第23話 庭_子熊1
子熊はドロドロに汚れてて、茶色と黒茶色のまだら模様になってる。でもオレンジっぽいところもあるから、もしかしたら元は白い毛並みなのかも。毛が黒く溶けてるところは、魔獣に襲われた跡だろう。
だったらまずは聖浄水……は、さっきコテンくんに全部使ったんだった。それじゃ……と考えてると、アズキくんが困ったような声で話しかけてきた。
「なぁ、コレ、どうしろって? ロウサンくんはなんで持って来たんや?」
……あ、ロウサンくんの可愛い生き物好きのことはちゃんと説明してないんだった。なんだかイメージを壊してしまいそうで。えーとね。
「この子熊を助けてあげて欲しいって、連れてきたんだ」
「助けるて、なんで? こいつ野生の熊やろ?」
アズキくんが頭をこて、と横に倒した。
──言われみれば、そうだよね。僕だってずっと、野生動物が死にかけてても助けたりしないっていう考え方だった。
理由は単純に“キリがないから”。それとやっぱり野生動物には人に危険な寄生虫が付いてる可能性が高い、だから迂闊に触ってはいけない、から。
あとは、“その死体を糧に助かる命が他にあるかも知れない、自然の中の生き物にはそういう命の流れというものがあるから、安易に介入してはいけない”という教会の教えだね。
ロウサンくんに頼まれた時はとっさに助けなきゃと思ったけど、グッタリしてる子熊を見て、先のことを考え始めた。
今この子を助けられたとして、動けるところまで回復するには数日はかかる、よな……。
これから僕が、どこでどうやって、そこまでこの子の面倒をみるんだっていう。最後までみる自信が無いなら、手を出すべきじゃないんじゃないかな……。
頭の冷静な部分が、命が尽きるならそれはこの子の命がそこまでだったということだ、関わらないほうがいいって諭してくる。相手は初対面の、野生動物なんだからって。
心がモヤモヤしつつも、なんとか割り切ろうとした、その時。
『とーちゃ、かーちゃ、たすけ……』
弱々しい小さい声が、子熊から聞こえた。
これはダメだ、見捨てられない。
シマくんの時と同じだ。この子をこのまま見捨てたら、僕はずっと自分を責めることになる。
拳を握りしめて、迷いを捨てる。
頑張ってみよう。きっとなんとかなる。だってシマくんもミーくんも、コテンくんだってあの時助けて良かったって思ってるんだ。だからきっと、この子のことも後で助けて良かったってなる……気がする!
だいたい、村にいた時も野生動物に関わるなと教えておきながら、職員さんたちは犬と猫の場合は野良でも助けてたし、村のおっさんたちは、死にかけてるのが役に立つ素材が取れそうな動物だったら積極的にとどめを刺しに行ってたんだ。
結局みんな、正しさじゃなく、ただの感情だ。
だったら、僕はこの子を助けたいよ。
そのためにはどうすればいい。
この子を助けるために、アズキくんたちに迷惑をかけるわけにはいかない。
あんまり悩んでる時間は無いよね、早く決めないと。
一番の問題は、面倒を見る“場所”かな。
「ロウサンくん、森の中に僕たちが住めるような巣穴って、今日中に作れる?」
『勿論だよ。でも、いいのかい?』
「うん、大丈夫」
冒険者登録は、今日はもう諦めた。明日の夕方までに行けば間に合うんだ。
子熊の様子にもよるけど、コテンくんくらいまで回復したら一緒に移動してマディワ湖村の近くで待ってもらって、登録だけ済ませてこよう。ダメそうだったらまた明日考える。いざとなったら僕はジンと違って引き取り先が決まってるわけじゃないから、多少は融通もきくしね。
今は場所の確保が先だ。
「アズキくんキナコくん、入っちゃいけない場所って、最初に結界が張ってあった範囲だけなのかな?」
「は? あー、いや。ほんまはこの家と、ここからは見えんけど向こうにアトリエと倉庫と、あっちに小屋がある。その周囲だけやな」
「そうなんだ。じゃあさっきの神泉樹の、そうだな……森の中のちょっと離れた場所に、しばらくの間、住んでもいいかな?」
「はぁ? ええけど。じゃなくて、ここに住んだらええやん」
「僕たちはこの子熊を助けたいんだ。でもここで面倒をみると迷惑がかかるから森へ行くよ。あ、でもコテンくんはここに置いてあげて欲しい」
コテンくんは今は部屋の中だ。まだ自力で歩けないコテンくんを、何が起きてるか分からない外へ連れていくわけにはいかなかったから置いてきたんだ。シマくんとミーくんもできればこの家に置いてあげてほしいけど、さすがに図々しいかな……。
「待て待て、ちょい待て。なにも自分らが森に住まんでも。しかも巣穴て」
「この子、“とーちゃんかーちゃん”って言ったんだ。どこかに大人の熊もいるんだと思う。危ないからここにはいられないよ」
「いやでも。……いや、熊か……」
アズキくんが悩み始めた。僕たちのことを心配してくれてるんだ、優しい子だな。でも今は子熊が気になって、急ぎたくてソワソワする。場所は問題ないみたいだし、とりあえず神浄水もらっていいかな。
しかしキナコくんが、落ち着いた声で問いかけてきた。無視はできない。
「セイくんは、その子熊の言葉も分かるんですね」
「うん、たすけてって言ったんだ。放っておけないよ」
「そうですね。そういう人だから、ここまで来たんですもんね。……分かりました」
ううーんと唸ってるアズキくんの正面にキナコくんが、とててっと移動した。
「アズキくん。セイくんに協力しましょう」
「でも熊やぞ」
「思い出してください、最初にこの世界へ来た時のこと。こんなふうにボロボロの子がお願い助けてと僕たちのところへやって来ましたよね」
「そやったな、でもあれは」
「可愛い女の子なら助けても、子熊は助けないんですか」
「おま……えええ、そんな言い方……」
言われた内容がよっぽどショックだったのか、アズキくんがよろめいた。
「可愛い女の子や綺麗な女の人なら面倒な立場の人でもあんなに力を尽くして、あんなにたくさん助けたのに、子熊が相手だったら見殺しにするんですか」
「待て待て、めっちゃ抉ってくるな!?」
「熊ごときを怖がって保身に走るような、そんな情けない姿を見せないでください」
「キナコ……」
「困ってる人を見捨てるような、そんな」
「分かった! 分かったわ。……せやな、俺が悪かった。セイ、俺らも全身全霊協力させてもらうわ!」
力強く言ったあと、「今の俺にできることはあんまり無いかもしれんけど」と寂しそうに小さく付け足した。
いやいや、君たちのサイズから見て子熊でも結構恐怖の大きさだから、ためらいがあって当たり前だよ。
なのになぜかいきなりやる気になってくれてるけど、ここでは神浄水だけもらえば十分なんだけどな。本当にいいのかな。
ロウサンくんが寄り添ってきたから、耳の下あたりをかくように撫でた。
「アズキくんとキナコくんも協力してくれるって言うんだけど……」
『それは心強いね、有難い』
「……そうだね」
確かにその通りだ。なにより、苦しんでる子を前に僕が遠慮して時間をかけるわけにはいかないね。よし、甘えさせてもらおう。
ロウサンくんは『可愛い生き物は可愛いだけでなく、心まで優しいんだね、素晴らしい』と感動している。
うん、でも今はしみじみしてる場合じゃなかった。
助けると決めたからには、急いで作業するよ!
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