第61話 秘境_お師様の家の奥の部屋
「なんでそんな、めっちゃくちゃ嫌っそーな顔になっとるんや……」
「肉屋とか怖いこと言うから、想像してちょっと……」
「怖い? なにが?」
なんでだ。
みんなが、何言ってるのか理解できないって空気で僕を見てくる。当たり前のことを言った僕のほうが少数派って、どういうことなんだ……。
「肉屋って、その、お肉をどうこうするお店ってことで、合ってる?」
まずは確認の為にアズキくんたちに尋ねてみる。
「どうこうっちゅーのが具体的にどのことなんか分からんけど、簡単に言うと食肉を売ってる店のことやな」
「うえぇ、誰に売るんだよ、こわっ」
「はっ?」
「え?」
ここまでくると雰囲気でなんとなく分かってきた──きっと僕たちは、このまま話してても理解し合えないってことが。
お互い何がおかしいのかが、分ってないんだもんな。
『ちょっとごめん、話に割り込むよ。セイくんの言ってる内容からの推測だから、間違ったことを聞くかも知れないけど……。もしかしてセイくんの国では食料を“教会以外で売ってはいけない”掟があるのかな?』
「え? あ、ああそうだね。教会でしか食料を売ってないっていうより、教会以外で売ることを禁止してるんだ」
ロウサンくんが穏やかな声で入ってきてくれて、混乱気味だった頭がスッと冷静になった。ありがとう。
ロウサンくんのあごの下のモフ毛をもふりながら、説明を頑張ってみる。ええと、教会でしか売ってないのが変だと何故か思ってるんだよね、多分。
「お肉……というか、元になってくれてる動物の命を頂戴して、しかも“売る”っていう冒涜的な行為が許されてるのは、ちゃんと神徳を修められて神様から許可を頂いてる神官様だけなんだ」
だからスキルも無いそこらへんの村人が命を売るのは犯罪行為になるんだよって言ったら、アズキくんとキナコくんが顔を見合わせて、お口をもにゅもにゅ動かした。
「……なあ、俺らの時ってどうやったっけ?」
「それが、覚えてないと言いますか……食事は厨房に任せっきりだったので、仕入れ先まで気にしたことが無かったと言いますか……」
「あのさー」
コテンくんが会話に入ってきた。
「一見理に適ってるようだけど、ボクは納得できないなぁ」
鼻にシワを寄せて不満そうに続けるコテンくん。
「だってさぁ、命を奪って売り買いするのって、食料だけじゃないわけでしょー? 魔獣なんかは安全の為に殺していいってなってるかもしれないけどさ、冒険者が幻獣を捕まえて売ったり殺して素材を手に入れてるのは、どうなるの? 実は冒険者も神官様……ってわけじゃないよねぇ?」
「それは……。言われてみればそうなのかな。あ、でも村のおっさんたちが狩った山の獣なんかは、持って帰ってきたら絶対に教会の神官様にお祈りしてもらってから、捌いてたよ」
「でもさぁ」
不機嫌に唸るコテンくんに、キナコくんがまぁまぁ、と声を掛けた。
「そこらへんの明確な線引きって難しいですから。虫は殺してもいいけど動物は駄目とか、虫でも益虫は生かして、とか。それに、国の仕組みのことでセイくんを責めても、困らせるだけですよ」
「……う、ん。そうだね。……セイのせいじゃないのに、強い言い方して、ゴメンね……」
「いいよ、分かってるよ」
コテンくんの、“刃物で切られたように”短い尻尾を一瞬だけ見て、頭を撫でた。そんなにションボリしなくていいよ。短いおててを伸ばしてしたきたから抱き上げる。コテンくん抱っこ好きだよね、可愛いなぁ。
父熊さんが『……うむ』と頷いた。
『全てが理解できたわけでは無いが、要するにこの村で自給自足が出来るようになるまで、セイ殿は冒険者になっておられた方が良い、という事でよろしいか?』
…………何かが引っかかる言い方だったような。でもまあ、そういうことだよな。
「よろしいと思います」
『了解した。それでは微力ながら我が一族も、可及的速やかにこの地が発展するよう誠心誠意尽くす事を誓おう』
熊さんに発展って言われると違和感があるな。どの状態を目指していくんだろう。幻獣とはいっても動物なんだから畑を耕したりはしないよなぁ、うーん。
でも父熊さんの表情がキリリと引き締まって目に力を感じるようになったからね、お任せしよう。村のオッサンも「なんもやる事がないと、かえって体に悪い。忙しい方が良い」って言ってたもんなー、同じタイプなのかも。僕はのんびりしてたいタイプなんだけど、今はさすがに頑張らないとね。
「じゃあ僕は冒険者登録に行ってくるよ。みんな、ついでに買ってきて欲しいものとか、ある?」
『では野菜の種なり苗をお願いしよう』
──えっ、父熊さんマジで畑耕すの!?
◇ ◇ ◇
それじゃすぐにでも出発! ……とはならなかった。
アズキくんキナコくんに誘われて、お師様の家の、奥の部屋へと入る。そしてアズキくんはお腹のポッケから鍵を取り出した。
それ、昨日村へ行くと決まった時にウッキウキで振り回してた鍵だよね。結局キナコくんが行くことになって、そのままスルーされてたヤツ。
「やっぱ先立つものがないとなー」
壁に穴を開けてすっぽり収められてる……四角い大きな黒い石? 箱かな? 僕の腰の位置くらいまでの高さがある。
アズキくんはそのツルツルした重そうな箱に鍵を差して、取っ手を右回転、左回転と複雑に数回動かした。すると、中からガチャリと音が鳴った。
「よっしゃ開いた、暗号覚えてて良かったわ。……あ、あかん、重い。セイ、金庫の扉開けてくれ」
「いいよ。うわ、ほんとに重いね。前へ引っ張るんだよね?」
「そや。お、開いた! その下の段にある箱を出して、この鍵で開けてくれ」
「この灰色の箱? これも随分重いね……」
両手で力を入れて取り出す。小さめの鍵を渡されたから、側面上部の穴に差し込んで回した。これもツルツルしてる……昔の素材って、ツルツルしてる物が多かったのかな。あ、一回転でカチって鳴った。これは上に開くタイプの扉なんだね。じゃあ開けるよー。
中には、丸くて平べったい……板? 石? が、ぎっしりと詰まってる。なんだろうコレ。表面が鳥の絵柄で凹凸付いてて、柑蜜色……黄色かな……灯りが当たったところがキラリと光っ……。
…………。
僕は無言で箱の蓋を閉めて鍵をかけ、慎重に金庫の中に収め直し、更に重い扉も閉めた。ギィー……と後を引く音を立て、完全に閉まったのを確認する。
「ん? なんで仕舞ったんや?
「いや。いやいや? 今のはお金っていうか……アレだよね?」
「金貨やな」
「無理!!」
なんてものを出してくるんだ。怖ろしい!
一枚二枚なら、もしかしたら珍しいもの見たって喜んだかもしれないけど、多過ぎてビビった。すっごい大金だったよね? 昔の金貨って、本物の
ビビり倒してる僕に、キナコくんが軽ーく「金貨見たことなかったですー?」って聞いてきた。なかったですー!
「やっぱりもう貨幣変わっちゃってますよねぇ」
「変わってはいるやろけど、どっかで換金はできるやろ。セイ、昨日食料の金出してもろて悪かったな、その金貨を好きなだけ使ってええから」
「無理無理! 遠慮します!」
「子供が遠慮なんかせんでええ。これから幾ら要るか分からんのやから」
「いいって! っていうか金貨なんて出どころ疑われるだけで、多分換金できないし!」
「なんでや? こういうのは……持ち込み先はギルドになるんかな。受付でこう、袋から無造作にジャラッと出すやろ? そしたら受付の可愛いお姉さんが慌てて、少々お待ちください、ギルドマスター呼んできます! ってなって、奥から頭皮が切ない状態のオッサンが出てきて、君、奥のVIPルームで話を聞かせてくれとか言って……」
「僕の場合、出てくるのは警備団で、連れて行かれるのは詰め所だよ。聞かれるのはどこで盗んできたんだって……取り調べされるだけだよ!」
アズキくんとキナコくんが僕を見つめたまま同時に、こてっと首を傾げた。こんな時でも可愛くて、何でも許してしまいそうになる、ちょっと悔しい。
いやマジでね、昔あったんだよ、そういう事件が。教会の先輩がよその村に行った時に知らない人から宝石を貰ったらしくて、それを見つけた大人たちが話もろくに聞かずに完全に盗人扱いして大騒ぎになったっていうことがさ。あれを見て、下手に価値のありそうな物を持っていると疑われる、気をつけようってしみじみ思ったんだ。
「言われてみれば、セイくん一人だけだと怪しまれますかね?」
「せやな。それに考えてみれば、すぐにでもSランクに上がれそうな強者オーラ出してる冒険者が持ってかへんと、イチャモンつけられて奪われてまうかもしれへんな」
怖いこと言うのやめようよ……。
お金はいいんだ。僕は教会からもらってたお小遣いを、ずっと使わずにほぼ全額貯めておいたからね。
お小遣いの使い方は自由だった。教会から支給されるもの以外の服や小物、お菓子なんかを買ったり、ジンみたいに個人的に剣術習ってて練習用の木剣や手袋などの消耗品を買ったりとかね、使う子は使ってたよ。
でも僕は服にもお菓子にも興味無いし、趣味は“読書”だけで、しかも図書室で無料で借りられるものしか読んでなかったから。
貯めてたというより、単に残ってただけで、だからここで使うことに躊躇いなんて無いよ。
アズキくんたちにはこの家や庭の神泉樹、向こうの建物を使わせてもらえてるだけで充分なんだ。
いずれはもっと稼がなきゃいけなくなるけど、それはもう少し落ち着いてから一緒に考えよう。
というわけでハイ閉めて! 金庫の鍵を早く閉めて! こんな秘境に誰も来ないだろうけど、万が一があるからね!!
「今は仕舞っとくけど、要るようになったらすぐ言えや?」
「ありがとう、その時はお願いするね」
最後の手段として、覚えておくよ……。
……精神的に疲れた。外を目指して廊下を歩いてると、例の庭が見えてきた。
家へ入る時も、出る今も、庭を覗いてみてもあの白トカゲは全然チラリとも姿を見せない。花も咲いてないな、花びらを寄越したのって白トカゲじゃなかったのかな? それか、他の生き物が一緒だと出てこない……とか。
うーん、シロちゃんの能力を思えば今日中にははっきりさせたいんだよなぁ。
「今日はアズキくんが村へ行くつもりなんですよね?」
廊下をぽてぽて歩きながらキナコくんが問いかけてる。
「村もめっちゃ気になるけど、ヒゲの神気残量測定器も弄りたいんよな。迷ってるんや」
「そうですか。村自体はまた何度か通うと思うんです。セイくん、また行ってもらえますか?」
「冒険者がどうなるか次第だけど、やっぱりマディワ湖村は何度も通うと思うよ。買い出しもあるしね」
『セイ兄さんッ、何度も通うんすか!? 山を越えるんすよね? だったら、お願いがあるんす!』
シマくんが突然、大声でビビィイイ! と叫んで僕の頭の上から転がり落ちてきたから、慌てて手のひらで受け止めた。起き上がろうところんころん転がりながらもビィイイ! と叫び続けてる。
ちゃんと聞くから落ち着いてねー、声落としてねー。
アズキくんたちが耳を抑えて悶絶してるからねー……。
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