第11話 長審議


 それから少しだけ雑談して、結局すぐ解散になった。神官様の数が増えて、ほとんど囲まれた状態になったから落ち着いて話してられなくなったんだ、気持ち的に……。


 ミウナは僕とジンがどんな職に決まるのかを知ってから村を出たいって言った。そうだったね、僕たちは長審議だから、決まるのは明後日になるかもしれないんだったね。それはそれとして、僕も王都行きになるかもという期待は早めに捨ててほしい。


 ミウナが別れる直前に小さな声で「絶対に帰ってくるから。手紙届くようにしといてよね」と一番近くにいた僕の腕を引っ張りながら素早く囁いて去って行った。


 手紙かぁ。ジンは冒険者になったらあちこち移動になってなかなか届けられなさそうだ。コウは性格的に手紙を書かなさそうだ。でも僕も三人にできるだけ連絡するようにしようっと。まぁ、僕がどういう職業に指定されるか次第、だけど。


 ……どんな面談内容になるんだろうな。はぁ……。



 ◇ ◇ ◇



 ──さて、やってまいりました僕の長審議。うー、逃げ出したい。でも後ろでジンがニコニコ笑いながら退路を断っている。おのれ……。

 なんて、グズグズしてたって、逃げられるわけないって分かってるけどさ。


 昨日は村人総出で畑の魔獣対策をしつつ、長審議以外の全員の面談をしてた。

 スキルに変化のない村人の面談なんて「なにか意見希望はありますか」「ありません」で終了、がほとんどだからね。午後から開始で夕方には終わってた。


 コウはみんなの狙い通りこの村に残ることになった。巡察団が去ったあと、村で大宴会が行われることが決定してる。


 そして今日は長審議。受けるのはクイルさんとジン、僕の三人。


 一人めのクイルさんはこの村に残るか、王都へ行くかでだいぶ揉めたみたいだった。厨房のスキルがレベルアップしたことだし、このままの残留を村の人も本人も希望。でも新しく出た【歌を歌う】スキルは水の女神様に捧げる聖歌隊に入れる可能性があるのだから王都で専門の学校に入るべきでは、という教会本部からの要望とで揉めに揉めて、最終的には一応この村に残りつつ、二つ向こうの街の演劇場で定期的に歌の練習をしながら一年様子を見る、ということで落ち着いたらしい。


 次に行われたのはジンの長審議だったんだけど、すぐ終わった。これなら面談で良かったよね? という早さで終わった。

 引っ越しの準備が終わったら、ジンはガズルサッドで冒険者デビューだ。おめでとう。慰労会前に頑張って根回しした甲斐があったね。


 というわけで、とうとう村最後の、僕です。……いってきます。


「失礼します、セイです」

「入りなさい」


 部屋に入ると、正面に神官長様、右側の長机に神官様四人、役人一人、後ろに書記官二人。左側に支部長、副支部長、村長。

 この人たちに囲まれた、中央にポツンと置いてあるあの椅子に座れ、と。きっつ。


 昨日は畑で魔獣対策の作業をしながら、どういう言い方をすれば村に残れるのかを考え続けた。良い案は思い浮かばなかったけど、とにかく村に残りたいと訴えるしかないと気合を入れる。クイルさんだって残れたんだ、がんばろう。


「どうぞ座って。はい、それでは始めます。セイのスキルは【会話する】ですが、対象が不明です。なにと会話するのか、それが分からないと職業を決めることができません。もう一度確認しますが、セイ、心当たりはないんですね?」

「……ありません」


 心当たりがあったらこんなに胸のあたりがキリキリするような思いはしてません。


「ふむ。過去にあった類似のスキル名は三つ。内一つは初期スキル名【言葉を交わす】から【外国語の通訳】へ進化したものですが、これはセイのスキルには当てはまらないことが既に判明しています。ちなみに通訳スキル自体は複数人が発現させていますが、初期スキル名が謎であったものがこの一つだけだった、ということを述べておきます」

「……はい」

「つまり、最初は謎のスキルであっても、進化によっては既にある有益なスキルになる可能性がある、ということです」

「はい」

「次に初期スキル名【話しができる】ですが、こちらは進化も変化もしないまま、スキル保持者はとある村の教会で今も雑務の仕事をしています」

「……! はいっ」

「すでに高齢ですのでこれからの進化は望めないでしょう。興味深いスキルだったのに、もったいないことです」

「は、い……」

「三つめは、初期スキル名【言葉が聞こえる】です。こちらはその後冒険者となり、【言葉が聞こえる】スキルはそのままで新たに【動物を狩る】という狩猟スキルを発現させ、猟師になったそうです」

「……はい?」

「まとめると、通訳以外は初期スキルを全く活かせないままだった、謎のまま終わった、ということになります」

「は……はい」

「さて。どうしたものでしょうね。なにか意見のある者はいますか?」


 黙ったまま皆さんが顔を見合わせている。僕はどのタイミングで村に残りたいって言えばいいんだ。今? 今なのか?

 このままタイミングを逃してしまうよりは、いっそ……と口を開きかけたその瞬間に、神官様のひとりが「ゼノ神官長、発言いいですか?」と話し始めてしまった。うあ……。


「スキルの内容から推察するに、出来るだけ多くの対象と接する機会のある職に就くことが、望ましいのでは?」

「そうですね。私もそう考えます。多くの対象と接する仕事と言えば、大陸中を周るもの、ですかねぇ」

「旅をしながらの仕事ですね。まずは我々フォーライソー教中央教会本部巡回視察団。それから、冒険者、演芸一座、行商人、各種調査団、配達人といったところでしょうか」


 目の前で恐ろしい話が進んでいってる。それ、僕の職業……ですよね?


「しかし、それらの中で専門のスキルを持たずに勤められる職業となると……、【冒険者】だけですね」


 ──な、なんて? なんておっしゃいました?


 【冒険者】って……。僕に魔獣と戦えって、ほ、本気で……?


「ゼノ神官長、すみませんー」

「はい、ヨディーサン支部長、どうぞ」

「今のセイのスキル名では、受け入れる側も困ると思うんですねー。今回のスキルチェックで新成人四名のうち二名が村を出ることが決定してますしー、バランス的な意味でもセイは一時保留としてしばらく村に置いてー、雑務をしながら対象を探して、スキルが進化するのを待ってみてはいかがかなと、ハイ」


 し、支部長ぉおおおおお!! 嬉しくて泣きそうだ、ありがとうございます、支部長!


「支部長さんよ、村に置くって言ったって、畑スキル持ってない奴に何の仕事させるんだ」


 ぐ……、村長はやはり厳しい。畑命の人だからなぁ。

 でも実際には村人全員が畑スキルを持ってるわけじゃない。……まぁだいたいは夫婦で一人が畑スキル、もう一人が家事系スキルって感じだけど。

 畑以外の生活に必要なスキルを持ってるのは教会の職員さんだから、村人とはちょっと違うし。やっぱり畑スキルが無いと無理なのか……?


「畑以外の仕事もたくさんありますよー。セイは子供たちから好かれてますからね、よく面倒をみてくれて助かっています、ハイ。前例もあるようですし、教会の手伝いでいいんじゃないでしょうか」

「教会の臨時職員扱いですか。しかし【会話する】というスキル名から推測するに、より多くの対象と接することが肝要ではありませんか?」

「それはそうですねー。しかしセイは幼少の頃よりあまり体が丈夫ではありませんしですね、冒険者というのはあまりにも……」

「丈夫ではないといっても、病気ではありませんよね? 書類を見ても現在健康上の問題は無いとありますが」


 書類じゃなく、目の前の僕を見てください。この、チビで細っこい姿を。そして冒険者たちの姿を思い出してください。山賊です。


「ヨディーサン支部長、私は、この村には対象がいなかったからスキルの発現が不十分だったのでは、と考えているのですよ」

「その可能性は否定できませんけどもー。しかし【会話する】スキルが有用なものになるとは限りませんしー。これから新しく他のスキルが発現する可能性も……」

「新しく発現するのが、神子、錬金術、治癒術になるのでしたら賭けてみたいものですが」


 全員の目が一斉に僕に集中した。そしてすぐに「コイツには無理だ」という空気になった。

 自覚はあるけど、さすがに傷つく。だからスキルチェックなんてしたくなかったんだ。くそー。


「ヨディーサン支部長、私は【会話する】というスキルにこそ賭けてみたいのですよ。私からすれば、どうしてそう消極的なのか、そちらのほうが疑問です。未知のスキルですよ?」


 神官長様、僕のスキルに興味津々過ぎませんか……。

 去年までの神官長様だったら、作業的で事なかれな人だったから保留扱いになる可能性が高かったのに。どうして僕の年からこの人になったんだ。


 僕、めちゃくちゃ運悪くないか……?


「それに、一口に冒険者と言いましてもその業務内容は多岐に渡ります。先ほどのジンでしたらガズルサッドのギルド預かりとして大型の魔獣討伐や要人の護衛などの危険な仕事も視野に入れた教育がなされるでしょうが、セイの場合はしばらくはヨディーサン預かりでマディワ湖の冒険者ギルト出張所へ通いで勤めるのが良いでしょう。内容も採取や奉仕活動依頼などの簡単なものからになるでしょう」


 決定事項のように話してらっしゃる。もしかして、待ってても“本人の希望を聞きましょう”な流れにならない……?

 待って、せめて一言くらい僕にも言わせてください。


「あのっ」


 勇気を出して手を上げたら、神官長様が僕を見た。そして、ふふ、と笑った。え?


「そんな不安そうな顔をしないでください、笑ってしまいます」


 言いながら、もう笑ってますよね。

 笑って柔らかい雰囲気になった神官長様が、しかし僕に話す隙を与えないまま語りかけてきた。


「大丈夫、神が与えてくださったスキルですよ? 何を心配する必要があるというのでしょう」

「あの」


 僕が言いたいのはそういうことではなく。もう一度聞いてもらおうとしたけど、神官長様は口調は優しいのに有無を言わせない圧をかけてきた。ちょ……。


「あなたのスキルのレベルアップと変化を楽しみにしています。しかし、かと言って焦る必要は全くありませんよ、セイ。人には人それぞれ自分に合った速度というものがあります。丁寧に、誠意を持って事に当たっていけば必ずうまくいきます。神はいつでも見守っていてくださいますからね」


 あ、ダメだこれ、神官長様の中でガッチリ結論が出てる。他の意見を聞き入れる気なんて最初から無かった、んだろうな……。


「それではヨディーサン村のセイ、十六歳、職業は【冒険者】とします。神のご加護がありますよう」

「神のご加護がありますよう」


 こうして、僕本人への意思確認は一切行われないまま、長審議は終了した。


 う、嘘だろ……。

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