第25話 子熊3
『一秒あれば余裕だよ』
ロウサンくん、カッコいい! “イチビョウ” がなにかは分からないけど、話しの流れ的に “すぐに” とか、そんな感じなんだろうな。ロウサンくんが余裕と言ったなら、本当に余裕なんだと信じられる。
『だからセイくん、急ごう。その子より小さい可愛い子が危険な状態なんだろう? とりあえずその子を見つけたところまで行くよ』
「うん、ちょっと待って。──子熊くん、父ちゃんと母ちゃんと弟は、どこかに隠れてる?」
『かくれてりゅ。ぼく、おみじゅさがして、おちた』
やっぱり隠れてるよね。ロウサンくんが可愛い生き物に気付かなかったくらいだから、相当上手に隠れてるんだろうな……。
『ぼく、においでかえれりゅ。にーたん、おみじゅ、いっぱい、おねがい』
「お水だね、分かった」
『ぼく、ぼく、おみじゅ、ぜんぶこぼれた。いっぱいダメだった』
うーん、確かに子熊くんのその両手じゃ、何度水をすくっても全然運べないだろうね。君が悪いわけじゃないよ、泣かないで。
子熊くんを乾いたタオルでくるんで抱っこする。よしよし、遠慮なく僕のシャツで顔を拭くといいよ……。
本当はまだ弱ってるこの子は置いていきたいんだけど、場所が分からないから一緒に来てもらうしかない。できるだけ守るからな。
アズキくんとキナコくんにはどう言おうかな……。協力するとは言ってくれたけど、“親熊がここに来るかもしれない” と、“親熊を助けに森へ行く” では、面倒の大きさがだいぶ違う。
「アズキくんキナコくん、この子が、父ちゃんと母ちゃんと弟を助けてって言ってるんだ、だから……」
「おー、そんなら俺がセイたちと一緒に行くわ」
「僕はこの場を守らなきゃ、なので、残りますね。コテンくんのことは任せてください」
「いいの?」
もしかしたら弟子熊や親熊の毛も切らなきゃいけないかもしれないから、アズキくんが一緒に来てくれるのは実際すっごく助かる。
しかもコテンくんのことまで。
「全身全霊協力するて言うたやろ。俺らはもう腹括っとる。ついでにいうと慣れとる。任せとけ」
「子供がそんな気を使わなくていいんですよ。実際はセイくんこそ、危険だからここに残っていて欲しいくらいなんです」
なんだろう、ものすごくありがたいことを言われてるんだけど、小さくて可愛い丸いイタチに言われると、違和感がすごい。
「ようし、そんなら熊救出作戦といくかぁ!」
「楽しそうですねぇ。アズキくんが楽しそうで、僕も嬉しいです。──ねぇ、セイくん、ありがとう」
「えーと、ありがとうは、僕が言うことだよね?」
「じゃあお互いありがとうということで。作戦立てましょう」
僕の話してる内容しか分からない子熊くんが、不安そうに頭を揺らしてた。ごめんな、君のお父さんとお母さんと弟くんを、みんなで助けに行くよ。そう言うと僕のシャツをぎゅっと握ってきた。よしよし、落ち着いたら爪も切ろうな。いてて。
それじゃ、作戦会議だ。部屋に戻ってしまうと作戦の要であるロウサンくんが入れなくなるから、風呂場で話し合い。でもここ、風呂場でドアが開けっ放しなのにあったかいな。僕のシャツも子熊くんもいつのまにか乾いてる。
作戦──と言ってもざっくりと大まかな流れを確認しただけだ。あんまりゆっくりはしてられないからね。
まず、神浄水を持てるだけ持って向かうことにした。ここへ来た時の子熊くんは、どこからか落ちたせいで特に状態がひどかった可能性がある。だからといって他の熊たちが元気だとは思えないから、応急処置ができるように。
もしも親熊が襲ってきたらロウサンくんが無効化する。
子熊たちは保護する。でも子熊だけを連れ帰ることは親熊が許さないだろうから、まとめてここへ来るよう説得する。どうしても駄目だった場合は、神浄水と子熊を置いて帰る。
魔獣に遭遇した場合は、襲ってきた時のみ応戦する。
だいたいそんな感じだ。
「でも、親熊をここに連れて来て本当に良いのかな。危なくないかな」
家主であるアズキくんたちが立てた作戦なんだから問題ないと分かっていても不安で、つい呟いた。そうしたらロウサンくんが僕の懸念をあっさり解消してくれた。
『暴れることを心配してるのかな。それだったら大丈夫だよ。説得すれば言うことを聞くよ』
「そうなの?」
『魔獣以外でこの地に生息できるのは相当神力が強い生物じゃないと無理なんだ。そうなると必然的に知能も高いはずだから、“話せば分かる” 相手だと思うよ』
「なるほど」
言われてみれば、この子熊くんも言葉はたどたどしいとはいえ、受け答えはしっかりしてて賢いもんな。それに、確かに黒山を越えたこっち側の森では野生動物の姿は全然見なかった、いたのは魔獣ばっかりだ。
なんだ、こんなことならもっと早くにロウサンくんに聞けば良かったな。
少し肩から力が抜けた。そんな僕に『話を聞かない相手だったら俺が力で分からせるだけだから、セイくんは心配しなくていいよ』と優しい口調のまま続けて言ってきた。
ロウサンくんの背後に、無数の青白く光る棒の幻が見えた気がした……。た、頼りにしてます。
だいたいの内容は決まったし、準備に動こう。まずは神浄水だね。アズキくんとキナコくんの案内で、元はお酒が入ってたのかな? 中サイズの樽を家の中から運んだ。軽く洗って中に枝から新しい水を入れる。樽には専用の革ベルトがあったからそれに紐を足して、ロウサンくんに咥えて運んでもらう。
次に水筒……。え、これ水筒? なんか半透明でツルツルしてる。水筒や瓶って、木製しか見たことないんだけど……。木なのは蓋の栓だけなんだね。この家は変わってるものが多くて戸惑うな。
あ、でもこれ、中に入ってる量が外から見て分かるから便利だね。
あー、でもこれ、瓶同士が当たってガチャガチャ鳴るから怖いな。タオルをかましながらカバンに入れていこう、五本は入るかな。
神浄水の瓶が入ったカバン、乾いたタオルと木皿を入れたカバン、濡れたタオルを入れる用のカバンを持って、出発!
の、その前に、コテンくんミーくんに事情説明。君たち、キナコくんとお留守番頼んだよ。
『うにゃー? ……セイ、どっかいくのか?』
「うん、熊って言って、すごく大きい生き物を探しに行くんだ。魔獣も出るし危ないからミーくんはここで待ってて』
『やら。おれもいくー』
僕が部屋に入るまで寝てたミーくんが、眠気でヨタヨタしながらこっちへ歩いてきた。目もショボショボしてるよ。そんなに眠いのに、どうして一緒に行こうとするんだ。
「ミーくん、森は危ないから。ここで待ってていいんだよ」
『やーだ! おれはー、セイのー……。……行く』
一度頭がカクンと落ちて寝かけたのを、無理やり起き上がってまた歩いてきた。うーん。
「……ミーくん、お願いがあるんだ。コテンくんはまだ体の具合が悪いから、ミーくんがここで守ってあげて欲しい。そしたら僕たちも安心して出発できる。頼むよ」
『セイのお願い……。やだ。にゃんでおれがアイツ守らなきゃいけないんだ。おれはセイと行く』
断られた。あっれ、おかしいな。教会のチビたちならこれで「頼りにされた!」って張り切って言うことを聞いてくれるパターンなんだけど。
ミーくんは爪を立てて僕のズボンをよじ登ってる。
仕方ないな。抱き上げて服の中に入れた。ら、すぐ寝た。えー、寝るんなら、部屋のほうが良いだろうに。
「コテンくん、ごめん」
「いいよー。ボクは付いて行ってもジャマになるだけだからね、おとなしく残るよー……」
「それは違うよ。キナコくんがこの場所を守るために残るから、そっちを手伝ってくれるかな」
「そうだねー。うん、そっちのほうがボクの得意分野だね。任せてー」
コテンくんのぺしょっと倒れた長い耳が、ピンっと立った。キリッとした表情で可愛い。本当に頼りにしてるよ。
外へ出て、最後にシマくんだ。僕の声が聞こえる位置にいてくれるといいな。
「シマくーん! 僕たち森へ行ってくるけど、絶対帰ってくるからー! 部屋で待っててー!」
残念ながらシマくんが帰ってくるまで待ってられないからなぁ。聞こえてることを祈るしかない。っと、シマくん、いたんだ。
木の向こうから「ンピィイイイイッ」と鳴きながらシマくんが飛んでくる。おー、早いなー。
顔の前に曲げた人差し指を掲げると、そこに留まってくれた。
『セイ兄さん、ここすごいっす! めちゃくちゃ美味い木の実がいっぱいっす、最高っすよ!』
「良かったね。ところで僕たち、これから森へ行くんだ。魔獣も出るかもしれないし危ないからシマくんは……」
『了解っす!』
言葉の途中で飛び立ったシマくんはそのまま……僕のほうへ飛んできて、襟をくちばしで引っ張って器用に服の中へ入ってきた。あっれ、僕、危ないって言ったよな?
中を覗きこむと、寝てるミーくんのお腹の上にポスンと落ち着いたところだった。『行けるっすよ〜!』と機嫌良くピッピィーと声を上げてる。
……君たちが良いんなら、いいけどね……。
靴を履き替える。上着を着て、えーとそうだな、せめて間にタオルを挟んどこう。シマくんミーくん、苦しくない? 神気いっぱいで気持ちいい? あ、これ神浄水で洗って暖炉前ですぐに乾いたやつだったね。へー、乾いても効果あるんだ。
ロウサンくんお待たせしました! 瓶の入ったカバンを背中側に担ぎ、他のカバンは腕に引っかけて持つ。子熊くんは抱っこして、アズキくんは……僕の肩の上はやめよう、ロウサンくんの全力疾走ってすごいからね……。子熊くんの隣にどうぞ。
ロウサンくんが樽に付けた紐を咥えて、今度こそいざ出発。キナコくん、コテンくん、留守をよろしく!
◇ ◇ ◇
子熊を最初に見つけた場所までロウサンくんが飛ぶように走って、すぐに到着。あまりの速さにアズキくんが「やっぱフェンリルやべぇえええ!」と大興奮だった。
森の中は薄暗く、しかも魔瘴気があちこちに漂ってて空気が悪いったらない。タオルに神浄水を振りかけて鼻と口を覆うように頭の後ろで結んだ。子熊くんにも同じように顔に巻く。アズキくん上着の中に入って。隙間から外は見えるから。
ロウサンくんは、このくらいなら平気だって。すごいな。
木の形が村の周囲では見たことのない変なものばっかりだ。モコモコボコボコしてる。
超巨大な樹木が群生してて、地面から出てる木の根がロウサンくんに乗ってる僕の膝くらいの高さまである。雑草は少ないけど岩の段差が多い。
子熊くんが鼻をひくひくさせて、親熊の場所を探し始めた。
なかなか見つからないのか、顔がどんどん上がっていって、のけぞりそうになってる。
『へんなにおいする。じゃまでわからない』
「僕たちのにおいがジャマしてる?」
『ちがう。もっとちがうやつ』
近くになにかいるんだろうか。静かに周りを見渡す。
ん? なにか聞こえる……。小さくかすれた、声?
『ミ……ズ……ミズ……』
えっ。親熊の声? 子熊くんには聞こえてない? じゃあ違うのか。
どこだろう。もっと下のほうから聞こえる。ロウサンくん、一度降ろしてもらえるかな。子熊くんは背中に残していくよ。
危なそうだったらすぐに逃げる、約束するよ。
『……シン、ジョ……スイノ、ニオイ……ミズゥ……』
尖った岩に気をつけながら声の主を探す。ここらへんだったような。ここかな、木の根の……隙間?
──もしかしてコレか?
でも、コレは生き物……なのかなぁ?
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