第27話 魔の森_親熊1
ロウサンくんとアズキくんが鳥型魔獣の死体をあちこちの角度から眺めて、それぞれ考えることがあったらしくブツブツ呟いてる。
『この鳥型には大型の強力な魔瘴気に紛れて攻撃する習性でもあるのかな。こういうこともあるんだね、今後気をつけないといけないな……』
「三匹も見逃してたとか、最悪やな。まだ馴染んでへんにしても流石に無いわー」
そう言って二人とも何故か僕にごめんって謝ってきた。いや、僕こそ何も出来なくてごめんなさいだよ。
向こうのアレに関しては僕じゃなくても、人間にはどうすることもできない相手だった気もするけどね……。
悲鳴もあげられずに倒れて、そのまま動かなくなってる大型魔獣のいるほうを見た。小屋の大きさだよ。
アズキくんたちは自分の倒した魔獣よりも鳥型の死体──というかブヨブヨさんの攻撃の跡に夢中になっていた。
「これ、なんやろ。死体に切り傷が無いいうことは刃物系の法力ちゃうよな。しかも電流流されたみたいになっとるし」
『急所を的確に撃ち抜いてあるな。雷撃を針の形で飛ばしてるのは見えたけど、この細さで狙い通りの場所を撃ち抜けるのか。複数同時攻撃が可能、かつ一撃の威力も高い上に持続性まである、となると……。まだ力が戻ってないだろうと油断してた。でもそのおかげでセイくんが助かったとも言える、か』
ロウサンくんが『しかし、俺より弱いうちに消滅させたほうが安心ではある』と不穏な独り言を呟いてる。
ブヨブヨさんの強さを見て、逆に警戒心が強まったみたいだ。僕はブヨブヨさんの話してる内容や声の感じが聞こえるから、見た目の印象よりも良い生き物なんだろうなって分かってきたけど、ロウサンくんからすれば不気味で強い何か、でしかないもんなぁ。
──あ、僕が通訳しないからいけないのか。
ブヨブヨさんがどういう考えの生き物なのかを伝えられるのは、ここにいる中では僕だけなんだから。
えーと、「自分の強さを過信して油断しちゃいけないよ、反省してねって言ってたよ」を、どういうふうに言い直せば好感度上がるかな……。
「あのねロウサンくん、ブヨブヨさんはしっかりとした考え方をしてるブヨブヨで……」
『ちょっと少年くん、まさかそのブヨブヨってアタシのこと!? アタシは美の化身なのよ!?』
「オッサンの声で美の化身とか言われても」
『声は関係ないでしょう! ああんもう早く本当のアタシを見せてあげたいっ、ツヤツヤうるうるプリプリキラッキラなんだから!』
カバン越しに背中にドスドスと衝撃を感じる。結構面倒くさい性格だな、ブヨブヨさん。
僕が軽い攻撃を受けてることに気付いたロウサンくんが、穏やかに『セイくん、地面にそのカバンを落としてくれるかな。一瞬で終わらせるから』と本気の口調で言った。痛くないのでやめてあげてください。
『にーたん、おみじゅちょうだいっ』
子熊くんが木の中から出てきた。無事だね、良かったー! あー走らないで僕がそっちに行くから。
ロウサンくんの背中から降ろしてもらって、ヨタヨタと危なっかしい足取りの子熊くんのところへ走って行く。君、今毛が無いからね、こけると痛いよ。
「お父ちゃん無事だった?」
『いきてた。でもキがダメだからダメなんだって。おみじゅかけたらぶわーってなる、おみじゅちょうだい』
「……そうなんだね、えーと、お父ちゃんは動けそうかな?」
『うごける。でもキがダメだからおそとはムリってゆってた』
「なるほどそうなんだね、えーと、そこの木を少し切って僕たちが中に入っても大丈夫そうかな?」
『おみじゅ……』
あー、これは親熊から「水をもらって来い」としか言われてないな。どうしようかな。
「子熊くん、その水筒じゃちょっとずつしか運べないからね、入り口からもっと大きい瓶で渡すよ。中から受け取ってもらえるかな?」
『うん、ありあと』
親熊が動けるなら、逆に、こっちから強引に入っていかないほうが良い気がする。開けたと同時に攻撃されたら……ロウサンくんが無効化してくれるだろうけど、親熊が無駄に消耗するだけだし。
木の隙間から子熊くんに中に入ってもらって、半透明でツルツルした瓶に入った神浄水をフタを抜いて外から渡す。この瓶はもういらないから割れてもいいよってキナコくんが言ってくれてたから甘えておく。すまぬ。
そのまま待ってると、中から気配がした。子熊くんかな、と思って見たら、木の隙間の幅いっぱいの大きさの毛むくじゃらの獣の手が出ていた。──なにコレ。
『神浄水を乗せてくれ』
「……はい」
お父ちゃん? 熊のお父ちゃんなのか? 手のひらに子熊くんが乗る大きさだよ、小さい種族じゃなかった。……いやでも、どうやってこの隙間から入ったんだ?
疑問でいっぱいだったけど、とりあえず恐る恐る神浄水の瓶を乗せる。こんな目の前で熊の手を見たのは生まれて初めてだ。爪が、デカくて鋭い。
手が中に引っ込んで、コポコポと水の流れる音が聞こえてきた。近い。
『セイくん、危ないからこっちに来てくれ』
体が浮かされてロウサンくんの背中に運ばれた。今まで僕の肩に鼻が付く距離で見守ってくれてて、親熊の手が出てきた時はピリッとした空気を感じた。だいぶ心配してくれてたみたいだ。アズキくんもロウサンくんの頭の上でいつでも飛び出せる姿勢をキープしてる。
しばらく待っていると、下じゃなくて上のほうから、ギシリ……と音がした。
ロウサンくんが素早く飛び退いて距離を取った。
「──魔獣の気配はない。なんや」
『木が動いてる……』
ギシギシと音を立てながら、三本の巨木の幹が動き、巻きついていた枝が解けて離れていく。枝の上に乗っていた枯れ葉と小枝、小石が上からたくさんバラバラと落ちてきた。うわ、真下にいたら当たってたな。
一本で僕の知ってる木の十本分はありそうな太さの幹が、三本とも外側の横から無理やり引っ張られるような動きをしてる。
上空を覆っていた大量の葉っぱがズアアアアッと大きな音と共に一斉に揺れた。思わず目をつぶって……次に目を開けると、子熊くんが出入りしていた隙間が、ロウサンくんでも入れそうなくらい大きく広がっていた。
抜けたわけじゃない。まさか、生えてる木の幹をそのまま動かせるのか?
中はまだ薄暗いな。でも暗さの濃さの違いが、うっすらと生き物っぽい形の線で見えてきた。
うーん、でもよく見えない。目を細めてると、入り口がまた広がった。やった、ちょっと見やすくなった。
大きな熊が二匹。予想はしてたけど本当に大きい。
『貴方が神浄水を届けてくれたのか。このような魔の森を翔けることの出来る生き物など存在するのかと、やや疑っていたが、貴方ならば納得だ』
……ん? ああ、ロウサンくんに向かって言ってるのか。
しゃがれてるけど、どっしりと落ち着いた声だ。ただ今は、父熊の声の渋さよりも、話してる内容よりも気になるモノがある。
『噂に違わぬ見事な神力だ、驚嘆に値する。竜族に匹敵する力と才を持つ天狼の中においてさえ、幼き頃より優れ過ぎたが故に異端となり、群れを放逐され下界へ渡ったと聞く。──若き孤高の王よ。貴方が群れを望むのであれば、忠誠を誓おう』
めちゃくちゃカッコいいことを言ってるんだけど、そのお父ちゃん熊の頭のてっぺんに、小さな木が生えててね?
その木が僕に向かって手を振るようにワサワサ両側の枝を揺らしててね?
小さな声で『ありがっちゅう、ありがっちゅう』って言ってるんだよ、ずっと。アレは生き物なのか……?
『あらぁん、蒼樹と雲熊じゃない。あいつらまで山を捨てるとは思わなかったわぁ』
ブヨブヨさんはあの生き物のこと知ってるのか。ていうかまた出てきたの、結構元気だね。……って、カバンから出てるのは細い足が二本だけだ。これは、どっちが目でどっちが口なんだろう。
なんだかどれもこれも変な生き物ばっかりで、少し目が遠くなってしまった。
『王よ、いかがされた。私では不満か?』
まさかそんなわけねぇよな? という威圧を感じる声でお父ちゃん熊が聞いてきた。しまった、ずっとロウサンくんに向かって言ってたんだよね、通訳しないと。
「ロウサンくん、お父ちゃん熊が、若き王様に忠誠を誓うって言ってるよ」
『子熊なら可愛いけど、あんな可愛くない生き物の忠誠なんていらないよ』
ロウサンくん、ブレないな。
『それに俺は王様じゃないし、なる気もないよ。そんなくだらないことより弟熊はどこなんだろう』
そうだ、弟熊がいたんだ。静かだけど大丈夫なのかな。
入り口がさらに広がって、下まで光が届いてだいぶ中の様子が分かるようになっていた。
あ、いた。隅っこのほうに寝転んでる小さな熊が二匹、その側に座ってる体に毛が無い子熊が一匹と、大きな熊──多分お母さん熊。
え、なにしてんの?
お母さん熊が神浄水の入っていた瓶を逆さまに持ってる。そして、寝てる弟熊の口に……ブスっと刺した。
ちょっと待ったぁああああああああ!!!!
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