第21話 秘境にて_名付け


 どうしてこの状況で、今、名付けしてくれという発想になったんだろう……。


 おかしいな、天狼さんさっきまで殺意ゴリゴリで緊迫した雰囲気でしたよね?

 危険は無くなったみたいだけど、まだ聞かなきゃいけないことがあるみたいだから、僕も濡れたシャツのまま寒さを我慢して黙ってるんですけど。


 と、尻尾をブンブン振り回してキラキラした目で僕を見つめる天狼さんに、言え……なかった。僕は、弱い……。


「名前、僕が付けるんですか?」

『そう。名付けは人間のするものだからね』


 そういう理由なんですね。うーん、どうしよう。

 僕と天狼さんが見つめ合ってるすぐ側で、アズキくんがコテンくんに小声で話しかけていた。


「なぁ、コテンサン。あの兄ちゃん、フェンリルに向かってなんか言うてるけど、あれなんなんや?」

「フェンリルってなにー? 天狼のこと?」

「天狼ていうんか、かっこええなぁ」

「特殊中の特殊個体だしねー。セイが話しかけてるのは、会話してるからだよ。スキルで動物の言葉が分かるんだってー」

「ほんまか! 言語チート持ちの俺らでも動物とはしゃべられへんからなー」


 すごいなー! と僕を見てくるアズキくん。人語を喋ってるけど君たちも動物だからね。

 あと君、ちょっと人懐っこ過ぎない? 物陰から突然攻撃してくるような危険な生き物だったはずなんだけどな。


「なぁなぁセイくん、天狼はなんて言うてるん?」

「えーとね、個人の名前が無いんだって。だから僕に名前を付けて欲しいって」

「……ッ! やっば、マジで!! 名付けイベントて、即オチイベントやん!! うらやま!」


 ──この子、ちょっとおかしい子なのかな。さっきから何言ってるのか全然分からない。


 アズキくんとキナコくんは「まだ従魔じゃなかったんか」「妖狐のほうもさっき名前を知ったって言ってましたもんね」「出会いイベントから見たかったなぁ」と謎の会話をしている。


「ラノベなら名前を付けてテイム一発成功の流れですよねー。お師様もフェンリルは従魔にできませんでしたもんねぇ」

「この世界にフェンリルがいると思わんかったしなー。フェンリ……その天狼って女の子? 人間になれるんか?」


 本当に変な子たちだな……。やっぱり、さっさと去ったほうが良かったんじゃないかなぁ。でも人間になれるかは僕も気になるから聞いてみよう。


「あの、先にすみません、この子たちが尋ねてるんですけど、性別とー、人間になれますかって」

『可愛い子たちの質問ならなんでも答えるよ。性別はオスだよ。人間になれるかについては、変身も進化も無理だね』

「ありがとうございます。天狼さんは男性で、人間には変身も進化もできないそうだよ」

「そうなんかー」


 そう言って、アズキくんはコテンくんを見た。


「……ボクもオスだよ。人間になれるかは……ボクは、人間に化けられないよ……」


 コテンくんの耳がまたぺしょっと垂れた。落ち込むような要素なんてあったかな。コテンくんの眉間のあたりをかくように指先で撫でると、顔を僕の胸のあたりにグイグイ押し付けて甘えてきた。よしよし、コテンくんはすごい子だよ、元気出して。


『苦しいっす、兄さん!』

『ニャーッもうムリ、出る!』


 シャツ越しにコテンくんの足置き場にされてたらしい猫くんと鳥くんが襟から飛び出してきた。ごめんごめん、もう大丈夫だよ。


「わぁ、可愛いです! 子猫ちゃんと、うーんと、白い雀?」

「白い雀っちゅーよりあれっぽい、ネットで見たやつ、シマ……シマエナガ」

「その子シマワタリドリだよー、ボクも生きてる状態を見たのは初めてだから多分だけどねー。尾羽が美しさと神気の高さで人気で、貴族の装飾品のために乱獲されてたはずだよ」


 貴族って。いつの時代……、あ、他の国の話しなのかな。コテンくんは外国から来たみたいだしね。


 アズキくんとキナコくんは声を揃えて「あー……」と言った。「お師様……献上品……見たことが……」「貴重なシマワタリドリの羽をふんだんに……自慢のて言うてたアレ……」とボソボソ小声で話してる。ん? 見たことあるの?


 でもこの話は鳥くんには聞かせたくないな。僕が言わなきゃ伝わらないんだとしても、目の前でする内容じゃないね。


「話しを元に戻すよ、えーと、なんだっけ」

『俺の名前だよ。決まったかな』


 そうでした。うーん、名前自体は大事なものだけど、天狼さんも軽い感じで頼んできたし、元の場所に送ってもらうまでのことだしね。あんまり重く考えなくてもいいかな。


 短い時間だけど今まで“天狼さん”って呼んでたから、他の音にするのはもう違和感がある。でも“テンロウ”の“テン”はコテンくんと被ってるから……、じゃあ。


「ロウさん、はどうでしょうか」

『“ロウサン”か』


 考えこんでしまわれた。簡単過ぎてダメだったでしょうか……。近くから「そのまんまやんけ」「単純明快ではありますけどね」「ちょっと安直かなー」なんて好き勝手に言ってるのが聞こえてくる。えー、そんなにダメかな?


『じゃあ、俺を呼ぶ時は“ロウサンくん”になるんだね。……うん、良いよ、ありがとう』

「えっ」

『ロウサン、だろう? コテンも鳥も“くん”なのに、俺だけ天狼“さん”だったのが気になってたんだ。俺はまだ百歳未満の若い個体だよ、敬語もやめて欲しい」

「あっ、ハイ」


 そもそも名前部分は“ロウ”だけのつもりだったとか、百歳未満って若いのかなとか、敬語の使い分けの意味って伝わってたんだとか、色々気になったけど、元気良く返事をして全部流した。まぁ、今だけのことだし!

 それよりこの状況そのものをさっさとなんとかしたい。寒い。


 しかし流してくれなかったのが、頭の上にいた鳥くんと、肩の上でせっせと毛づくろいをしていた猫くんだった。「なにしてたんすか?」と聞かれて正直に答えたら、自分たちにも名前を付けろ、と騒ぎ始めたんだ。


 うーん、天狼さんに簡単な名前を付けたのに、君たちには凝るのもどうかな……というわけで、鳥くんは“シマワタリドリ”だから“シマくん”で。

 猫くんは……、種族、猫だね。じゃあ、えーとえーと、“ミーくん”で!


 斜め下から二対の、下から一対の冷たい視線が飛んで来てる気がするけど、気にしない。


「ボク、シュリ様にちゃんとした名前付けてもらっておいて良かったー」

「名付けが下手な奴って、ほんまにいるんやな」

「まぁまぁ。本人たちは満足そうですし、いいと思いますぅ?」


 キナコくん、どうして最後疑問形なのかな。

 というか随分仲良くなったよね。これならもう問題も無いだろうし、気持ち良く帰れそうだ。それともまだなにか用ってあるのかな? そう聞こうとした時、風が吹いて僕の体を冷やしていった。


「へぶしっ」

「大丈夫ですか? わ、セイくん、びしゃびしゃじゃないですか」

「今って季節はなになんやろ。春っぽい? 水浴びするにはまだ寒そうやで」


 アズキくんは小さい前足の上にもう片方を重ねて体を揺らしてる。もしかして腕を組みたいのかな。


「ちゅーか、そもそも自分らここに何しに来たん?」


 本当なら一番最初に聞かれることを、今聞かれた。


「何しに……、コテンくんを洗いに?」

「は?」


 納得してもらえなかった。


 質問に答える形で、結局最初から──森でシマくんが木の蔦に絡まってるのを助けたところから説明することになった。ちゃんと話すから、タオルを取ってきていいかな。コテンくんも拭こうね。


 森の中でシマくんとミーくんと出会ったところから再開。ロウサンがガガボダノを瞬殺した場面では「すげー!」と目を輝かせ、頼まれたから背中に乗って山を移動したと言ったら、何故かちょっと呆れた目で見られた。黒山を越えたあたりはアズキくんもキナコくんも大興奮で聞いてくれて、こっちも語りに熱が入ったよ。そしてここの泉でコテンくんを洗ってた、と。


「なるほどなぁ。いやー、よう分かったわ。──お人好しやな」

「ここに来てからも、何ひとつ盗ろうとしてませんもんね」

「でも一応確認するで、ここに来てるは間違いなくセイ一人だけ、なんやな?」

「そうだよ」

「ボクもコテンの名にかけて保証するよー」


 アズキくんとキナコくんがしばらく顔を見合わせてから、お互い頷き合った。


「この先にお師様が住んでいた家があるんです。暖炉もあるので、温まっていってください」

「え、でもこの先に入られるのは本当に困るって……」

「アトリエと倉庫は立ち入り禁止やけど、家はかまへんよ。言うて、もう何年経ったか分からんから暖炉がどうなってるか自信ないけど」

「セイ、ボクはお邪魔したほうが良いと思うよー。その状態でロウサンに乗って移動したら風邪をひくよ」


 コテンくんが乗り気だ。うーん、でも。


「家にはそのお師様という人の死体があるんだよね? それはちょっと」

「それは大丈夫やで。死んだのは街に戻ってからや。あるのは家具だけやで」


 となると残る問題は、僕が、この子たちを信用できるかどうか、だよね。


 ──つぶらな瞳で、アズキくんとキナコくんが同時に顔を、こて……と斜めに倒した。可愛い。


 誘ってきたのが人間のオッサンだったら警戒して付いて行ったりなんかしない。でも、この子たちは最初はアレだったし、やっぱり変なことばかりを言うとは思うけど、信用はして良い、気がする。


 ロウサンくん、シマくんミーくんはどう思う? 家に行くことに賛成なんだ。だったらいいや。


「……そうだね。お邪魔します」

「ようこそ。人間を招くのは初めてやわ」


 アズキくんがもきゅっとした動物の顔で、でも楽しそうだと分かる表情でそう言った。

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