第8話 果水樹園
アーサーがキリッとした顔で王春モモカの果水樹をフンフン嗅いで、コレは違うと首を振ったり、コレはまあまあですかねと傾げたりしてる。
美味しいものを探し当てる才能でアーサーに勝てる人はいない、期待してるよ!
任せてください! とばかりに勇ましいワンッという返事がかえってきた。頼もしい。
ジンが採りに行った黄昏リリンコ水は、年中実が成る、育てやすく数が多く採れる、殻が丈夫で扱いやすい、という果水樹の定番品種だけど、夕方の時間帯の金陽が朱金色に輝いてる時──【夕輝き刻】に採取しないと味がしない、という困ったところもある。
そのせいで昨日のうちに採っておけなかったんだ、曇りだったから。
今日は晴れて良かったよ。いざとなれば木製瓶に移し替えてある販売用の果水もあるけど、どうせなら採りたてのおいしいヤツを出したい。
春待柑蜜は新鮮なほどおいしいから当日採取が原則で、しかも最後。まぁ、一時間やそこら早く採ったところでそんなに変わらないとは思うけど。村全体での収穫の時に春待は最後にしてるから、癖みたいになってるだけだね。
僕が担当した王春モモカは、ほんとは今だとまだ時期が早い。もうちょっと暖かくなってからが飲み頃なんだけど、ここらへんの地域ではうちの村でしか栽培に成功してない珍しい品種だし、せっかくなら王都巡察の皆さんに飲んで欲しいよね。今日はポカポカ陽気だったし一日で甘さが増したんじゃないかなー。
アーサーが、コレおいしいやつです! と大きくワンと教えてくれた樹に向かう。あ、ふわっと甘い匂いがする。さすがアーサー。頭をわしわし撫でてから、さて採取。時期が早いぶん、味が仕上がってる実を探すのに時間がかかりそうだと思ったからジンと手分けしたけど、これなら僕もリリンコに行ってからでも良かったかな。
薄紅色で底のほうが色が濃くなってる縦長の楕円形の実を、下から片手で支えてハサミで果硬枝を切る……う、かたい。これでも結構良いハサミを持ってきたんだけどな。キコキコ……よし。
王春は殻が柔らかいから、あまり力を入れないよう気をつけながらヘタ部分を左右に捻り、上へ静かに引き抜く。茎ストローを挿して、一口味見。うっま。
酸味がほとんど無く甘さ満点のモモカという果物の美味しさをギュッと凝縮した濃厚なジュースが口の中で一気に広がりつつ、その甘さはまろやかでベタつきは無い。うっま。これは神官長様から二度目の「良い仕事をなさいましたね」がもらえる素晴らしい出来。これなら慰労会に出してもオッケーだね。
斜め掛けバッグから木製深皿を出して、一応消毒布巾で拭いてから王春モモカ水を注いでアーサーの前に置く。
アーサーが見つけてくれた飲み頃のモモカ水だよー、おいしいね、よしよし。
さて、二十本か、がんばろう。
ハサミの切れ味が悪くて指が痛くなりつつ、アーサーの指示を仰ぎつつ、指定の二十本と味見用に形の良くない三本を収穫してカゴに入れた。
よーし、ジンのリリンコを手伝いに行くよー。
歩き出してすぐに、アーサーが警戒するように唸り声を上げ始めた。どうしたどうした。
見ると木の幹の中ほどに、真っ黒の泥のような魔瘴気をボタ……ボタリ……と落としながら止まっている蜘蛛型の魔獣【グアチュラ】がいた。小型魔獣だけど、両手くらいの大きさはある。
地面に落ちた魔瘴気の塊が、草を枯らして黒い煙を上げている。
うっわ、早く駆除しないと! 魔瘴気が実に付くと廃棄処分になる!
まずは魔獣の感覚を狂わせる煙々玉をポケットから素早く出して投げつける。すぐさま腰のベルトから伸縮式棍棒を引き抜いて……。
アーサーが初速の速いダッシュを決めて木に体当たりをかまし魔獣を落とす! そして前足の爪で頭を切り裂きその足ですぐに胴を踏み潰す! ガウッと力強く勝利宣言をあげてフィニッシュ!
さすがアーサー、見事な瞬殺。僕は静かに、伸ばすことすら無かった棍棒をベルトに戻した。
駆け寄りながらバッグから【聖浄水】を取り出してまずはアーサーの前足に、そしてすぐに魔獣の死骸にも振りかける。少しの量でも、ドロリとした真っ黒の魔瘴気が蒸発するように消えていった。お高いだけあって良い効きめだなー。
魔瘴気が消えて、蜘蛛型の魔獣の本体があらわになった。うーん、生身の見た目もエグい。平丸型の黒いボディを囲うように、えーと十二本かな、モジャっとした足が生えてて、胴体四隅に三つずつ計十二個の目玉がボコボコと付いている。それが踏み潰されて汁を出してた。
しばらく様子見。……うん、完全に死んでるね、じゃ埋めよう。あ、アーサー、穴を掘ってくれたんだ。ありがとう。浅過ぎず深過ぎず、良い穴だね。そこに魔獣の死骸を落として埋めて、目印になる棒を立てる。
そして、両手をふんわりと合わせて額の前に。魔獣は見つけ次第殲滅すべしと教えられてるけど、それはそれとして命であることは間違いないからね。殺しておいてなんだけど、魂まで迷子にするのはやり過ぎだと思うんだ。だから無事に天へと登れますようにとお祈りを捧げる。……これで良し。
「ありがとう、すごいぞー偉いぞー、良い子良い子」
褒めながらアーサーの足と顔まわりを消毒布巾で拭いた。消毒布巾は魔瘴気にも効果があるから、特に前足を念入りに。あと傷がついてないかも丁寧にチェック。出る前にもチェックはしておいたし、今も痛がったりとか変わった様子は無いから大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配だしね。
魔瘴気は、軽く触れたり少し口に入るくらいなら問題無いけど、傷口から体内に入るとヤバイらしい。めちゃくちゃ痛くて、しかも自然に治ることは無い……って。何年でも何十年でも痛みと疲労感が続くから、絶対に気をつけるように、どうしても入ってしまった場合はすぐに聖浄水をかけるようにと、僕たちは小さい頃から徹底的に教え込まれてる。
うん、肉球も足も顔も大丈夫だね。良かった。
魔獣は群れることはほとんど無いらしいけど、一応ね、他にもいるとまずいので近くの樹も見て回る。
アーサーが反応しないってことは、さっきの一匹だけだったってことか。最初から最後までアーサー様サマだね!
帰ったら魔獣のことを報告しないとなー。春だし虫も魔獣もぼちぼち出てくるよねー。明日は面談があるけど、一人ずつ抜けて交代だから作業はできるんだよね。村総出で点検と予防対策……果樹エリアだけじゃないんだろうなぁ。大変だー。
ちょうど王都から魔獣避けの結界の上位スキル職人が来てるんだから、もっとガッチガチに張り直してもらえばいいのに……と毎年思うけど、ダメなんだよなぁ。
ここらへんの山や森には魔獣が生息してるから、村の周囲と隣り村への道沿いに全部、魔獣避けの結界が張られてる。村の教会職員さんにも結界スキル持ちの人がいて、普段の補強とかは頑張ってくれてるけど、全体的な結界は上位者じゃないと無理なんだそうだ。
それでメンテナンスの為に上位スキル職人さんがスキルチェックの視察団一行と一緒にきて、毎年張り直してくれてるんだけど。
それでも、入ってこられないように出来るのは中型以上の魔獣だけ。
小型の魔獣も入ってこられないような強い結界を張ってしまうと、畑に必要な鳥や虫も弾いてしまうし、そもそも人間の出入りもできなくなってしまうらしい。とても残念だ。
見たら殺さないわけにはいかないし、村に入って来なければそれが一番なのにな。魔獣は森で生きてれば良いのに、なぜ人のいるところへ来るのだ……。
なんて考えながらアーサーのお腹をわしゃわしゃ撫でてる場合じゃなかった。ジンを手伝いにいかないと。
よし、行くよアーサー! ……待って! 早い!!
「──セイ! こっちだ」
「……えっ」
両手カゴを抱えて小走りで進んでると、春待柑蜜水エリアからジンが手を振ってきた。あれ? リリンコ水は?
「リリンコと春待終わったぞ、こっちこっち」
「えっ、春待も?」
「おー! ここにはセイしかいねーからさ、小剣でサクサクサクッと斬り落として終わらせた! 内緒なー」
ジンが腰の小剣に手をやりながら、ニカッと明るく笑って言った。
……収穫を小剣で? 『内緒』?
「あんま早く帰るとめんどくせーから、ちっと休んでこーぜ」
ジンが地面に座ってしまった。まあいいか、予定よりだいぶ早く終わったし。僕も向かい合うように座る。
「王春はどうだった? 甘いヤツあったか?」
「あ、うん、アーサーが見つけてくれた。コレ」
「あんがと! さすがアーサー。ほい、リリンコと春待の傷有り」
「ありがと。あ、春待は二本もらえるかな?」
「多めにとってあるぞ」
「ありがとう」
予備の、というかジン用に取っておいた王春モモカ水を渡すと、一瞬でヘタを抜き取ってあおるようにゴクゴク飲み始めた。「うっめ、マジうっめ!」と感動してる。分かる、今年は特に良い仕上がりしてるもんね。
ジンから受け取ったリリンコ水のヘタをひねって開けて、僕は茎ストローをさして飲む。
うむ、うっまい。王春の濃厚さに対し黄昏リリンコのさらりとした甘さ。香料としても使われるほど良い匂いがするリリンコの爽やかな風味がよく溶け込んでる。残りを深皿に注いでアーサーにもおすそ分け。フガフガ言いながらあっという間に飲みきってしまった……。
待って、春待開けるね。待て待て、一度お皿を拭いてからだよ。春待はアーサーに一本全部あげよう。……はい、よし。
では僕も。──うむ、甘酸っぱくてうっまうま。蜜の甘さと柑橘の酸味がほどよく調和して飽きのこない味になってる。しかも春待は味が良いだけじゃなくて栄養価も高いんだ。幻気をたくさん含んでて疲労回復に効果がある。だから頑張ってくれたアーサーに丸ごと一本あげたんだ。満足そうでなにより。
それにしても、ジンの収穫は早すぎだね。ハサミじゃなくて小剣を使って早く終わらせられたのって、やっぱり剣のスキルが関係してるのかな。
内緒ってことは、ジンは小剣を使えば早く収穫できることを自分では知ってたってことだよね。それで、村の人にバレないようにしてたってことは……。
コウの時みたいに引き止め作戦にあいたくなかった。それだけ、“村から出たい”ってことだよな……。
「あのさ」
「ジンってさ」
同時にしゃべり出してしまった。ジンからどうぞ、いいよいいよ、先にどうぞ。
「俺、絶対に冒険者になりてーんだ。俺は畑よりも、剣で戦いたい。絶対に強い男になるってガキの時に決めたんだ」
「……うん」
やっぱりそうなんだ。いつからかは知らないけど、村に残されないよう人前での収穫作業はわざと遅くしてたんだね。
スキルがどんな内容で出るか分からないもんなー。剣のスキルが出なくても村を出られるよう準備してたんだろうね。まさか【旅をする】スキルまでくっついて出てくるとは、ジン本人も思ってなかっただろうし。
もうジンが村を出ることは確定にしても、だからってわざと隠してたことを村の人たちに知られたくはないよね。もちろん黙っとくよ。
そう言おうと僕の顔に抱きついてるアーサーをどかしたら、いつも真っ直ぐで元気溌剌なジンらしくない、気まずそうな微妙な表情でこっちを見てた。もしかして僕の顔、毛まみれになってる?
「だから……、悪りぃんだけどさ。セイの手柄を横取りしちまうかもしんねー。だから先に謝りたかったんだ。ごめん!」
「……ん?」
話しの着地点が予想外。
というか、そもそも僕に横取りされるような『手柄』なんてあったっけ?
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