第10話 ジンの作戦


 神官長様とギルマスが笑顔で乾杯してる。


 思わずテーブルの向こうの席にいる──女の子に囲まれた場所にいるジンの方を見たら、ニヤ……ってなんかカッコいい笑いかたをしてきた。僕もカッコつけてニヤリと笑い返したら、コウから「ニヤニヤすんな、きも」と言われた。ひどくないかな……。


 ちょっとの間、コウと“どっちの方がカッコいい笑いかた出来るか勝負”をしてしまったけど、違う、神官長様とギルマスだよ。ちなみに勝敗は、審判のリリネちゃん判定で「セイにーちゃ、ちゅき、コウにーちゃ、かっこい」で引き分けだった。


 うーん、神官長様もギルマスもずっと笑ってるけど、なに話してるんだろ。まあまあ離れてるから、内容までは聞こえないんだよね。

 和やかな雰囲気で会話を楽しんでるように見える。でも実は、ジンを冒険者にするための交渉をしてる……はずなんだ。


 昼のスキルチェック会に来てた冒険者たちは、最初の予定ではジンの面談に乱入するつもりだったらしい。だけどやっぱり部外者は入れないだろうってことで、慰労会で勝負をかけることにしたんだって。


 ──あ、ギルマスがミウナの作った【透花晶球】を出した。

 そして神官長様が真顔になった!


 ここからがジンから聞いてた流れになっていくんだ。


 教会相手に反抗するようなやり方で説得するのは逆効果だから、「ジンは冒険者にしたほうが有益」と思わせる方法でいくことにしたそうだ。

 そこで利用させてもらうのが、ミウナが作った透花晶球だ。あれの中に入ってる色砂を見つけてたのはジンだったと神官長様に告げる……つまり“ジンには鉱脈探しの才能がある可能性が高い”と教会本部に思わせるって。


 実際には色砂を見つけるのが一番上手だったのは僕だから、果水樹園で「セイの手柄を横取りさせてもらう、ごめん」って謝ってきたけど、二番目に上手かったのがジンだからそんなの気にしなくもいいって言ったんだ。手柄というほどでも無いし、僕が冒険者になりたいわけでもない。どうぞどうぞだよ。


 だいたい色砂を見つけるのが少し早いだけで、僕に鉱脈探しなんてできるわけない。川の石を拾うのとはわけが違うんだ。大型魔獣のたくさんいる険しい山の中を探索するっていう絶対条件が、僕には無理。


 神官長様が透花晶球を天に捧げるように持って笑みを浮かべていらっしゃる……効果はバツグンだ。

 あの透花晶球はジンがミウナからもらったヤツだから、そのまま王都の教会本部へと送られていくんだろうな。

 ここまでは、順調に進んでるように見える。


 この作戦を考えたのは、実はジンなんだよね。


 自分のスキルチェックの時に、魔大熊みたいな冒険者が言った「新しい鉱脈の発掘調査を国から何年せっつかれてると思ってんだ」をヒントに思いついたらしい。


 それから、講堂からの帰り道の短い間に冒険者パーティーの皆さんと打ち合わせして、果水樹園に行く前には村長と長老にも根回しを終えてたって言うんだから。教会本部からの聞き取り調査が多分あるだろうから、その時にジンの性格は冒険者向きだって言うように頼んでおいたんだって。村長も長老も悪い人たちではないけど良い人でもないのに、よくオッケーしてくれたよね。まー、ジンだからなぁ。


 うちの教会支部には根回ししなくていいの? って聞いたら、そっちは頼んだところで聞いてもらえるわけがないし、下手につついて警戒される方が痛いそうだ。そもそも教会からは書面で個人の性格や能力についての詳しい内容が提出されるから、今からの根回しはもう遅いんだって、あっさり笑った。

 だから、長審議でその書面を見られる前に──今日の慰労会でさっさとケリをつける、とりあえず神官長をオとせばなんとかなるだろ! って、そんな簡単そうに……。でもジンだしな。そう思ってた。


 そして、あの神官長様の満面の笑みである。

 透花水晶を捧げ持って、うっとりと見入ってらっしゃる……。


 この作戦ではなによりも、“芸術の加護をくださる水の神様の神子候補であるミウナが作った”透花晶球を差し出す、というのが大きいんだってジンは言ってた。

 まさにその通りだったみたいで、神官長様の周りに巡察団の皆さんが寄ってきて、全員のテンションがめちゃくちゃ上がったのがこの距離でも見て分かった。さっきまでと空気が違う。代わる代わる透花水晶を眺め、拝み……拝んじゃうのか……。あ、涙ぐんでる人までいる。どこに泣く要素が?


 神官とは言え感情を持った人間なんだから、機嫌が良い時は要望を通しやすくなるはず……なるほど、本当にそうだね。


 本当……スキルチェックの時に真っ向から反抗したミウナのやり方は、実に悪手だったと言わざるをえない……。


 透花水晶を持ったまま会話を続けてた神官長様とギルマスが、二人揃って突然こっちを見た。ん?


 一瞬、僕のほうを見たのかと思ったけど、そんなわけないよね。


 少ししてから二人は笑顔で握手した。うーむ、これはもう決まったと思っていいんじゃないかな。

 この交渉に口の上手そうなギルマスが駆けつけたあたり、ジンはどこまでも運の良いヤツだなぁ。


 ジンのほうを見たら、なにも見てないし気付いてませんよ、という顔をして女の子たちに囲まれてた。あとで肩を強めに叩きに行こうっと。


 ほぼ奴の思惑通りに事が進んだみたいだけど、透花晶球を利用することをミウナに言うタイミングが掴めなかったことだけは唯一失敗だったようで、結構気にしてた。ミウナには常に女性神官が絡みついてたからね、話しかけられる隙なんてどこにもなかったから仕方ない。


 でも透花晶球のことを抜きにしても、ミウナが王都へ行ったらこの次はいつ会えるか分からないんだから、僕たちだけで話できないかなぁ。

 そんな風に思ってたら、意外に早く、慰労会が終わった直後に四人で集まれた。


 集会所を出た廊下の隅でジンとコウと僕の三人で固まってるところにミウナが通りかかったんだ。女性神官もミウナと一緒に輪の中に入ろうとしてきたけど、それはジンが止めた。


「すみません、これがぼくたち四人、幼馴染みだけで話せる最後の機会になると思うので遠慮してください。この場所からは絶対に動きませんから。いいですよね?」


 神官様は困ったように笑いながらも頷いて、少し離れた場所に行ってくれた。ジンのこの“にこやかに爽やかに、しかし強引に自分の要望を通す能力”ってすごいよな。僕が同じセリフを言っても絶対にきいてくれないよ。


「ミウナ、悪い! 晶球あげちまった!」


 ジンが開口一番に謝った。意外……でもないかな、細やかな気遣いの仕方するよね。声はデカイけど。


「ああ、あれね。いいよ。私が渡したものは持ってる人が好きにしていいよ」

「あ、それじゃ僕の部屋の……」

「お前いつ出てくんだ」


 僕が話すより大きい声でコウがミウナに話しかけた。複数人で話すと声が大きい人が勝つよね……。


「最初は明日荷造りしてあさって出発だって言われたけど、なんとか三日後にしてもらったんだ。それでも三日後だよ。早過ぎない? 早過ぎるよね? バカだよね?」

「あっははは、ミウナ顔やべー!」


 ジンが遠慮なく大笑いした。気遣いとは……。


「ヤバくもなるよ! なんで私が王都になんか行かなきゃいけないのか、ほんっと意味わかんないんだけど!?」

「王都のなにがイヤなんだ。お前向いてるだろ」


 コウがズバッと言い切ったら、ミウナが心底忌々しそうに舌打ちした。いやほんと顔ヤバイよ。


「私はのどかな田舎が好きなんですー。それに聞いてた? 神子修行って、神学校に入るんだよ。やっと教会の授業を受けなくてよくなったのに、神学校! 私にまた勉強しろっていうんだよ、しかも何年も! あーイヤ、さいっあく!」

「えええ、そういう……?」

「しょーもな」

「あっははは! ひでー理由だな!」


 そんな理由で嫌がってたのか。コウは呆れてるしジンは大笑いしてる。

 確かにミウナは座学が嫌いだったね。物作りのためなら何時間でも座りっぱなしで平気なのになぁ。


「でもさ、王都に行ったらこっちでは見たこともないような色んな雑貨が売ってるよ、きっと」


 ミウナの王都行きは絶対に止められないから、せめて気分が良くなるような要素をあげてみた。

 服やアクセサリーには興味なくても、変な雑貨とか綺麗な便箋やカラーインクは好きだもんな。でもこんな田舎の教会住みではなかなか手に入らないからね。


「雑貨は気になるけど、でも私だけ行くのはやっぱりいやだよ。セイも一緒に行こ!」

「なに言ってんの無理だよ」

「なんでよ。ジンとコウが無理なの分かるけど、セイのスキルは変だから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないから」


 変であることを良いことだと思ってるだろ……。そもそも王都は選ばれし民しか入れないって子供でも知ってる。僕のあの加護チェッカーの結果を見てたんなら無理だって分かるだろうに。行きたいと言って連れて行ってもらえるような場所じゃないよ。


「コイツに王都なんか無理に決まってんだろ」

「王都は行ったことねーけど、イメージ的にセイには無理だろーな!」


 コウが顎を僕の方へクイっと動かして言い、ジンが笑顔で言い切る。言葉はひどいように思えても、二人に悪意が無いことはよくわかってる。でもミウナは不満そうだ。


「そんなの分かんないよ。スキルだって性格だってこれからの環境と経験でどんどん変わってくんだから。セイが私たちの中で一番大物になる可能性だってあるんだから!」


 目力も言葉の圧力も強めで言い切るミウナに、ジンが「無理っていうのはそういう意味じゃなくて」と言いかけたところで、神官様から声がかかった。


「ミウナ様、そろそろ……」

「イヤです。まだ早いです」

「しかし……」

「イヤです。まだ話します。ジャマしないで」


 ……僕の未来の性格がどうなるかは自分でも分からないけど、ミウナなら今現在の性格で王都でも充分やっていけると思うよ。うん……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る