第24話 子熊2


 子熊くんの様子を見ると、ぐったりと横たわって息が弱くなってる。これが、今にも死にかけてるのか、落ち着いて寝てるだけなのか僕には判断がつかない。そもそも僕にできるのは神浄水をあげることくらいだしね。


 でも……。コテンくんと同じように、神浄水を飲ませてから泉で洗おうと思ってたけど、このままだと洗えそうにないな。


 この子熊くんの毛は、コテンくんみたいにサラサラした手触りじゃなくてモコモコした綿みたいな作りだから、泥だけじゃなく小石や小枝まで中に入り込んでて取れそうにない。魔障気で溶かされてる部分も、ここから体調を悪くしそうだ。もう切るしかないね……。


 そうなると、毛が無い状態で水に浸けるのは危ないかな? だいぶ消耗してるところに体を冷やすのはマズイ気がする。うーん。


「アズキくんキナコくん、この子が入れる大きさのバケツあるかな? 本当はお湯を入れて洗いたいんだけど、熱通板無いんだよね?」

「お湯にしたいんなら風呂に入れてしもたらええわ。風呂の水も元から神浄水やし」

「えっ、いいの? だいぶ汚れてるから外のほうがいいと思うけど」

「かまへん。風呂に入れるようにしてくる。行くで、キナコ!」

「はいっ」

「ありがとう」


 颯爽と走り去りながら、ついでのように枝をスパスパ切り落として庭の奥へと消えていった。すごい、可愛い上にカッコいい子たちだ。


 僕も頑張らないと。走って部屋に戻る。コテンくん、実はロウサンくんが死にかけの子熊くんを持って帰ってきたんだ。助けることになったから、もう少しここで待ってて欲しい。

 ミーくんは……ずっと寝てるな。壁の四角い穴、暖炉だっけ、それの前で暖かいんだろうなぁ、お腹を見せて伸びきって寝てる。警戒心とか大丈夫なのか、この子。


 荷物から必要だと思うものを掴んで、家の横の神泉樹の元へまた走った。

 っと、ロウサンくんが泉に入って前足でガガガッと詰まってたものを掻き出しながら進んでる。豪快だ……。勢い良く飛んでいく大量の球と枝。あ、水が通った。


 でも足元のびちゃびちゃ具合がすぐに解消されるわけじゃないから、靴は脱いで行こう。

 神泉樹の枝を折って新しい水を木製コップに入れて、いったん家の中へ逆戻り。部屋の中があんなに暖かくなってたなんて。コテンくんごめん、喉が乾いても動けなかったよね、水を置いとくから!


「セイ! ボクに手伝えることがあったらすぐ呼んで」

「ありがとう!」


 自分もしんどいだろうに、コテンくん良い子だなぁ。


 もう一度神泉樹へ行って枝からお皿に水を溜めて、今度こそ子熊くんのところへ。まだ大丈夫だよね? よし。

 布に神浄水をしみ込ませて少しずつ飲ませていく。最初は全然ダメだったけど、途中から力が強くなってきた。

 そして、もっと飲もうと焦ったのか、布を思い切りガブリと噛んできた。あっぶな、もう少しで僕の手ごとやられるところだった。

 子熊くんは、布を噛んだまま動きを止めてる。しまった、と思ってるんだろうな。でもこれは相手が必死の状態だってことを甘くみていた僕が悪いんだ。


「当たってないし、気にしなくていいよ。でも体に悪いからゆっくり飲もう」

『のむ……』

「毛を切るよ、石と枝が入ってるし、魔瘴気で汚れたところをそのままにしておくのは危ないからね」

『きる……』


 飲む力は出てきたけど、まだまだ声も弱いし息も切れてるな。魔障気を浴びてるところから早く切ってあげないと。

 体には傷をつけないよう、そっとハサミを入れ……、入らない!? 嘘だろ、毛なのにハサミの先がなかなか入らない。

 毛がものすごく細かく絡まってて、引っ張りながらちょっとずつじゃないと刃先が入らない。しかも泥と砂と小枝と小石が邪魔!


「風呂はいれるで!」

「子熊ちゃんの様子はどうですか?」


 アズキくんたちが帰ってきた。僕は毛と格闘中だよ。こんなんじゃどれだけ時間がかかるか分からない。くそー。


「あかんな。セイ、俺の尻尾貸すわ。ナイフみたいにして使つこてくれ」


 ううーん、でもアズキくんの尻尾は切れすぎて逆に困るよ。子熊くんの足ごとスッパリ切り落としそう。

 ためらっていると、斬れ味は調整できる、やれ、と言われた。分かりました……。


 アズキくんが僕の腕に抱きついてきた。

 え、なに? あ、僕が尻尾を掴みながら動かしやすいように引っ付いてきたんだね、了解了解。

 もうちょっと上に登ってー、はいストップ。尻尾の半分くらいの位置を軽く握ると、暖かくてふわサラの感触。僕の腕の内側、肘の下あたり顔があって、小さな足でしがみついてるアズキくん。そんな場合じゃないけど、可愛くてちょっとにやけてしまった。


 さ、気を引き締めよ。尻尾の先の尖った部分を毛に当てて……うお、サクサク切れる。すっご。これで斬れ味低めなのか。こっわ。


 ──うん? あれ? 切っても切っても毛だね。指で深さを測ると、まだまだ毛、だね。


 慎重に毛を刈っていって、だいたいこのくらいでいいだろうというところで止めたんだけど……。根元までは切ってない、それでも最終的に子熊くんの大きさが、半分くらいになった。顔まわりは刃を入れるのが怖くてそのままにしたから、頭だけでかい変な生き物になった。アズキくんが「雑コラ、サマーカット」と謎の呪文を唱えてる。


 ……まあいい! 次、お風呂で洗うよ!


 子熊くんをタオルでくるんで抱き上げ、庭を走って行こうとしたら止められた。


「待て、セイ裸足やんけ」

「だって濡れるから……」

「アホか、怪我するぞ。サンダルやるわ」


 そう言って、人間用のサンダルを片方ずつ担いでアズキくんとキナコくんが持って来てくれた。これ、お師様のものだよね、僕が履いてもいいの? ありがとう。この小さい輪っかになってるほうに足の親指を入れるのか、変わった作りのサンダルだな。


 そして二匹の案内で到着したお風呂場。──え、なにこれ。

 なんかめちゃくちゃでかい……木の箱? 泉と同じくらいの大きさで、四角い木の枠で作られた器の中に、お湯がどんどんと注ぎ込まれてる。あ、あふれて流れ落ちてく。なにこれ。

 お風呂って、教会ではシャワーでお湯が上から降り注いできて、横壁だけ区切られた小さい個室のことなんだけど。


「浴槽を知らんのか? こっちにはシャワーしか無いんかな」

「浴槽は高位きぞ……ごく一部にしか、浸透しませんでしたからね。こっちまでは来てない文化なのかもしれません」

「かもな。セイ、中に裸になって入るんや」

「え、無理」


 なに言ってるんだ、この子は。子熊を洗うのにどうして僕が裸になるんだよ。ズボンの裾を折って上げて、腕まくりして終わりだよ。

 あ、ちょっと小さいけどバケツ発見。二つある、やった。

 大きな木の箱っぽい何かからお湯をくんで、子熊くんの足の先から少しずつかけて洗っていく。


 アズキくんが「ふ、風呂の説明しただけやし」といじけてる。それより毛が結構流れてくけど、良い? 詰まったりしないかな。

 排水に【除浄草】? 初めて聞くけど、それがあるから大丈夫なんだね、ならいいか。


 ザッと汚れを流してから、二つめのバケツにお湯をたっぷりくんで、そこに子熊くんを入れる。下半身しか入らないけど、少しは寒さがマシになるだろう。もう片方のバケツで上からお湯を頭に注いで、こっちも洗っていく。顔は濡れタオルで軽く押さえるようにして汚れを拭き取る。

 やっぱり元は白い毛並みだった。

 お湯に浸かってるうちに、みるみる穏やかな表情になっていくのが分かる。神浄水の威力は凄まじいな。


『にーたん、おねがい』

「なに? 喉がかわいた?」

『とーちゃんと、かーちゃんと、おとーと、たすけて』

「おとーと?」

『弟がいたのか? どこに!?』


 庭側のドアから顔だけ突っ込んで見守っていたロウサンくんが、すごい食いつきかたをしてきた。

 おとーと、“弟”? 確か、同じ父母から生まれた男の子のことだっけ?

 というか、あの“助けて”は、とーちゃんとかーちゃんに求めたものじゃなくて、父ちゃん母ちゃん助けてって、言ってたのか?


 大人の熊か……。ここまできたら助けてあげたいけど。一応ね、念のためね、確認だけはしておきたい。

 どう考えても相手は手負いの獣だからなぁ。性格も分からないわけだし。


 ロウサンくんに近寄って小声でたずねる。


「……もし大人の熊二頭が襲ってきたとして、抑え込める?」

『あの子の両親かい? 殺さず無効化できるかということかな。一秒あれば余裕だよ』


 ロウサンくん、有能すぎて震える! かっこいい!

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