村を出て森の中

第13話 山の森_白い小鳥


 ヨディーサン村を出て、となりのマディワ湖村を目指し、ゆるい下り坂になっている山道を一人で歩いていく。

 木々の隙間から見える空は明るい水色で、真っ白な雲はゆっくりと風に流されていき、半透明になった白銀の雲【銀雲】は西に向かって泳ぐように流れていた。


 うーん、二つの陽が揃う正午までにマディワ湖村に着きたかったけど、金陽の色を見ると無理そうだなぁ。うっ、直視した、眩しい……。


 二つの太陽は登る時から沈む時までずっと並んで空を移動するんだけど、朝は午前の銀陽が鮮やかで、隣にある午後の金陽はほとんど色が無い。それがお昼に向かって中天に移動するに従って、金陽がどんどん色を濃くして輝いていく。そして二つの陽が同じ強さで輝いた時が、正午になるんだ。

 お昼を過ぎると、金陽は輝いたままで今度は銀陽が色を薄くしていく。


 今度は薄目で金陽を見る。あの感じからすると、あと一時間くらいで正午かな。土の神様の祠がまだだし、半分も進めてない。無理だな。

 村からみんなで移動する時は荷馬車を使ってたからなぁ。徒歩だと一時間くらいってジンは言ってたけど、それは“最近のジンの速度で”だからね……。僕だと二時間以上はかかるよ。


 あっ、土の神様の祠がやっと見えてきた!

 昔、この山の上に採掘場があったんだ。当時はそこに地の神様の教会があったらしいんだけど、閉山と同時に閉められて、代わりにこの山道に小さな祠が建てられたんだ。


 そこがマディワ湖村との中間地点くらい、っていう目安になってる。


 荷馬車の荷台にみんなで乗ってるとそのまま通り過ぎてしまうしかないけど、今日は僕だけで、徒歩だからね。加護もいただいてるんだし、しっかりめにお祈りしていこう。お供えは……地の神様はお酒が喜ばれるんだったっけ。それは持ってないから、果水で。


 小さな地の神様像にまずは目礼。それから像の前に置いたあった木製のカップに、新しい春待柑蜜水の実を開けて注ぐ。


 えーと、いつも見守ってくださってありがとうございます。教会と村のみんなが元気で過ごせますように。危険な訓練を始めてるジンが……あ、ガズルサッドの冒険者見習いになったジンです、ジンが怪我をしませんように。ミウナが王都で喧嘩売りませんように。コウは……健康でいられますように。

 それから、どうか僕の冒険者登録がうまくいきますように。


 こんなもんかな。さー、もうひと頑張り歩い……。

 ………………?


 なんだ、あれ。


 祠の向こう、森の中でなにか白くて小さいものが。こう、ぶらーん、ぶらーんと揺れて……?


 ──白い、鳥?


 紐のように垂れ下がった木の蔦に、胴体を絡め取られて逆さ吊りで揺れている小鳥がいる。黒くないから魔獣じゃない、普通の鳥だね。なにがどうなってそうなった?


 突然、目が合った。小さい目だから多分だけど、今、僕たちは見つめ合っている。気がする。


「………………」

『………………』


 なんとなく、そのまま立ち去りにくくて止まったままでいると、急にその小鳥が「ピィイイイイイッ」と鳴いてジタバタもがくように暴れ始めた。そして同時に、声が。


『タスケテ──ッ!!』


 えええええ? しゃべった!?

 一応周りを見回してみたけど、誰もいない。そして声は『タスケテッ、タースーケーテー!!』と叫び続けてる。ええええ?


 あっ、もしかして僕の【会話する】スキルが発動してるっ? いやでも、鳥なら元から人の言葉をしゃべる種類もいたはず……。


 考えている間も小鳥は「ンビィイイイイイイ!」『タスケテッタスケテッタスケテッ!!』と大騒ぎしてる。


 助けてって言われても。


 森の中へは絶対に入ってはいけないと、小さい頃からそれはもう厳しく厳しく躾けられてるんだ。理由はもちろん、危険だからだ。


 村の周りと道沿いには、中型以上の魔獣が入ってこられないよう結界が張ってあるんだけど、一応人間の出入りは出来る。村のおっさん達も山菜を採りに入ってるしね。でもそれは対策をきちんとして、大人数だから許されてることなわけで……。

 だから僕は今まで一度も山の中の森に入ったことが無い。


『タシュケテェエエエ!』


 これはあの鳥が言ってる、間違いない。

 ううーん、本来なら見知らぬ野生動物が死にそうになっていても助けようとは思わないよ。だって、自然の世界の出来事だからね。

 でも目が合って、しかも助けてって言葉で言ってくる相手を見殺しにするのは、さすがに良心が痛むというか。


 迷ってると、大騒ぎしていた小鳥が今は『タ……タスケ……ンピッ、タシュケ……ピィー……』と力無く蔦に揺られていた。な、泣いてる?


 あー……、うー。


 ああもう、分かったよ。助けるよ。あの子を見捨てて行っても、この先ずっと心に苦いものが残るんなら、今、やれることをやるよ。


 見たところ、ここから小鳥の場所までは十歩くらいの距離だ。高さも手が届く位置だね。それなら、パッと入って素早く蔦を切って、ダッと帰ってきてここで鳥を解放すればいい。いける、はず!


 滑り止めの付いた手袋を取り出して装着。ハサミを上着のベルトに付いてる袋に挿し込むように入れる。念のため警棒と聖浄水がすぐに出せる位置にあるか、ポケットに煙々玉が入ってるかを確認。

 斜め掛けのバッグは重くて邪魔になるから祠の横に。少しの間、置かせてください。


 道沿いにずっと張られてるロープに手をかける。これは、ここから先は結界がありますよ、という目印なだけで、ロープ自体はただの太めの紐だ。だから外しても問題は無いけど、僕は上紐と下紐の間をくぐれるから、そうする。……チビだからね……。


 結界を越えるのは初めてだ。通り抜ける瞬間は特になんの感覚も無かった……でも中に入ってしまうと、空気が違う。ちょっと重いというか。緊張してるせいなだけかもしれないけど。


 僕が助けに行くことが分かったのか、小鳥はまたピィピィ騒ぎ始めて、木の蔦がビヨンビヨン揺れてる。どうか落ち着いて欲しい。

 距離はたかが十歩ほど。でも足場が悪くて慎重に進まないといけない。木の根や石がゴツゴツしてるかと思えば濡れた草と泥で滑りそうになる。

 だからって足元ばっかりも見てられないよね、いつ魔獣が出てくるか分からないし。あ、野生の大型の獣もいるかもしれないんだった。


 うむ、もう、少し……。手を伸ばせば届くかな? というところで、すぐ側に木の蔦が何本か切れて垂れ下がっているのに気がついた。なんだかとても嫌な感じがする。


 足元にあった折れた木の枝を、蔦に向かって放り投げた。すると、当たった瞬間に蔦が勢いよく木の枝に絡まって、キュッと締めて動きを止めた。

 な、なるほど、そういうことか……。森の中には危険な植物もたくさんあるって聞いてたけど、ちょっと予想してなかった方向の危険さだった。こんなのが他にもあるのか?


 慎重に確認しなきゃ。枝を絡め取っている蔦の上部に、違う枝を当ててみる。よしよし、無反応だね。


 体に触りそうな位置にある蔦数本に落ちてた枝を当てて、わざと絡ませて動きを無効にしてから、いざ。


 小鳥が絡まってる蔦をハサミでサッと切って速やかに脱出、サッと切って……サッと……き、切れ、な、い!


 なんだこの蔦、なんかグニャグニャしてて切りにくい! 鳥、目の前で鳴き叫ぶのは勘弁して。ここまできて見捨てたりしないから。


「鳥くん、大丈夫だからね、ちょっとずつ切れてってるから。だから静かに」

「ピピィッ」

「もう、ちょっとで。あと、少し」

「ピピピッ、ピピピッ」

「あとこの最後の硬いとこが……、あっ切れた!」


 よし、じゃあ小鳥を連れて素早く道へ! まだ蔦が体に巻きついてる小鳥を片手で包むように持って動き出そうとした瞬間。


「ビビビィ!!」『アリガトウッスー!!』


 その鳥が僕の顔めがけて飛んで来た。えっ、その状態で飛べるの?

 僕の顔や頭の周りをバタバタ飛び回りながらピィピィお礼を言っている。待って待って、落ち着いて。お礼なんかいいから! ていうか、尾羽長いね!? 顔にピシピシ当たってるんだけど!


『アリガトウッス、アリガトウッス、アッ……。──ア』

「え」

『アアアアッ、シンジュノタネェエエ!』


 ちょ、急に頭の後ろが温かいよ!? まさか、フン落とした?


 小鳥は僕の頭をつつき始めた。『ドコ……アッ、アーッ! シンキカンムリィイイイイ!』って、今まで一番大きな声で叫んだ。騒がしい子だな!


 ところで、もう首の後ろまで温かいよ……。その小さな体のどこからどんな量を落としたんだ、しかも僕の頭に。


 いや今はもういい。それより早くここから出ないと。


「鳥くん、ここは危ないから早く移動するよ。あ、鳥くんはもう飛んで逃げればいいんだね、じゃあ……」

「何言ッテるんスか、着イテ行クニ決まってるッス!」


 え、なんで?


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