第6話 スキルチェック_セイ
「どうしましたか、セイ、前へ」
「はい、すみません……」
なんとか足を前へと進めながら、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。あーイヤダー。
──スキル無しだったらどうしよう。
突然、不安になった。村に残れるスキル内容じゃなかったらどうしようってずっと悩んでたけど、実際にチェッカーの前に立つと色んなことを考えてしまう。
今までにスキルがなにも出なかった人って、いたっけ? いやでも、僕だってそこまでひどくないはず。でも発現しそうなスキル内容が自分でも全く見当がつかないんだけど。
これまで、畑の手伝いを一所懸命してもスキルになりそうな手応えは無かった。あと子供の世話……料理……事務処理の手伝い……他になにやったっけ……なんだかどれも“悪くはないけど良くもない”という微妙な評価だった。
僕には、コレという取り柄が、無い……。なにも出なかったらどうしよう。
そんなに長い時間動きを止めてたわけじゃないのに、コウが素早く舌打ちしてきた。ちょっと待って、最終的な心の準備が。
分かった、分かったから連発やめろ。
軽く震えながらスキルチェッカーに手を乗せて、必死に祈った。なにか、もうなんでも、……なんでもは良くないな、できれば村に残れるようなのをお願いします!
「セイのスキルは──」
あああ、お願いしますプーリー様!!
「【会話する】! ……なにと?」
「………………さぁ」
え、本当に分からない。【会話する】? 僕は何と会話するんだ?
予想外過ぎて、つい素の態度で雑な返事をしてしまった。頭の中が真っ白だ。神官長様はあごをさすりながら「ううむ」と唸ってる。
「書記官、なにか類似スキルに覚えはありませんか?」
「はい。えー、同一ではありませんが【話しができる】が数年前にあったかと思います。レベルアップ後のスキル名は今は分かりかねます」
「私は初期のスキル名は失念しましたが、レベルアップ後の【外国語の通訳】が類似スキルになるのでは、と考えます」
二人の書記官が、記録の手を止めずに答えてた。職人技だ。
神官長様は「なるほど通訳ですか」と考えるように呟いた。
……いや。いやいや、それは無いんじゃないでしょうか。教会の授業で軽く隣の国の言葉を教えてもらってるから簡単な単語くらいなら覚えてますけど、同年代のみんなと変わらない程度の語学力しかない自覚がありますので。どちらかと言えば苦手なほうですので。
そう視線で訴えたけど、そもそも神官長様は僕を見ていなかった。神官長様はぐるりと講堂内を見回して、そしてまだ残っていた冒険者ギルドの職員の中の一人に、外国人がいることに気付いてしまった。オウ、アナタなぜこんなトコロにイマスカ。って、ガズルサッドは港街だから外国人の出入りが多いんだったっけ。移住してきてる人もいるよね、そりゃね。
「失礼ですが、あなたは母国語は……? 協力していただいても? ありがとうございます」
あっさり交渉成立。「わざわざ試さなくても僕は外国語なんてしゃべれませんよ」なんて、ミウナと違って僕は直接言えるわけもなく。
みんなの前で恥をかいて終わったよ……。
灰色の髪に青色の目をした筋肉モリモリの冒険者がなにかを話しかけてきたけど、全く聞き取れなかった。「ノー、ムリムリ、ノー、タスケテ」と首を振りながら繰り返し言うことしかできなくて、みんなから大笑いされた。ちくしょう笑いたいだけ笑えばいいさ。……チビ共の笑い方が容赦なくて泣ける。
神官長様が神官仲間のほうになにか目で確認したあと、ため息をついた。なんかガッカリさせたみたいで、すみません。
「通訳ではないみたいですね。うーむ。初期スキルは想像の余地がある名称であることが多いにしても、対象が全く指定されていない、ということも珍しいんですよね。【会話する】というスキル名自体が気になる内容でもありますし。うーむ……」
どうしよう、終わる気配がない。
僕だって自分のスキルだし、詳しい内容は気になるよ、当然。
でもね、村人ほぼ全員のスキルチェックの最後が僕なんだ。はっきり言ってみんな疲れてる。しかもこの後にまだ慰労会の準備作業という仕事が残ってるんだよ。
この“早く終われ”的な空気が、神官長様にどうして伝わらないんだろう。居たたまれない。
うわ、終わるどころか「この子が最後でしたっけ? なら時間は気にしなくていいですね」って、どういうことなんだ。
「この村はプーリー様を一番信仰してるんですよね。風の神の加護で会話ができそうな対象……。【動物】などどうでしょう」
どうでしょうと言われましても。
えー、つまり犬や猫だよね。アーサーとエリザとは、なんとなく話が通じてる気がする時はあるけど【会話】と言えるほどハッキリした意思の疎通は取れてない……んだけども。
スキルって「名前が判明してから花開くことがほとんど」って神官長様も言ってたし、もしかしたらこれからアーサーやエリザと会話できるようになる、かも?
できたら良いなぁ!
動物かもしれませんと言いかけて、ふと村の大人たちがいるほうを見て、慌てて口を閉じた。
エリザは教会のみんなで飼ってる猫だけど、一番可愛がってるのは支部長だ。
よく「エリザたん、エリザたん、今日も可愛いでしゅね〜。ん? なんでしゅか? 『にゃー』? 分かりました、オヤツが欲しいんでしゅね! ハーイせいか〜〜〜い! ふふふ、私ぐらいになるとエリザたんの言ってることが大体分るんでしゅよ〜〜〜」と言っているのが聞こえてる。
アーサーを一番可愛がってるのは副支部長だ。
毎日「アーサー、今日もいい笑顔だな。俺のことがそんなに好きか。そうかそうか、そんなに好きか〜! 俺ぐらいになるとアーサーが何を言ってるか分かるんだ。相棒だからな!」と、わしわし撫でながら言ってる。
──僕はまだ、あの二人のレベルには到底、及ばない。
話が通じてる気がするのは、あの二匹が賢いだけだろうなー。スキルの手応えっていうより、ただの願望だしね。
……なにより支部長と副支部長の前で「教会の犬と猫が話してることが分かるかも」なんて言ったら、怒られそうで怖いし。
それでも、スキルの相手が動物だったらいいな、という気持ちはあるので。
「僕にはちょっと分からないです……」
控えめに否定してみた。
神官長様はまたさっきと同じ神官様のほうを見た。透明の球を持った三人のうち、ミウナの神の加護チェックの時とは違う人が、一度うなずいてから残念そうに頭を横に振る、という動作をした。どう見ても良い内容の態度じゃない……。
「動物でも無い、と」
えっ、可能性も消えてしまったんですか。ということはあの神官様が持ってる球は──嘘発見器というか、どう言えばいいんだろう。【真偽を見極める】的な? これからスキルがレベルアップするかどうかまで確かめることができる……そんな驚きの高性能を持った球なんですか。
「わざわざ【会話】と出るくらいですから普通の人間相手ってことはないと思ったんですが、動物では無いとなると、あと何が考えられますかねぇ、うーん」
確定なんですね。うわー……。
動物が良かったなぁ、くやしい。
「念のため、──加護チェックをしてみましょう」
神官長様が重々しく言った。
神官様たちが、ちょっとザワッとした。気持ちはわかる。神の加護なんて僕にはそんな……。
あ、でもミウナも自分に神子レベルの加護がある自覚なんて無かったよね。
なにげなくミウナのほうを見て、すぐに目をそらした。なんか手をわきわき動かして変な念を僕の方に送ってた。顔もやばい。道連れを作ろうと必死だ。
加護チェッカーを持った神官様が、なんとも言えない生温い笑みを浮かべてこっちへ来た。やるだけ無駄、という空気を露骨に出し過ぎじゃないですかね……。
「上に軽く手を乗せて、ハイ、では四属性の神の名を口にしてください」
「はい。……プーリー様、ハクシー様、ゴウル様、ケイカ様」
神様の名前を、風、水、地、火の順番で唱えた。王都行きは避けたいから強い加護があっても困るけど、もしかして全然反応無しでもマズイのかな。信心が足らんぞ的な。
ドキドキしながら見ていると、透明な玉の中央に薄い黄色の煙みたいなのがフワッと浮かんで、すぐに消えた。
「……はい。よく信心されていますね。これからもより精進してください」
「ありがとうございます……」
ダメだった、ってことだよね。
うん、良かった。望み通りではあるけど、恥はかいた気がして複雑だ。ミウナのほうは絶対に見ない。
──ん?
手を離したその時に、球の底に、形に沿うように濃い白い煙が溜まっていることに気付いた。と思ったらギュルンッと一瞬でどこかへ吸い込まれるようにして消えていった。
今のなんだろう。
神官様もなにも言わないし、普通のことなのかな。【白】って神様の色じゃないしなぁ。
加護で出たのは黄色っぽかった。ということは、僕は【地の神様】に軽ーい加護をいただいてたんだな。
村では風の神様を信奉してるのに、ミウナは水の神で僕は地の神って、それもどうなんだろう、という疑問はとりあえず置いておいて。
本当に、もう閉会して欲しい。どうせ後日面談があるんだし、一旦落ち着いてから対象を探したい。
コウのほうから『はよ終われや』という不機嫌な空気が突き刺さるように飛んできてる。僕だって困ってるんだよ。
ジンは興味深そうなキラキラした目で見てる。非日常なことを面白がってるチビ達と同じ目だ。他人事なら面白いよなー。
「地の神の色でしたね。加護は、鉱石、鍛治、陶器、ゴーレム……どれも【会話】できそうにありませんねぇ。うーむ」
神官長様は唸ったあと、村のおっさんたちがいる方向をチラ……と見て、姿勢を整えた。
ん? やっと終わる気配?
「気にはなりますが、今は判断できる状態までいけそうにありませんね。仕方ありません。書記官、過去の記録で類似のものとレベルアップ後のスキル名、実際に従事した職業を書き出しておいてください」
「かしこまりました」
「では今回のスキルチェックの結果を踏まえ、長審議はクイル、ジン、セイの三名。通常の面談はスキルチェックと同じ順番でいたします」
僕も長審議なんですね……。
少人数で簡単な質疑応答をして終わる面談と違って、長審議は大人数で、文字通り長々とスキルと職業について審議する会のことだ。面談のほうが個人の要望が通りやすい、という噂があるし僕もそっちの方が良かったなぁ、うう。
「──さて、今回の結果は皆さんの納得のいくものだったでしょうか? スキルとは神からの授かりものであり、本人の素養、素質によってもたらされるものとは限りません。しかし、だからといって努力が全くの無駄、ということではありません。そして……」
神官長様が静かに、見据えるように村のおっさんたちのいるほうへ目を向けた。
「スキルに貴賎はありません。確かに組織として強く求める特定のスキルはあるでしょう。しかし国全体として見た時に、不要なスキルなどひとつも無いのです。ただ、それぞれの役割りがある、それだけです。それを見極め、より良い状態を目指し調整をするのが、我々教会の仕事ではありますが……」
んんん? 今までに聞いたことのない内容を神官長様が話してる。いつもは「これで終わります」宣言くらいなもんなんだけど。
「直接的な恩恵は感じられなくても、どこかで、何かで、回り回って助けられている……スキルとはそういうものなのです。ですからどんなスキルであっても、自分が、ましてや他人が、蔑ろにすることは許されません。そのことを今はここに居ない方達にもどうぞお伝えください。みなさんには神が与えてくださる奇跡に対して等しく感謝の心を持って接していただきたい。そう切に願います。──それでは、これにてヨディーサン村の一斉スキルチェック会を閉会します。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
今のは、もしかしたら僕のことかな?
僕が説教されたというわけじゃなくて、村の人たちの態度のことかなって。
コウのあれこれが終わったと同時に、露骨に場の空気が白けたというか、興味を失った感があったもんなぁ。用は終わったぜとばかりに、僕のスキルチェック中にさっさと出て行った人も何人かいたしね。
でも、そもそもいつもより人が残ってた理由が、コウの引き留め作戦のためだったんだなーってあの騒ぎでわかってたし、別にそんなに気にしてなかったけど……。
とは思いつつ、やっぱりちょっと嬉しいかな。
神官長様のすぐ側に、本人の意思を無視して無理矢理王都に連行されるミウナが死んだ目で立ってるのが見えなかったら、感動して半泣きになったかもしれないな……。
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