第5話 スキルチェック_コウ



 ミウナは僕たちの列には戻らず……というより、戻らせてもらえずに神官様と役人たちの群れへと連れて行かれた。もちろん両腕を女性神官様二人に拘束されたまま。

王都からの視察団御一行様のニッコニコ顔と、ミウナの、この世の全てを呪う、みたいな表情との差が激しくて、もうあっちの方向には顔を向けられない。


 いやでも、ほんと僕らにはどうすることも出来ないから……。僕自身だって、スキル次第でどうなってしまうのか怖いくらいだ。


 コウはなんの悩みもないだろうなー。名前を呼ばれてすぐに歩いていって、一瞬のためらいも無くさっさとスキルチェッカーに手を乗せてるし。

 そして表示されたスキル名は、予想通り。


「コウのスキル名は、【植物をよく育てる】!」


 うん、確実に畑スキルだと思った。畑の手伝いをみんなでしても、コウが世話したところだけ露骨に成長が早かったもん。スキル名が判明する前に能力が発現してたんだから、ものすごい才能があるに違いない。

 コウの場合はなにも揉めずにこのままサクッと終わるだろ、と油断しきってたら。


「ありがたやぁああ! これも全てプーリー様のご加護の賜物、ありがたやぁあああ!!」


 えっ、長老、そんな大声出せたの?

 枯れ木のようなお爺ちゃんで、ここ数年はボソボソしゃべってて何言ってるの分かんないくらいになってたのに。というか突然どうしたんだろ。


 村の男衆も大声で次々と「あざまっさあ!」「あじゃっさああああ!!」とお礼を言い出して、講堂の中が一気に熱気で暑苦しくなった。むさ苦しい。なんだこれ。


「ここヨディーサンは農耕の村! その村に畑のスキルを持つ若者が誕生しました事、まさに幸運の極み、心の底からの感謝を敬愛するプーリー様に捧げまする。我が村で採れましたパンをお供えしますのでどうぞお受け取りくだされ!」


 村の人がササッとプーリー様とデェライ様の像の前にパンをお供えして、ついでのように神官様と役人たちにも手際良く配って回った。


 あっ、あれサンライパンじゃないか。うちの村で採れるパン種の中で一番高くて美味しくて、数の少ないやつ!


 村では色々な農作物を作ってるけど、一番畑面積を広くとってるのが【パンの実】が成る【穀酵麦】だ。殻の中の白い実を釜で焼くと、膨らんでパンになる。主力は育てやすいプレーンパン麦だけど、品種改良を重ねてうちの村独自に開発されたパンも何種類かある。


 その中でも特にあのサンライパンは、村で一番力を入れてる品種なんだ。二年ほど前から村外へ売り出し始めたばかりの若い商品であるにも関わらず、既に【幻の白パン】と呼ばれてここ東地方で人気急上昇中の一品になってる。


 焼き加減にもよるけど、穀酵麦から作るパンは外側が結構固くなっちゃうものなんだ。でもサンライパンは全体的に柔らかくて外も中もふわっふわ。口に含めばふんわりと軽くほどけて溶ける不思議な食感だ。

 味はバターを付けなくても大丈夫なほどしっかりしているのに、くどさはなく、後味はほのかに甘い。そのまま食べても美味しいけど、とろりとしたクリームやジャムをつけると、もう……。「もはやパンの概念を超えて最高級スイーツ」と言ったのは誰だったか。

 欠点は、世話が難しくて数があまり作れないこと。だからこそ希少価値によりお値段もアレなことになってるんだけど。


 だから、あんな風についでのように配るパンじゃないんだよね。それに今夜の慰労会の時じゃなくて、どうして今配ってるのかがまったく分からない。スキルチェック中だよ?


 ほら、神官長様もめちゃ戸惑ってるじゃないか。

 コウもなにも聞いてなかったみたいで『なにやっとんじゃコイツら』というしかめっ面でみんなを見てる。

 僕たちが困惑してることに気付いてるのか気付いてて無視してるのか、長老はますます声を張り上げた。


「これも全て! お優しくて聡明で美しい風の神プーリー様のお慈悲からくるものと心得てございます。そのお心に応えられるよう村人全員が、感謝の心を常に持ち! 一心に畑を耕し! これまで以上にプーリー様を信奉させていただきますことをお誓い申し上げる!!」

「あの、大変良い心掛けですが……」

「そして!!」


 神官長様がなにか言いかけるのをさえぎるように長老は続ける。普段そんな畏まった喋り方してないのに。練習したのかな。


「我らのこの信仰の声を天高くに在られるプーリー様までお届けいただけましたのは! 我らのような蒙昧な農民の力だけでは決してなく、こうして辺境の小さな村までわざわざ足を運んでくださる神官長様をはじめとした神官様とお役人さまたちの! おかげというより他ありませぬぅっ!!」

「神官長様、神官様、ありがとうございまっすぁッ!」

「お役人様、あざまっすぁ!!」

「いやあのですね、まだコウがこの村に勤めると決まったわけでは……」

「村の者一同、感謝の念に堪えませぬ! 老いも若きも幼きも!!」

「いやだから」


 チビたちが大人に背中を軽く押されて、一斉に走り出した。そして一列に並んで「しんかんちょうさま、しんかんさま、おやくにんさま、ありがとーごじゃいますっ」「ましゅっ」と大きな声でお礼を言って頭を下げた。え、めっちゃ声も動作も揃ってるんだけど。いつ練習してたの?


 長老が神官長様の側へ静かに近寄って行って、普通の声の大きさで会話を始めた。

 えー、長老って話し長いんだよね、まだスキルチェックの途中なんだけどなぁ。あ、喋り方が普段通りに戻ってる。


「どうぞどうぞ、召し上がってくだせぇませ、このサンライパンは我が村の自慢ですでの、へぇ」

「今は職務中で……サンライパン? 幻と噂の?」

「幻なんぞと、とんでもとんでも。あ、どうぞどうぞ、あったけぇうちに」

「ふむ、少し失敬して。……ほう、なるほどこれは確かに」

「気に入っていただけましたかの。これから村全体で力を入れて育てていくパンですもんで、神官長さまに気に入っていただけましたんなら、なによりで、へぇ」

「これなら多少値が張っても問題なく売れるでしょう、素晴らしいお仕事をされましたね」

「ありがてぇことです。ただコイツは育てるのがちぃっと難しく、数が採れんことが頭痛の種だったんですがの……今回、我が村の! 若者に! 畑スキルがありがたくも発現させていただけましたもんで。これから収穫量をどんどん増やしていけると、ええ、安堵しとります」

「ああ、なるほど。はいはい、なるほどなるほど」


 やっぱり長いなー。その話し合いはスキルチェックが終わってからじゃダメなのかな。

 コウが何の指示もされてないのに、勝手に僕たちの並んでる列まで帰ってきた。いついかなる時でもマイペースだね。


 コウに「おめでとう」と言ってもいいのかなぁ……。畑スキルは間違いなく村の英雄なんだよ。本当なら胴上げして笛を鳴らし太鼓を叩いて村総出で踊り出したいぐらいめでたいことではあるんだけど、本人が喜んでるように見えないから、祝福していいのかちょっと迷う。

 表情に出てないだけで実は喜んでる可能性も……あるかなぁ。そこそこの年数を一緒にいるけど、コウってなに考えてるかわかんないんだよね。


「セイ、さっさと玉殴りに行ってスキル出して終われ」

「……それ、終わるのは僕の人生だよね」

「勝てる、行け」

「国家権力に勝つ自信、どこから来てんの?」


 冗談を言うなら、もう少し穏やかな内容にしてくれないかな。スキルチェッカーのことを『玉』って言っただけでも「畏れ多くも神具に対して、なんたる不敬」って怒られそうなのに。この国で教会に睨まれて普通に生きていけると思うなよ……。


「それよりさ、長老のアレなんだと思う?」

「多分、畑スキル持ちよそに取られない対策。想像な」

「あー、そうだね」


 去年のスキルチェックで、一つ上の先輩に【土を耕す】だったかな、めちゃくちゃ良い畑スキルが出て密かに村全体が喜んでたのに、開拓中の村にちょうど良いからって教会が遠くの地方へ引っ越しさせちゃったんだよね。

 それでコウは取られてたまるかって、チビたちまで動員させて情に訴えつつ、褒めて上げる作戦に出たわけか。普通にお願いしても聞いてもらえないもんねぇ。

 あ、今さら村長が近付いてった。


「まぁまぁ長老、落ち着いてくださいよ。中央の方々にご迷惑をおかけしちゃいけない。すみませんねぇ神官長様、年寄りのたわごとと流してやってくれませんか」

「構いませんよ。皆さんの神への感謝と村を思う気持ち、大変よく伝わってきました」

「そう言っていただけるとありがたいですな。お詫びも込めて今日の慰労会では色々出させていただきましょう」

「お気遣いなく……」


 ははははと声を揃えて笑い合うおっさん二人と、フヒヒと笑っているお爺ちゃん。うん、多分だけど、コウはこの村に残されるね。


「ははは、さて、これで終わりでしたかね」

「いえ、最後にもう一人……」

「おや失礼。えー、ああ、はい。ヨディーサン村のセイ、前へ」


 くっそ、いっそ忘れたままでいてくれても良かったのに。

 動きを止めて存在を消そうと頑張っている僕の背中を、コウがドスっと強く押してきた。おのれ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る