第2話 教会の講堂



 並びは名前を呼ばれた順、つまり生まれの早いジンが一番右で、ミウナ、コウ、僕が左端で最後。


 神官長様が微笑を浮かべながら、横一列に並んだ僕たちの顔を順番に見ていく。なかなかうさんくさい笑顔だ。


 今回の神官長様は初めて見る人だ。まだ若そうだなぁ。去年までの神官長様はまあまあなお年に見えたし、引退されたのか近場の巡察に変わられたのか……。もともと不正防止のために数年ごとに入れ替わるからね、単純にそのタイミングだっただけなんだろうけど。


 スキルチェックをする神具の球は、王都の教会本部の神官様にしか使えないっていう決まりがあるから、わざわざ馬車で一ヵ月以上かけてこんな辺鄙な田舎まで毎回来てくださってる。大変だよね。でも僕たちが王都へ行くのは不可能だしなー。一生のうちに一度くらいは王都の外観を見てみたい気もするけど。


 講堂の前で場を仕切っているのは神官長様ひとりだけ。でも少し離れたところ──右側の壁沿いに本部の神官様たちと関係者の一団が十人以上控えてる。神官の服を着た人が……六人かな。そのうちの三人が両手の平サイズの透明の球をそれぞれ持ってる。

 それから、中央の役人と地方役人がそれぞれ二人、記録のためにペンを動かし続けている書記官が二人。


 左側の壁沿いには見学目的のうちの村の人たちが……二十人くらいかな……もっとかな。

 今回は残ってる人が多いなぁ。いつもは自分のチェックが終わったらすぐに出てく人がほとんどなのに。

 村の子供たちも、年齢的に関係ないのにワクワクした顔で並んで見てる。お祭りみたいなものだから、これは仕方ないね。僕も仲の良かった先輩のスキルチェックは見学に来てたし。


 そこまでは分かる。


 気になるのは、村の人たちよりも前に出て並んでる、見たことのないオッサンたち五人だ。

 ヒゲの生えた厳つい顔に、太い腕、がっしりとした体格、革の防具。男臭い。

 なにより雰囲気がおかしい。「俺は拳ひとつで人を殺せるぜ?」というガラの悪いオーラをガンガンに出してる。でも山賊や野盗が、こんな普通に一緒に並んでるわけないよな……。


 うーん? と考えてると、パンッと大きく手を打ち鳴らす音がした。神官長様だ。浮かれた空気が締まった。


「貴方達はこれが初めてのスキルチェックとなりますので、まずは風の神プーリー様へ、無事にこの日を迎えられたことへの感謝を捧げましょう」


 神官長様の指示に従って、祭壇にある女神様の像にお祈りした。

 

 毎日拝んでるけど、しっかり顔まで見たのは久しぶりだ。小さい頃は大人の女の人だと思ってたけど、よく見ると実は若い……少女のような姿だ。後頭部の上のほうで結われてる長い髪が勢いよく横に流れてるのは、風の神様だからなんだろうか。木製なのに細い髪の先まで躍動感あふれてる。


 外見は美少女だけど、プーリー様は農業の神様だ。風を司り、厚い雲を払い大地に太陽の恵みを、または雨雲を運び水の恵みを与えてくださる、天候と農耕の神様。それに動植物を愛する神様でもあるので、林業や畜産と酪農にも加護をくださる。

 はっきり言ってしまえば、田舎の女神だ。


「次に、人智の賢者デェライ様へ感謝を捧げましょう」


 左手の拳を右手で覆い、それを額につけて目を閉じるというお祈りスタイルを一旦ほどき、風の女神様の横にある男の人の像へ向けて姿勢を整え、もう一度同じ動作をする。


 【人智の賢者デェライ様】は神様じゃなくて、二百年か三百年前に実在していた【天才錬金術師】だ。


 暗い夜でもあたりを明るく照らしてくれる広灯具、暑い夏でも食材を冷やしてくれる常冷庫、または火を使わずに部屋全体を暖めてくれる暖風広具など、数え上げればきりがないほどたくさんの生活便利道具を発明してくださった人で、錬金術以外の武勇伝もたくさん残ってる。


 だから、デェライ様のことが書かれた本は子供向けの絵本から研究書まで幅広く出ていて、僕も小説形式の本を何冊か読んだけど……うーん。

 なんというか、どこまで本当なんだろう……と疑いたくなるような、ものすごい内容が多いんだよなぁ。


 『闇落ちした竜王に一瞬で圧勝して正気へ戻し、下僕にした』だとか。『精霊族の女王に気に入られて、神レベルの【聖法力】も使えた、しかも大陸に大穴を開けるほどの威力だった』だとか。

 それに、空想上の種族のドワーフやエルフ、獣人族が実際にいて、デェライ様に心酔していた、だとか。人間だけじゃなく、あらゆる種族の美女美少女が惚れて一夫多妻状態だった、とか。デェライ様の住んでいた街は王都よりも発展して賑やかだった、だとか。

 いくらなんでも盛りすぎてない?


 まぁ、デェライ様伝説の数々は伝聞を元にしたものらしいから。二百年前に国同士の戦争があって街もほとんど焼けて、王都の場所も移動してーなんていうゴタゴタがあったせいで、資料も大量に紛失したって。

 だから、ちょっとは大げさに表現されてるところもあるんじゃないかな……なんていう考えは、口に出して言ったら怒られるよ、もちろん。


 ただ、デェライ様のおかげでドゴナル国の文明が飛躍的に発展したのは事実だ。道具の発明だけじゃなくて、うちの国の識字率が高かったり、本が安価で買えたりだとか、演芸が国で保護されるようにしたとかね、そういう文化貢献もすごかったらしい。


 スキルチェックの神具もデェライ様がお造りになられた物だ。


 なにより、生活便利道具の錬金レシピは国中に広まって残ってるからね。こっちは疑いようがない。ありがとうございます、デェライ様!!

 そういうことで、信仰する神様は村ごとに違うけど【人智の賢者】の像は教会だけじゃなく国中のあっちこっちに飾られてる。


 マントとフードで顔が隠れてて“細めの男の人”というぐらいしか分からないデェライ様の像にしばらく感謝を捧げてから、正面へと体の向きを変えた。


「これから行うスキルチェックで、貴方達個人個人の才能がつまびらかにされます。それがどれだけ特殊で有難いことなのか、貴方達はきちんと理解し、そして感謝しなければなりません。なぜならば、才能というものは本来、目に見えて判るようなものではないからです」


 神官長様の新成人向けの前口上が始まった。人が代わっても内容は同じだから今までに何度も聞いてるけど、決まりだから「初めて聞きます」みたいな顔で拝聴しなきゃいけない。神官長様も、みんな聞き慣れてることを分かった上で「初めて喋ります」みたいな空気を出してる。


「神具が無ければ知ることの出来ないスキルを知り、自覚することが出来る……それはドゴナル国に生まれた者だけに与えられた特権と言えます。スキルを知ることが人生において、どれだけ有益であるか。それは例えば、実は神の声が聞こえるという稀有な才能を持っていたのに、本人ですらそれに気が付かず、不向きな猟師になってしまったらどうなるでしょう。間違いなく、どれだけ努力をしても狩猟の成果をあげられず、惨めな一生を終えます。間違いありません。神子になっていれば有意義で豊かな人生を過ごせたはずなのに……。悲惨です」


 聞くたびに思うけど、この例えに【神子】を持ってくるのって絶対わざとだよなー。


「或いは逆に、猟師としてなら国から褒賞を頂けるほどの才能を持っていたにも関わらず、麦畑の村に生まれ、スキルの適性が違っていたがゆえにそのまま並以下の農民となり、国に貢献できないまま終わってしまう。……そういった悲劇を、自分のスキルを知る事により、無くすことが出来るのです」


 コウが、もういいから早く始めろや、という空気を露骨に出してる。横にいるだけの僕が無駄に気を使うからやめて欲しい。


「しかし、スキルとは変わりゆくものでもあります。今日判明するスキルはきっかけでしかない、という事を忘れないでいただきたい。スキルは努力と共に成熟し、更なる高みへと貴方達を導いてくれるでしょう。この奇跡とも言えるスキルという特別な力を与えてくださる偉大な神々への感謝を常に心に持ち、これから判明するスキルに沿った豊かな人生を歩んでください。そんな貴方たちを、私たちも陰になり日向になり見守り続けていきます」


 神官長様が言い終えて一瞬タメた、その直後に神官仲間たちが力強く拍手する。お約束通りだね。村のみんなも、もうちょっとやる気出した拍手しようよ。


「では順に呼びます。名前を呼ばれたら返事をして、前へ出てスキルチェッカーに両手を乗せてください。数秒で前の神通石掲示板に内容が表示されます。……では、ジン、前へ!」

「はいっ」


 ジンのスキル……いよいよだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る