第20話 秘境の守護獣_丸い顔のイタチ?
「今すぐ、立ち去れ!!」
声の主は怒鳴りながらも、草むらの向こうから出て来ない。
こんな不便なところに住んでるのに、声は若そう……。どんな人なんだろ。
気にならないと言ったら嘘になる。でも下手に顔を合わせるより、さっさとここから出て行ったほうが良いね。
本気で当てるつもりは無かったみたいだけど、相手はいきなり攻撃してくるようなアレな人たちだ。子犬くんを神泉樹の水で洗うという目的は達成してるし、長居は無用。
天狼さんに「入っちゃいけない場所だったみたいです、出て行きましょう」と話しかけていると、空がギラギラと輝き始めた。──ん? と見上げると、光る棒が空中にたくさん並んでた。そ、それはガガボダノを瞬殺した最強の凶器じゃないですか。まさか。
『位置はだいたい把握した。今から仕留めるから、見たくなければ目を閉じているといいよ』
棒の尖った先を草むらのほうへ全て向けて、殺意をゴリゴリ出しながら、僕への言葉と口調は優しい。ギャップがやばい。
いやいや、殺人は困ります。止めなきゃ。
「天狼さん、待って!」
「ほんと人間ってムカつく。お兄さん、ボクをあっちに向けてくれる?」
「さっきのあれは多分威嚇で……。え、こう?」
途中で子犬くんに頼まれて意識がそれた。子犬くんの言葉に、有無を言わさない“力”みたいなものがあったんだ。小さい体から威厳を感じる……突然どうしたんだ。
「ありがと。──そこの! 無断で侵入したことは謝罪するが、姿も見せず一方的に攻撃を仕掛けてくるとは、あまりに無作法であろう。私はアスミ國の龍神シュリに仕えし妖狐コテン! 其方も姿を見せ、名を名乗られよ!」
子犬くんがよく通る声で言い放った。天狼さんは一応動きを止めてる、でも光る棒は出したままだ。
「天狼さん、子犬くんがあそこの人たちに出てくるように言ってます、一度棒を片付けてもらえませんか」
『…………』
たくさんのどデカイ矢を向けられてるようなものだからね、これじゃ出たくても出られないよ。天狼さんは無言のまま、棒の向きを上方向へ変えた。少しはマシかな。
さて、どうなるか。本音を言えば僕はアレな人たちに関わるより、避けて通りたい。でも子犬くん──コテンくんと天狼さんは大変にお怒りだ。
「……今、アスミ國て言うた?」
そんな声と共に、草むらからカサリと小さな音がした。天狼さんから殺気がブワリと迸った。オオウ。
出てきたのは……ん? 出て……? え?
ちっさ!!
『……可愛い』
天狼さんから殺気が消えた。
視線を向けていた場所よりだいぶ下のほうから、焦げ茶色の小さな動物の顔が出てきた。次にちっちゃい前足。そこで止まって、こちらの様子を伺ってる。
「そちらが何もしてこないなら、こちらも攻撃しません。約束します」
約束したんで、天狼さんも攻撃は……あ、もう戦意無くなってますね。コテンくんは緊張してるから、まだちょっと警戒してるかな。
「……信じるで」
そう言って、草むらから小さめの生き物がとてとて歩いて出てきた。スルリと長めの胴体。胴続きの長い尻尾。
うーん、イタチっぽいけどそれより顔が丸いというか、もきゅっとしてる。この生き物はなんだろう。
焦げ茶色の子の後ろから、同じ姿形で薄茶色の毛並みの子が出てきた。
ええ? この子たちなのか? でも聞こえてたのは人間の言葉だったはずなんだけど。
焦げ茶色の子が、ちっさい後ろ足で立ってぺこりと頭を下げた。
「その、この先はほんまに入って来られると困るんや。でも、いきなり攻撃してごめんなさい……」
薄茶色の子も前足をもじもじさせながら、「ごめんなさい」とぺこりと頭を下げてきた。草むらのほうを見ても、もう誰も出てこない。やっぱりこの子たちがしゃべってるのか?
「天狼さん、他に誰かいると思いますか」
『いや、あの小さくてとても可愛い生き物の気配しかしない。可愛い』
光る棒が全部消えた。あんまりにも急激に気を許してるから逆に不安になるけど、天狼さんが安全と判断したのなら信用していい、はずだ。多分。おそらく。可愛い生き物にならどんな攻撃されても構わないとか思ってないよね……。
「どう言うたらええんやろ、俺たちはこの地の守護獣みたいなもんや。俺はハジンノタチのアズキ」
「ぼくはハジンノタチのキナコっていいます」
焦げ茶色ボディで口周りからお腹、尻尾の先が薄茶色の子がアズキくん、若い男の人の声だ。そして薄茶色ボディで口周りからお腹、尻尾の先が白い子がキナコくん、少年っぽい声の子だ。それにしても変わった名前だな。
「アズキにキナコって……うちの國に
「……え!? さっきしゃべってたの、動物のほうやったんか!?」
自分たちもしゃべる動物なのに、なぜかコテンくんに驚いてる。よっぽどびっくりしたのかピョンっと跳ねてた。
天狼さんじゃないけど、この可愛い姿で愛嬌のある動きをされると、警戒心が薄れてくよ……。
キナコくんとアズキくんも僕たちへの警戒心が消えたのか、無防備な雰囲気で顔を寄せ合って話してる。
「確か
「妖狐……確かに言うてたな。待て待て、おかしいやろ、どう見てもフェネックやん。あ、フェネックて狐の仲間やったっけ?」
「ボクの種族を知ってるのー?」
「あっ、すまん、こっちの世界の話しとちゃう……。あの、あれや、その、似た動物を本で知ってたけど、全然違う生き物やと思う。その本もフィクションやし」
コテンくんは「そーなんだー」と普通の調子で返事してたけど、長い耳がぺしょ……と垂れた。なぜかは分からないけど、ガッカリした、のかな。どうしたんだろう、よしよし。頭を優しく撫でる。
コテンくんが僕の胸元あたりに頭を擦り付けてきた。甘えて可愛いね。水洗いしてたコテンくんが表から引っ付いてきて、服の中には水浴びしてた鳥くんと猫くんが入ってるから僕のシャツはぐっしょり濡れている。実はちょっと寒い。
しかし今はそれをどうこうできる状況じゃない。我慢。
「ボクのことはまぁいいよ。動物と幻獣は見た目が似てても全然違う生き物だしねー。それよりそっちもだいぶ特殊個体っぽいけどー? ハジンノタチって種族名なの? 初めて聞いたよー」
「ぼくたちはお師様が作った種属ですもん。コツメカワウソがモデルでしたっけ」
「せやったな。外見モデルがコツメカワウソっぽい感じで、よく切れる刃物が欲しかったからカマイタチ要素をつけたんやったっけ」
「ごめん、オシサマって誰?」
この子たちの言ってることがほとんど理解できない。コツメカワウソってなに? 動物の種族って、普通作れるものじゃないよね?
「お師様はぼくたちのご主人さまで、すっごい錬金術師なんですぅ。ぼくたちはお師様の助手兼お世話係りで、守護獣なんですー」
「まー、もうおれへんけどな。死んで何年経ったんやろな」
なるほど、錬金術師なんだね。それでこんなところにいたんだな。
錬金術師は周囲の環境や動植物に影響が出る研究をすることが多いから、人里離れた場所にアトリエを構えてるって聞いたことがあるよ。だからこんな秘境に……。いや、秘境にも限度があるだろう。どうやって移動してたんだ。
「そこについては企業秘密やな。ところで、名前聞いてもええか?」
「あ、ごめん。えーと、この子はさっき名乗ってたね、コテン、くん?」
「なんで疑問形なん」
「僕もさっき初めて知ったからだよ。僕はヨディーサン村のセイ。で、こっちの大きい狼さんが、えーと……」
『その小さい可愛い生き物の名前はコテンと言ったのか。そして君が、セイ、だね』
「はい。天狼さんの名前を教えてもらってもいいですか?」
『俺に個体名は無いよ。でも、そうだな。……うん。セイが俺に名前を付けてくれ』
──はい?
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