第59話 秘境の建物_おやすみなさい


 マディワ湖村の教会で買ってきた食材を簡単に調理して……まあパンと肉を切って、果物を洗って並べただけなんだけど、それをみんなに食べてもらう。遅い夜ご飯になっちゃったね、ごめんね。

 僕は食堂で食べたからジュースだけでいいや。


 肉に顔を埋めてガツガツ貪ってる黒フサくんたちを、ミーくんが猫用ごはん──教会でちゃんと売ってるんだ──を食べながら気にしてたから、姿を消してた僕たちをどうやって狙ってたのか聞いてみた。


『秘密だ……と、言いてーとこだがオメーらなら教えてやんよ。ダチだかんな、へへっ』


 黒フサくんはフサフサを揺らしながら、照れたように笑った。なんでも黒フサくんを屈服させた秘境チームの総長が僕で、その僕とダチになったから全員まとめてダチ……らしい。ここにはいない黒フサチームの他の仲間たちも、まだ会ったことないけど既にダチらしい。うん、好きにしていいよ。


『オレたちゃ耳からナニかを出せんだよ』

『ナニかが当たって跳ね返ってきた感じで、場所と大きさ、形の見当をつけてんのさ。夜にオレたちぐれーヤツァ他にはいねー』

『オレたちゃ夜の申し子、暗闇を支配する謎の集団。歯向かうヤツァ容赦しねー……そこんとこシクヨロ』


 ナニかってナニ。黒フサくんたちは『ナニかはナニかだよ。そんなもんオレたちにも分かるわけねーべや』と堂々と言い切ってくれた。

 そんな本人たちにも分からないことを、キナコくんが「【ソナー】みたいなものでしょうか」だって。すごいね、分かるんだ?


 アズキくんがパンを握りしめたまま後ろ足二本で勢いよく立ち上がったから、先に「検証は明日以降ね」と言って座らせる。


「なんでや、なんでこんな一気に来るんや! 普通、一人ずつ順番に来るもんちゃうんか。一人問題が片ついて仲間になって、ハイ次、終わってハイ次。それがセオリーやろ。なんで一度に来るんや! 検証待ちが大渋滞起こしとるやんけ!!」


 持ってたパンを口に放り込んでから、アズキくんはワッと床に伏せた。元気な子だなぁ。僕なんか倒れそうに眠いのに。


「確かにお師様の時は、見てたの? っていうぐらいみんな良いタイミングで順番に来てましたねー、女の子ばっかり。でも今ここにいるのは、あと一日でも遅れてたら命が危なかったって状況の子が多いですから、一気に来れて良かったと思いますよ」

「……! ほんまや、俺はなんて事を……。セイ、すまん! 俺はただ、みっちり検証がしたくて言うただけなんや。もっと一気に来てもええんやぞ!」

「大丈夫、分かってるよ」


 走り寄ってきて、僕の膝に頭突きをする勢いで顔を埋めて謝ってるアズキくんの頭を撫でる。受け入れてくれて感謝しかないよ。

 それよりここまで感情を全力にした生き方で、健康に悪影響は無いのかそっちが気になるよ……。


 キナコくんが小さいコップ、おちょこって言ってたかな、それにジュースを注いで「まあまあこれでも飲んで。リンゴジュースに似てて美味しいですよ」ってアズキくんに差し出した。


「……うっまー」

「ねー、美味しいですよね。黄昏リリンコっていうらしいです。夕焼けで空が輝いてる時に収穫しないと味がしない不思議な果物らしいですー」

「そうか、リンゴの開発は成功したんやな。ほんでも似ててもやっぱり異世界なんやなぁ。そういうのも調べたい」

「ね。やりたい事たくさんですね! でも、今回はゆっくり進めましょ。焦らなくったって、幻獣たちもセイくんが頼んだらみんな協力してくれますって」

「……せやな。なあ、白天獣たちが食ってるの、ミカンっぽいよな?」

「あれは春待柑蜜っていうらしくてー……」


 キナコくん、さすがだ。

 アズキくんの暴走を止めるの慣れてるって言ってたけど、間違いない。


 さっき、そういう話しをしたんだ。

 アズキくんがミーくんのヒゲを、小指の爪くらいの大きさの丸い器に挿して持って来てね。


「セイたちが村に行ってる間に、ヒゲの神気残量測定器簡易版をちゃちゃっと作ったわ、試作やけどな」


 思わず大声で「はぁっ?」って言っちゃったよ。

 出発する時にキナコくんがヒゲの検証お願いしますって預けてたのは見てたよ、でもアズキくん一人でどうやって調べるんだろうって思ってたら、まさかの錬金術。


「神虹珠の殻には神気の属性と濃度を感知する機能があるんや。せやから濃淡が強めに出るよう調整して、見やすいように外側ガワの透明度を上げた物を錬金術で分離作成した。溶解液……ほんまは違うもんやけど、それを入れた物でな。ヒゲの根元側を挿すと神気含有量が色の濃さで判断できるっちゅー仕組みなんや、こう……」


 ヒゲを挿して軽く揺らした後、アズキくんが見せてくれた。


「色が緑強めの黄緑やから、ヒゲの神気は風属性メインで僅かに地属性も有りって感じやな。色が濃いほど神気も濃い。いうて、空気に触れると正確な濃度が出ぇへんし、含有量から有効時間を算出できるようにせな意味が無いから──……」


 え、アズキくんってめちゃくちゃすごい……? 驚いてたらキナコくんが小声で教えてくれた。


「アズキくんは性格は天然で自由で幼稚……コホン、少年の心をいつまでも持った紙一重……コホン、そんなカワウソですが、錬金術に関してはガチの天才なんです」

「錬金術の天才……」

「はい、ぼくたちは稀代の天才錬金術師だったお師様の助手として作られたんですが、アズキくんが錬金術の助手で、ぼくが生活全般の助手だったので」

「生活の助手?」

「お師様とアズキくんは研究に夢中になると寝食を疎かにしてしまうので、ぼくが強引に食べさせたり寝させたりしてましたー。あと、暴走を止めます。……うーん、今もだいぶキてますね、いってきます」


「器が丸っこいし中の溶解液が水やと安定性が悪すぎるんよな……固める……それかジェル状のもの……そんなんあったか? ああクソ、ここでは材料が足らん! アトリエへ行くぞキナコ! 今日から徹夜じゃあ!!」


 尻尾をびたんびたん振り回しながら叫んだアズキくんの口に、キナコくんが肉を突っ込んで「百年後のお肉のお味はどうですか?」から始まり、気を引きそうな話題を提供しつつ、食事へと誘導していってた。なるほど、慣れてるね。


 そんな風にアズキくんたちが次から次へと騒いだり、黒フサくんたちが“カッコいいシクヨロポーズ”の練習をしたり、子熊くんたちが目を輝かせながら果物を食べ、その様子をロウサンくんが凝視し──犬用のごはんを買ってあったけど、魔獣を食べたから遠慮するよ、て言ってた──、半分寝てるコテンくんを抱っこしたら、その頭の上にシロくんが乗ってきて大騒ぎになったり。などなど。


 賑やかな食事を終わらせた後、湯船? とかいうのに浸かって疲れ取るぞーって言って、みんなでお風呂に入った。

 今まで僕はシャワーしか浴びたことなかったから、不思議な体験だったよ。池みたいな大きさでツルツルした素材の箱にお湯がいっぱい入っててね。なんか、なんか、すごかった。

 夏に川に入ったことならあったけど、お湯に全身浸かったのなんて初めてで、すっごく変な感じだった。これさ、肩まで浸かると息が苦しくない? 慣れたら湯船無しではいられなくなる? 確かにアズキくんキナコくんコテンくんは、魂が抜けそうな「あああー……」という声を出してリラックスしてる。


 お風呂中、当然僕も裸だったんだけど、シロちゃんが『おにいさんっ、お背中が痛そうですっ』って泣きそうな声ですり寄ってきた。

 ああ、これか。

 今日蔦に絡まってたシマくんを助ける為に森の中に入ったら、災害級大型魔獣ガガボダノに襲われて、逃げる時にコケたせいで思いっきり背中を打ったんだよなー。ずっと地味に痛かったけど、すごく痛いわけじゃないから放っておいたヤツだ。


「少し前にコケて打ったんだ。でもそんなに痛くないよ、大丈夫」

『でもでも、痛そうですっ。ちょっと動かないでくださいね。──ーりーり……ぷひゅっ』


 ……あれ、痛みが、無くなっ……?


『今のシロは力が弱いので、これが精一杯ですぅ。小さいお怪我しか治せないです』

「え、と、充分だよ、ありがとう……?」


 え、あれ? もしかして【治癒術】なんじゃ?


 アズキくんたちに聞こうとして、声を出す直前で我慢した。ダメだ、せっかく落ち着いたのに治癒術の可能性なんて告げたら、また検証がーって大騒ぎになってしまう。また今度にしよう、うん。


 お風呂から上がると、体がポカポカあったかくて、めちゃくちゃ眠い……。ね、寝ようね。


 水の中じゃないと眠れないキラキラさんが巣へ帰るのを見送って、残ったみんなで広い部屋の一カ所に集まる。そして雲熊さんの毛を床に伸ばして置いて、上にタオルをあるだけ敷いた。そこで寄り添うにようにして寝ることにする。


 みんな、今日一日お疲れさまでした。明日も忙しいだろうし、よろしくね。おやすみなさい。


 こうして僕の長い長い一日が、ようやく終わ────らなかった。




 物音……というほどじゃない、何か気配のような物を感じて目を覚ました。部屋は暗くて、玄関の方が暗めの橙色の灯りでほんのり照らされてる。ということはまだ夜中か。


 なんだろう? 違和感の正体を探してみれば、父熊さんが大きな体をこれでもかというほど縮めて丸まっていた。それに、震えてる……?


「あの、大丈夫ですか? どこか痛い?」


 囁くような声で尋ねた。父熊さんは『セイ殿……すまない、起こしてしまったか』と謝った後、言おうかどうしようか迷う感じだったけど、低く言葉を続けた。


『臆病者と嘲笑ってくれ。──眠るのが恐ろしいのだ』


 “眠る”のが? なんでだろ……。


『今日、私は死を覚悟していた』

「…………」

『木の中に閉じ込められ、神気が足らず出ることが出来ず。出られたところで魔獣と戦える力ももう無かったが。息子は一人は逃がせたが、魔障気に侵された弟たちは物を食べる体力すら無く、いつ死んでもおかしくない程衰弱していた。……遠からず息子が死に、その死体と共に、空腹で息絶えるまであの場で過ごすのだと……絶望していた』


 どう言葉をかければ良いのか、分からない。何か言おうとして、でも言葉が出ずに閉じるを繰り返した。


『それが、どういう事だろう。浴びる程、それどころか身を浸せる程の神浄水を恵んで頂き、木の実と果物を食べ、明るく清潔な場所で息子たち全員が元気に笑っている。ほんの少し前まで、死が間近に迫っていたというのに。信じられない、奇跡だ。まるで夢のようだ……もしかすると』

「…………」

『これは、“本当に夢なのかもしれない”──そう思うと、恐ろしくて眠れなくなった。こんな都合のいい事が現実に起こる筈がない。これは私の希望が見せている夢の世界で、目が覚めればまた、暗く、狭く、饐えた臭いする木の中で、死にかけている息子の姿が目の前にあるのでは無いか、と……』


 震える声で言って、ますます小さく体を丸めた。

 正直、父熊さんの気持ちを理解するのは難しい。「大変でしたね」なんて軽々しく言えない。

 だって僕はまだ、眠れないほどの恐怖を知らない。僕がもっと色んな経験や苦労をして、心の傷をリアルに想像できるような人間だったなら、父熊さんを励ませたかもしれない。でも今の僕には、掛けていい言葉が何も浮かんでこなかった。


 父熊さんの頭の上の樹ぃちゃんが、枝を下に向かって必死に動かしてるのに気付いた。頭を撫でようとしてるのかな。


「あの、失礼だったらすみません。撫でても、いいですか?」

『……勿論。光栄だ』


 そっと、肩のあたりから撫で始める。肩から首の横、耳のあたりと、労わるように撫でていると、父熊さんのかたく強張っていた体から少しずつ緊張が解けていくのが分かった。表情が穏やかになったのを見て、なんとか声を掛ける。


「あの、明日、僕が起こします。それで一緒に銀陽にお祈りしましょう」

『……朝陽か。久しく見ていないな』

「きっと綺麗です。それから、子熊くんたちとみんなで木の実と果物を採りに行きましょう。シマくんが、めちゃくちゃ美味しい木の実を見つけたって言ってました」

『そうか。……楽しみだ』


 過去には寄り添えないけど、せめて未来が明るくあるようにと祈りながら話しかける。もっと気の利いたことを言えなくてごめんなさい。

 父熊さんのまぶたが降りてからも、しばらく撫で続けた。静かな鼻息が聞こえてきたから、寝た、かな? ん、寝たね、良かった。それじゃ……。


 音を立てないよう気をつけて母熊さんの所へ移動すると、やっぱり起きてた。


『……セイくん、ごめんなさいね。ありがとう』

「明日、一緒に木の実採りに行きましょうね。撫でてもいいですか?」

『そんな。甘えてもいいのかしら』

「もちろんです。失礼しますね」


 父熊さんが眠るのが怖いなら、母熊さんだってきっと同じだ。今までどれだけ大変だったんだろう。


『……息子たちが、すごいすごいって褒めてたけれど、ほんとうに気持ちの良いこと……。こんなに安らいだ心持ちになるのはいつぶりかしら……』

「…………」

『ありがとう。……有難うございます、人成神様。心からの感謝と、忠誠を……──』


 潤んだ瞳をまぶたの下に、母熊さんからも寝息が聞こえてきた。うーん、忠誠は違うと思うんだけどな。


 自分で自分の頭を撫でてみる。……分かんないや。気持ち良いとも思わないし、本当に【撫でとろ】なんて能力あるのかな。


 微妙だなー、あるにしてもどうせなら錬金術とか治癒術とかカッコいい能力のほうが良かったなー、って残念に思う気持ちもやっぱりある。

 でも、もしも親熊さんたちが穏やかに眠れる手伝いが出来てたんなら、撫でとろ能力も悪くないな、なんて。


 よし、僕も寝よう。しかし横になった途端、アズキくんが「……ハァッ」と掠れた悲鳴を上げて飛び起きた。えっ、アズキくんも眠れないほど何か怖い思いを……?


「セイ、セイ、撫でてくれ。怖い夢を見たんや」

「どうしたの」


 僕のお腹の上に乗ってしがみついてきたアズキくんを撫でた。


「黒フサの仲間たちが鉄パイプと釘バット持ってパラリラパラリラ爆音立ててやってきて、昭和のノリで好き放題やらかしよる夢見たんや。悪夢や……!」

「……そっかー」


 何一つ理解できないけど、それは大変な悪夢だねー。

 寝て、という念を込めてアズキくんを撫でる。寝て。


 もうみんな寝たね? それじゃ今度こそちゃんと、おやすみなさい。また明日!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る