第9話 慰労会
ジンと、重要な話もどうでもいい雑談もしてるうちに結構時間が過ぎてしまってた。“果水樹の実を指示の本数分収穫するにはこれくらいかかるだろう”という頃合いで帰るつもりが、いつのまにか二つの太陽がほとんど沈んで空が暗くなってる、やっば。
アーサーは、しゃべってる時に棒を投げまくってたから“持ってこい遊び”がいっぱいできて、すごく満足そうな顔してる。行きに見つけたお気に入りの棒もちゃんと回収した。楽しかったね、また遊ぼうねー。
急いで帰ったけど手遅れで……僕たちだけのんびりしてたツケはちゃんとやってきたよ。採ってきた果水樹の実を全部、大急ぎで洗って拭くように言われた。はい、やらせていただきます。サボってたの、バレてたね……。
洗い場へ行く前に、魔獣が出たことを村のおっさんたちに報告した。けれどやっぱり小型が一匹なら慰労会のほうを優先するって。まあ予想通り。
でも魔獣対策を後回しにした一番の理由は、アーサーがそれからは無反応だったって言ったからだろうなぁ。アーサーへの揺るぎない信頼感。
じゃ、行って来ます。
……水が、まだ冷たい! 僕とジンは「うおー!」「うがー!」と謎の雄叫びをあげながらひたすら洗う、洗う、拭く、並べる! という作業に勤しんだ。
果水を慰労会会場に運び終わる頃には、料理も全部揃って机の上に並べ始めてた。そろそろ準備終わりかな? お酒をもう少し用意しておきたい、わかりました。僕ひとりで取りに行ってきます。ジンはつまみ食いならぬ、つまみ飲みするからなー。
酒小屋は敷地内とは言えちょっと離れた場所にある。
あくまでも追加だからそんなに量無いだろと思ったのに、甘かった。台車持ってきといて良かったよ。どれだけ飲む気なんだ……。
お酒って、おいしいかなぁ。飲んだことあるけど、僕にはまだお酒の良さは分からないな。このまま村にいれば、祭りだ慰労会だ収穫前気合い会だお疲れさん会だなんだと、なにかっていうとお酒が出てくる。そうしたら嫌でも慣れておいしいと思うようになる、かな。まぁ村に残れればの話……。
──ん? 住居棟から人が。
今は無人のはずじゃ? って、神官長様だ。神官様一人と書記官一人も出てきた。
あの部屋は確か。
訳あり……えーと、療養中の人の部屋、だね。あの人、ずっと部屋にいたのか。
スキルチェックは基本的にはみんなの前で行うものだけど、病気や怪我で講堂まで行けない人や、どうしても他人にスキルを知られたくないっていう人は、事前に申請して許可が下りれば個室でやってもらえる。
あと、大きい街だと夜の商売とか、他にも……アンダーグラウンド的なスキルの人は、個別でスキルチェックを受けてるらしいって聞いたことがある。でも神様がそんな、人に知られたくないようなスキルを授けるかなぁ?
あの部屋の男の人は、アンダーグラウンド的なスキルってわけじゃなくて、逆に【神子様】だったって。そういう噂だけど、なんかよく分かんないんだよね。
十年前に「神子の可能性がある」といって王都へ連れてかれて、それからずっと音沙汰無しだったのに、半年ほど前に突然「療養のため」といって村に帰ってきたんだ。
支部長からみんなに「彼は心身の疲れを癒す必要があるから、そっとしておくように」とお達しがあって、できるだけ近寄らないように気をつけてた。
まあ、本人が部屋にこもりきりで全然出てこないんだけどね。
たまに夜の人のいなくなった食堂で、小さな明かりの下でたった一人、無言で涙を流しながら、子供のオモチャのゴーレムをカチャカチャ動かしてる姿を見かけたくらいで。
──まあまあ怖かった。
嘘だ、とても怖かった。
王都でなにがあったんだろう……。
偶然ミウナと一緒に目撃した時があって「都会っちゅうのは恐ろしいとこだべな」「んだんだ」なんて言い合って、僕らは田舎のほうが合ってるよねーって。あ、だからミウナは王都行きをあんなに嫌がってたのかな。
でもミウナなら大丈夫だと思う。ジンもそうだけど、“何もしなくても、ただいるだけで人目を集めて尊重されるタイプ”だしね。その上、運も良い。
二人には隣村にもファンがいるぐらいで、一緒にいると僕は邪魔者扱いされてた……。いや、いいんだ、あの二人が特別なだけなんだ。
ん? 今、足にふわーっと暖かいなにかが。
ってエリザか。ちょ、待って、両手が台車で塞がって……はい、肩の上どうぞ。首回りがすごく暖かくなったよ、ありがとうね。オウ、頭突きのようなスリスリ。ゴロゴロ言ってて可愛いなぁ、あとで撫でさせてください。
慰労会会場まで、ゆっくり台車を押していく。お酒を倒したら大変なことになるからね! 仕方ないね。エリザもそう思うよね。にゃー。だよねー、もふもふ。
会場には知らない人もたくさんいるから直前でエリザを降ろして、撫でて頭頂部を吸ってから、さよならする。また明日もよろしくお願いします。もふもふ。……やっぱり最後にもうひとモフお願いします。もふもふ。
中に入ると、ガズルサッドの冒険者の皆さんがちゃっかり座ってるのが見えた。……ジンが言ってた通りだ。
冒険者の皆さんには僕たちの知らないところで大型魔獣の駆除でお世話になってるし、村長のほうからどうぞご一緒にってすすめたのかもしれないけど。
そろそろ準備完了? コウの隣が僕の席なんだね、オッケー。さっきはお疲れだったね、何回打ち上げれらたの? コウの目が死んだ。なんか、聞いて悪かったよ……。
やっぱりミウナはいない。っと、神官様たちのテーブルに居た。参加させてもらえただけすごいのかもしれない。
この先もう会えなくなるかもしれないし、こっちに来たいだろうな。同情してる気持ちに嘘はないけど、ミウナの顔が怖くて目をそらす。出発前に挨拶くらいはさせてもらえるよ、多分。
◇ ◇ ◇
神官様と役人と、上級スキルの技能士の皆さん御一行──正確には、えーと、フォーライソー教中央教会本部巡回視察団……だったかな。
【フォーライソー教】はこの国唯一の宗教の名前で、【中央】は王都のある中央区の意味。【教会本部】はそのまんま、王都にある教会本部の事だ。ちなみに他の教会は全部【支部】になる。だいたいそんな感じだったかな。興味ないからしっかり覚えてないや。
【王都の巡察団】なんて、勝手に足したり略したりな呼びかたもしてるし。人によっては「中央」とか「本部」って呼んでたりもするしね。
その御一行は昨日の夕方にはこの村に着いてたけど、馬車で山道を越えての長旅から到着してすぐはあまり食欲が無い人も多い、ということで毎年スキルチェック会の後に慰労会をするようになっている。
村の特産品アピールも兼ねてるから、普段食べられないような食事がたくさん出てくるんだ。あんまり貴重な食材はさすがに視察団の皆さんのみに提供で、僕たちまでは回ってこないけどね。サンライパンとか。
うちの村の偉い人たち──支部長、副長、村長、長老が順番に神官様やお役人にお酒を注ぎに行ってご挨拶して回ってる。大人って大変だ。僕はまだ子供エリアでひたすら食べるよ、やっぱり慰労会の食事が一番気合い入ってるなー、うまうま。
そうこうしてるうちにだいぶ席もばらけてきて、場がにぎやかになってきた。そんな中、神官長様にお酒片手に近づく、知らない眼鏡のおじさん……眼鏡って珍しいな。誰だろうアレ。ここらへんでは見かけないタイプの、賢そうというか“都会の人”という空気。
「コウ、あれ誰か知ってる?」
「あ? あー、ガズルサッドの冒険者ギルドのギルマス」
「ギルマス? ……“ギルドマスター”?」
「そ。ガズルサッド冒険者ギルドの最高責任者」
「冒険者ギルドで一番偉い人?」
「実際に一番発言強いのは大抵古株のおばちゃん」
「間違いない」
あっはっは……じゃないや。あの眼鏡のおじさんが【冒険者】? スキルチェック会に見学に来てた男の人たちは見るからに「荒事得意です!」って感じのほぼ山賊だったけど、あのギルマスはお役人っぽい。全然強そうに見えないけど、人を見た目で判断しちゃいけないってことなんだろうか。
なんて考えながら話してたら、コウが「違う」と面倒くさそうに言った。
“冒険者”ギルドとは言っても、中の運営は事務仕事だからトップは机仕事のできる人がなるらしい。だからあのギルマスは頭が良くて力は弱いはずって。
とは言っても取り仕切る相手は荒っぽい冒険者たちだから、副ギルド長を冒険者出身の人がやってるそうだ。スキルチェック会で神官長様に絡んでた冒険者たちは、ガズルサッドのギルドに所属してる冒険者パーティーで、職員も兼務してるらしい。それ以上の詳しいことはコウもわからないって。
面倒くさそうなのは口調だけで、意外にコウは情報通というか、何気に色々詳しいよね。
それにしても、まさかのガズルサッドのギルマス登場かー。
ガズルサッドは馬で五日もかかるんだから、あのギルマスは昼は隣村にいたのかな。うちの村は小さいけど、隣のマディワ湖村はそこそこ大きくて宿屋もあるし、なにより冒険者ギルドの出張所がある。もしかしたらもう一つ向こうのドモディダ街にいたのかもしれないけど。
どこにせよ、ギルマス自らが巡察団の近くを付いて回って、待機してたことに間違いはない。それだけ今年は冒険者の新人獲得に本気だってことなんだろう。
そのタイミングで冒険者っぽいスキルを出したジンは、努力だけじゃなく“不思議な運の良さ”も持ってる人間なんだ、やっぱり。さすがジン。
それでも、まだジンが冒険者になれるって決まったわけじゃないんだよな。
だから、少しでも確実にするために。
これからジンが果水樹園で「僕の手柄を横取りする」って言ってたアレが始まるんだ。
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