隠された神域で幻獣をモフるだけの簡単なお仕事です

紺たぬねこ

教会とスキルチェック

第1話 教会の裏庭


 あー、良い天気ダナー。

 ……はぁ……。


 教会の裏庭の隅っこにしゃがみ込み、晴れ渡った青空を見上げながら、ため息をついた。

 気持ちの良い春のポカポカ陽気、ゆっくり流れていく白い雲、たまに吹く爽やかな風が木の葉を揺らしていく。

 僕の横には地面をくねくねゴローンくねくねゴローンと転がって日光浴を楽しんでいる猫、そして目の前には、尻尾をブンブン振り回してなでてなでてオーラを出している犬。


 のどかだ。


 でも僕の心はどんより沈んでいる。


「犬になりたい……」


 え……なに言ってるんですか? となぜか引き気味の雰囲気を出しながら犬──教会で飼っている薄茶色の毛並みの大型犬アーサーが小首を傾げた。


「簡単に言うと働きたくない」


 えぇえー、まるでぼくが働いてないかのように言われるのは心外なんですけど、という顔をアーサーがしたので素直に謝った。


「ごめん、アーサーは小さい魔獣を駆除してくれるし、みんなの癒しだもんね。じゃあ猫になりたい。食っちゃ寝してチヤホヤされたい」


 は? 猫の業務舐めてる? もうなでなでさせてあげないよ? とややキレ気味な視線が横から──アーサーと同じく教会で飼っている、フワフワの白いモフ毛が素晴らしい猫のエリザから飛んで来たので、こちらもすぐに謝った。


「ごめんなさい、あなたは生きてること自体がお仕事です、なでさせてください」


 モフモフ。

 右手で猫様、左手で犬君をなでながら、でも愚痴は続ける。


「働きたくないっていうか、まぁ働きたくないのも本音だけど、なにより教会ここから出て行きたくないんだよね」


 えっ、セイ出てくの? なんで? とでも言っているかのような、オロオロとした動きを二匹が同時に始めたから少し笑った。まるで言葉が通じてるみたいだ。


「僕、もう十六歳なんだよ……。十六歳になったらスキルチェック受けて、それに合った仕事に就かなきゃいけないって決まりがあってね。そうしたら教会を出ていかなきゃいけないし、スキルの内容によってはこの村からも出て他の場所で働かなきゃいけないって決まりが……。ひどい決まりだよなぁ……」


 もう一度、大きくため息。この二匹相手に、ここまで詳しく言ったって伝わらないだろうけど、なんとなくちゃんと説明した。最後はボヤきになっちゃったけど。


 スキルチェック──つまりは適正検査。


 その人の才能に合った職業に就けるように国が調べて、しかも就業場所まで決めてしまうっていう……。

 なりたい職業があるわけじゃないけど、それで住む場所まで決められてしまうのは、ちょっとね。


 でもこの国に住む以上、絶対に受けなきゃいけないんだよな……。だいたい十六歳で成人ってのが早すぎるんだよ。他の国だと二十歳のところもあるって本で読んだぞ。くそー。

 他の国といえば、血の繋がった家族だけで個別の家に住んでるって本当なのかな。赤ちゃんが生まれたらどうするんだろう。少ない家族だけで働きながら小さい子供を育てるのって、大変だと思うんだけど。


 僕が生まれ育った国──ドゴナル国は、全員もれなく十六歳までまとめて教会で育てられる。

 だから集落全員が家族みたいなものなんだ。教会の神官さんや職員さん、それから仕事終わりの村人全員で子供を育ててるからね。血の繋がりが完全に無視されるわけじゃないけど、普段それを意識することはほとんど無いかな。


 この村は全体的におっとりとしていて居心地がいい。教会のみんなも良い人ばかり……まぁ相性の悪い人はいるけど、そればっかりは仕方がないことだしね。

 なにより犬のアーサーも猫のエリザも可愛いし、他に飼っている馬や山羊に牛、鶏たちのことも大好きだ。

 今まで通り畑のお手伝いや小さい子供たちの面倒をみながら、動物をモフって昼寝して、このままのんびりと一生を過ごしたい。この村の人たちはだいたいみんなそういう生き方なんだから、スキルさえなんとかなれば村に残って理想の人生が送れる、はずだ。


 もし変なスキルが出て、忙しい工房の見習いだの、忙しいお店の下っ端だので走り回って仕事するような職に就けって言われたら……つ、つら……。


「今日がね、そのスキルチェックの日なんだ。ああもう、イヤだー」


 なるほど、それで朝から賑やかなんですね、とアーサーが講堂のある方へ顔を向けたと同時に、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「セイ! セーイー、セイッ! なんでこんなとこにいるんだよ!」


 あ、ジンだ。同じ十六歳の……幼馴染み兼兄弟、みたいな。ジンはいつも元気いっぱいだけど、今日は特に目も髪もキラキラ輝いてる。……ん? 髪も?

 あー、そっか。ジンは濃い金髪で、部屋の中だと茶色に見えるんだけど、今日みたいな天気の良い外だとキラキラ輝いちゃうのか。普段の畑作業の時は帽子かぶってるから気にならなかったな。

 僕の髪はくすんだ薄茶色なので輝かない。


「なにボケっとしてんだよ、さっさと来いよ、もうじき俺たちの順番だぞ!」

「そんなに早く行ったって、どうせ僕は最後だし」

「楽しみじゃないのかよ。俺、楽しみ過ぎて昨日あんまり眠れなかった!」


 うん、ジンならね。僕と違って体格が良くて、力もあって、勉強もできる。人を惹きつける性格で、村の子供全体のリーダーみたいなポジションだし。あと無駄に顔が良い、無駄に。

 ジンとしては剣のスキルが本命だろうけど、他のが出たってきっと良い内容に違いないんだ。


 でも僕は体力もないし、本を読むのが好きなわりに賢さはイマイチ。さらに性格も地味。きっとショボいスキルなんだろうなぁ。

 なのにその【スキル】で、僕の一生が決まってしまう。つらい。


 ぐずぐず座ったままの僕の腕をジンが引っぱった。


「ほら、行くぞ、立って! アーサー、セイの服を噛むな、離せ。エリザ、セイの膝の上に今から乗るのは駄目だ、あとにしろ」


 怒られているのが分かるのか、アーサーがしょんぼりした顔で地面に伏せた──僕の服を噛んだまま。エリザはかつてない素早さで僕の膝の上に登って丸まり、すぐにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。絶対に動かない、という強い意思を感じる。


「おまえら! ……ちょっとだけだぞ!!」


 声は大きいけど、ジンは優しい奴なのだ。





 ジンはその「ちょっと」をここで一緒に過ごすつもりらしい。僕の隣に座って灰茶色の目をキラキラさせながら、しゃべり始めた。


「どんなスキルなんだろうな! 俺、冒険者になりたいからそういうスキル出ないかなぁ!」


 へー、ジンって冒険者になりたかったのか。仲が良いほうだから、ジンが剣を振るのが大好きってことは知ってたけど、具体的な将来の希望は聞いたこと無かった……というか相手が誰でも、そういう“将来の話”はしないようになってる。

 はっきりと禁止されてるわけじゃないんだけど、子供が自分の理想のスキルや、なりたい職業の話をするのはダメだっていう雰囲気が村全体……もしかしたら国全体に、なんとなーくあるんだよね。本人の希望通りにならないからなのかなぁ。


 それにしても冒険者か。うちの村からは全然出てないな、どんなスキルなんだろ。


「冒険者に指定された人って、どんなスキルが出てたっけ?」

「知らねー。【剣士】とかじゃね?」

「剣士スキルだったら王都の騎士団に入れられちゃうんじゃないかな」

「えーっ、俺、堅っ苦しいとこは性格的に合わないから無理!」


 無理だ嫌だと言っても、スキルが出てしまえば強制的に連れていかれるよ、と言いかけてやめた。自分の気分が落ち込んでるからって、ジンにわざとキツい言い方をするのはただの八つ当たりだ。実際、面談で本人の希望も少しは言えるらしいし。


「うーん、でもやっぱり冒険者も剣のスキルっぽいよね。最初のスキル名は曖昧な名前で出てくるから……【剣を使う】とか【守るために戦う】とか?」

「やっべ、それ騎士っぽい」

「じゃあ冒険者っぽいスキルってどんなんなん……」

「訛ってるぞ、セイ。そうだな、剣のスキルが出て、もし騎士になれって言われたら暴れに暴れて、こいつは冒険者向けだぜって言われるように仕向けるよ!」

「うわ、本当にやりそう。しかも結構うまくやりそう」

「まかせろ!」


 あははは! と明るく笑ってから、ジンがそろそろヤバいと言い出した。これ以上は無理かー。

 アーサーとエリザにごめんね、またあとでねと謝って講堂へ向かう。


「セイは本を読むのが好きだろ、そういうスキルが出るといいな!」

「僕としてはこの教会に残りたいから、【子供の面倒をみる】とかそういうスキルがいいなぁ」

「俺もこの教会好きだ、冒険者になっても一年に一回は帰ってくるからな!」


 そんな会話をしながら、今日はずっと開けっ放しの扉から講堂の中へ入る。すると、奥のほうからワァッと歓声が聞こえた。誰か良いスキルが出たのかな。村の大人たちが拍手をしている。

 早めに講堂に来ていた十六歳仲間のコウに、ジンが声をかけた。


「なにがあったんだ?」

「クイルの【食材を切る】スキルのレベルが上がって【食材を調理する】になった。新しく【歌を歌う】スキルが出た」

「新しく出たのか、すごいな!」


 スキルっていうのは、使っていくとレベルが上がるし、新しく見つかる場合もある。だから十六歳を初回に、その年齢以上は全員、それこそ九十歳の長老まで一年に一回のスキルチェックを受けるよう義務付けられてる。

 クイルさんは料理を作ってくれる教会の職員さんで、この村出身の十七歳。年齢の高い順から受けていくから、ちょうど良いタイミングで来たみたいだ。


 講堂の正面奥にいる王都の教会本部から来ている神官長様が、よく通る声で村人たちの盛り上がりを止めた。


「はい! 騒ぐ気持ちも分かりますが落ち着いて。次へいきますよ! お、次からは十六歳の子たちですね。この村は……」

「四人です」

「四人ですね、みんな揃ってますか? 揃ってますね。それでは、新成人たちの初めてのスキルチェックといきますか!」


 村の人たちが、その宣言に歓声をあげ拍手している。口笛まで吹いてるな。誰だよ、太鼓まで持ち込んでるの。


 こんな見世物状態で発表されるのは嫌だ、最悪だー。


「では、ヨディーサン村のジン、ミウナ、コウ、セイ。前へ!」


 神官長様の声に合わせて一歩後ずさった僕の腕を掴んで、ジンが前へと引っ張って行った。おのれ……。

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