第26話 魔の森_ブヨブヨした生き物
太い木の根がごちゃごちゃ絡んでる下の隙間、土の上に、手のひら二枚分くらいの大きさの白く干からびた平べったい
平べったい何かから伸びてる何本かの細い紐のようなものが僕のほうへ向かってピロピロ動いてて、まあまあ気持ち悪い。『ミズゥウウ……』とうめいてるのは、コレ、なのかな?
『神力はあるから、一応神位が上の生物だね。でも可愛くないな』
「あ、やっぱり生き物なんだね。だったら神浄水をかければいいのかな」
『可愛くない生き物だよ。助けるのかい?』
ロウサンくんは可愛くない生き物には厳しいのか……。でも見た目の良し悪しで助ける助けないを決めるのは、ちょっとね。
しかし直で触る勇気は無いから、干からびた何かを地面に置いたまま、神浄水を上から少しずつかけていく。……うっわ、ブヨブヨ膨らんできた。気持ちわる。
『フハァアアア……ンアアア。お肌が潤うわぁあああああ。もっとぉおおおお』
しゃべると更に気持ち悪いな、どうしよう。ちなみにオッサンの声だ。
『ハァアアン……。少年くん、助かったわ。でもまだまだ足りないの、もっとよ』
「あー、すみません、水の手持ちがあんまり無くて……。また汲んで持って来ますから、待っててもらえますか」
親熊たちにどれだけいるか分からないからね。本当に戻ってくるから許して欲しい。
『あらそうなの。でもここで待つのは怖いわ。アタシも一緒に連れて行ってもらうわよ』
細い紐……足なのかな、それを動かしてズルズルと僕のほうへやって来る。
ロウサンくんが『どうする? 踏み潰すかい?』と聞いてきた。やめてあげてください。
僕も不気味でちょっと困ってるけど、このブヨブヨした生き物も、生きようと必死なだけなんだと、思うんだ……。
『そこのデカブツ、アタシをゴミを見る目で見てるわね、ムカつくわ。今はこんなだから信じてもらえないかもしれないけど。──アタシは人気者よ。狩られ過ぎてアタシが最後の一匹なくらいよ』
「ダメじゃないですか」
威張って言うことじゃないよ。それは可哀想だ。最後の一匹ならせめて穏やかな余生を送って欲しい。水のある場所まで連れて行くしかないなぁ。
濡れたタオルを入れる用に持って来たカバンに詰めたら運べるかな。水漏れしない素材だって言ってたし。
『少年くん、気を付けてちょうだい。今のアタシに直接触るとビリビリ痺れて死んじゃうわよ』
「……ダメじゃないですか……」
ブヨブヨさんをタオルでくるんで掴もうとしたら、恐ろしい注意が飛んできた。布一枚でも間に挟んでたら大丈夫だけど、少しでも直接触ると死ぬ、しかし毒では無い、と。
狩られたのは人気者だからじゃなくて、危険生物だからじゃないかな……。
アズキくんが「なにかに似てる、なんやったかな」と首をひねってた。思い出したら教えてね。
手袋してるからいいだろうともう一度掴みかけたら、ロウサンくんが『そんな可愛くない生物に触ってはいけないよ』と反対してきた。見た目はともかく、アズキくんからも「死ぬかもしれんやつを触る奴があるか、アホ」と怒られたから、ロウサンくんにブヨブヨさんを浮かせてもらった。触らずにカバンに入れることに成功。タオルを上から被せて神浄水ももう少しかけておこう。じゃフタをしめますねー。カバンの紐をギュッと絞る。
子熊くんが『へんなにおいきえた』と言ったから、ブヨブヨさんを仕舞ったのは正解だったな。親熊のにおい分かる? もう少しかかりそうかな。焦るとかえって見つかりにくくなるよ、落ち着いて探してね。
少し待つと分かったロウサンくんが顔を寄せてきた。
『精神的にとても疲れたよ。だからセイくん、あれをやって欲しい』
「あれって?」
『耳の下を撫でてくれたことがあっただろう?』
あったかな? 無意識に撫でてたかもしれないね。というか、それぐらいいつでもやるのに。そう思いながら耳の下を掻くように撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。ロウサンくん可愛いな、よーしよしよし、アゴの下もいっとこう。
『とうちゃんのにおいだ、あっち!』
子熊くんが腕で斜め上を指した。岩壁の上じゃないか。この高さから落ちて、よく無事だったな。
僕一人なら絶対に登れない高さでも、ロウサンくんならひと蹴りで到着だ。上へ登って、子熊くんの言う方向へ進む。そこにあったのは……。
「木が三つ編みされとる……」
アズキくんも呆然とする奇妙な場所だった。巨木が三本、ロープのように絡んでうねって伸びている。木の幹に枝まで巻きついてるし、どういう成長の仕方をしたらこんなことになるんだ。
『とうちゃんたち、あのなか。おみじゅちょうだい!』
三本の木の中? どうやって出入りして……、あ、下のほうに子熊くんがギリギリ通れるくらいの隙間が開いてるね。もしかして親熊も小さい種族なのかな。
中からするにおいに変なものが混じってないかを子熊くんに確認してから、僕が持っていた木の水筒に神浄水を入れたものを、フタを開けて渡す。
「これ、中にお水が入ってるよ、横にしたらここからお水出てくるからね」
『うん』
「こぼしてもまだおかわりあるからね。出てきたらまた入れてあげるからね」
『うん』
「お父ちゃんがおはなしできそうだったらお外へ出てきてくれるようにお願いしてね。もし動けないなら、この木をすこし切って僕たちが中へ入るよ。だから一度お外へ出てきてね」
『うん、おそとでる』
「気をつけていっておいで。なにかあったらすぐに出てくるんだよ」
『うん。ありあと』
子熊くんが大事そうに水筒を抱えて中へ入って行った。巣穴に隠れてるだろうと予想はしてたけど、まさかこんな小さい穴しか開いてないとは思わなかったよ。アズキくんが一緒に来てくれてて良かった。
『──セイくん、この木、だいぶ魔獣の攻撃を受けてる。いつまた襲ってくるか分からない。子熊が出てくるまで俺の背中に乗って』
「親熊たちは魔獣に狙われてるってこと?」
『神力があるからね。狙われるだろうね』
「え? 魔獣って神力を狙うの?」
『俺たちにとって魔瘴気が毒なように、魔獣にとって神気神力は毒みたいなものなんだ。危険な存在は排除する、当然のことだよ。君たち人間も自分たちの住処に魔獣が近づいてきて、それが数匹くらいだったら駆除しようと攻撃するだろう? 同じことだね』
すごく納得した。ロウサンくんの背中に跨ったと同時くらいに、僕の上着の襟から顔を出していたアズキくんが、真剣な声を出した。
「セイ。──魔獣や。二匹」
「えっ」
「ロウサンに伝えてくれ。右は俺がもらう。俺が強いいうことを見せたるわ」
「わかった。ロウサンくん、魔獣が二匹近づいてるらしい。右の魔獣はアズキくんが狙うって言ってる」
『承知した。俺は氷撃で攻撃するから、魔獣に近付くなら少し時間を置いてからにしてくれ』
「アズキくん、ロウサンくんは氷撃、光る棒かな、あれで攻撃するから近付くのは少し待ってって」
「了解。そんなら俺も遠距離攻撃にするわ」
大きな木と木の間、遠くから黒い煙のような魔障気が見えてきた。立ち止まった。──え、デカくないか?
地面は向こうのほうが斜面の下だ。なのにロウサンくんに乗ってる僕より高い位置に、黒々とした塊が見える。ゆっくりと動き始めた。近付くにつれて徐々に下へ横へと、黒い影が広がっていく。四つ足だ。デカい。
二つの赤く光る目。順番に、二つずつ下へ赤い光が増えていく。待て、ガガボダノでも目は六つなんだぞ。それが、十二?
顔が見えた。呼吸と一緒に魔瘴気をボタボタ、ボタボタと垂らし、口が大きく裂けて鋭い牙がビッシリ生えているのが見えた。頭には天に向かって鋭く尖った二本のねじれた大きい角。首にも背中にも角がある。待て待て、エグい。え、アズキくんアレを一人で仕留めるつもりなの? 無理だよね?
粘つくような圧迫感を切り開くように、空気が、キィン……と涼しい音を立てた。そして一瞬の間を置いて、唐突に左側の大型魔獣が無数の光る棒で滅多刺しにされていた。えええええええ?
アズキくんがピュイと口笛を吹く。「かっけー。負けてられへんな」そう呟いて僕の襟から飛び出し、ロウサンくんの首から頭に向かって走り抜けて高くジャンプ、空中で横向きにクルクルと回転した。
「食らえや!」
言葉と同時に、右側の魔獣が見えない刃で滅多斬りにされていた。はあああああああ?
え、君たち何なの?
『バカ、上よ!』
上っ? 見上げると鳥型の魔獣が僕を狙って──……。
中型魔獣が羽を広げたまま何かに弾き飛ばされて離れた地面に墜落した。二、いや三羽。地面でバチバチ光りながら「グギャァアアッ」と悲鳴をあげている。な、なにごとですか。ロウサンくんの攻撃?
『雷属性の攻撃か。珍しいな』
ロウサンくんが驚いてる……ってことは? 『んもう、まったく』と声がするから肩に掛けていたカバンを見ると、ブヨブヨさんが半分出ていた。フタ閉めといたはずですが。
『大型に気を取られて他への警戒を怠るなんてなってないわ。自分の力を過信するから油断が生まれるのよ、おバカさんたち。反省なさい』
プリプリ怒りながら、細い足でカバンの紐を中から自分で締めている。器用です、ね……?
『今、可愛くない生き物から不愉快な気配を感じたんだけれど、気のせいかな?』
「今、なんかムカっときたんやけど、なんでや?」
あー、うん、言葉は通じなくても気持ちが通じることってあるよね。うん。でも僕には、とても通訳できそうにないな……。
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