第4話 スキルチェック_ミウナ
ミウナは前へはすぐに歩いて行ったけど、スキルチェッカーの前で止まったまま進まなくなった。「裁縫スキル……お願い……!」と小声で言いながら手を伸ばしては引っ込めてを繰り返してる。
うーん、本人はものすごく真剣だけど、【裁縫】は無理じゃないかなぁ。
ジンに剣のスキルが出たのは、僕だけじゃなくてみんなも納得の結果だったと思うし、ホッとした。だってジンはずっと剣一筋だったんだ。
小さい頃から木の枝を剣のように振り回し、十歳くらいの時に木剣を村の大人に貰ってからは、それを毎日振り続けてた。週に一回は、徒歩で数時間かかる隣村の道場まで雨の日も風の日も剣を習いに通ってもいた。
でも『努力している=スキルとして出る』わけじゃないんだよね。剣の腕だって、村の子供たちの中では強くても、国レベルで見ればそれほどじゃない、という可能性もある。それとは逆に、思ってもいなかったスキルが出ることだってある。
【スキル】っていうのは、あくまでも【神様の加護】で与えられる特殊な能力のことだから、本人の望みが反映されるわけじゃないという……。
ジンの剣ですらそんな風に絶対大丈夫とは言えないくらいだったのに、ミウナの裁縫は……ハマり出してまだ一年くらいだったかな。そんなもんだもんな。
あいつは何かにハマると、とことんまで極めるけど飽きっぽくもあるのだ。
裁縫の前は【透花晶球】作りにハマってた。
透明な球の中の空洞に花びらを入れて晶液で固めるという飾り物で、作るのは結構難しい。
立体的にデザインしなきゃいけないし、晶液を流し入れながら位置を調整するんだけど、花びらって軽いからすぐに変な方向へ動いてしまって、なかなか思った通りにできない。さらに、作ってすぐは綺麗に見えても、晶液が固まったら気泡がいくつも入ってたりしてね。
思った通りに仕上げるまでがまず大変なシロモノだけど、それをミウナは花びらだけじゃなくて『色砂』まで配置してめちゃくちゃ上手に作ってた。
色砂というのは字の通りそのまんま、色のついたキラキラした砂のことだ。川にある特定の石から出てくるんだ。今は閉山したけど、昔は川の上流のほうで宝石の元になる鉱物が採れてたから、それの残りカスみたいなものが流れてきてるらしい。
それなりに数はあるけど、見つけるのは簡単じゃない。パッと見は普通の石だから、割らないと色砂入りかどうか分からないんだよね。
それを見つけるのが一番うまかったのが、実は僕だ。次がジン。
ミウナが青色が欲しいとか、もっと明るい赤色を探してとか色々注文つけてくるから、一時期しょっちゅう川の中に入ってたなぁ。楽しかったからいいけど。
僕たちも巻き込みながら作っていた透花晶球は、最後のほうは売り物にできるんじゃないかっていうぐらい、すごくクオリティの高い出来になってた。だというのに、ある日突然「飽きた」と言ってぱったりやめて、村の子供たち用の服作りに凝りだしたんだ。
透花晶球の前はなんだったかな、羊毛を使った小さなぬいぐるみ作りだったかな。あれは可愛かった。
ミウナは性格は雑なくせに、作るものは繊細なんだよなぁ。
そういうことで、飽きっぽいミウナに裁縫のスキルが出ることは無いんじゃないかな、多分だけど。
自分でもわかってるから、なかなか手を置かないんだろうなー。
先へ進まないミウナに苛立ったのか、コウが舌打ちをした。
ミウナが一瞬ビクッと体を動かして、すぐに大きな舌打ちをし返してきた。神官長様の目の前でそれをやる勇気……二人ともすごい。僕には絶対に無理だ。
「裁縫!!」
とうとう遠慮のない声で言いながら、ミウナがスキルチェッカーに手を置いた。
うーん、ミウナに飛び抜けた才能があることは間違いないけど、どんな内容が出てくるかはさっぱり分からないな。なんだろ、小物作りとか? 手先が器用、とか。
……なかなか文字が浮かんでこないな。
「ミウナのスキルは……これは……!! 【天からの水の声を聞く】!!」
バッと素早い動きで神官長様が神官仲間たちのほうへ体ごと振り向いた。
むさ苦しい冒険者のおっさんたちが「ほう……あの身のこなし……只者じゃねぇな」「中央のヤツらへ体を向けながらもミウナって子へ向けてる意識は殺気並みに強ぇ、俺たちへの警戒も解いてねぇ、素人じゃねぇな、アイツ……」「うちのカシラとやり合う度胸までありやがるしよ、神官にしとくのはもったいねぇ」とボソボソ話してる。冒険者たちの神官長様への好感度が上がった。
神官長様の視線に応えるように、壁のほうで控えていた神官様の、透明な球を持っていた三人のうちの一人がスッと前へ出てきた。そしてその球をミウナのほうへ差し出して、手を乗せるように指示を出す。
もしかしてあれは【加護チェッカー】?
「ミウナさん、これに軽く、そう、触れるだけで結構ですよ。それではミウナさん、水の神様へ声をお掛けしてしてください」
「……え、あの……」
「内容はなんでも構いません、名前を呼ぶだけでも大丈夫です、ほら早く!」
「え、あの、プーリー様?」
「違う! ……失礼しました、水の神の名前はハクシー様です、ほら、水の神様……ほら」
「ハクシー様……」
「ハイ来たァッ!」
神官様は透明の球を覗きこんで「来た来た来た、来たァッ!」と興奮して叫び出した。ミウナが引いてる。僕もちょっと怖い。
「来ました! 間違いありません、ミウナ様は水の神の、神子様にあらせられます!!」
おおお、と講堂内がどよめく。ミウナの名前が呼び捨てからさん付け、そして様扱いになった。露骨だ。
それにしても、水の神の神子? ミウナが?
水のハクシー様は、学問と芸術の神様だ。
同じ植物の種でも、美しい水で育てれば薬草へ、汚れた水からは毒草へと成長する。そういった研究を重ねる薬師への加護を始まりとして、そこから広い捉え方で学問全ての神様として信仰されている、らしい。
そして、花や美しいものを愛する芸術の加護まで兼ねている。さらに、芸術とは生活と精神の豊かさだ──ということで、富裕の象徴としても崇められている。解釈の広がりが止まらない。
とりあえずそんな感じなので、王都や商業的に発展してる都市では水の神様の教会が多いらしい。
つまり、田舎の女神が風のプーリー様で、都会の女神が水のハクシー様。
ここは完全など田舎だし、僕は水の女神様像を見たことってあんまり無いんだけど、たしか上品で優雅で、たおやかーな感じだったはず。
……ミウナと正反対じゃないか。
神子って神様の声を聞く職業なのに、どう考えてもミウナと話が合いそうにないんだけど。
「見てください、このハッキリとした水色! ここまで綺麗な水色は初めて見ましたよ!」
「なんという……素晴らしい、奇跡だ! やりましたな!!」
「王都本部へ早鳥を! 一番高いヤツ五匹くらい飛ばしましょう!」
神官様たちや役人たちは、お互い握手したり肩を叩き合ったりして大喜びだ。
神子のスキルって滅多に出ないらしいもんねぇ。
「ミウナ様を一刻も早く王都へお連れしなくては……」
「あのっ、待ってください! 何かの間違い、きっと間違いです!」
ミウナが悲鳴のような声で神官たちのはしゃぎように水を差した。気持ちは分かるけど、この空気の中、しかも神官と役人相手にひとりで抗議できる度胸はすごいと思う。
「わたしっ、神様の声なんて聞こえたことありません!」
「──なるほど、なるほど。突然の大役に萎縮する人は少なくありません。しかしですねミウナ様、心配はいりませんよ。勿論、今はまだ聞こえないでしょう。スキルとは名前が判明してから花開くことがほとんどなのです。ですから、これから神学校へ入り勉学に励み、修行をすることで……」
「神学校なんて無理です! 王都なんて、私みたいな赤毛でそばかすまみれで言葉も訛ってる田舎者が行ったって、いじめられて終わりです!」
「水の神子様にいじめなどするような愚か者は王都で息など出来ませんよ、ご安心ください」
ご安心して良いのかな、それ。
スキルチェックをやり直したいとか、長審議にかけるべきとか反抗するミウナに、神官様たちは王都へ行けばオシャレなお店がたくさんありますよ、綺麗な服にアクセサリー、美味しいお菓子がーと女の子の好きそうなもので釣ろうとしてる。
【神子】はスキルの中で最上位で、もはや国の英雄と言っていい。だから普通は喜ぶはずなんだけど、ミウナは僕と一緒で『派手で贅沢だけど、忙しい生活』よりも『地味で質素でも、のんびりした暮らし』のほうが好きってタイプだからなぁ……。服だって作るのが楽しいだけで、自分を着飾ることには興味ないみたいだし。
あ、神官様たちが笑顔のまま静かにミウナを囲み始めている。これ絶対無理だ、逃げられないヤツだ。
六人いた神官様のうち二人が女性で、その人たちが大変慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら両側からミウナの腕に腕を絡めるようにして──拘束した。
「突然のことに戸惑われるお気持ち、とてもよく分かりますよ。でも大丈夫です。わたくしたちが片時も離れずお世話させていただきますからね。ミウナ様を煩わせるもの全てからお守りし、全て迅速に処理させていただきます。ですからミウナ様が思い悩まれる必要は全くございません」
「彼女の言う通りですよ。ええ、ええ、面倒なことは全てわたくしたちが事前に処理いたしますからね、なんの心配もいりません。ミウナ様は心静かに、出立の時まで穏やかに、静かにお過ごしくださいませ」
怖い。
これって、『騒いでも無駄だ、監視付けるから大人しくしとけ』ってわりとハッキリ言ってるよ。
うん、でもそりゃそうだよ、教会本部が神子候補を逃すわけないし。
……助けを求める視線を僕たちに向けてくるけど、めちゃくちゃ偉い立場の大人たち相手に、田舎の子供ができることなんて何もないよ……。ごめんて。
そもそもスキルを元に教会が決めた職種に就くことは、この国の人間全員が従わなきゃいけない絶対の決まりだからね。
でもまぁ、そんなに心配しなくても、実際に神学校へ行けば大事にしてもらえるのは間違いないから大丈夫だと思うけどな。だって王都で大人気の水の神様の神子だよ。美と富裕の象徴だよ。なにより、ミウナ本人は自分のことを地味だと思ってるみたいだけど、本当は田舎でくすぶってるようなタイプじゃない。ミウナならすぐに頂点に立てるよ、がんばれー。
チィッという顔でこっちを順番に睨んできたってことは、僕以外もだいたい同じ表情で応えたんだろうな。その気の強さを知ってるから、誰も本気で心配しないんだよ……。
「さぁさぁ、サクサク進めますよ! 次はコウ、前へ!」
歴代の神官長様の中でも、そんな全開の笑顔、初めて見ました。
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