第60話 秘境_銀雲
※ やや説明回
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青く澄んだ広い空を、東の方角から光り輝く銀陽と今はまだ色の薄い金陽が、並んでゆっくりと登っている。
風に流れていく白い雲とは別に、幾つかの銀色の細長い雲が、大きな魚がゆったりと泳ぐように空を移動していた。
あの雲は銀陽から生まれ、金陽へ還っていくと言われてる。
……つまり、スタートが東の果てだから朝が早い時間だともっと遠い空にいるもんなんだよなー。今日は寝坊……というか教会にいる時より遅めに起きたから、もう結構近い場所にまで流れて来てる。
よく目を凝らせば、銀雲から光の粒がきらりきらりと小雨のように降っているのが見えるんだ。
あの光のひと粒ひと粒が【神様の加護】なんだよって、小さい頃から何度も教えられてきた。ああやって空を周りながら国中に加護を降り注いでくださっているのだから、毎朝感謝の祈りを捧げなきゃいけないよって。
銀陽、金陽、そして銀雲に、左手の拳を右の手のひらで覆って額に付け、目を閉じて感謝の祈りを捧げる。神様、御加護をくださりありがとうございます。無事に銀陽を拝むことが出来る幸運にも感謝を。
目を開けると、空の高い場所から四方八方へと流れていく銀雲の内の一つがスゥー……と早い動きで近づいて来た、……ような? いやまさかぁ。──待って。
うわ、うわ、下りてきた!
しかもあの銀雲、なんかいろんな色で光ってるんだけど!?
僕が住んでたヨディーサン村は風の神様を信仰してたから、緑色の光が一番多かったんだ。でも、ほぼ真上まで迫ってきてるあの銀雲は、こっちに近付くにつれて色の種類も多くなっていってるし、量が明らかにおかしい。普通、パラ、パラ……程度のはずなのに、めっちゃ光りまくってる。
うーわ、銀雲をこんな近くで見たの初めてだよ。虹色に光っててもう“銀雲”というより“虹雲”になってるよ、うーわ。
その銀雲から、ブワーッと虹色の光の粒シャワーが降り注いできた。わぁ、カラフルー。
……マジか。
『派手だな』
『今日が特別なのかしら、それとも毎日なのかしら』
一緒に並んで銀陽にお祈りを捧げていた親熊さんたちも戸惑ってる。ほんと何なんだ、この場所……。
昨夜、父熊さんに「僕が起こします」なんて偉そうに言ったくせに、起きたのは僕のほうが後だった。申し訳ない。
目を覚ますと、僕の両脇に弟熊くんたちが張り付くように寝てて、お腹の上に子熊長男くんが両手とアゴを乗せ、アズキくんキナコくん、金色リスくん全員と黒フサ、ミーくんとシマくんシロちゃんがお腹から胸にかけてぎゅうぎゅうに密集して寝ていた。全然気付かなかったよ、いつから乗ってたんだろ。
ほぼ全員が乗ってる割には重くないな……と半分寝ぼけながらも疑問に思ってたら、ロウサンくんが間近から『もう起きたのかい? もう少し寝ててもいいんだよ』と声を掛けてきて、それで察した。
ロウサンくんがみんなを浮かせてくれてるね? もしかして一晩中起きて見てた? 鼻息が荒いよ?
小さくて可愛い生き物が大好きなロウサンくんからすれば、寝るより小動物を見てるほうが余程身体に良い、と。……いや、それはどうだろう。今日はちゃんと寝て。
少しずつみんなを降ろして起き上がると、親熊さんたちは既に起きていた。
『疲れておられるのだろう。急いで起きられる必要は無い』
父熊さんはそう言ってくれたけど、教会感覚で言えば充分寝坊だよ。急いで起きて顔を洗った。そして“一緒に銀陽を見る”という約束はちゃんと守れて、ホッとしてたところだった。
赤い光も多いなー。コレ実は他の人に見られると非常にマズい。「赤い光は火の神の加護だ。あの村では隠れて火の神を信仰している。争い事を起こすつもりに違いない」とか言われて中央に告げ口されるらしい。怖いね。
でもここにいる人間は僕だけだしね。そもそも火の神様は本当は戦争の神様じゃないってアズキくんたちが言ってたから気にしない。
……あ、でもじゃあ何の加護をくださる神様なんだろ? それは気になる。
庭にいるはずだよな。視線でこの秘境の小屋の主たちを探すと、尻尾でバシバシ叩き合っていた。
アズキくんが尻尾を地面に叩きつけると同時に高くジャンプ、クルッと回転してキナコくんに頭上から尻尾を振り下ろし。それを横っ飛びで躱したキナコくんは地面スレスレまで身を伏せて、すごい速さで回転し地面に着地しようとしていたアズキくんの足を尻尾で払った。転んだように見えたアズキくんがキナコくんのお腹に尻尾を横から殴るように叩きつけて。キナコくんが吹っ飛んですぐに戻り、そこからお互い尻尾を剣のように打ち合う。という事をしていた。
アズキくんが「朝練や!」って言ってたけど、この子たち結界で眠る前も毎朝訓練してたのかな、すごいな。
でもちょっと納得したというか……、キナコくんが口調は丁寧なのにアズキくんに対してやや暴力的なところがあるのは、普段から訓練で叩き合ってたからなんだなって。
「おーセイ、どした?」
「ちょっと疑問があって。でも今じゃなくてもいいよ」
「ちょうど終わるとこやったからええぞ。なんや?」
虹色の銀雲はゆーっくり移動してるから、今も僕たちの周りはキラッキラに輝いてる。「眩しくて訓練なんぞ出来んわ」と呟いて、アズキくんたちが朝練を止めた。
「えーとね、火の神様の加護って、どういうのなんだろ?」
「めっちゃ光っとるもんなー、気になるわな。火の神の加護は、一番は【錬金術】やな」
「……えっ?」
「まあ錬金術て
「鍛治ね、うん、知ってる」
本物は見たこと無いけど、好きで読んでる小説に“鍛治屋”が出てくるから知識としては知ってる。でも、めちゃくちゃ温度の高い【熱石】を使ってる描写しか無いよ。鍛治に【火】は関係無いと思うんだけど。
「知ってるなら話しが早い。つまり火を使う鍛治とか、調理とか。いわゆる加工作業全般の加護やわ」
「……ん? 調理?」
「そや。野菜を育てるには風の神の加護、その野菜を使って料理するには火の神の加護。他やと、良い粘土を産出するのは地の神の加護、それを加工して陶器にするのは火の神の加護、その陶器を綺麗に絵付けするのは水の神の加護いう感じやな」
「なるほど……?」
なんとなく頷いたけど、いや、料理にも火は使わないよ。……あ、百年前は使ってたんだっけ。
「さっき野菜を育てるのは風の神の加護言うたけど、実際に野菜を作るには良い土と水も無いとあかんし、食べる為に野菜作るんやから料理に火は欠かせへん。薬もそうや。薬草には地も風も……まあ風の神て言うてるけど実のところあれ、【空気】のことやからな。風属性が緑色なんも、酸素出すのが木やから緑色ーいう感じなんちゃうかな。昔の人は感覚で真理ついてはることあるよなー」
「えーと?」
「すまん、脱線してもた。ほいでやな、薬草を育てるには土も空気も水も全部要る。薬草を薬に加工するには道具が必要で、道具を作るには火が要る。この世界の薬は神浄水とか聖浄水とか、水が一番大事やから水の神の加護がメインになっとるけど、ほんでも結局ひとつの物を作るのには大抵、全部の神の加護が必要なんや。逆に言うと……」
「逆?」
「どの神さんの加護も回りまわって生活全部に効く、いうことやな」
……えーと、あれ? そういうことなのか?
でも僕たちは、火の神の加護はほとんど無いまま生活してるんだけどな。
キナコくんが「神の加護が生活に物理的に作用するって、不思議な感覚ですよねぇ」と不思議な事を言った。
水の神様と風の神様の加護が無ければ、すぐにこの国は干からびて荒れ地になるって言われてる。“作用しない”ことがあり得ない、んだけどな……?
『にーたんっ、いっしょにゴハン食べよ!』
微妙に真面目な雰囲気になってた僕たちの所へ、子熊くんたちがぽんぽん跳ねるような足取りでやって来て、前回とは違う木の実を二個ずつくれた。
『あげりゅ! これね、植えたらね、おいしーのができりゅの』
あ、植えればいいんだね、良かった。今回は木の実として完食する覚悟だったよ。
「ありがとう、大事に育てるね。僕は後で山の向こうの村に行ってくるけど、帰ってきたら新しい木の実をみんなで探しに行こう。森を探検だー!」
『たんけんだー! おー!』
『根こそぎいく』
『たのちみ、えへへ』
……根こそぎはダメだよ。とりあえず朝ごはんにしよっか。
キラキラさんにも声をかけに行ったら、『やっだぁ、わざわざ来てくれたの? 嬉しいっ。でも今、ちょっと忙しいの。行けるようになったら行くわね、ありがとう!』だそうだ。声は元気そうだったから、そっとしとこう。
建物に戻ると、黒フサくんたちは上下をひっくり返したカゴの中で寝てた。昨夜は疲れてたから一緒に寝てしまったけど、本来は昼は寝て、夜に活動するんだって。
『オレたちゃ夜の申し子……。陽の光はオレたちにゃ眩しすぎる。寝るゼ……』
暗いところ作ってって頼まれたから、雲熊さんの毛の上にカゴをひっくり返して置いたらコロコロと転がって隙間から入って行った。うーん、後でもう少しちゃんとした巣を考えてあげなきゃな……。
そんな黒フサくんの正体については、コテンくんも知らないって。
「真っ黒でフサフサしてて、毛のない翼を持っていて、耳から出すナニかで空間を認識する能力を持った幻獣、だよね。どう考えても伝説級だけど、ボクは聞いたことないよ、役に立てなくてゴメンねぇ」
申し訳なさそうにしてるけど、むしろ専門じゃないのによく知ってると思うよ。分かるものだけでも助かってるよ。ところで、“伝説級”なんだ……?
「幻獣ってどういうわけか白色の毛並みが多いんだよねぇ。色付きってだけでも珍しいのにさぁ、真っ黒とかほんと……。多分だけど、他にもまだ能力を隠し持ってると思うよー?」
隠し持ってるっていうか、披露する場面が無いからね。アズキくんの錬金術にもびっくりしたし、シロちゃんも他にまだ出来る事ありそうだよな……。
黒フサくんたちにはカゴの中に肉を入れておくとして、僕たちは一緒に食べよう。昨日と同じくパンと肉と果物だけだけどねー。
今日の予定は、まず宿屋に戻って泊まってました的な細工して、冒険者登録に行って……あ、そうだ。言わなきゃ。
「みんな昨日は相談に乗ってくれてありがとう。僕、冒険者になるよ」
パンを飲み込んでから宣言すると、みんな心配そうな空気で僕を窺ってきた。無理してないよー、大丈夫。
はじめて冒険者ギルドを生で見たんだけど、想像してたより怖くなさそうだった。それに採取専門の冒険者パーティーもいるんなら、荒事ばっかりでも無いのかなーとか。
あと、何よりやっぱり【籍落ち】はダメだと思ったんだよ。だってね。
「食事は全部教会で食べてたからウッカリしてたけど、食料って教会でしか買えないんだよねー。教会に入るには絶対に【籍証】が必要だから、とりあえず冒険者になるよ。なってみてダメそうだったら変えてもらえる……はず? 多分」
今まで村の出入りが素通りに近かったから考えても無かったけど、宿屋に泊まるにも籍証は必要だった。籍落ちってやっぱり不便なことが多そうなんだよなー。
「食料が教会でしか買えんって、なんでや?」
「ん? 教会でしか売ってないからだよ?」
「は?」
「アズキくん、待ってください。……確かに昨日セイくんは教会でこの食料を買ってました。それに、言われてみれば村で肉屋や八百屋的なものを全然見かけなかったような気がします……」
「……は?」
「なにそれ……」
コテンくんまで、意味が分からない、みたいな顔で見てくる。え、なんで? 君たち何に引っかかってんの?
“肉屋”とか、なんだか怖そうな名前が聞こえたよ、闇の組織っぽい名前だねー。……まさかと思うけど、お肉売ってる場所だなんて言わないよね……?
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