第14話 山の森_薄茶色の小さな猫


 僕の頭の上から、キリッとした声で小鳥が宣言した。


『今カラ、ココがオレの巣になったッス』


 なんでだ。


 “ココ”って僕の頭だよね? “巣”って住むつもりだよね? 無許可だよね?


 あと、なぜか背中のほうまで生温かいんだけど、ずっと垂れ流してるわけじゃないよね?


「鳥くん、ちょっとお話ししよう」


 ……【会話】、できるのかな。内心すごくドキドキしてる。


 そーっと頭の上の小鳥へと手を伸ばす。──捕まえた。

 もっと嫌がるかと思った、意外に大人しいな。


 はじめに確認、垂れ流しは……してないね、良かった。

 片手で小鳥をゆるく掴みながら、もう片方の手で自分の髪を触る。ん? 濡れてないな。じゃあなんで今もこんなに生温かいんだろ。


 っと、それは後回しだ、急いで結界の中に戻らないと。

 足場を気にしながら道のほうへと慎重に歩を進めつつ、手の中の小鳥に目をやる。蔦はスルリと滑るように簡単に全部外れた。


 うっわ、この子、めちゃくちゃ可愛いな!


 感動で足が止まった。

 片手の手のひらに余裕で収まる小ささで、真っ白ふわふわ、まん丸ボディ。顔にはちっちゃい黒い目が二つ並んで、すぐ下にこれまたちっちゃい灰色のくちばしが付いてる。こんな小さい三角の口から、よくあんな大きい声を出せるね。

 尾羽はやっぱり長い。ちょこんとした体の三倍くらいある。その尾羽と羽の先の色は、明るい緑と濃い緑が、まるで陽の光を透かした樹々の葉っぱのようで……、ん?


「色が、動いてる?」

『尻尾のことっすか? 周りの色に合わせて変わるっす』

「へー、すごいね。っていうか、その……人の言葉が、話せる……?」


 元から人間の言葉を話せる種類の鳥である可能性があるからね。しかし鳥くんは頭を、もふりと傾けた。


『ヒト? わからないっす! 大きい生き物としゃべれたのは、にいさんが初めてっす! びっくりっすよー』

「えっ」


 それじゃ、やっぱりこれは僕のスキル効果なのか? “【会話する】の対象は動物では無い”って言われたのに、なんでだ。


『にいさん、どこに行くんすか?』

「え? ああ、森は危ないからね、道へ戻るよ」

『森が危ないんすか? にいさんは森の生き物っすよね?』

「違うよ、人間だよ」

『ニンゲンっていうのは森に住んでないんすか?』

「そうだね、村とか街に住んでるね」

『!! そんな……!』


 人間のことをよく分かってないのに、僕を“にいさん”って呼ぶのか。なんだか不思議だ。

 白い小鳥はよっぽどショックだったのか、少しの間のけぞるような姿勢で固まったあと、ぽてっと僕の手のひらの上で横向きに倒れた。指で撫でたいけど、滑り止めの付いた手袋越しだと力加減を失敗しそうで怖いな。


 近くでカサリと葉っぱが音を立てた。ダメだ、止まってる場合じゃない。道までの距離は短くても進むのは足場の悪さでなかなかなんだから、急がないと。そうして歩き出した、その時。


 ──シャッと何かが僕の顔の横を通り抜けていった。


 なんだ!? 咄嗟に中腰の姿勢になって身構える。まさか、魔獣?

 慌ててあちこち見回すと、地面で動くものがあった。あれは……。


 えっ、猫? しかもちっちゃい。子猫?


 薄茶色の子猫が毛を逆立てて僕にシャーッと威嚇してきた。今落ちてきたのって、この子なのかな。どうしてこんなところにいるんだろ。めっちゃくちゃ可愛い。


 目が合った途端、子猫は怯えたように耳と身を伏せ、すぐに後ろへ向かって走り出した。そのままの勢いで木を駆け登っていく。あっ、その木は……!


「待って、危ない!」

「ニャッ?」


 あああ、遅かった。子猫は木の蔦に絡め取られて、空中で揺れてる。


『にゃんだコレ! こんにゃろ! こんにゃろ!』


 逃れようと必死に暴れてる。落ち着いて、それは自力で脱出できないよ。


 見知らぬ野生動物だったとしても“猫”は助けなければならない、教会の教えだ。でも鳥くんが猫に襲われるのも困るので。


「鳥くん、この胸ポケットに入ってくれる?」

『まさか、アレに近づくんすか。危ないっすよ』

「この上着は防護用に頑丈にできてるから大丈夫だよ。鳥くんのことは僕が絶対に守るから」

『……ちょっとときめいたっす。わかったっす、にいさんを信じるっす!』

「ありがとう」


 長い尾羽までしっかりポケットに収まるのを待って、ボタンもしっかり閉める。

 切りにくい蔦だけど、一度やり切ったことでコツは掴めてる。サクッと行こう!


 子猫の言ってる内容が言葉としても聞こえてるんだから、僕の言葉も通じるだろう。多分。


「ごめん、聞こえるかな?」

「シャーッ」『にゃんだおまえ! こっち来んにゃっ、あっち行け!』

「その蔦を切りたいだけなんだ、君に絡まってる紐だよ。切ったらすぐ離れるから、大人しくしてほしい」

『そんにゃのっ。……にゃ? にゃに言ってるかわかる、にゃんで?』

「伝わってるみたいで良かった。あのね、助けたいだけなんだ。今だけ信じてもらえないかな?」


 子猫は綺麗な緑色の目で、僕をじーっと見つめて考えてる。信用を勝ち取るために、笑顔で静かに待つ。焦ってはいけない……。


『……信じる。信じていい気がする』


 良かったー! 話しが通じるって素晴らしいね!


 では早速。コツは、ハサミの根元に蔦を食い込ませるようにしてギコギコ。素早くは無理にしても、さっきよりはずっと早く切れていく。もうちょっと……よし。


「切れたよ。地面に下ろすね」


 すぐに蔦が緩み始めたから、慌てて子猫の体を下から支える。片手に乗るサイズだよ。手乗りにゃんこ状態だ。可愛いなぁ。


 耳の先と、尻尾と足の先だけこげ茶色との縞々模様なんだね、ほんと可愛いなぁ。

 ややデレデレしながら見てると、尻尾の横に異物を発見。ちょ、お尻にデキモノ? 病気!?

 覗きこむと、長めの尻尾の真横からフサっとしたなにかが……あれ、短いけどこれも尻尾?

 二本生えてるってことなのかな。痛がる様子もないし大丈夫そう。


 子猫くんは、キラキラした目で僕を見てた。可愛い。


『にゃぁ。ありがとう。ねね、おにーさん、さっきまでいた鳥、どこ? まだ近くにいる?』

「いるけど、どうする気?」

『捕まえて食べる!』

「ダメだよ。お腹空いてるんなら……猫にパンってあげてもいいのかな」

『違うよう。そりゃお腹もすいてるんにゃけど。あのね、あの鳥には神気がいっぱいなんだ。あいつ食べたら、おれはもっともっと強くなれるんだ!』

「シンキ?」

『きっとシッポもニョキニョキ伸びる。楽しみー!』


 うーん、どうしよう。

 いや、鳥くんは出さないけどね。どう説得しようかなって。


 胸ポケットの中から『にいさん、まだっすかー』と声が聞こえた。あー、狭いよね、ごめん。

 しかも自分を食べる話ししてるんだから不安でしょうがないよね。


「ごめん、もうちょっと待って。でも鳥くんを食べさせたりしないから、そこは安心して」

『食べさせるってなんすか!? さっきからニャーニャー言ってるヤツっすよね!?』

『ピイピイ聞こえる! やった、すごく近くにいた』

「いや渡さないからね?」

『にゃんでダメ? そうだ、食べて幻格ゲンカク上がったらおにーさんにおれのヒゲあげる』

『オレを渡せって言ってるんすか! ダメだってどう言えばいいんすか、ニャーニャー! 伝わってるっすか!?』

『おれたちのヒゲはすごいんだよ!』


 さっきから何かおかしいな。


 もしかして、僕とは会話できてるけど、鳥くんと子猫の間ではお互いの言ってることが伝わってない……?

 あと鳥くん、ニャーじゃなくてピョーになってたよ。


「えーとね、この子猫は鳥くんのシンキが欲しいって言ってて……」

『神気狙いっすか! でもオレの神気はもう無いっす』

『おれは子猫じゃにゃい。おとなだ!』

「うっそ!」

『嘘じゃないっす、ほんとにオレの神気は……』

「あ、鳥くんのことじゃなくて……」


 それから少し話してみた結果、やっぱり鳥くんと猫くんはお互いの言ってることがわからないそうだ。でも僕の話してる内容はどちらにも伝わってる。


 ──ということで軽く通訳して簡単にまとめると、猫くんは鳥そのものに神気があると思っていたけど、実際は鳥くん一族みんな、頭の後ろに付いてる冠羽に神気を溜めていて、他の部分は普通の鳥と同じはずだって。そして、その神気の冠羽をこの鳥くんは使ってしまったから、今はもう無い……。


 ……なんだかすごく嫌な予感がする。さっき、僕の頭の上で似たような名前を叫んでたよね……。


「鳥くん、まさかと思うけどさ……」

『いやーまさか神気冠が狙いだったとは知らなかったっす。やたらとうちの仲間が狙われるのはそのせいだったんすかねぇ! 襲われまくって、もう絶滅寸前っすよ』

「えっ。そんなに?」

『おっきい生き物にもちっさい生き物にも狙われるっすからね。遠くから硬いの投げられたりもするっす。一番いやなのは黒いヤツっすよ。あいつらしつこいんす』


 黒いヤツって、それ、魔獣なんじゃ……。


 急に首筋に悪寒が走り、本能で後ろを振り向いた。


 木と木の間に、見上げるほど大きな黒い塊……いや、黒い獣。一見、熊のように見える。その体からボトリ、ボトリと落ちる真っ黒の泥、そして黒い煙を上げる地面。


 大型魔獣が、ゆっくり揺れるように近づいてくる。巨体のわりに足音はほとんどしない。けれど僕が振り向いた瞬間から、存在から発せられている空気が重くなった。息が苦しい。


 あの姿……まさか。そんな、嘘だろ……。


 魔獣が出るにしても小型、せいぜい中型までだと思っていた。

 まさか、一匹で村を全滅させるとまで言われる魔大熊、【ガガボダノ】が出るなんて。



 ──木の隙間から、赤く光る目がまっすぐに僕たちを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る