秘境にある小さな家
第22話 “お師様の家”
「サイッアクやな!!」
アズキくんが“お師様の家”を見て叫んだ。キナコくんも「これはちょっと……想像以上にひどいですぅ……」と困った感じでウロウロしてる。
僕たちが言うならともかく、今まで住んでたアズキくんたちが言うのはおかしくないかな。
何が最悪でひどいかと言うと、家が木に埋もれてたんだよね……。
大きな木に囲まれてて、その木々が家に向かって枝をぐんぐん伸ばしてた。上から木の枝と大量の葉っぱ、下からは僕の腰ほどの高さの雑草、それらがわっさわっさと家を隠すように生えてるわけだよ。
玄関も完全に枝で塞がれてるんだけど、この子たちはどこからどうやって出てきたんだろ。
家の周りもなかなかひどい。一際キラキラ輝いてる大きな木……多分神泉樹かな、その根元から水がゴボゴボ溢れてて、辺りが水浸しになってる。草が多くて見えないけど、多分泉から出ていくはずの川が枯れ葉かなにかでせき止められてるんだろうね。
うーん、一見廃屋っぽいけど、家は崩れてないな、不思議だ。
「どえらいことになっとる……。どうしてこうなった」
「でも家はちゃんと“家の形”をしてるよ、良かったね」
「ポジティブな意見ありがとな! あーもーしゃーない、なんとか入れるようにするわ。キナコ、玄関周りメインで枝と草、刈り取るで」
「はいっ」
アズキくんとキナコくんが尻尾を一度くるりと振ってから、勢いよく跳ね上げた。おおお、先にあった枝や草がスパスパ切れて倒れてく!
コテンくんを洗ってた時に僕たちに向かって飛んで来てたのはアレだったのかー。……結構危ないものを向けられてたんだな……。
アズキくんたちが驚くような速さで木に向かって走って行き、通り抜けたあと、大きめの枝がドスンと落ちた。綺麗な切り口だ。尻尾で切ったの? すごいね、うちの村にあった一番良い斧よりよっぽどよく切れてるよ。
切られた枝や草を僕が拾い集めて、それをロウサンくんが浮かせて横へどかして積んでいく。ロウサンくん、有能すぎる。
コテンくんはまだ本調子じゃないからタオルにくるんで荷物の上で見学。そのコテンくんの横で寝てるミーくん。
シマくんは僕の頭の上だ。ずっと乗ってるんだけど、まさか本当に巣にするつもりなんだろうか……。
ここへ来るまでは順調だったんだ。そんなに遠くなかったし、なによりロウサンくんに乗っての移動だったんだから何かあるはずもない。
ロウサンくんに乗った瞬間にアズキくんが「──欲っていうもんはなかなか捨てられへんもんやな……業が深いわ」とちっちゃい自分の両手を見ながら渋い声音で言い出し、キナコくんが「制限はあれど好きに生きてよいと、こうして生を与えられたんですから。何が出来るのか一緒に探しましょう」と慰めるように言うという、しんみりしたやりとりを僕の腕の中で始めた時はどうしようかと思ったけど。
「こんなもんやな。手伝ってもろて悪かったなぁ。じゃ、鍵開けるわ」
そう言ってアズキくんは自分のお腹の
「痛くないで。ほんまは有袋類でも袋持ってるのはメスばっかりらしいけどな」
「ゆうたいるい?」
「んんん、カンガルーとかは、おっても他の大陸なんかな……。有袋類言うのはこういう袋をお腹に持ってる生き物の種類の事や。赤ちゃん育てるためにあるらしいで。俺らのはただの貴重品入れやな。うーんと、家の玄関は鍵はどれやったかな……コレか」
アズキくんが鍵を握りしめて、背伸びして鍵穴に……入れられない。頑張ってるけど、挿さらない。つま先立ちでプルプル震え始めた。
……うん、鍵穴の位置、ちょっと高いよね。抱っこするよー、後ろ足の下に手を添えるよー、持ち上げるよー、ここでいい? あ、カチっていったね。
じゃせっかくだからお邪魔しよう。荷物を回収しコテンくんミーくんを抱っこして、いざ。というところで、大問題発生。
玄関扉が狭くてロウサンくんが入れない! 窓も小さいし、どうしよう。
『俺はいいよ。というより、辺りを見て回りたいな。荒らしたりしないから、散策の許可を取ってもらえないだろうか』
ちゃんと許可を取ろうとするあたり、ほんとロウサンくんは礼儀正しいよね。獣の皮を被った紳士だよ。
アズキくんキナコくんも、ロウサンくんの事を信頼できると思っているらしく、あっさり快諾。むしろ見てきて欲しいって。
元々僕にしか言葉が通じないのに小声で『声が聞こえる範囲にはいるから、万が一なにかあったら呼んで欲しい。すぐに駆けつけるよ』と言ってくれた。どんな獣生を送ったらそんなきめ細い心遣いができるようになるんですか……。気をつけていってらっしゃい。
シマくんも外が気になるといって飛んでいった。あんまり遠くへは行かないようにねー。
では改めて。お邪魔します。
「どうぞ。ああ、荒れてるし土足で上がってや」
癖で靴を脱ぎかけたら止められた。教会は土足禁止だし、一段上がった家の中に入る時に靴のままだと、変な感じがするな。
あ、意外に中はまともだ。内装は見慣れない感じだけど、木が窓や床を突き破って生えてたり、天井が落ちてることも無い、何も壊れてない。玄関が水浸しだったのにジメジメもしてない。
奇妙なほど綺麗だ。
「家自体は結界で守ってあるんですー。どうしても時間経過による荒れはありますけど。でも外があんなことになってるとは思いませんでした」
「俺らもずっと結界で寝てたしな。まぁそこらへんは後や、暖炉も使えそうやし、さっさと火ぃ入れるで!」
「えっ、火?」
壁の一部、四角く凹んでる変な場所に入ってゴソゴソしてたアズキくんが危険なことを言い出した。
火って、まさか本物の火のことじゃないよな?
アズキくんは近くのカゴに入ってた石を何個か壁の穴の中に放り込んで、赤くて丸い石を二つ、カチカチと打ち鳴らしてそれも投げ入れた。そして壁の凹んでる場所の中で、あっという間に火が燃えて……!
「ちょっ何して、危ないよ!」
「大丈夫や、ちゃんと風も通ってる」
「違うよ、火はダメだよ! 火の神様に目をつけらたらヤバイ、早く消さないと!」
僕がこんなに慌ててるのに、アズキくんキナコくん、それにコテンくんまで「は?」とキョトンとしてる。もしかして動物は知らないのか?
「火の神様は、戦争と争いと喧嘩と破滅の神様なんだよ、ちゃんとした儀式もしないで火を使ったらダメなんだ、アズキくん早く消して!」
「待て待て、おかしい。火の神は別に戦争の神とちゃうぞ」
「人間の世界では火の神様は戦争を起こす怖い神様なんだよ、だから……」
「落ち着いてください、火の神って、ケイカ様じゃないんですか?」
「ケイカ様だよ。ものすごく怒りっぽくて怖い神様なんだ、火を使って目をつけられたら……」
「いや、ケイカ様はどっちかっちゅーと四人の中でも特に気のよわ……優しい、大人しい神さんやで」
まるで会ったことがあるかのようにアズキくんとキナコくんが「めちゃくちゃ腰が低いですよね」「すぐ泣くしな」「なにかあると怒るというより、困って黙るタイプですよね」なんて話してる。それは君たちの妄想の話かな?
「セイ、火を使っちゃダメなら、料理はどうしてるのー?」
コテンくん、今はそれどころじゃないんだ、まずは火を消さないと。動揺してる僕に「この家にさっきボクが結界を張ったから大丈夫だよー」と言ってくれた。そう言えば小声でテンテン言ってたね。えーでも、コテンくんを疑うわけじゃないけど、小さい頃からずっと火は恐ろしいものだと教えられてきたから落ち着かないな。一旦消そうよ。
「そもそもだけどねー、その火は【神虹珠】っていう神具を元にしてるから、儀式してるようなものなんだ。神気がいっぱいで普通の火とは違うよー。だから本当に大丈夫だよ」
「そう、なんだ? あ、すごい勢いで服が乾いてく……」
気がつけば、部屋全体も暖かくなってた。その暖かさが、ほわ……とした優しいものだったから、僕もちょっと落ち着いてきた。
心配しなくていいよ、という気にさせる空気が、家の中に満ちていた。
怖がらなくてもいいよ、怒ったりしないよ、本当だから、お願い怖がらないで、という空気が……なんだコレ。
なんだかよく分からないけど、少し火が平気になった。大きい声出してごめん。えーと、料理の質問だったね、説明するよ。
料理は【熱通板】という熱さが調整できる丸い板でやるよ。燃料は【
「……なんやろ、竃からIHコンロに進化したようなもんなんやろか」
「“オール電化”ならぬ、“オール幻果”ですねぇ」
「お、うまいな」
「えへへ」
「しっかし、どえらい色々変わってそうやな」
アズキくんが短い前足を上に上げて、前後に小刻みに動かしたり頭を振ったりしてる。もしかして頭をかきたいのかな。時々、自分のサイズ感を間違えた動きをするね。
「周りの木もめっちゃ大きぃなってたしな。なぁセイ、今って何年なん?」
答えようとしたけど、外から「ガウッ」という鋭い声が聞こえてそっちに気が逸れた。
『セイくん! 助けて欲しい』
ロウサンくんだ。なにかあったんだ! 急いで外へ出て行くと、背中の上から何かを浮かせて降ろしてるところだった。
『可愛い生き物の気配がして見に行ったら、死にかけていたんだ。なんとかできないだろうか』
この広い森の中で見つけんだ……ロウサンくんの可愛い生き物好きはすごいな。感心してると、目の前の地面に茶色く汚れた毛玉が置かれた。ひと抱えくらいの大きさ……あ、丸い小さい耳と尻尾……。
その毛玉は、初めて会った時のコテンくんよりひどい状態の、子熊だった。
うわ、急がなきゃ!
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