25年間の付き合いの幼馴染

久野真一

第1話 知り合って25年の幼馴染

「ちゅーわけで、悠一ゆういちの春にカンパーイ!」

「カンパーイ!」


 カチャンとグラスを鳴らす音が、狭いバーの中に響き渡る。


「いやー、悪いなー。わざわざ貸し切りにしてもろうてさ」

「悠一がよーやく恋人出来たんやから、そんくらい気にしなさんな」


 いつもながら気さくな声と親しみやすい態度で応じる沙耶さや

 本名、鹿島沙耶かしまさや。旧姓は佐藤さとう

 年齢29歳、職業は看護師。そして、5歳の子どもを持つママでもある。

 そう言っても信じられないくらい、均整の取れた体つきをしているけど。

 それに、童顔効果もあってか、-5歳くらいに見える。


「ほんま、沙耶には感謝してもしきれへんわ。恋愛相談何度乗ってもろたか」


 こうして、沙耶と二人きりで飲んでいる俺は生島悠一いくしまゆういち

 今年で社会人7年目のプログラマーで、29歳。アラサーって奴だ。


「悠一は、頼りないからなあ。ウチがおらんかったらどないなことなってたか」

「いや、ほんとお前の言う通り。クリスマス・プレゼントもよーわからんかったし」

「ま、何はともあれ、悠一にもよーやく春が来たようで何よりや」


 そう言いつつ、沙耶は、頼んだワインを、コク、コク、と飲み干していく。


「そういえば、沙耶さやさん。その方とはどういうご関係で?」


 バーのマスターが興味深げな視線を向けてくる。


「あー、幼稚園の頃からの友達なんよ。えーと、1、2、……」


 指折り、何年越しかを数えようとする沙耶。


「25年、やろ?」

「ああ、そうやね。25年。もう、そんなになるんやね」


 顔を見合わせて笑い合う。


「それは素敵なご関係ですね。ちょっと羨ましいですよ」


 マスターは40台後半といったところか。ナイスミドルといった風貌だ。


「そういえば、初めてウチん家招待した時は、ひどいもんやったなあ」

「くそ沙耶。またあのネタ持ち出すつもりか?」

「ええやん、今はええ思い出やし」

「まあええけど」

「で、初めてウチん家に招待した時なんやけど、いきなり人ん家の冷蔵庫漁りくさってな。オカンに随分怒られたんよ」


 沙耶の奴が決まって使う持ちネタ。もう25年前になる、懐かしい光景だ。


「それはまた破天荒だったんですね。えーと……生島さんでよろしかったですか?」

「あ、はい。まあ、破天荒ていうか、単に礼儀知らずだっただけですよ」


 マスターも言葉を選んで破天荒と言っているけど、内心苦笑いしているだろう。


「でな、マスター。悠一の奴、今でこそ「常識人です!」なんて顔してるんやけど、小学校の頃はそれはひどいもんで。冬でも夏でも半袖半ズボン。靴下も履いとらんかったんよ」


 言いながら、ガハハと豪快に笑いやがる沙耶。今日は、とことん黒歴史をほじくり返すつもりか。なら、こっちも自虐ネタといくか。


「で、沙耶が「臭いから、靴下履くまでウチ来んな!」って言うたんよな」

「そうそう。あの時、悠一は半泣きやったのよー覚えとるよ」

「「靴下ちゃんと履くから。だから、ゼッコーせんといて」ってな」

「傑作やったわ。ま、ゼッコーは本気やなかったけど、足は本気で臭かったわ」


 愉快そうに言いながら、鼻をつまむジェスチャーをする。

 こういうノリの良さは小学校の時からずっと変わっていない。


「ま、まあ。それは小学生の頃の事やろ」

「悠一くらいやで?靴下も履いとらんかったん」


 そう言いつつ、意地の悪い目線を向けて来ながら、ニヤニヤしてやがる。

 それでいて、子持ちのママの癖に美人なのがまた癪に触る。


「さすがに今は靴下くらい履いとるで?ホラホラ」


 と、靴を脱いで見せる。


「んなもん常識やろ!何、ドヤ顔しとんのや!」


 パチンと頭を叩かれる。


「証明せんと、今も靴下も履いとらん頭おかしい人みたいに思われるやろ」

「思わへんって。やろ?マスター」

「ええ、まあ。さすがに、そこまでは……。でも、仲が良かったんですね」


 俺と沙耶の方を交互に見つめながら、微笑ましげに言うマスター。

 ナイスミドルな容貌と相まって、なんだかカッコいい。


「ちゅーても、中学の頃、東京に越してってんやけどな」


 そう。小学校の頃、共に育った俺達だけど、俺の都合で東京に引っ越して行ったのだった。


「でも、縁が途切れなかったんですね」

「まあ、ウチが長期休みの度に東京訪れたったからな」

「何、恩着せがましく言うとんのや。俺も年末年始は大阪行ったやろ」

「人恋しくて、大阪に帰ってきただけのくせに」

「ま、それはそうやけどな。大阪の皆と離れたくなかったんよ」


 アラサーの今となっては、意地を張る気も起きない。

 だから、そう、素直に気持ちを返したのだけど。


「そこで、ツッコミ入れてくれへんとウチが困るんやけど……」


 と、逆に困惑されてしまった。

 珍しく、何やら照れ照れしてやがる。


「なんや、初めて勝った気分やな」

「何の勝ち負けやっつうの」

「ボケツッコミ的な意味で」

「悠一はいじられキャラやったからなあ」


 どこか昔を懐かしむ目線。小学校の遠い昔を思い出しているんだろうか。


「でやな。悠一のやつ、大学に入る頃には、すっかり東京ノリに染まったもんやから、大阪ノリに戻してやろうと思って、ウチの方から、大阪の成人式に出るの誘ったんよ」

「ああ、そんな事もあったわなあ。今だと、その頃の縁がずっと続いとるんやから、つくづく不思議なもんや」

「そういうクッサイ事、大真面目に言うのやめてくれへん?」

「別にええやろ。減るもんやなし」

「減るわ!ウチの羞恥心がな」

「沙耶に減る羞恥心なんぞあったか?」

「悠一の癖に言いよるな」


 そんな風に、昔語りをしながら、たっぷり飲み食いしたのだった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行くもので、気がつけば3時間経って、

 バーを出ることになった。


「悠一のホテルはどの辺やったっけ?今日、泊まってくんやろ?」

「ああ、上本町うえほんまち辺りやな」

「え?あの辺り、ホテルなんかあった?」

「なんか、最近出来たんよ。結構、綺麗みたいなんで予約してみた」


 と、そこまで言うと、何故か沙耶の目が輝いた気がした。


「な、悠一。そのホテル見に行ってもええ?」

「は?お前、明日も朝から仕事やろーに。何言うとんの」


 酒飲みながら、「明日も朝から仕事や。だるー」とか言っていたのを覚えている。


「別にウチの事はどうでもええから」

「はあ。そういう思いつきで行動するとこは昔からやな」


 というか、押しが強いといえばいいのだろうか。


「しゃあないな。じゃあ、行こか」

「よーし、じゃあ、しゅっぱーつ!」


 なんだかやけにノリがいいけど、かなり酔ってないか?


「なんか、この歳になって、自転車二人乗りとか思わんかったよ」

「最近買った電動式なんやけど、なかなかのもんやろ?」

「まあ、な。しかし……」


 背中や、お腹に回した手から感じる感触が、とか、ちょっと言いづらい。

 沙耶も既婚者だし、俺も俺で彼女出来たわけだし。


「ああ、わかった。ウチが太った、言いたいんやろ?」

「いやいや、そうやないって。いや、大学の時に比べたら太っとるけどな」

「それは悠一も同じやろーに」


 お互い、酔いもあってか好き勝手なことをしゃべる。

 しかし、沙耶の奴も大概、体力お化けだ。

 ふと、大学というキーワードで思い出したことがあった。


「大学で思い出したんやけど、皆で卒業旅行あったやろ」

「ん?ああ、皆で京都行ったな」

「あれ、今思い出すと、面子が、俺と沙耶、和樹、由美って、偏りを感じるんよな」

「……」


 当時、同じく幼馴染の和樹かずき由美ゆみは仲が良かった。

 だから、俺と沙耶で、いつ、くっつくか賭けをしていたくらいだ。


「まあ、和樹と由美をくっつけたれ、ちゅうんはあったんやろうけど……」

「時効やから言うけどな」

「ん?時効?」

「誰かさんがニブちんやったから、気づいてくれへんかなーと。ちょっとだけな」

「マジか」

「夜に二人で散歩せえへん?って誘ったの覚えとる?」

「ああ、覚えとる、覚えとる。林の中やったから、冒険気分やったよね」

「はあ。ウチの精一杯のお誘いやったんやけど、そんなとこやったか」

「つまり、俺は思いっきり、沙耶のフラグ叩き潰しとった、と?」

「そういうこと。「あ、こりゃ無理や」と思ったもん」


 今だから知る真実という奴だ。しかし、まさか、沙耶の奴も、だったとは。


「俺も大概罪作りな男やったんやな」


 とちょっと冗談めかして言ってみるものの。


「ああ、ほんと、悠一は罪作りな男やったよ」


 本気なのか、冗談なのか、それだけが返ってきたのだった。


 そんな事を話している内に、気がついたらホテルに到着していた。


「おー。こんな近所に!」


 俺の泊まる予定のホテルを見て、歓声を上げる沙耶。

 本当に楽しそうだ。


「つか、なんで地元民の沙耶が気づいとらんのか」

「やって、こんな裏路地通らへんもん」

「俺も、元、地元民やけどな」

「悠一もそんな大阪に愛着あるんやったら、こっち住めばええのに」

「言うてもな。恋人も出来たし、会社もやし、しがらみっちゅうもんがな……」

「冗談、冗談やって。なに、本気にしとんの?」

「あ、ああ。つい、な……」


 バンバンと肩を叩きながら言うけど、何を思って、そう言ったのだろう。


「ま、今日はお祝いしてくれて嬉しかったわ。また、今度な」

「次は、悠一の結婚報告、期待しとるで?ラインでネタにしたるから」

「お前の時は大騒ぎやったよな。なんせ、出来ちゃった結婚やったし」

「あれで、仕事とかめっちゃ大変やったよ。今でも旦那恨んどるくらい」

「おいおい……」

「ま、今の旦那もほんと、ええ人やけどな。いつも優しくしてくれるし」

「そりゃ良かった」


 結婚生活については、沙耶はあんまり口にしたがらなかったけど、それは掛け値なしの本音に聞こえたし、だから、素直に良かった、と思えた。


「そういえば、ウチの娘、悠一の話したら、いっつも「神!」とかいいよるんよ」

「は?神?何がどーして」

「悠一ってさ、ヤーチューブの会社に勤めとるやん?娘は動画にハマっとるから」

「俺、ヤーチューブと違う部署なんやけど……」

「幼稚園の娘にそんなのわからんって」

「そういうもんなんやな」

「そういうもんなの」


 まだ、子どもを持つというのは遠い未来の話だろうけど。

 でも、こいつにとっては、今まさにある現実なんだな、と実感する。


「て、つい話してもうたな。悠一も、明日の朝一やろ?気をつけてな」

「ああ」


 仲間たち、特に沙耶と会って帰る時は、いつも無性に寂しくなる。

 もちろん、中学以降の友達だって大切だ。

 ただ、なんと言えばいいんだろうか。

 ただのガキンチョだった頃を覚えてくれている奴らはまた別格なのだ。


「そういえば、卒業旅行の話やけどな」

「ん?悠一がフラグ壊した以外になんかあるん?」

「いや、実はな。時効やけど、あの頃、俺も沙耶の事好きやったんよ」

「は?全然、そんな素振り見せとらんかったやん!」

「お前人気あったし。ま、勝ち目ないなら、素直に応援したろ、と思っとったわけ」


 時効というのなら、これくらい言ってもいいだろう。


「やったら、もし、悠一が勇気出してコクっとったら、違う未来やったんかもな」


 ゲラゲラと、それはもう笑い死にしそうな沙耶。


「それこそ、言ってもしゃあないけどな。お前との縁も死ぬまで続くんやろうし」

「ま、25年続いたんやし。きっと、そうやろな。ちゅーわけで……」


 何やら、拳を突き出してきたけど、はて?


「?」

「いや、恒例のアレ。忘れたわけやないやろ」

「ああ。アレな。じゃあ……」


 二人して、拳を突き合わせたのだった。

 これからも、友情が続くことを願って。


 

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