第27話 弱者なりの戦い方

 一本の槍の如く空を飛ぶ俺。そして、近づく火山と竜。


『どうすんだよ、これ。』


 サラマンダーはつんざくような叫び声を辞め、近づいてくる俺を凝視する。いや、目がこちらを向いただけでその焦点はあっていない。


『……先手必勝!』


 止まれない俺は言い訳の様に叫び、サラマンダーへと激突した。

 

『グルルルル……。』


 サラマンダーは俺の直撃を胸の辺りに受け、僅かに後退した。そして、俺の方はと言うと。


『頭おもっ、いやこれ首が折れてるのか。』


 激しい痛みに見舞われ、地面に這いつくばっていた。目の前にサラマンダーの脚が見える。早く回避なり何なりしないと不味いんだが、身体が動かない。さっきの衝撃で全身にガタが来たらしい。それでも何とか転がって退避する。


『グルァッ!!』


 そんな奇妙な動きを見逃してくれるはずも無く、サラマンダーの前脚が襲いかかる。直撃は免れたが、振り下ろした時の衝撃で俺の身体は飛ばされ、すり鉢の様な地形の下へと転がっていく。

 追撃は来ない。再生の間に合った身体を起こし、両足で立つ。その足にドロッとした物が触れる。赤黒い、マグマ。


『熱っ!!』


 熱いを超える言葉が無いことが悔やまれる。周りを見渡して分かったのはここは火口で、現在進行形で俺の身体は焼かれ、噴出物に貫かれているということ。痛い、熱いが連続する。出来ればここを脱したいが、サラマンダーが火口の上で待機している以上、上がってもまたここに落とされるだけだ。


『何でアイツはあそこから見てるだけなんだ……?』


 サラマンダーは火口で焼かれ続ける俺を見下ろすだけで特に何かをして来ようとはしない。マグマが苦手、と思いたいが、炎系の守護獣でそれはあり得ない。だとしたら、可能性はあと一つ。


『俺が死なない事にビビってる。』


 普通の人間なら火口で足が絶賛融解中ともなれば直ぐに死ぬ。でも、俺は今も両足で立っている。だから、近づいて来ない。狂っていても、本能的に恐怖してる………してたらいいんだけどな。


『何かそう思うとやる気出てきたな。』


 相手もビビってる、そんな状況なら強気に出やすい。とは言え、素手で勝てる相手でも無い。


『考えろ、考えろ、俺!』


 思考を巡らす俺の手は腰の剣に触れる。ミカからもしもの時用に渡されていた剣、確か疑似魔法剣。何度か魔法を使えば破損するらしいが、一回試すだけなら大丈夫だろ。これが何の魔法か分かれば、この膠着した状況を打開出来るはず。

 期待を胸に、俺は腰の剣を抜き、サラマンダーへと向ける。綺麗な銀色の刀身には赤い魔法陣が刻まれていた。そこへ流し込むイメージで魔力を込める。

 剣から魔法陣が浮かび上がると、自動的に機械めいた音声が流れる。


『疑似魔法:剣 パターン:火炎魔法 術式を起動 術式展開 「自爆」発動』


『え、じば………』


 それ以上は轟音に呑まれて口に出来なかった。いや、手元で発動した爆発で口が掻き消えていたかもしれないが。

 砂埃が晴れた頃、やっと再生した上半身を剣を使って起こす。


『自爆魔法っていつ使うんだよ……。』


 もしもの時用、その意味は冗談では無かったようだ。その威力も伊達では無く、俺の身体は散り散りとなり、火口も全体的に抉れている。そして、サラマンダーは…………


『いない!?』


 もしや、街の方に行ったのか。そんな危惧は直ぐに杞憂だと分かった。上から羽ばたく音が聞こえてきたからだ。

 大きく赤い翼を羽ばたかせ、俺の頭上へと退避していた。自爆魔法はサラマンダーにとっても想定外だったようだ。サラマンダーは勢いをつけ、更に上へと昇る。


『逃げる気かっ……!』


 いや、そうではない。サラマンダーは一度上へと昇り、空中で身体を一回転させた。そして屈強な両足をこちらへ向けると、そのまま落下してくる。


『お前のどこが狂ってるんだよ!めっちゃ考えて殺しに来てるじゃねぇか!!ああっ!!』


 まだ足が再生しきっていない俺は身体を捻って躱そうとするが、そんな小細工は通用せず、右腕がもがれる。


『グルァァ?』


 やはりサラマンダーはもげた俺の右腕と、再生し始めた右腕を見比べ、首を傾げる。その顔は「おかしい、今の威力なら死んでいるはずでは?」とでも言いたげだ。しばらく視線を動かしたあと、立ち上がろうとする俺に向けて口を開けた。悪魔のように赤い舌が鋭い歯の上を滑る。その奥に見えるのは炎。


『そりゃ、ドラゴンだもんな。』


『グラァァァァァァ!!!!!!!!』


 サラマンダーの口から放たれたブレス、その熱気が開けていた口から入り、喉を焼く。内側から傷つけられるのは、外よりも痛みが強い。…………待てよ。

 ブレスで焼かれた身体が元通りになるまで、サラマンダーが待ってくれない。ある程度有効だと判断したのか、次々にブレスを放つ。一つ一つの威力が低い分、連続できるのか、ほとんど休む事なく吐き続ける。


『そろそろ熱さにも慣れて、来た……!』


 逃げ出したい程の熱気の中、身体の前半分に再生を集中させ、一歩ずつ進む。そして、サラマンダーへあと少しの所で剣を抜く。ブレスでもびくともしないってことはまだ大丈夫、俺は再び起動する。起動の瞬間、俺は剣を地面に突き刺し、身体を浮かせた。


『自爆!!』


 激しい爆発と共に、上半身だけになった身体が剣を握りしめたまま宙へと飛ぶ。目標通り、サラマンダーへの頭上へと。

 そんな俺を追って首を上へと向けたサラマンダーは、巨大な口を開き、俺を頭から飲み込んだ。

 サラマンダーの食道を通る。まとわり付くような粘液を浴びながら、俺は剣を強く握りしめる。


『昔からっ……デカブツを倒すのは……体内からって決まってるんだよっ!!』


 そろそろ食道の終わりが見えてきた頃、粘液で塞がる視界の中、焼けただれた喉を駆使し、三度目の爆破を決行する。


『覚悟、決めろよ………!自爆っ!!』


 異変を感じ始めたのか、サラマンダーが身をよじらせるがもう遅い。剣は赤く、熱くなる。そして──────────。


『ァァァァァァァ!!!!』


 金切り声を上げながら、炎の竜は爆砕した。もちろん、体内の俺も塵芥と化した。

やがて、火口辺りには静けさだけが残った。

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