第19話 結界の先_神泉樹
「結界全部消したって、それって……」
『信じられない。あの堅牢な作りだった高位結界が消失してる。可愛い生き物が可愛く数回鳴いただけだったよ、なんて事だ』
『神泉樹の匂いがするっすー!! あっち、あっちっす、早く行くっすよ!』
『あれ、にゃんか神気の気配がする。おにーさんあっち行こ!』
みんなの賑やかな声に僕の小さな声はあっさり負けた。聞こえてなかった子犬くんが僕に「抱っこお願いねー」と言ってきた……。うん、でも本当に丸い石の上でグラグラ揺れてるね、早めに迎えにいくよ。
抱っこすると同時くらいに体が浮いて移動していった。背中に乗せられると思ったのに、止まったのは天狼さんの顔の前。
深い青色の目が、僕たちをジッと見ている。ん? 天狼さんの目の色ってもっと薄い水色じゃなかったっけ?
『素晴らしいよ。小さくて可愛い生き物は可愛いだけでも素晴らしいのに、そんな素晴らしい才能まで持ってるなんて。しかも可愛い。俺が人間だったら感動で涙を流してるところだよ』
そしてまた『素晴らしい……可愛い……』と繰り返した。えーと、それはこの子にそのまま伝えてってことですか? それはやめて欲しい? ……はい、褒めてることだけ伝えておきます。
子犬くんは「全盛期には程遠いけどねー」と言いつつ、得意そうに鼻息をフスー! と鳴らしてた。可愛いな。
天狼さんの背中にまたがって出発。場所は、もう案内が無くても分かるそうだ。みんな『あっち! あっち!』って騒いでるもんなぁ。僕には全然分かんないや。
少し駆け足、ぐらいの速度で天狼さんが進んでいくと、サラサラと水の流れる音が聞こえてきた。大きな木の間を抜けると、明るく開けた場所に出る。
そこには、小さめの……あ、違うな、他の木がデカ過ぎて小さく見えたけど、二階建ての屋根くらいの高さはありそうな木が一本。そしてその根元を囲うように、泉があった。
えーと……あれって、【
どこの村にもある──というか無いと困る──水の供給源になる樹木。地中深くに根を伸ばし水を吸い上げて、浄化して枝から流し出してくれるんだ。だから台所や風呂トイレ近くに畑周りと、水の必要な所ならどこにでも植えてあるよくある木で、みんなが探すような貴重なものじゃないと思うんだけど。
……とか思った僕がバカでした。見た目は普通の葉っぱなのに、それが風に揺れると青、緑、黄色、赤色……つまり虹色に輝いた光の粒子を散らすようになる。こんなキラキラした木は今まで見たことがない。なるほど、変わってるね。
あと少しで到着する、その手前で天狼さんが立ち止まってしまった。どうしましたか。
『侵しがたい聖域というのは、こういうのを言うんだろうね』
「すっごいねー、ボク震えてきたよ。神々しくてちょっと近寄りがたいなぁ」
へー、そうなんだ。鳥くんも似たような心境なのか、『すごいっす、うわー、すごいっす』と呟き、虹色の木の近くまで飛んで行っては僕の頭の上に止まり、また近くに飛んで行っては戻りという謎の行動に出てる。
猫くんは僕の襟からピョンと飛び出て、天狼さんの背中を駆け上がっていった。そして耳と耳の間あたりで立ち止まり、木のほうをじーっと見つめてる。さすがに天狼さんの頭の上はマズイんじゃ……。
『今、頭頂部に可愛い肉球の気配を感じるんだけど、これは夢じゃないよね?』
喜んでるみたいだからいいや。それより僕は降ろしてもらってもいいですか。
子犬くんを抱っこして鳥くんを頭の上に乗せたまま、えーとシンセンジュ──神泉樹ね、すごい名前だな──に歩いて近づいて行くと、猫くんが僕の肩の上に飛び移ってきた。背後から『ああああ……』という嘆きの声が聞こえた。
それより、鳥くんと猫くんの距離が近いことが気になる。もう大丈夫な気もするけど、念のため強めに言っておこう。
「猫くん、鳥くんを襲ったら駄目だよ」
『襲わにゃいよう。ここに神気いっぱいあるもん、もうそんな鳥なんかいらにゃい』
言い方はともかく、もう襲われる心配がなくなって良かった。鳥くんにも報告しておくね。
神泉樹は数本の枝からサラサラと水を流し、根元の泉に降り注いでいた。泉の広さは大人が五人くらい入れそうで、深さは……見ただけでは分かりにくいけど僕の膝上か腰くらいはありそうかな? その底のほうからもコポコポと音がしてるから、根も水を出してる。ここまでは水樹とほぼ一緒だ。
でも中が、水樹ではあり得ない、めっちゃくちゃ綺麗なんだ。
青翠色で半透明の水草が水の中で揺れていて、その水草にところどころ小さな珠が付いていた。大きくなると落ちるのか、小指の爪の大きさから親指の爪くらいの大きさの珠が、それぞれ青色、薄い青色、濃い緑色、翠色、黄色、ピンク色と様々な色に輝いて、底にたくさん沈んでる。ミウナが見たら大喜びで拾ってそうだ。僕は、綺麗なものは綺麗な場所に置いておきたい派なので、触らない。
あ、でもみんなが欲しいのって、この珠なのかな?
「欲しいのは水のほうなんだけどー……。待ってね、さすがに動揺してる。──これって【神虹珠】じゃないよね……」
『こんな珠、あったかな。実は神泉樹を目にするのはこれでまだ二度目なんだ。前に見たものより神々しくて戸惑うよ、触っても本当にいいのかな』
『水浴びしたいんすけど、入ったら神罰くらいそうっすね』
『球は食べられる? 硬いならいらにゃい。ねね、ちょっとだけお水くんできて! おててでいいよ』
僕自身は手で水をすくうくらい構わないけど、猫くん以外のみんなに怒られそうなんだよな。うーん。
あ、あっちに水が流れてない?
泉から細く川のように水が流れ出ていってるのを発見、草が長くて気付かなかったよ。距離は短いね。えーと、あ、段差で落ちてる。
少し高めの岩壁の上に僕たちはいたみたいだ。水は小さい滝のように下の川へと流れ落ち、その川の両脇に……。
「ボクは夢を見ているのかな? 実はボク死んでた?」
『おかしいな。神泉樹は一つの国に一本あれば良いほうじゃなかったかな』
『オレら神泉樹の取り合いで喧嘩してたんすけど、ここなら一匹一本いけそうっす!』
『神気飲みほーだい、やったー! 尻尾が三本になっちゃうかも、ニャフフ』
大小様々な神泉樹が間隔を開けつつも、たくさん生えていた。泉の大きさもバラバラで、そこから川へと水が流れこんでいる。その光景を見て子犬くんと天狼さんは固まったまま動かなくなった。鳥くんは頭の上でピョンピョン飛び跳ね、猫くんは僕の右肩と左肩を行ったり来たりしてる。
上から見ていると、強めの風が吹いて葉っぱから一斉に虹色の光がキラキラと舞い上がり、青い空に沢山の色が輝いた。わー綺麗だねぇ。でも。
「とりあえず降りましょうか」
『えっ、あ、そうだね……?』
体が浮いて、そのまま岩壁の下に降ろされた。ですよね、わざわざ背中に乗る必要ないですよね……。
岩壁の高さは、僕が立ってさらに腕をのばして手が届くかどうか、というぐらい。
上にあった神泉樹には気後れしてたのに、これだけあると遠慮する気もなくなるのか、ちょうど二本並んだ小さめ神泉樹の浅い泉に鳥くんと猫くんがそれぞれ入りに行った。中に入って水浴びするんだね、タオルそんなにあったかな。バッシャンバッシャン大はしゃぎしてるよ。
子犬くんは自分で動けないから、中サイズの神泉樹の泉に僕も上着と靴を脱いで、ズボンを膝上まで捲り上げて一緒に入る。
あ、確認しておかなきゃ。
「さっき、結界を全部消したって言ってたけど、魔獣が襲ってくる心配はしなくていいのかな?」
天狼さんがいるから、そこまで心配はしてないけど一応ね。
「魔獣は大丈夫だよー。神泉樹から出る水は神浄水って言って、聖浄水より遥かに効果が上なんだ。魔障気なんて一瞬でゴリゴリ浄化しちゃうからね。魔獣は嫌がって近付かないし、もし来てもこの水をかけたらすぐ逃げてくよー」
「そうなんだ。良かった」
「そうなんだよぅ。だからね、ボクとしてはどうしてここに結界が張ってあったのか、そっちのほうが分かんないんだよねー」
「ん? どういうこと?」
「結界ってさ、魔獣から村や街を守るために張るものでしょー? でも村どころか、人ひとり入って来れないよ、こんな場所」
うーん、確かに。黒山も他の山脈も、人の足で越えることって不可能に思える。
「でも結界があったんだよね? ということは、実際に誰かがここまで入って来て、わざわざ結界を張ったってことだよね」
「それなんだよねー。誰がなんのために、こんな場所に結界張ったんだろーね。しかも結構広い範囲だったしー」
子犬くんを半分泉に浸けて、少しずつ汚れを取っていく。うお、汚れが黒い煙みたいに水の中を流れて、それがすぐ消えてく。すごい効果だ。あ、飲むなら新しいのを汲むよ。ちょっと待ってね。神泉樹の小枝をポキっと折って、出てきた水を洗った葉っぱに注いで、はいどうぞ。
「……お兄さん、すごいことするね」
「えっ。なにかダメだった?」
水樹は折って使うから、同じようにしたんだけど。
「いや、いいよ、ありがとう。……ふぅ、沁みる……。んーと、結界のことだけどね、もし必要そうならまたボクが張り直すから心配しなくても大丈夫だよー」
「そうだね、ちょっと様子を見てみようか」
ちなみに天狼さんは、僕たちの泉、鳥くん猫くん、また僕たちと順番に見学して回ってる。『小さくて可愛い生き物と中くらいの可愛い生き物がこんなに近くに……楽園はここにあったのか』ってブツブツ呟いてた。……中くらいってどの生き物のことだ?
それより天狼さんも足くらい洗ったほうがいいんじゃないかなぁ。
「ボクの尻尾が使われててムカついたから全部結界壊しちゃったけどー」
「あ、それも聞きたかったんだ、尻尾って……」
言いかけたその時、目の前を凄まじい勢いで
去っていった方向を見ても何も見当たらない。すると今度は真横を何かが通り抜けていった。ちょ、なに!? まさか魔獣!?
『魔獣じゃない、武器でもない。──風だ!』
「風の刃、これ、カマイタチ……!?」
よく分からないけど危険なんだね、子犬くんを抱き上げてシャツの中……入らない! 両腕で隠すように抱える。鳥くん、猫くん! 大丈夫!?
猫くんが走ってきて僕のシャツの中に潜り込んで、その後を追うように鳥くんが飛び込んで入ってきた。
天狼さんが僕たちを庇って前に立ち、「ガルルル……」と草むらに向かって威嚇を始める。あそこになにがいるんだ?
また風の刃が数本飛んできた。ギリギリ当たらない位置。これは、威嚇──警告?
草むらから声が上がり、風に乗って大きく響いた。
「この先に立ち入ることは許さん! 命が惜しければすぐに立ち去れ!!」
「今すぐここから出て行ってください! 次は当てます!!」
男の人と、少年っぽい……これは、人の声?
え、ここって人がいたの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます