中から冒険者のオッサンの「おいおい! あんなヒョロっこいチビが役に立つわけねぇだろ!」という大声とみんなの笑い声がドッと響いてきた。


 はいはい、聞こえてますよー。

 僕自身は、だよねぇという同意しか無いけど、肩の上で姿を消してたキナコくんが「あいつら、絶対後悔させてやります……」って冷たい声で呟いた。

 いやー、あれくらいで怒ってたらキリが無いし、実際に何かされたわけじゃ無いんだから気にしないほうがいいよ。


 キナコくんはおヒゲを頬っぺたごとゴシゴシとこすって、うぅー……と唸った。


「……分かりました。そうですね、人を呪わば穴二つって言いますもんね。愚か者にも愛をもって接するべきなのかもしれません」

「そんな話してたっけ……。ほんと気にしなくていいから」

「いえ。ぼくはあの人たちの心の貧弱さを憐れむことにしました。だから、心が濁ってる代わりに、せめて彼らの頭皮が輝きますようにと、神様に次会った時に直接お願いすることにしました。祝福を贈るんです!」


 ……許す気無いんだね。

 うーん、キナコくんが言うと、本当に直接神様にお願い出来てしまいそうなのが怖いんだよな。

 せめて頭皮じゃなくて、スネ毛が輝く程度にしてあげてください……。

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