第28話 魔の森_親熊2
「ちょっと待ったぁああああああ!」
僕がいきなり叫んだからロウサンくんがビクッとした。ごめん、でもあれは早く止めないと!
高い位置にある背中から飛び降りようとしたら、ロウサンくんが『待ちなさい!』と珍しく大きな声を出して、でも体を浮かせて降ろしてくれた。ありがとう!
倒れてる子の口に水を瓶ごと突っ込むなんて乱暴にもほどがある。急いで子熊のところへ走って行こうとした。そうしたら、今までロウサンくんしか見てなかったらしい父熊が『何故人間が』と驚いて、すぐに『近付くな!』と威嚇してきた。
「グオァッ」とひと吠えして、立上がりかけた……でもその時には既に、父熊を取り囲んで青白く光る棒がたくさん地面に突き刺さっていた。ロウサンくん、早い。
そしてすぐにその棒全部がバチバチバチッと一度激しく雷のように光った。これはブヨブヨさんかな?
いつ降りたのか、アズキくんが父熊に立ち塞がるように僕の前で尻尾を上げて戦闘態勢を取っている。小さな背中がとても頼もしい。
父熊は『なんだこれは。どこから……』って言いながら、立ち上がりかけた姿勢のまま動きを止めてる。痛がってる感じは無いから、傷つけたりはしてないみたいだ。みんな打ち合わせ無しでよく連携できるね、すごいな。
毛のない子熊くんが『にーたんっ』と僕のほうへ四つの足でトントコ駆け寄ってきた。あれ、父熊じゃなくて僕のほうへ来るの?
『にいたん、だいじょぶ? いたい?』
「えっ、なにが? 大丈夫だよ、なにもされてないよ?」
『とうちゃんのグァはとぶ。こあい。にいたんいたいのない?』
飛ぶってなにが? と疑問だったけど、とりあえず半泣きで足にしがみついてきた子熊くんを抱っこして撫でる。だいじょぶだいじょぶ、僕はなんともないよ。
『息子に触るな、人間ッ! ──アイタァッ』
父熊が突然顔を抑えて痛そうに呻いた。んん? 誰がどんな攻撃したんだろ、全く分からなかった。
『恐ろしく早い投石……。アタシでも目で追うのが精一杯だったわ』
『速さは申し分ないが威力が足りないな』
「なんで熊が熊を攻撃したんや?」
は? 熊が熊を? ってことは攻撃したのは母熊? どうして……。
『お前っ、私の鼻に当たったぞ! どこを狙ってるんだっ』
『バカなこと言わないでくださいな。あなたを狙ったんだからあなたに当たる決まってるでしょう。当然のことをわざわざ聞くのはバカのすることですよ』
母熊が、おっとりとした口調でかなりドギツイことを言い出した。
『私に向かってバカだと!?』
『とうちゃんのばかっ、にいたんにグァってしたっ、ばか! ばか!』
『ほらみなさい。子供の目から見てもあなたはバカです。天狼に騎乗できる人間に威圧をぶつけようとするなんて、バカ以外言いようがありませんよ』
『なにを言ってるんだ。天狼に騎乗できる人間がいるわけがないだろう。だいたい、天狼はその人間に吠えたではないか。不快だからだろう』
僕、ロウサンくんに吠えられたっけ? って、あれか。確かに他の生き物には「ガウッ」としか聞こえないよな。
「すみません、あれは僕が飛び降りようとして、危ないから止められてただけなんです……」
『なんだと? まさか……騎乗していたのか? 天狼に? しかも透翼天狼だぞ? 馬鹿な……』
『バカはあなたですよ。そもそも、会って一番に言うことが“見事な神力だ”ってなんですかバカですか。本当に一番に言わなければならないのは、“助けてくださって有難うございました”でしょう』
『それは、そうだが、しかし』
『しかしじゃありませんよ。──本当にごめんなさいね。あなたもホラ、謝ってください』
『その、……すまなかった。まさか、人間が天狼の群れにいるとは思わなかった。だが、……うむ? 先ほどの……この人間の言っていた内容が理解できたぞ、何故だ?』
「それはその、僕のスキルの効果だと思います」
教会でのスキルチェックでは会話する相手は“動物は違う”っていう結果だったのに、どうしてなのか会話できてるんだよなぁ。母熊が『息子と話してたじゃないですか。見てなかったんですか』って呆れたように呟いてる。
『ううむ、息子が“おはなしできる大きい生き物”と言っていたから、てっきり天狼のことと決めつけていたが』
「あ、ロウサンくん……天狼には言葉が通じてません」
『そうであったか。では貴方は……』
父熊が棒の隙間から僕をよく見ようと顔を動かしてる。
『なんということだ、ささやかではあるが神力をお持ちだ。成程、であるならば天狼に騎乗できるも道理。──貴方は生まれたての新しい神なのだな』
「違います」
なんて恐ろしいことを言うんだ。異教徒扱いどころじゃない。
僕に神力があるように見えるのは、さっきまで神浄水に手足が浸かってたからだと思うよ。つまり今だけ。あ、シマくんに落とされたアレも関係してるのかな。うーん、でもそれを入れても結局は今だけのことだよね、多分。
だからもう一度「僕は、普通の人間です」念を押すように言っておく。
『そうか……? ううむ。だが天狼の群れに入れるのであれば傑物であることに違いはない。先程の失礼を伏してお詫び申し上げる。申し訳ない』
「そんな、いいです。さっきのは僕も悪かったので」
相手は手負いの獣だから行動は慎重にしないとってずっと思ってたのに、いきなり子熊に向かって走った僕が迂闊だったんだ。
『寛恕いただき感謝する。しかし、恥を重ねるが今一度お願い申し上げる。若き天狼の王に伝えて頂きたい、忠誠を誓う、どうか、私たちを群れに入れて頂けないか、と。頼む!』
父熊が必死な声でお願いしてきた。ロウサンくんはピリピリした空気を出しながら父熊を見てる。早く通訳しないと『そろそろ攻撃していいかい?』って聞いてきそうだな。
「ロウサンくん、忠誠を誓うから天狼の群れに入れて欲しいって頼んでるよ。あ、ちゃんと謝ってくれたし、さっきのは僕も悪かったんだ。ごめんなさい」
『群れの長になる気は無い。忠誠もいらない。それよりソイツそろそろ殺していいかい?』
「勘弁してください」
想像よりも厳しかった……。一度グアって吠えられただけだよ。
父熊はとても丁寧に謝罪してくれたこと、それに母熊がキツく怒ってくれてたことを伝えて、許してあげて欲しいと説得した。
それに父熊のしたことって、アズキくんたちの時と同じなんだよね。守るために威嚇してきたんであって、こっちに害意が無ければ無害な生き物だと思う。ほら、子熊くんも『とうちゃんがごめんなたい』って頭を下げてるよ。
渋々ながら納得してくれて、父熊の周りにあった棒も消してもらった。アズキくんが「くっそ、俺は文句言えんやつや」と悔しそうに尻尾を下ろしてた。
次は父熊だね。まず、僕は天狼の群れに入っていないこと、そしてロウサンくんは群れの募集をしてないということを伝えた。そうしたら、ガックリと背中を丸めて項垂れてしまった。
あ、背中にも小さい木が生えてたんだ。でもそっちはだいぶ枯れてるな、枝だけで葉っぱがついてない。
周りがだいぶ明るくなって、父熊の姿が色まで分かるようになったから気付いたけど、あちこち魔瘴気にやられて黒ずんでる。もちろん他の部分は泥や血で茶色く汚れてドロドロだ。神浄水を渡す時に見た手も、割れてる爪が何本かあった。今まで相当頑張ってきたんだろうなぁ。うーん。
『どうしても、駄目なのか』
「そんなに群れに入りたいんですか?」
『……そうだ。天狼は誇り高く厳しい種族だが、群れの仲間に対しては情が厚いと聞いている。どうか、息子たちだけでもいい。群れに入れてやってくれ。その子たちはもう、自分で水を飲む力も無いんだ……』
「……ッ! それだ!」
こんなやり取りしてる場合じゃなかった。今度はちゃんと「弟熊くんたちに神浄水あげたいんで近付きますね!」と声をかけて、母熊が『もちろんよ、ありがとう』と頷くのを確認してから走る。
抱っこしてた子熊くんには降りてもらって、口に瓶を刺された子熊をまず見る。瓶自体はもう倒れて横に転がってるけど、勢いよく突っ込まれてたからね。口周りは……この赤いのはヨダレ焼けで血では無い、かな? むせてもないね、水がほとんど残ってなかったのかな。とりあえず無事で良かった。
カバンから神浄水を取り出して布にかける。
顔を拭きながら水を布に浸して少しずつ飲ませなきゃ。まさか弟熊が二匹いるなんて……。それから、親熊たちにも神浄水あげて、それから。
手が、手が足りない……!
いつの間にか落としてたブヨブヨさんが、自分でフタを開けて、足でカバンごとズルズルと近付いてきた。
『少年くん、なにかお手伝いしましょうか? アタシは器用よ』
「ありがとう。あ、ブヨブヨさんにも神浄水あげるね」
親熊が元気なパターンだったから、神浄水も余りそうだ。ブヨブヨさんの上にドバッとかけた。『あらぁん、ありがと。元気百倍よ』と、細い足をうねうねさせながら喜んでる……微妙に気持ちわ……、いやいや。
ブヨブヨさんに布に神浄水を浸してもらってる内に、僕は父熊と母熊の元へ走り、瓶と木皿を渡した。
『有難いが、いいのか。貴重なものだろう』
「まだ樽ひとつ分ありますし、向こうに行ったら大量に生えてて川になってるので全く問題ありません」
父熊が『川? 神泉樹は小さいはずだが』と首をひねってたけど、子熊くんのところに戻りたいから放っておく。
子熊くん二匹の世話をせっせとしていると、親熊たちの会話が聞こえてきた。
『私は先程もらった。これはお前がいただきなさい』
『なに言ってるんですか。さっきのは全部頭の樹にかけて、自分は一滴も飲んでなかったじゃないですか。なのに、体力が限界のくせに無理してあんな大きな木を動かすなんてことをして……』
『入り口を開かねばどうにもならんだろう。優先順位だ』
『忠誠を誓うのも優先順位ですか。今にも倒れそうだったのに、随分強がってましたねぇ』
『弱い生き物を群れに入れるわけがない。天狼に去られてしまえば追うこともできん』
『言ってる内容はだいぶダメでしたけどね。群れを放逐されたなんて指摘されて天狼が喜ぶとはとても思えませんよ』
『む……』
『本当に、バカなんだから。でも、あなたがずっと守ってくださったおかげで命が繋げそうです。もうひと頑張りしましょう。ほら、お皿に入れましたよ、飲んでください』
『……すまん』
親熊たちが良い雰囲気になってる。あの穏やかな空気ならロウサンくんもそんなに警戒しなくて大丈夫って思ってくれるんじゃないかな。て、あれ? ロウサンくんがいない。樽を取りに行ってるのかな。
──さっき父熊は、天狼は群れの仲間には情が厚いって言ってた。だけど、ロウサンくんは群れから出された……。
あとでロウサンくんを思いっきり撫でまくろう、うん。
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