第12話 支部長
「おー、お疲れ! 早かったな。どうだった?」
部屋から出ると、ジンとコウがいた。コウまでいたのは、ちょっと意外だったな。
うん、早かったよね。神官長様の中での決定事項を告げただけ、みたいな内容だったからね。
僕の意見は一切言えなかったけど、始まる前に「こう言おう、こう訴えよう」と考えていたことは、実は支部長がほぼ全部言ってくれてたんだ。だから逆に“支部長で無理だったなら、僕が言っても無駄”という諦めが……。心が折れるとはこのことか……。
結果を聞きたがる二人を隅のほうへ連れていって小声で報告する。つらい。
「先に言っとくけど、ジンとは違うから。全然違うから」
「は?」
「なに言ってんだお前」
「あのさ、どう言えばいいんだろ。ジンとは違って、僕はこの村から通いで、マディワ湖村の、えーと、ショボいほうの冒険者? になる、みたいな?」
「ショボいほうの冒険者ってなんだ?」
「意味分からん」
僕こそが意味わかんないよ。まさか冒険者になれなんて言われるなんて……。
二人の質問に答えながら、なんとか説明する。
「──というわけで、より多くの対象に接する仕事で、スキルが不適合でも雇ってくれるところが冒険者ギルドしか無かったんじゃないかなって」
「ビックリだな!」
「セイ。お前教会から死ねって言われてるぞ。なにやらかしたんだ」
「なにもしてないけど、多分僕は死ぬ」
冗談じゃなく。でも結局、教会が決定したことに逆らっても僕は死ぬ。
国全体で見れば、教会に属して無い人たちも一応いるらしいけどね。でもそれは【籍落ち】って言って、つまりは犯罪者がなるものだ。
籍落ちはまず、まともな職業に就けない。デメリットはそれだけじゃない。教会が出してる個人の身分証【籍証】がもらえなくなる。あれ、結構色んな場所で提示を求められるんだよね……。
それに教会内の施設が使えなくなる。礼拝室に図書室、食堂、一番困るのは診療所かな。
あとは病気や怪我とか高齢で働けなくなったら教会で面倒みてもらえるんだけど、籍落ちしたら当然それも無理になる。他にも色々……。
教会には逆らえない、無理だ。
まだ冒険者のほうが生き残れる気がしてきた。絶対に気のせいだけど。
ジンとコウも渋い顔になってる。でも、ミウナの時と一緒で、田舎の子供に出来ることなんてなにも無いんだよね。言われた通りにするしかない。
あー、胸のあたりがキリキリするー。
◇ ◇ ◇
スキルチェックから約一カ月。花盛月から樹萌月に変わった。
あの後、ミウナは予定通りの日程で村を出て行った。長審議の結果、ジンが冒険者になると聞いて祝福し、僕が冒険者になると聞いて神官様たちを呪い殺しそうな目で見てた。「セイになにかあったら本気でヤる」って言ってたけど、なにをやる気なんだろう……。本当にミウナは【神子】なのかな。
ジンは二週間前に冒険者ギルドから迎えが来て、村を出て行った。ガズルサッド預かりで住むのも当然向こうだ。でも持っていく荷物は最小限にして、籍もヨディーサン村に残しておくんだって。長期休みには帰ってくるつもりらしい。
僕には「いざとなったら外国へ逃げろよ、そん時は手伝ってやる!」と言ってくれた。気持ちだけありがたく受け取っておくよ。
コウは子供部屋から居住棟に移動して、本格的に畑仕事を始めて毎日淡々と過ごしてる。やっぱり何を考えてるのかよく分からない。
僕は準備期間の一カ月を、畑仕事の手伝いやチビたちの遊び相手をして、出来るだけ普通に過ごした。
長審議の直後は動揺して、冒険者になったら絶対に死ぬと真剣に落ち込んだけど、冷静になって考えてみれば、教会がそんなひどいことをするはずがない。……無いよね。
キツイ仕事を指定されてしまったことに違いはないけど。
そして、とうとう出発しなきゃいけない日が来てしまった。
必要そうなものを斜めかけバッグに入れて、自分の部屋から出る。
十歳の時に大部屋から個室の子供部屋に移って六年、狭い部屋だから物は少ないけど、それなりに思い入れはある。
一応ヨディーサンに籍を残してあるし、冒険者になってもここから通いだ。でもいつかは出ていかなきゃいけないから、コウとは違って子供部屋のままなんだ。もうしばらくはお世話になります……。
村を出る新成人の慣例として、支部長室へ行ってご挨拶。まぁ、登録終わったらまた帰ってくるんだけど。
「支部長、セイです。今日、冒険者ギルドへ出発することになりました」
「ハイハイ、いよいよですねー。セイはまた帰ってきますからね、どう挨拶したものかなーと思いましたけどー」
支部長と二人で笑い合ってしまった。ほんと、微妙なんだよなぁ。
「しかし、今日から大人として働きに行くわけですからね。一人一人に私から言葉をおくるのが決まりです。少し長くなるかもしれません、座ってください」
椅子に座ると、エリザが僕の足の上に乗ってきた。柔らかい毛並みを撫でると支部長が「エリザもなにかを感じ取ってるんですかねぇ」としみじみ言った。賢い子だから、そうなのかも。
「ハイそれでは。セイはスキルと関係の無い職業に就くことになりました。ですから、しばらくはしんどい思いをすることが多々あるかと思います。この国は、人をスキルで判断して感情をぶつけてくる人、というのが多いのですよ、困ったことですねぇ」
い、いきなり重いですね……?
「ですのでね、絶対に忘れないでほしいことがあります。私たちは、スキルとは関係無く、セイ自身の性格を好ましく思っている、ということです。君は大人しいからあまり目立たないけれど、とても優しい子です。自分よりも他人に譲ってしまう性格は、人によっては苛立たせてしまうこともあるかもしれませんが、私はいつも微笑ましく思っていました」
褒められているような、実は貶されているような。村長あたりからは好かれてないかもと気付いてたけど、苛立たせてたのか……。
「まぁそもそも良いスキルを持っているからと寄ってくるような人間は、なにか問題が起こればさっさと離れていく
「あの、スキルが無くなることって本当にあるんですか?」
「ありますよー。神の怒りに触れて加護が無くなれば、スキルも使えなくなります。この村ではまだ見てませんが、他の支部からやらかしたおバカの話をいくつか聞いてますねー」
こわ。「良い子にしてないと神さまからスキルもらえないよっ」「悪い子は神さまがスキル取っちまうよっ」って子供の頃から教会のおばちゃんにしょっちゅう言われてたけど、あれはただの脅しじゃなかったのか。
「スキルなんてものはですねー、無くなることもあれば変化もする。新しくできることもある。それはつまり……教会が決めた職業が絶対ではない、ということですね」
「え」
「まー実際、私を例えにして言えば、【神に仕えて人々の面倒をみる】スキルが出たとして、お勤めする教会はそれこそ国中にあるわけですよ。配属されても合わなければ変えてもらえますしー。職業そのものも、神子や錬金術など特別なものでさえ無かったら、結構抜け道……失礼、融通はききますのでねー」
「そう、なんですね」
「ええ。今回の神官長もしょせん三、四年で交代ですしー。そこまで適当に合わせておけば後はなんとかなりますよ」
どうしよう。これ、人に聞かれたらマズイやつだ。
「ですからね、セイ、いざとなれば私たちがなんとかします。この教会は絶対に君を受け入れます。だからこの先、ひとつの場所で受け入れてもらえないことがあったとしても、自分が駄目なんだと思ってはいけません。その場所が合わなかっただけです。自分で自分を否定してはいけません」
「……はい」
「かく言う私もですねー、若かりし頃にそれで失敗しましてねぇ。ただの職員として最初に配属されたのが西南地方の教会だったんですけどね。西南の中でも端っこで特に気の荒い地域だったもんですから、動きも言葉も早くて。しかも訛りというより、もはや外国語のような言葉で、聞き取ることにも難儀しましてね」
「はぁ」
「返事が遅いと毎日怒られて、そこの支部長から嫌われてしまいまして。そのせいで全員から無視されるようになりましたー」
「えっ」
そんな恐ろしい目に……。今の支部長からは想像できない。
うちの村にも西南地方出身の人がいたけど、明るくて面白い人たちだった。
「誰かに相談できれば良かったんですがねー。気の良い人もいたんでしょうが、私が人間関係を広げられなかったのでそれも難しく……。教会本部に言おうかと何度か迷いましたが、そこで弱音を吐けば、上手くいかないのは自分の能力が低いせいだと思われないか、自分の性格に問題があるからだと思われないか、なんて考えてしまいまして。自分の評価が下がることを恐れて我慢してしまったんですねー」
うあ、これは耳が痛いな。僕も、村に残るにはどうすればいいかと誰にも相談しなかったのは「ジンは全部自分で考えてやり切ったのに」って考えてしまったからだ。
誰かに相談してれば、もしかしたら違う結果になったかもしれないのに。
「しかし仕事に必要な情報も全くもらえないのでは、どうにもなりませんのでねぇ。あの時の支部長は難しい性格の人で、みな気を使っていましたが、それでも他の人たちは上手くやっている、出来ないのは自分が劣っているからなのだと、追い詰められていきましてね。なにをするのにも、なにを言うのにも怯えてしまって、余計に失敗する、というひどい時期でした。当時は自覚がありませんでしたが限界が近かったと思います」
「それは……ええと」
「ご覧の通り今は大丈夫ですよー。限界がくる前にですね、偶然にもその年からのスキルチェックの神官が、神学校で良くしてくれていた人だったんですねー。大丈夫かと声をかけていただいて。それから他の教会へ変えていただき、なんとかなりましたー」
「良かったです」
「ハイ。あの時に思いました。私がするのは黙って我慢することでは無かった。──弱音を吐くことを馬鹿にしない人間性で、派閥に支障が出ない人を見つけてチクることだった、と」
「……はい?」
「いいですか、セイ。この世に、完全に、全てを信用できる人間なんていません」
「はい?」
「例えば、私が村のことを長老に相談したとしましょう。とても親身になって聞いてくれるでしょう。しかし、私が村長のことを相談したとしましょう。聞いてもらえません。その上、おそらくチクられて逆に状況は悪化します。つまり、同じ人が相手でも、この内容なら信用しても大丈夫だけれどこの内容は知られてはならない。そういった判断をする能力が、働いていく上で大変重要になります。よく覚えておいてください」
「……はい」
こんな早口の支部長、初めて見たよ。過去になにか……あったんだろうなぁ。
「ええと、なんでしたっけね。それでですねー、私自身も上手くいった場所と、上手くいかなかった場所があります。当時の私の性格もスキルも、なにも変わっていません、私は私のままでした。それでも受け入れられた場所と拒絶された場所があります。結局は相性の問題なんでしょうねぇ。だからセイもこの先、一つや二つや三つ拒絶されたからと言って、自分を否定してはいけませんよ」
拒絶される場所が増えてますけども。かえって不安になりましたけども。
「もちろんある程度の努力は必要ですよ? それでも、どうにもならない時も確かにあるのです。スキルのことは大きいですしね。でもね、何度でも言います、私たちはセイの味方です。もしこの先、どうにもならないと辛く思った時は、ここを頼ってください。教会職員たちもみな、同じ気持ちです。君が声を上げたならば、必ず私がなんとかすると、風の神プーリー様に誓います」
「……ありがとうございます」
支部長が風の神に誓う約束は、本物だ。僕はこの教会の人たちからちゃんと愛されてきたんだと、強く胸に迫ってくるものがあった。あー、やばい、ちょっと泣きそう。
「神のご加護がありますよう。気をつけていってらっしゃい。ああ、状況にもよるでしょうけどもー、登録が終わったら一週間以内に一度は帰ってきてくださいね。心配ですのでー」
「はい。いってきます」
僕の足の上でぷすーぷすーと寝息を立てて寝ているエリザを、そっと支部長に渡して部屋から出た。
教会から出る時は、おっちゃんおばちゃんたちが「頑張ってこいよ!」「気をつけて行くんだよ!」と大きな声で応援してくれて、チビたちは「いっちゃやだあああああ!!」「じぇったい、がえっでぎでねぇええええ!!!」「セイにいちゃあああああ! びゃああああああ!!」とビャービャー泣いて足にすがってきた。
ちゃんと帰ってくるから、約束するからと宥めるのに時間がかかってしまった。
いや、本当にすぐ帰ってくるからね。そこまで別れを惜しまれると、逆に帰り辛いよ……。
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